予選で大躍進
予選からは実況と解説が入る。
嫌でもテンションが上がってくる。
『さあ始まりました。MRW‐GTクラス3鈴鹿300キロ。実況は私大野、解説はいつものようにモータースポーツジャーナリストの細田重則さんです。細田さん今回もよろしくお願いします』
『はいよろしくお願いします』
『さてMRWでは大人気のGTクラス3ですが、今回もエントリー多いですね』
『173台ですか。実際のレースでこれだけ集まったら大変なことになりますね』
『でもそこはMRW。フリー走行のタイム順位を元に1グループ約20台ずつ分けられています。1グループにそれぞれ鈴鹿のコースが与えられているので、混雑でタイムアタック出来ないということはありません。さてこのフリー走行の結果ですが、細田さんはどんな印象を受けられましたか?』
『いやー、タイムレベルが速いですね。6月で気温が高いのに1分57秒なんて出てますからね。予選は間違いなく56秒切ってくるでしょう』
『優勝争いはどの辺りでしょうか?』
『上位20台のAグループは有力どころが集まっていますね。ゼッケン5のレッドラインバンテージ、ゼッケン19、チームモスポートバンテージ、27番のスクーデリア跳ね馬458、そして最近上昇中のゼッケン78、ナガタレーシング911もいいところに居ますね』
『そしてそんな中で、初参加のチームが上位に居ます』
『6位の131番、ブランズハッチナカネ458ですね。ドライバーふたりに監督ひとりの最低限人員のチームですが、頑張っていますね』
「お姉ちゃん、ウチのチームが紹介されたよ!」
「うん、なんか嬉しいね!」
姉妹揃ってはしゃぐ。
『細田さん、このチームの注目はドライバーですかね?』
『ひとりは新人ですが、もうひとりはナガタレーシングで活躍していた佐伯くんですからね』
『佐伯選手はこの4月から高校生になったばかりの若い注目株です』
『MRWは小中学生のドライバーも珍しくないですが、公式レースで速い若手は佐伯くんでしょう。ポルシェ使いだった彼がフェラーリをどう操るのか注目したいですね』
「か、和貴って結構有名だったんだね」
実況を聞いていた優奈が驚いている。
「だから言ったろ。優勝目指して頑張ってたってな」
1時間の予選が始まった。
使えるタイヤは新品2セットで、コンパウンドは1種類ずつ。
もっともタイムを出しやすいソフトタイヤは1セットしか使えない。
『さあ予選が始まりました。CからFグループが積極的に動き出しましたね』
『この辺りはボーダー争いが激しいですからね。今回は1分58秒半ばくらいになりそうですが、該当チームは必死でしょう』
『対照的にAグループは静かです。まだ1台もコースインしていません』
『このグループは予選通過間違い無しですからね。上位進出を狙って後半の一発アタックでしょう』
『ポールタイムはどれくらいが予想されますか?』
『ここからどんどんラバーが乗りますから、1分56秒後半、ひょっとしたら半ばまで行くかも知れませんね』
「56秒台の争いか。ゾッとするな」
「佐伯くんの言う通りだね。この車は58秒くらいが限界だと思ってた。それでも戦えると思ってたけど、甘かったね」
「グリップレベルがものすごく上がるだろうから、それに合わせてサス硬めよう」
「そうしたほうがいいだろうね」
和貴たちのAグループはずっと動きがなかったが、25分ほど経過したところで、優奈が出た。
タイヤはミディアムの新品。
『さあ、Aグループに動きがありました。ゼッケン131、初参加のブランズハッチナカネ458。ドライバーも新人の中根優奈』
『女の子のドライバーですね。名前からすると、監督の姉妹のようですが』
優奈の走りに注目が集まる。
その優奈は、
「なにこれ、すごくグリップ高い。簡単にタイヤ温まるよ」
一気に上がったグリップレベルに驚いていた。
1周でタイヤは温まり、タイムアタック。
それから連続2周のアタックで、2周目にベストタイムを記録した。
『131号車、中根優奈選手、初のタイムアタックは1分57秒495を記録。暫定トップです』
『いや新人の女の子ドライバーでこのタイムは素晴らしいですよ』
『このタイムを受けて、Aグループにも動きが見られます。5台ほどがコースに入りました』
それと入れ替わるように優奈がピットイン。
「初の予選アタックはどうだった?」
和貴が感想を聞くと、
「恐い」
と、一言そう漏らした。
「バランス悪かったのか?」
「ゴメン、そんなの分からなかった。こんなグリップレベルで走ったことないもん。限界が全然分からない。だから手応えが全然ないよ」
「でもバランスやハンドリングの悪さは感じなかったんだな?」
「それはなかった。バランスは問題ないと思う。限界が分からなかっただけ」
「了解、あとは任せろ」
優奈の頭をポンと叩いた。
「和貴は大丈夫なの?限界でどんな動きするか分からないよ?」
優奈は不安そうな顔を見せる。
「お前の出したタイムで予選通過は確実だ。だから俺はリスクを冒して攻められる」
残り5分で和貴はシートに収まった。
「理奈ちゃん、1周だけのアタックだ。クリアーラップ取れるタイミングで出る指示出して」
理奈はタイミングモニターとGPSマップをチェックしながら頷いた。
そして残り3分30秒。
「佐伯くん、出て」
理奈の指示が下った。
新品ソフトタイヤでのワンラップアタック。
普通なら緊張するが、不思議と落ち着いていた。
優奈の出したタイムで現在11位。
失敗しても問題ないと思っていた。
アウトラップでグリップレベルを確かめつつ、限界を探る。
「これならかなり思い切って攻められるな」
残り30秒でコントロールラインを通過してタイムアタックに入った。
ストレートエンドでは限界ギリギリまでアクセルを踏む。
最高速は260キロを超えた。
減速しながら1コーナーを通過し、2コーナーを3速で綺麗に抜けた。
そして高速S字。
ラインは1本。
普通はアクセルコントロールで駆け抜けるが、和貴はアクセル踏みっぱなしで左足ブレーキを使い無理矢理走る。
4速キープでリズミカルに走り抜けた。
逆バンクは通常3速だが、今のコンディションなら4速で大丈夫だった。
ダンロップコーナーを高速で抜け、セクター1の計測ラインを通過。
デグナーひとつ目を5速、ふたつ目を3速で進入。
縁石を目一杯使い、スピードを殺さずに駆け抜ける。
『ゼッケン131、ナカネ458の佐伯がすごい走りだ。セクター1でトップタイムからコンマ7秒刻んできた!』
『これはとんでもないタイムが出そうですね!』
実況も和貴の走りに注目する。
ヘアピンはブレーキングが難しい。
緩やかに右に切りながらのブレーキングなので挙動が乱れやすい。
だが現在のグリップレベルとダウンフォースなら大丈夫だという自信があった。
限界ギリギリの鋭いブレーキングで一気に車速を落とし、コンパクトにヘアピンを処理する。
ここから高速区間になり、緩やかに右に切りながら全開。
スプーンひとつ目を4速、ふたつ目を3速で抜ける。
ふたつ目はバックストレートに繋がるので、縁石を目一杯使い、スピードを乗せて立ち上がる。
バックストレートエンドにセクター2の計測ラインがある。
『佐伯の458、高速区間はやはり苦しいが、それでもまだコンマ5秒速い!』
度胸一発130Rは通常よりかなり速い6速230キロで進入。
縁石をギリギリまで使い、アクセル全開で立ち上がる。
その先はシケイン。
一気に2速まで落とし、最短距離を駆け抜ける。
あとはアクセル全開で最終コーナーを立ち上がる。
『さあ佐伯のタイムは・・・来たあ!1分55秒047!2位にコンマ4秒の大差をつけるスーパーラップ!』
暫定ポール。
「やった!」
はしゃぐ優奈。
だが和貴と理奈はまだ緊張した面持ち。
「理奈ちゃん、後続は?」
「6台がアタック中。まだ分からない」
『さあ、このスーパータイムを破れるドライバーが現れるのか?このまま行けば初参加チームで初ポールという快挙になるぞ!』
『ナガタレーシングの黒岩くんがいいですね』
「黒岩さんがいるのか」
所属しているナガタレーシングのエース。
あらゆる面で和貴よりずっと格上のドライバー。
『さあこの黒岩がラストアタッカーになりそうだ。セクター2で・・・佐伯より100分の5秒速い!』
緊張が高まる。
『さあ、他のドライバーは佐伯のタイムに届きそうにない。黒岩だけが可能性を秘めている!』
『シケイン綺麗に処理しましたね』
『さあ最終コーナーを立ち上がる。注目のタイムは・・・来たあ!1分55秒045!佐伯を1000分の2秒上回った!先輩の意地を見せ付けた!』
『ナガタレーシング初ポールですね!』
「破られたか」
和貴はサバサバした気持ちだった。
やれるだけのことはやり切った感覚があった。
でも優奈と理奈は悔しそうだった。
「ふたりともそんな顔するな。予選2位だぞ。上出来だぞ」
「そうだけどさ、でもやっぱり悔しい」
「あれ、佐伯くん、運営から接続依頼が来てるよ」
「予選トップ3はインタビューがある。カメラとマイク繋いで」
「えっ、じゃああたしたちの姿が配信されるの?どうしよう?なに喋ろう?」
優奈が慌て出す。
「お前はスポンサーの宣伝をしろ」
ブランズハッチナカネ458という車名だが、このブランズハッチとは、優奈がコントローラーを買ったショップの名前である。
赤のボディにこのショップのロゴマークが大きく貼られている。
まずはポールを獲ったナガタレーシングからインタビューが始まった。
『黒岩選手、初ポールおめでとうございます』
『ありがとうございます。いやギリギリでした。でも佐伯に勝ててよかったです』
『なんとか先輩の面目を保った感じですか?』
『そうですね。でも佐伯が初参加のチームでここまで来るとは思いませんでした。手強かったです』
『黒岩くん、なんで佐伯くんは今回別チームからの参加なの?』
『それは監督からの説明を聞いてください』
『じゃあ長田監督に繋ぎます。監督、初ポールおめでとうございます』
『ありがとうございます。出来れば佐伯も一緒に喜びを分かち合いたかったですが、まさか最後に立ち塞がる相手になるとは思いませんでした』
『監督、佐伯くんはなんで別チームからの参加なの?』
『同じ学校の同級生がチームを立ち上げたんですが、ドライバーが足らなかったので今回貸し出した形です』
『じゃあ佐伯くんのチームは高校生だけですか?』
『そうですね。車造りも自前らしいです。ここまで手強いとは思いませんでした』
『いやこれは驚きですね!』
実況も解説も本気で驚いていた。
ナガタレーシングのインタビューが終わると、和貴たちの番になった。
『さて今回のダークホース、初参加で予選2位の大快挙を成し遂げたブランズハッチナカネに繋ぎます』
『佐伯くん、見事な走りだったね』
解説の細田が呼びかけると、画面が切り替わった。
中央に監督の理奈、左右に和貴と優奈の配置。
「ありがとうございます。この急造チームでここまで来れるとは思いませんでした」
和貴がそう答えたが、注目は理奈と優奈に集まった。
『ちょ、ちょっと、あとふたりが女の子の姉妹だろうとは思ってたけど、双子なの?』
『しかも小さくてかわいらしい子です。佐伯選手は羨ましい立場ですね』
解説、実況揃って驚いている。
「見た目に騙されちゃダメですよ。ふたりとも癖が強いんで疲れます。真ん中が監督兼チューナーの理奈ちゃん、姉です。その横が妹でドライバーの優奈です」
「初めまして、監督の中根理奈です」
『君がホントにあの458のチューナー?』
解説は信じられないといった声を出している。
「はい。このレースに向けてギリギリまで造り込みました。その成果を佐伯くんが素晴らしい形で発揮してくれたので、大満足です」
『ホントに素晴らしい車ですね。マグレであのタイムは出ませんから』
『セカンドドライバーの優奈選手もいいタイムを出してます。感想は?』
「は、はい、お姉ちゃんと和貴が支えてくれたのが大きかったです。あと素晴らしいコントローラーを提供して頂いたブランズハッチさんにも感謝しています」
『ブランズハッチってMRW関連を扱ってるショップですよね?』
「はい。あたしって非力なんでどうしても不利な面があったんですが、それを補えるいろいろなものでお世話になってます」
『いや現役高校生でスポンサーへの配慮が出来るなんて素晴らしいですね』
『佐伯くん、明日の決勝はどう戦う?』
「正直このグリッドからのスタートは想定していませんでした。メンバー全員で作戦練ります」
『明日の決勝も期待しています』
「はい、頑張ります」
インタビューは無事終了した。
「はあ、緊張した」
優奈はあからさまにホッとしている。
「いつものお前らしさがなかったな」
「和貴は余裕だったね」
「まあ、インタビューはこれが初めてじゃないからな」
「佐伯くん、優奈、ちょっと気が早いけど、今夜はお祝いパーティーしようよ。予選2位なんてすごいよ!」
理奈のテンションがいつもより高い。
「ま、それもいいかもな」
和貴も笑顔で同意した。
その日の夕食は中根家の家族に和貴が加わった。
理奈が張り切って腕を振るい、豪華な食事が並んだ。
ふたりの両親もMRWには理解があり、和貴を温かく迎え入れた。
特に父親は車が好きで、2番手タイムを記録した和貴を手放しで褒め称えた。
「ところで佐伯くんは付き合ってる女の子は居るの?」
母親が興味深々の顔で尋ねてきた。
「いえ、独り身です」
「お母さん、半分嘘だからね。親公認の年上のお姉さんが居るから」
優奈が突っ込んできた。
「だから希とはそんなんじゃないと何度言わせるつもりだ?」
呆れる和貴。
「ほら、幼馴染のお姉さんを呼び捨てだよ。怪しいでしょ?」
「そうなの?お母さん少し残念。娘のどちらかを持ってってもらおうと思ってたから」
母親はわざとらしく残念がる。
「いや、ふたりのお嬢さんはとても素敵なので、俺じゃ釣り合わないですよ」
「相変わらず佐伯くんは社交辞令が上手だよね」
理奈も突っ込んできた。
「あの時はそうだったけど、今は違うよ。ようやくふたりの本質が見えてきたからね」
「へえ、ぜひ聞かせてもらいたいね」
優奈もまた絡んできた。
「まず、姉妹揃って負けず嫌いだ。特に理奈ちゃんはそうだね。向上心の塊だ」
普段は穏やかな笑みを崩さないが、その瞳に宿る闘争心は人一倍強い。
「へえ、じゃああたしは?」
「優奈は一目で負けず嫌いと分かるけど、いざとなると意外と弱い。あと、ひとりでは行動出来ないタイプだ」
「うっ?」
図星を突かれ、反論を詰まらせる。
その言葉を受けて、両親が感嘆の声をあげた。
「へえ、佐伯くんよく見てるね。その通りだよ」
「これはますます持ってってもらいたいなあ。理奈と優奈、好きなほうどっちでもいいわよ」
「そのお言葉は嬉しいですが、遠慮したいです。どちらも俺の手には余りそうなんで」
和貴が本音を漏らすと、両親は大笑いした。
理奈は苦笑いを見せ、優奈は本気で睨んでいた。
夕食後に3人集まって明日の作戦を練る予定だったが、理奈が中止したいと言ってきた。
「なんで?」
「ここまで来たからには、優勝を狙いたいの」
「まあ、狙える位置だからな」
「だからいろんな作戦をシミュレートしたい。それを踏まえたセット変更も考えなきゃならない」
「それなら俺らも一緒に考えるよ」
「ううん、ドライバーは明日のために休んで。明日までがあたしの戦い。佐伯くんと優奈は明日が戦いだから」
理奈の瞳から強い意志が感じられる。
「わかった。じゃあ俺はこれで帰るよ。でも理奈ちゃんも無理するなよ。いくらドライバーが頑張っても、レースエンジニアの判断がダメなら全てが水の泡になるからな」
「うん、ほどほどに頑張るよ」
優しい笑みを見せた。
そして優奈に目をやる。
明らかに表情が強張っている。
「お前大丈夫か?プレッシャーに押し潰されそうな顔してるぞ」
「たぶん大丈夫。ちょっと緊張してきただけ」
いつもの優奈らしさがない。
ちっとも大丈夫そうには見えない。
「念のため、今日は風邪薬飲んで寝ろ」
「なんで風邪薬?」
「副作用で眠くなるから寝つきがよくなるんだ。今のままだとプレッシャーで眠れないように見えるからな」
「和貴も初レース前は緊張した?」
「多少はな。けど俺は真ん中くらいからのスタートだったから気がラクだった。でもお前は2番手スタートだ。緊張するのも分かる」
「ねえ、練習したほうがいい?このままじゃあたし確実に足引っ張りそうだから」
「気持ちはわかるが止めとけ」
「なんで?」
「明日の鈴鹿はフリー走行で走れる鈴鹿とは違う。ラバーが乗ってグリップレベルが桁違いだ。出たとこ勝負で対応するしかない」
「やっぱりそっか。でも不安だなあ」
「だから風邪薬飲んでさっさと寝ちまえ。それがいい」
「うん、そうするよ」
今日は大人しく従った。
和貴も家に帰ると、早々に一風呂浴びてベッドに潜り込んだ。
「優勝を狙う、か」
理奈の強い眼差しは本気の表れである。
2番手からのスタートならば狙いに行くのが普通である。
だか決勝は一筋縄では行かない。
今まで対戦してきた有力チームの手強さはよく知っている。
さらに自分の所属しているチームが立ち塞がる。
エースドライバー黒岩との直接対決。
正直、勝てる気がしない。
さらに不安な要素もある。
「ピットストップのロスタイムだよなあ」
問題はそこである。
有力チームのほとんどは専用のピットクルーが居る。
上手に連携すれば、5秒ほどは簡単に稼げる。
だが和貴たちはピットクルーが居ない。
理奈の指示でNPCが動くが、どうしてもロスタイムが大きい。
それをひっくり返せる作戦がなくはないが、リスクが大きい。
「まあ考えても仕方ないか。明日の朝のフリー走行走ってから考えよう」
和貴も気持ちを切り替えて、早々に眠ることにした。