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Motor Racing World  作者: ジャミー
7/23

初陣開戦

そして決勝当日がやってきた。

和貴は9時に中根家にやってきた。

フリー走行は10時からの1時間。

決勝に向けての最終チェックである。

優奈の表情からは明らかに緊張が伺えたが、寝不足には見えなかった。

逆に理奈は視線の強さこそ衰えていないが、明らかに疲れが見える。

「理奈ちゃん、大丈夫?」

「あたしは平気。それより佐伯くんが大変だと思う。いろいろシミュレートしたけど、勝つにはギャンブルするしかないみたい。あと佐伯くんにものすごい負担が掛かるの」

「そっか。でもやっぱりそれしかないよな」

「佐伯くん?」

「理奈ちゃんの立てた作戦は大体見当が付いてる。それが出来るのか、このフリー走行で見極めないとな」

「そっか、分かっててくれたんだ」

理奈の表情が少し和らいだ。

「とにかくフリー走行の1時間、無駄なく使おう」

「そうだね」

理奈も笑顔を見せた。

9時58分。

和貴はピットレーン出口の先頭に並んだ。

燃料は満タン。

タイヤはハード。

これで連続15周走る。

10時になり、ピットレーンの信号が青に変わった。

1時間のフリー走行が始まった。

「タイヤマネージメントは佐伯くんの判断に任せます。それでどのくらいのペースになるか知りたいから」

「了解」

ハードタイヤは温まりにくいが、路面グリップが高いので1周と少しで温まった。

フロントタイヤの状態に細心の注意を払う。

だが昨日とは明らかにフィーリングが異なる。

「理奈ちゃん、アシスト強くした?」

「ゴメン。昨日の優奈の様子じゃまともに走れないと思ったから」

「まあ仕方ないか。けどちょっとタイヤの状況把握はし辛いな」

「サスセットはかなりソフトに振ったから」

「そうだね。けどちょっと振り過ぎだと思う」

「操縦し辛い?」

「ハードタイヤでも路面グリップに負けてる気がする。もう少し硬くしても大丈夫だよ。そうしたほうがタイムは出るから」

「どうする?セット変更する?」

「スプリングまで換えるとロスタイム多過ぎだから、ダンパーだけ硬めよう。この周で入る」

「了解」

ピットに入り、素早くガレージに入れてセッティング変更。

3分ほどのストップで再び走り出した。

「よし、これなら問題ない。連続周回に入る」

タイヤの消耗を最低限に抑える走りで、淡々と周回を重ねる。

そして15周走り切って、ピットインした。

「タイムどのくらい出てる?」

「ラストラップで1分58秒403が出てる。現在6位。悪くないと思う」

「タイヤの状態はどう?」

「このペースなら大丈夫そう。けど燃費がキツい。今だと満タンで31周が限界」

昨日とはコースコンディションが大きく変わったのが、燃費に現れた。

「となると、優奈で21周か」

ここで優奈に交代した。

21周分の燃料を積み、ミディアムタイヤで走らせる。

「いつもと比べるとだいぶ柔らかい。ちょっと操縦し辛い」

ミディアムタイヤとのマッチングは取れていないようだった。

和貴は理奈と一緒にタイミングモニターとラップチャートを確認する。

理奈の表情が強張った。

優奈のアウトラップが、和貴より2秒遅かった。

温まりやすいミディアムタイヤで。

連続周回ペースも1分59秒台後半から2分0秒台前半と、明らかに遅かった。

そのまま優奈を走らせ、フリー走行終了のチェッカーを受けた。

順位は変わらず、6位で終了した。

「サスセットどうする?」

「ダンパーはこのままで、スプリングを1ランク硬めよう」

和貴の意見に優奈も同意した。

「でもタイヤライフが厳しくならないかな?」

「天気予報だと、午後から雲が出るみたいだ。それで路面温度が下がればタイヤへの負担は減る。今だとちょっと柔らか過ぎる」

「うん、ペース上がらないし、タイヤの温まりも悪いよ」

「そう・・・だね。いくらタイヤに優しくしても、ペースが遅ければ意味ないからね」

理奈も渋々納得した。

「で、スタートドライバーはやっぱりあたし?」

レース前はアウトラップが遅い優奈にスタートドライバーをさせて、規定周回の最低限ギリギリまで走らせてから和貴に交代する予定だった。

「優奈には悪いけど、それ変更する。スタートドライバーは佐伯くんで」

「まあ、そうしたほうがいいだろうな」

「ローリングスタートってやっぱり難しいの?」

通常のスプリントレースの場合、スタート前に1周フォーメーションラップをしてから指定グリッドに着き、停車状態からのスタンティングスタートが大半である。

逆に耐久レースの場合、1周のフォーメーションラップは同じだが、グリッドに停止せずに隊列を整えながらゆっくり走る。

そして徐々に速度を上げ、シグナルがグリーンになったら追い越しOKのローリングスタートが主流である。

このレースはセミ耐久なので、ローリングスタートが採用される。

通常の対戦プレイでローリングスタートの練習はほとんど出来ない。

だから優奈にはローリングスタートの経験がない。

「そうでもない。未経験の優奈でも出来ると思う。でも周りは有力チームのエース級だ。優奈が太刀打ちできる相手じゃない。ま、それは俺にも当てはまるけどな」

「今回は序盤で順位を落としたくないし、トップグループから離されたくない。だから少しでも速い佐伯くんに頑張ってもらう」

「で、30周前後にピットインだな」

「そう。そこでルーティーンを済ます。そこから優奈の出番よ」

ルーティーンとは慣習という意味だが、通常のピットストップを指す。

給油、タイヤ交換、ドライバー交代がこれに当てはまる。

スケジュールという言葉を使うこともある。

「大丈夫、アシスト強くしてもらったから操縦がラクになった。連続20周以上もへっちゃらだよ」

やや強がっているような声を出す優奈。

明らかにプレッシャーが掛かっている。

ここで理奈とアイコンタクトをした。

勝つためにはギャンブルをするしかない。

ただそれを今の優奈に伝えると、余計にプレッシャーが掛かる。

理奈も目で頷いた。

ここは黙っておくことにした。

決勝は午後2時からフォーメーションラップ開始。

その1時間前からコースオープンになり、和貴たちは早々に2番グリッドについた。

1時40分から実況が始まる。

昨日と同じふたりがレースを盛り上げる。

その中でも和貴たちが取り上げられたが、それでも浮かれることはない。

レースに向けて集中していた。

時間になり、セイフティカー先導でフォーメーションラップが始まる。

タイヤはハードの新品。燃料は満タン。

この決勝レースのタイヤチョイスは大半がワンランク柔らかいミディアムハード。

周りに対し決して速く走れる状況ではないが、これで頑張るしかない。

ポールポジションの黒岩を先頭に、ゆっくり隊列が進む。

車を左右に揺らしながら、慎重にタイヤを温める。

「佐伯くん、タイヤはいいけどブレーキが冷えてる。ブレーキのウォームアップも忘れないでね」

「了解」

フォーメーションラップでのドライバーの仕事は意外と多い。

最終コーナーを抜けると、隊列が整った。

隊列の先頭を走っていたセイフティカーがピットに入る。

『さあ隊列が整いました。GTクラス3鈴鹿300キロ。今シグナルが・・・グリーンに変わった!さあスタート!ポールの黒岩がダッシュを決めた!それに佐伯のフェラーリが続く!』

1コーナーを2番手で進入した。

トップの黒岩に付いて行く。

『トップは現在逆バンクからダンロップへ。カーナンバー78、黒岩のポルシェが逃げる。それに佐伯フェラーリも喰らいつく、少し間を置いてレッドラインの佐藤、モスポートの西村、2台のアストンマーチンが続きます。上位陣は強豪が名を連ねる!』

『佐伯くん頑張ってますね!』

『それより中段グループがすごいことになっている。まだ隊列が整っていない。あちこちでサイドバイサイドの攻防だ!』

上位陣のタイヤはミディアムからミディアムハードが主流の中で、和貴はハードタイヤ。

トップに付いて行けるかが心配だったが、なんとか付いて行ける。

だからと言って無理は出来ない。

タイヤを痛めるような走りは出来ない。

バックストレートに入る。

黒岩のポルシェはストレートが速い。

和貴もストレート入り口ではピッタリ背後に付けていたが、徐々に離される。

それでもスリップストリームが効き、最高速が伸びる。

『さあレースは3周目。トップは78番のナガタレーシング911。そのピッタリ背後にゼッケン131のナカネ458がつける。3位のゼッケン5レッドラインバンテージに1.2秒のマージンを築いている』

『黒岩くんと佐伯くんのペースがいいですね。この2台だけが1分58秒台です』

「佐伯くん、いい調子だよ。タイヤ温度も適切。このまま付いて行ける?」

「付いて行くというより、引っ張られてる感じだ。黒岩さんのスリップ使ってかなり最高速伸びてるから」

単独では250キロ前後までしか伸びないが、スリップストリームを使うことで270キロ弱まで伸びている。

『さあトップの2台はバックストレートに入った』

『黒岩くんのポルシェ、ストレート速いですね。佐伯くんはスリップ使ってなんとか付いて行ってるように見えますね』

『さあトップ争いは激しさを増す・・・おおっと、中断グループでアクシデント!デグナー出口で多重クラッシュ発生!』

『うわ、これは酷いですね』

理奈の前には3台のモニターが揃っている。

1台はタイミングモニター。

もう1台はレースエンジニア用の指示を出す画面。

そしてレース中継画像。

「うわー、派手なクラッシュだなあ」

優奈も顔をしかめる。

理奈はレースエンジニア用の画面を凝視している。

ここにレース運営のレースコントロール状況が表示される。

今は一部区間でイエローフラッグが出ていてその区間が追い越し禁止状態だと表示されている。

それが変わった。

「佐伯くん、セイフティカー出た!」

「了解、追い付いたらマップ1だな」

「そう。これは事故処理が長引きそう。これなら・・・」

MRWのレースはリアルを売りにしている。

レース中に事故が起きても、一瞬で事故処理を済ますことは可能である。

だが実際のレースの場合は、事故処理に時間が掛かる。

その間はセイフティカーが出てペースが大幅に落ち、追い越し禁止になる。

これもレースにおける重要な要素になるので、そこまで再現している。

そして理奈はセイフティカーが出た際の対応まで考えていた。

ペースが大幅に落ちるので、燃料消費量が少なくて済む。

さらにその状況で適切なマップを組めば、さらに燃費が伸びる。

そのためのセイフティカー用マップを用意していた。

事故はかなり派手で、デグナー出口で7台が絡む多重クラッシュだった。

事故現場は大破した車両が散らばっており、走る場所も気を付けなければならない。

「佐伯くん、デブリに気を付けてね」

レーシングカーのボディは軽量化のため、カーボン製が多い。

そのカーボンパーツがクラッシュして飛散し、デブリになると鋭利な刃物になる。

それを踏むと、タイヤトラブルの原因にもなる。

和貴は注意しながら走行ラインを選ぶ。

「理奈ちゃん、一応破片は避けたはずだけど、タイヤの内圧チェックも頼む」

「うん、今のところ問題ないよ」

「これだけの事故だと、処理に時間が掛かるだろうな」

「あたしは掛かって欲しい。長引くほど周回数が伸びるから」

セイフティカーランは4周目に入った。

そのコース後半で、セイフティカーのランプが消えた。

この周でセイフティカーがピットに入り、追い越し禁止が解除になる合図である。

トップの黒岩はペースと落とし、積極的にタイヤを温める。

和貴も急いでタイヤとブレーキを温めた。

シケイン入り口辺りからペースが上がる。

ここでトップの黒岩がシケイン立ち上がりでアクセルを踏み過ぎ、若干挙動が乱れた。

和貴はポルシェのテールをピッタリと捕らえる。

『さあセイフティカーが入った。レース再開です!佐伯がいい!』

『完全に黒岩くんを捕らえましたね。これは1コーナー勝負になるか?』

スリップが完全に効きストレートが速いポルシェにぴったりと付いて行く。

1コーナー手前で横に出た。

ブレーキング勝負。

だが和貴は無理しなかった。

『さあブレーキング勝負!おおっと黒岩が鋭い突っ込み!佐伯を押さえた!』

『いやー佐伯くん落ち着いてますね!』

2位のポジションをキープして、2コーナーを立ち上がりS字に向かう。

「佐伯くん、わざと抜かなかった?」

「今日の黒岩さんは絶好調だ。前に出ても突き放せるとは思えない。そんな相手の前を走っても消耗するだけだ。だったら後から付いて行って引っ張ってもらったほうがいい。それで後続との差も広げられそうだ」

「そうだね。このまま2位キープで引っ張ってもらったほうがいいだろうね」

「理奈ちゃん、水温のチェックに注意を払って。あまり後ろに付き過ぎるとどんどん温度が上がるから。定期的に車間を保たないとダメだ」

「了解、任せて」

「燃費はどう?」

「今のセイフティカーランでかなり稼げた。これなら34周まで引っ張れる」

「ならOKだな」

自然と笑みがこぼれた。

和貴の読み通りで、今日の黒岩は速く、後続との差をどんどん広げた。

それに和貴は無理なく付いて行けた。

クーリングのため車間を開けることがあったが、S字のペースが完全に上回っていたので、そこで詰められた。

そしてストレートではポルシェのスリップを使い、スピードを稼ぐ。

25周を経過した頃には2位和貴と3位との差は10秒以上開いていた。

燃料も軽くなり、タイヤを労わりながらもまだ余裕があった。

エンジン回転をリミットまで引っ張らず、少し手前でシフトする。

「佐伯くん、ショートシフトしてる?」

「少しでもエンジン労わったほうがいいだろ。あと燃費も稼げればピットでのロスタイムも少なくなる」

「そうだね。でも前が開けたらペース上げて。少しでもマージン稼ぎたいから」

「了解」

トップ黒岩は29周目にピットに入った。

自動的に和貴がトップになる。

「佐伯くん、ペースアップ」

「了解」

『さあ、トップの78号車ナガタレーシング911がルーティンのピットイン。ドライバーが黒岩から加賀に代わる』

『黒岩くん頑張りましたね。加賀くんがこのマージンをどれだけ活かせるかですね』

『ゼッケン78ナガタレーシング、ピットストップも無難にこなします。給油とタイヤ交換を済ませて、43秒で出た!』

『いやこれは速いですね』

「43秒か」

理奈の口から漏れる。

和貴たちがどう頑張っても出せるタイムではない。

通常のルーティンストップなら50秒は掛かる。

「大丈夫、ペース上げるから」

理奈の不安に和貴が応えた。

『さあトップのゼッケン131フェラーリは30周目に入る。ピットストップはまだ先なのか・・・おおっと、ここで佐伯ファステストラップ!1分57秒375!』

『佐伯くんここでスパートですね。このチームはピットストップのロスが大きいはずですから、それをコース上で稼ぐつもりでしょうね』

事実、その通りだった。

ピットインまで、軽くなった燃料を活かして、和貴は1分57秒台を連発した。

それでもタイヤはまだ労わっていた。

『さあトップのナカネ458の佐伯、33周目に突入。このラップも57秒台だ!』

『ギリギリまで引っ張りますね。ここが規定一杯なのでこの周で入るでしょう』

『2位の78号車の加賀との差はもう1分以上。これはトップで戻れるんじゃないですか?』

「優奈、準備して」

理奈の指示を受け、優奈が和貴の隣に待機する。

この周で和貴はピットに向かった。

『さあ131号車フェラーリがピットに向かいます。ピットのほうも準備が・・・ってあれ?』

実況が驚く。

『タイヤがないですよ?』

解説も驚く。

「えっ?」

優奈も驚いていた。

和貴はロスなく所定位置で停車しエンジン停止。

ベルトを外し、ハンドルを跳ね上げ、素早く降りる。

入れ替わりで優奈が座る。

『131号車フェラーリ、ジャッキアップしません。給油のみだ!』

『これは中根監督、大ギャンブルですね!』

実況席も盛り上がる。

和貴は手早く優奈のベルトを締める。

「タイヤ無交換なの?」

このことを知らされていない優奈も混乱している。

「お前アウトラップ遅いだろ。でも無交換ならもうタイヤは温まってる。そこでのロスがないからな」

「でもタイヤ最後まで持つの?」

「それはお前の走り次第だ。後続とのギャップは充分ある。ハードタイヤを労わってきた。行けるはずだ」

ベルトを締め終わると、和貴は優奈の頭をポンと叩いた。

「さあ、頑張れ」

「優奈、給油完了。出て!」

「う、うん!」

うろたえながらも、優奈は発進させた。

『さあトップのゼッケン131ナカネ458、タイヤ無交換の奇策に出た!ピットストップは22秒!ドライバーは中根に交代』

『これは余裕でトップで戻れますね。問題は今後のペースだなあ』

既にタイヤは温まっているので、すぐに安定した走りを見せる優奈。

「優奈、無理しなくていいから。佐伯くんが労わってきたハードタイヤでもライフはギリギリ。タイヤマネージメントに気をつけて」

「了解」

『さあトップの131番フェラーリは36周目。ラップタイムは1分59秒台後半ですね。2位78番ナガタレーシング911との差は・・・26秒』

『加賀くんのラップタイムが58秒台半ばですからね。残り17周ですから、ギリギリかな?』

「優奈、そのペースを維持して。無理しなくていい。計算上では逃げ切れる」

理奈から笑みがこぼれる。

ただ和貴はそう思っていなかった。

「理奈ちゃん、4位のレッドラインとの差は?」

「4位との差?レッドラインの5号車とは今32秒だけど」

「レッドライン5号車はエースの西川さんが乗ってる。3位の19号車モスポートもエースの谷沢さんだ」

この2台は早々にピットインして、エースドライバーが後半追い上げる作戦になっている。

ラップペースは2位の78号車ポルシェより速く、どんどん差が詰まっている。

「加賀さんもレース慣れしてるから、簡単に譲るようなことはしないだろう。でも今のペースが目一杯とは思えない。追い付かれればペース上げてくるよ」

「そうなれば・・・」

「残り数周でバトルだ」

理奈の笑みが消えた。

「どうしよう?」

「だからと言って逃げるわけにはいかんだろう。こっちもタイヤがギリギリだ。追い付かれるのを覚悟の上で、粘り切る手立てを考えないとな」

「優奈、タイヤマネージメントをしつつ、出来るならペース上げて。このままじゃ追い付かれる」

「分かってるけど、無理出来ないよ」

優奈は細心の注意を払いながらステアリング操作をしている。

タイヤを労わりながら、舵角を抑え、失速を減らしてペースを保つ。

努力はしていたが、問題があった。

『さあトップの131ナカネ458は40周目に突入。だがペースが安定しない。この周は2分0秒台だ』

『バックマーカーの処理が苦手のようですね。そこでタイムをロスしています』

『そして2位争いが熾烈だ。ゼッケン78加賀の背後にゼッケン19谷沢とゼッケン5西川、2台のアストンマーチンが追い付いた。3台のバトルが始まるのか?』

『でも加賀くんもペース上げています。それにストレート速いからなかなか抜けないですよ』

『残り13周でトップ131番フェラーリと2位78番ポルシェとの差は15秒に縮まった。追い上げが激しい』

『これは追い付きますね』

「いいか優奈、焦るな。追い付かれても仕方ない。けど簡単に抜かれるほどの差はない。この車はストレート遅いけれど、その分コーナーが速い。ブレーキの突っ込み勝負なら負けない。とにかくタイヤを労わるんだ。それに専念しろ」

和貴は表情が強張る優奈を落ち着かせるようにアドバイスを送る。

優奈は無理しなかった。

2位がどんどん追い上げてくる。

そして残り4周。

『さあトップの131番フェラーリが49周目に突入。だが2位78番ポルシェとの差はコンマ7秒。その背後には2台のアストンマーチンがピッタリ付けている。4台のトップ争いだ!』

『いい大人の男が高校生の女の子相手に本気になるんですかね。あまりいじめて欲しくないなあ』

解説の細田が優奈に呑気なエールを送る。

「優奈、マップ3使って!逃げ切るのよ!」

「理奈ちゃん?」

マップ3は予選専用。

決勝でここまで酷使してきたエンジンが最後まで持つとは思えない。

「こうなったらとことんギャンブルするしかない!負けたくない!」

理奈の瞳に宿る闘志が増す。

止めたかったが、その言葉を和貴は持ち合わせていなかった。

『さあトップ集団はバックストレート。78番が131番の背後に迫る!だがフェラーリも意外と伸びるぞ!』

『130Rは守りましたね。要所を押さえれば逃げ切れるかな?』

『ホームストレートに帰ってきた!残り3周!おおっとここで131番フェラーリ中根が自己ベスト!1分58秒411!』

『優奈ちゃんラストスパートですね。タイヤはまだ活きてますね』

マップ3の恩恵でペースが上がった。

「優奈、そのペースを守って。前方はクリア。ゴールまでに追い付くバックマーカーは居ない。全力で逃げ切って!」

「大丈夫!タイヤはまだ活きてるから!」

優奈の力強い返事が返ってきた。

優奈のペースが上がり、セクター1では差を付ける。

その差をセクター2で吐き出すが、若干優奈が速い。

『さあ残り2周!131番フェラーリ中根が78番ポルシェ加賀に1秒のギャップを築いた!』

『ラストスパート凄いですね。優奈ちゃん逃げ切るかな?』

ここで理奈の管理モニターからアラームが鳴り始めた。

油温上昇、油圧低下。

その情報はドライブしている優奈にも表示される。

このペースで走り続けると、間違いなくエンジンがブローする。

「理奈ちゃん!」

「ここまで来たら行くしかない!最後まで持つのを祈るだけ!」

理奈の闘志は揺らがない。

「あたしも頑張る!アラーム鳴ってるけどエンジンは元気だよ!」

優奈の闘志も負けていない

『さあトップのフェラーリ中根が絶好調だ!とても新人の走りとは思えない!若さでベテランを突き放す!そしてついにファイナルラップ突入!差は変わらない!加賀は追いきれない!』

残り1周。

アラームが鳴り続ける。

『中根はセクター1で速い!後続を突き放す!デグナー進入!このまま逃げ切れ・・・』



『ああっ!?』

『そんな・・・』

実況席が絶句する。



デグナーの立ち上がりで、フェラーリの後方から白煙がもうもうと上がった。

エンジンブロー。

2位集団が力を失った優奈を抜いていく。

優奈はヨロヨロとコースサイドにマシンを止めた。

『131号車、マシンを止めました』

『あと半周なのに・・・』

実況席も言葉がない。

『さあ、これでトップには78番ポルシェが浮上、今バックストレート』

『このまま逃げ切りそうですね』

レース終了直前で盛り上がるところだが、どこか白けた空気が漂う。

『加賀、シケインを立ち上がる。さあ帰ってきた。土壇場の大逆転。ゼッケン78、ナガタレーシングのポルシェがトップチェッカーを受けました!』

『ナガタレーシング、初優勝がポールトゥウィン、最高の結果を残しましたね』

レースは終わった。

優奈がベルトを外し、シートから降りた。

その表情はやけにさっぱりしていた。

「あたしたち、やるだけやったよね?」

「まあ、そうだな。結果は伴わなかったけどな」

耐久レースはチェッカーを受けないと完走扱いにならない。

結果はリタイア。

最悪だった。

「あたし、楽しかった。初レースでトップ快走して、強豪チーム抑え込んで、楽しかった」

笑顔を見せる優奈。

「ああ、俺も楽しかった」

和貴も笑顔を見せた。

実況はトップ3インタビューが始まっている。

だがその内容は耳に入らなかった。

「あれ、運営から接続依頼来てるよ?」

「おかしいな、インタビューはトップ3だけのはずなんだけど?」

優奈が何も考えずに接続承認した。

そこで、ずっと俯いていた理奈に視線が行く。

「お姉ちゃん、あたしたち頑張ったよ!」

「理奈ちゃん?」

驚く。

理奈の瞳から強い闘志は失せ、落胆の光を見せていた。

大粒の涙が溜まっている。

必至に涙を堪えているようだったが、それは無理だった。

「あたし・・・悔しい・・・」

大粒の雫が滴り落ちる。

『さあここで大健闘を見せてレースを盛り上げたブランズハッチナカネに繋げたいと思います』

「ちょっ、このタイミングで?」

慌てる和貴。

『惜しかったね』

解説の細田が呼びかけると、画面が切り替わった。

大泣きしている理奈が映し出された。

『あっ、泣いちゃったの?』

『佐伯選手、泣いてるのはどちらですか?』

「あ、監督の理奈ちゃんです。よほど悔しかったようで・・・」

対応に困る和貴。

実況席も困っている。

『あの、中根監督、出来れば一言いただけないでしょうか?』

「あたし・・・わかってました。最後まで・・・持たないこと・・・でも、引けませんでした・・・」

それが限界だった。

理奈は和貴の胸で号泣してしまった。

「ちょっと、理奈ちゃん?」

さらに慌てる和貴。

『いや、これは青春ですね』

『邪魔者は早々に引き上げますか』

実況席も和貴を冷やかす。

回線が切れる間際に、

「あたしたち、次は頑張ります!絶対にリベンジします!」

と、優奈が力強く言い切った。

『はい、次回の活躍も期待しています。ありがとうございました』

中継はそこで切れた。

理奈が泣き止むまで、和貴はなにも出来なかった。

ただ、居心地の悪さがずっと続いた。


翌日。昼休みに優奈が顔を出した。

「理奈ちゃんは?」

「休んでる。かなり落ち込んでるから。でも嬉しさもあるみたい」

「どういうことだ?」

「あのレースの直後から、MRWのメッセージボックスに励ましのメールをたくさん貰ったの。次に期待してるとか、頑張ってとかね」

「俺もいろんな人からメッセージ貰ったよ」

「で、お姉ちゃんにはチューニングの依頼がたくさん来たの。あの走りが多くの人の心を掴んだみたい」

「まあ、結果はダメだったけど、いろんな意味で目立ってたからな」

「で、和貴にお願いなんだけど、次もあたしたちと組まない?」

真剣な眼差しで尋ねてきた。

「そう来ると思ったよ」

「ナガタレーシングからは戻るように言われてる?」

「もちろん。エースの黒岩さんと互角に走れたんだからな。あとファステストラップも記録したし」

戻るように言われているのは事実だが、最終判断は和貴に任せるとも言われている。

MRWの世界の目は、あのチームでのリベンジを期待しているからだ。

「あたし頑張る。今度は足引っ張らないようなレベルで走れるようになってみせる。お姉ちゃんも次は壊れない車を造る気でいる。でもやっぱり和貴がいないとダメなの。もう少しだけあたしたちに強力して欲しい」

優奈の目は真剣そのものだ。

いい加減な返事は出来ない。

和貴の心は揺れていた。

優勝したナガタレーシングに戻って、次を確実に勝ちたい思いがあった。

でも優奈たちとリベンジしたい思いもある。

すぐには決断出来ない。

「ちょっと考えさせてくれ」

「わかった。でもいい返事を期待してるからね」

優奈らしい屈託のない笑顔を見せた。


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