恐怖の電話
その日の夜、ネット回線の通話でナガタレーシングの監督と車の仕上げ具合について話していた。
そのついでに、理奈が仕上げた458についても報告した。
458に関しては、監督も興味を持った。
「佐伯が軽く流しただけでウチの車と同レベルのタイムか。確かに458は扱いやすいけどな」
「フル7速とショートレシオのギヤがよかったですね。1速で120キロくらいまで伸びますが、7速は255キロでリミッターに当たりました」
「ウチの911だと、鈴鹿のホームストレートで270キロ弱は出る。最高速が15キロも遅くて同タイムか。考えさせられるな」
「でもリミッター打ったままストレート後半走るのは気分悪かったです。エンジンによくないのは当たり前ですから。それにあれだけシフトチェンジが多いとギヤトラブルの可能性も高いですよね?」
「フェラーリのミッションはあまり耐久性がよくないと聞く。フル7速なんて耐久では自殺行為だろう。面白い車とチューナーだとは思うが、もう少し様子を見たいな」
「これからいろいろ係わり合いが増えそうなんで、情報は報告します」
「それで佐伯はどっちに狙いを定めたんだ?姉か?それとも妹か?」
「なに言ってるんですか。見た目はともかく、性格は難ありのふたりですよ」
「見た目がいいだけでもツバつけておけばいいような気がするが」
「その見た目も問題あるというか。幼馴染は初対面で小学生扱いしてましたから」
「見た目可愛くてロリは需要高いぞ」
「勘弁してください、俺はそっちの趣味はないんで」
下らない話を交えつつも、問題点はきっちり報告した。
「タイヤのウォームアップ、特にフロントか」
「911なら仕方ない面だとは思いますが、もう少し何とかしたいです。現状ではアウトラップのロスタイムがかなり大きいと思うんで」
「わかった。チューナーと打ち合わせてみるよ」
会話が終わり、回線を切る。
それとほぼ同時に携帯が鳴った。
登録していない、知らない番号が表示されている。
「もしもし」
「あ、和貴?今日はありがとね」
「ひょっとして、優奈か?」
声に緊張が乗る。
「なんなのその声は?お姉ちゃんじゃなくてがっかりした?」
「そうじゃない。何でお前が俺の番号知ってるんだよ?」
今日知り合ったばかりで、まだ深い付き合いをするつもりもなかったので携帯番号は交換しなかった。
初対面の女子にいきなり番号を聞くのはどうかと思った上に、性格を知ったらあまり関わりたくないと本心で思ったからでもある。
そんな相手に、重要な個人情報であるはずの携帯番号が漏れていた。
恐怖以外の何物でもない。
「それは愛の力というか、あたしの和貴に対する想いかな」
「茶化すんじゃない。そんなんで番号が漏れるなんてマジ怖いって。それに今の発言はちょっと重いぞ」
「なにそれ、駄洒落のつもり?」
「話を逸らすな。どうやって知った?きちんと話せ」
声に恐怖と苛立ちが乗る。
「そんな怖い声出さないでよ。えっとね、和貴のクラスメイトで片山真一って居るでしょ?」
「片山がどうした?」
「MRWで偶然当たってね、さっきまで対戦やってたの」
「それで?」
「FFなら、特にマツダスピードアクセラ絶対に負けないってほざいたから、同じ車で勝負して完膚なきまでに叩きのめした」
「片山のヤツ、無茶しやがって・・・」
真一のレベルは和貴から比べるとかなり劣る。
ちょくちょく対戦するが、和貴はハンデで性能の劣る車を使っている。
優奈が相手で同じ車なら勝負にならないだろう。
「で、勝負に勝ったから和貴の携帯番号とメアドを聞き出したのよ。これで安心した?」
「片山のヤツ、俺の情報を売ったのか」
「なによ、あたしがここまでして和貴の番号を聞き出した努力に感謝して欲しいところなんだけど」
「お前みたいに自分に自信を持ってる女とはあまり関わりたくないんだよ。男は大概自分の言うこと聞くと思ってるだろ?」
「そんな風には思ってないよ。あまり男子とは接点ないし。携帯番号の件も向こうが言い出したんだからね」
「片山がなにを言ったんだ?」
「勝負に勝ったらMRWでフレンド登録して、ついでに携帯番号も交換して欲しいって言い出したのよ。だからあたしも仕方なく交換条件で和貴の番号教えてってことになった。だから原因は向こうよ。人の友達悪く言うのは好きじゃないけど、ちょっとキモくない?」
優奈は露骨に引いている。
「そういう流れならまあ仕方ないかもしれんが、片山はちょっと女子にがっつき過ぎなところがあるから、女子の交友関係を増やしたいんだよ。それが暴走しただけだと思うぞ」
「ふうん、和貴って優しいんだね」
「今の話の流れでどうしてそうなる?」
「だって事情があるとはいえ、友達に携帯番号売られたんだよ。あたしならキレて絶交だよ。でも和貴はフォローしてるじゃない」
「やっぱお前は自覚ないんだな」
「なにが?」
「お前ら姉妹はウチの学校では美少女双子姉妹ってことで有名なんだよ。ウチの男子生徒ならお近付きになりたいって思ってる輩は大勢いるんだ。良くも悪くも自覚したほうがいいぞ」
「あたしとお姉ちゃんってそんな風に見られてるの?」
優奈は驚いた声を出す。
「俺もお前ら姉妹の名前は知ってた。片山は目の色変えてたからな。その気になれば彼氏作るのは簡単なんじゃないか?」
「うわー、なんかマジキモい。要は見た目だけで目を付けられてるってことでしょ?外見だけで判断されるなんて最悪」
「その考えは一理あると思うが、でも見た目はいいって証だぞ。そこは喜んでもいいんじゃないか?」
「喜べるわけないでしょ!」
「なんでだよ?」
「確か希っていったっけ、和貴の幼馴染」
「ああ、希がどうした?」
「マジでムカついたけど、一応自覚してるのよ。あたしもお姉ちゃんも実年齢より幼く見られるって」
「そういや確か小学生に見えるとか言われてたな」
「小学生は余計!幼く見えるだけでいいの!」
優奈はその部分をやけに強調した。
「なんだ、そこは気にしてるのか?」
おかしくなって、つい笑ってしまう。
「笑わないでよ!マジで悩んでるんだからね!」
「はいはいゴメンよ。で、なんの話だったっけ?」
すっかり脱線してしまったのでどんな話題からこうなったのか忘れてしまった。
「だから見た目だけで人気があるってこと!」
「ああ、そうだったな。で、なんで嫌なんだ?」
「はっきり言えば、ウチの男子はロリコンばかりってことでしょ?ドン引きよ」
「要は可愛く見られることがお前にとってはコンプレックスな訳だ。複雑で難しいな」
「だからせめて和貴はあたしを大人の女として扱ってよね」
「それは無理な相談だな」
「なんでよ?」
「見た目はまあ置いとくとして、お前って性格がガキっぽいもん。その辺は姉を見習って欲しいものだな」
「じゃあ和貴はあたしよりお姉ちゃんのほうが好きってこと?」
「だから誤解を招く言い方をするな。まあ理奈ちゃんのほうが好印象ではあるな。だからと言って付き合いたいとは思わんけど」
「へえ、出来ればその理由を聞かせて貰いたいわね」
「お前は分かりやすい性格だけど、理奈ちゃんの本性はどうも掴めん。あの笑顔の裏の素顔が恐ろしそうな気がするんだが、どうなんだ?」
「ちょっと驚いた。和貴って女の子を見る目があるんだね」
優奈は感心したような声を出す。
「やっぱり怖いのか?」
「ビンゴ。お姉ちゃん怒ると怖いよ。あと陰湿だから。だから希って女の発言は絶対根に持ってるね」
「おいおい、姉妹揃って同じコンプレックス抱えてるのか?」
「仕方ないじゃん、双子だもん」
「とは言っても、性格の印象はかなり違うぞ。てか見た目以外はかなり違うんじゃないか?」
「例えば?」
「学校の成績とか?」
「・・・」
電話の向こうで優奈が黙った。
「お、図星か?」
「成績優秀者からそれ言われると、嫌味にしか聞こえないんですけど」
一気に不機嫌な声色になる。
「姉が学年トップだと、どうしても比べられるよな」
「どーせあたしは下から数えたほうが早いですよ」
「やっぱそんなもんか。けど逆に運動神経はお前が良さそうだな」
「まあね。体育は好きだよ。けどお姉ちゃんも悪いってほどじゃないよ。好き好んで運動はしないけどね」
「まあ姉妹で住み分け出来てるみたいだからいいんじゃないか?」
「それでもねー、お姉ちゃんが学年トップなんて獲るから、あたしに対する風当たりが強いのよ。だからってお姉ちゃんは勉強教えるの下手だからさ、今度の期末は和貴が勉強教えてくれない?」
「おいおい、俺だってそんなに成績良くないぞ。教えられるほどの頭は・・・」
「そうやって理由つけてあたし避けるの止めてくれない?マジ傷つくんだけど」
優奈が拗ねたような声を出した。
「な、何言ってんだよ」
「下調べは出来てるんだからね。成績上位者名簿に掲示されるのは学年トップ30位まで。で、和貴は31位。そこまで先生から聞いて知ってるんだから。それでそんなに成績良くないなんて言われたらあたしの立場どうなるわけ?ホントに落ち込むよ」
どんどん声のテンションが下がる。
「わ、悪かったよ。どこまで力になれるか分からんけど、期末の勉強は見てやるから」
仕方なくそう進言すると、
「ホント?約束だからね!」
優奈は一気に上機嫌な声になった。
「お前ってホントに分かりやすい性格してんだなあ」
あまりの変貌ぶりに和貴は呆れるしかなかった。
「あともうひとつお願いあるんだけど」
「だから、そうやって男に言うこと聞かせるのは止めろよ」
「そんな大したことじゃないよ、あと和貴の友達のためでもあるんだからね」
「友達って片山か?」
「かなり徹底的に叩きのめしたからね。結構凹んでると思うのよ。だから明日の昼休みに和貴の教室に行くから、一緒にお昼食べてよ。おまけに片山って男も同席していいからさ」
「まあ、それくらいなら構わんけど」
「じゃあ明日の昼にお姉ちゃんと一緒に行くからね」
「ああ、分かったよ」
「それと後でメール打つから、この番号と一緒にちゃんと登録しておいてよね」
「はいはい、了解了解」
優奈に逆らうのはエネルギーの浪費にしかならないと感じた和貴は素直に言うことを聞いた。
「じゃあまた明日ね。おやすみ」
ようやく通話が切れた。
「なんか、疲れたな」
優奈と接していると体力を持って行かれる気がしていた。
即座に携帯が震える。
優奈からのメールだった。
先ほどの番号と一緒に新規アドレス登録をしていると、その途中でまた携帯が震えた。
登録していないメールアドレスから。
[理奈です。今日はいろいろありがとう。偶然佐伯くんの番号とアドレスが分かったから、あたしの番号とアドレスをメールします。登録しておいて下さいね]
「妹の次は姉かよ」
理奈らしい丁寧な文面だが、妙な強迫観念に駆られた。
「ずうずうしい妹とも関わりたくないけど、だからと言ってこの怖い姉から逃げるわけにはいかんだろうなあ」
仕方なく、姉妹揃って携帯に登録した。
翌朝、
HR前に真一を捕まえた。
「お前なあ、気持ちは分からんでもないけど、交換条件に俺の情報売るなよ」
とりあえず文句を付ける。
「俺だって佐伯の番号売るつもりは無かったんだよ。あんなか弱い女の子相手に、しかも俺が得意なFFなら絶対に負けないと思ったから受けたんだよ。そしたら・・・」
真一は悔しそうに俯いた。
「ボッコボコにされたらしいな」
「なあ、俺ってそんなに下手なのか?FF使いだと自負してたんだけど?」
「確かに片山はFFが得意だよな。パワーを上手く使えてる」
「だろ?だからハイパワーのマツダスピードアクセラならって・・・」
「その選択が間違いだ」
「なんで?パワー使うのが上手いんなら・・・」
真一の表情に疑問が浮かび上がる。
「言葉の意味を履き違えてる。より正確に言うなら、片山のスタイルだと限られたパワーを上手に活かすのが上手いんだ。だからシャーシ性能がパワーを上回っている車が前提なんだよ。FFのレースカーとか得意だろ?あれはハイパワーだからじゃなく、それ以上にシャーシが優れているから速いんだ。でもマツダスピードアクセラなんて、よく考えてみろよ?」
FFにもかかわらず、260馬力のハイパワーターボエンジンを積むじゃじゃ馬である。
「俺はあの車は好きだぞ」
「好きだからって速く走れるとは限らないだろ。あれは完全にエンジンがシャーシより優ってる。性能を引き出すのにはそれなりのスキルが必用だ。同じ車でのバトルなら俺は絶対に使わない。シビックタイプRとかのほうが癖が弱いから全然バトルしやすい」
「じゃあ車の選択を間違えなければ俺は勝ってたのか?」
「いや、それは難しいだろう。優奈は高性能ハイパワー、ハイスピード車に慣れてる。500馬力級のレースカーを平気に振り回せるほどの腕を持っている。どうであれ片山が勝てる相手じゃない」
厳しい言葉だが、友人には現実を伝えたほうが親切だと思い、口にした。
それを受けて落ち込むかと思ったが、
「佐伯、お前たった一日で随分親密になったな」
思ってもみない言葉が返ってきた。
落ち込んでいる様子はなく、疑惑の眼差しを向けられている。
「なんだよその目は?なんの話だ?」
「いきなり中根妹を下の名前で呼び捨てかよ。普通はさんとかちゃんとか付けないか?」
その言葉を受けて、思わず噴き出してしまった。
「なんだよそのリアクションは?」
「あ、あのなあ、優奈にさん付けなんて仰々しいし、ちゃん付けなんてキャラじゃない。呼び捨てが一番しっくり来る」
「じゃあ姉はどうなんだよ?」
「理奈ちゃんは・・・あ、ちゃん付けてるな。でもさん付けには違和感あるな」
「まあそうだよなあ。優奈ちゃんも理奈ちゃんもかわいいからさん付けはちょっと変だよなあ。やっぱロリキャラはちゃん付けだよな」
「片山、ふたりの前ではくれぐれもその話題は出すなよ。姉妹揃って幼く見られることにコンプレックス抱えてるからな」
念を押しておく。
「そうなのか?了解。けど俺がふたりと一緒になる機会なんてないぞ」
「今日ここに昼飯持ってやってくる」
「なに?中根姉妹と一緒に飯食えんの?」
真一は一気に目が輝く。
「昨日の話の流れでそうなった。だから話す機会が出来るんだから、ふたりともよく観察しておけよ。普通の感性なら付き合いたいとは思わんだろうから」
「佐伯、マジでグッジョブだ。これで俺も中根姉妹とお近づきになれるぞ!」
和貴の進言など無視して、完全にひとり盛り上がっていた。
そして昼休み。
しばらくして、弁当箱を持った中根姉妹が入ってきた。
和貴を見つけると、笑顔で寄ってきた。
「あれ、和貴ひとり?」
「片山は昼休みと同時に購買にダッシュした。急いでパンを買って帰ってくるだろう」
事実、そんな会話をしている間に、真一は息を切らして帰ってきた。
「お前なあ、慌て過ぎだ」
呆れる和貴。
「んなこと言ってもこんなチャンス又とないから、焦るのが普通だろ」
そう言い訳しながら寄ってくると、中根姉妹に笑顔を向けた。
「えっと、片山真一です。よろしくね、理奈ちゃんに優奈ちゃん」
「へえ、昨日徹底的に叩きのめした割には、意外と元気なんだね」
「次は負けんよ」
自信満々に真一はそう口にするが、
「それは撤回しろ。今のお前がどう頑張ったところで優奈には勝てん。片山はまだ基礎が出来てないからな」
「えっと、片山だっけ、普段はどんな車使ってるの?」
奈緒が尋ねると、
「俺はGT―R使いだよ。あとFFも得意だ。昨日は車種選択をミスったのが大きかったからな」
やけに自信満々に答える真一。
「じゃあロータスエリーゼとかは苦手?」
「あれは車じゃない。あんなピーキーな車は使えんよ」
「じゃああたしに勝つのは無理だね」
優奈はバッサリと切り捨てた。
「な、なんでだよ?勝負はやってみなきゃ・・・」
「だってMRWじゃエリーゼ振り回せるようになるのが基本じゃん。それでようやく速いカテゴリーにステップアップ出来るんだから。やっぱ和貴の言う通り、基本が出来ていないね」
「俺は佐伯みたいなピュアレーサーじゃなくて、レースを楽しむサンデーレーサーなんだよ。だから走らせてラクで楽しい車を好んで使うんだよ」
「あたしも和貴と同じでピュアレーサー目指してるよ。お姉ちゃんもガチのレースで使える車のチューニングに勤しんでる。目指している目標が根本的に違うね」
優奈、理奈はそれぞれ弁当箱を広げ、真一は購買のパンの袋を破った。
そして和貴も弁当箱を取り出した。
それに目を付けたのが真一。
「あれ?佐伯の家って弁当持たせない主義じゃなかったっけ?」
「ああ、まあ、な」
和貴はとりあえずその場を濁した。
その様子に優奈が反応した。
「ははーん、さてはその弁当、希だな!」
「ちょ、おま、それ言うなってか、なんで分かった?」
「うーん、女のカン?」
冗談を言っているようには見えない。
「おいおい、だとしたらマジで恐ろしいな」
女のカンとやらを完全に侮っていた。
「おい佐伯、希って誰だよ?」
それには和貴ではなく、優奈が答えた。
「和貴の幼馴染。確か田中希だったっけ?綺麗な人だよねえ。年上?」
「ああ、希は俺よりひとつ年上だ。ガキの頃から姉みたいに仲良く遊んでたな」
「おいおいなんだよ、年上の綺麗なお姉さんが居るなんて聞いてなかったぞ」
真一が絡んでくる。
「いやだって、話す機会もなかったし、それにそもそもお前とは接点がないからな。希は地元の中牧の高校に通ってるから」
ここで理奈が、
「あの、幼馴染のお姉さんみたいな人を呼び捨てって、なんか変じゃない?」
「俺もそれはいまだに違和感あるよ。けど中学に上がる頃に『お姉ちゃんは止めて』って言われてさ。それ以来仕方ないから呼び捨て。さん付けるような間柄じゃないし」
「おいおいなんかキナ臭いな。年上のお姉さんを呼び捨てにする間柄かよ。怪しいぞ」
真一が追及の眼差しを向ける。
さらに優奈が、
「ねえ和貴、携帯見せて」
と、こちらも追及に乗り出した。
「なんでお前に携帯見せなきゃならんのだ?」
「女の子には中身を見られたくないような携帯なの?」
「そんなわけあるか。至って普通だ」
「やましいことがないなら、見せてくれてもいいんじゃない?」
「まあそう言われれば・・・」
渋々納得して、自分のスマホを差し出した。
それを受け取った優奈は慣れた手つきでスムーズに操作する。
そして、
「あった、怪しい関係見つけた」
とのたまった。
「お前、なに見てんだ?」
そんなものを携帯に入れた覚えはない。
「ほら、これ」
優奈は画面が全員に見えるように携帯をかざす。
そこには笑顔で手を振る希の写真が映し出されていた。
「ちょっ、なんだこれ?」
こんな写真を撮った覚えがない和貴は思いっきり慌てる。
「なにシラ切ってるのよ。ただの幼馴染の写真を携帯に大切に持ってるの?やっぱり怪しい」
優奈は目を細めて追及してくる。
そして真一は、
「なにぃ!こんな綺麗なお姉さんが幼馴染なのか?それを黙ってやがるとは・・・」
真一の視線も冷たい。
「いや、だから違うんだって。ホントにただの幼馴染で、それ以上の関係はないから」
慌てて弁明するが、言葉に説得力はない。
「和貴って意外と往生際悪いよね。いつ、どこで撮ったのよ?」
「んなこと言われても・・・」
全く身に覚えがない和貴は写真をよく見てみる。
「これは、服装から見ると今年の年明けっぽいな。場所は、俺の家のリビングか?」
写真からそう読み取った。
「佐伯くんの様子だと、本当に身に覚えがないみたいね」
ここでようやく理奈がフォローに入った。
「ホント理奈ちゃんの言う通り。俺は撮ってないから」
「じゃあ質問変える。和貴は希に写真撮らせたことある?」
「そりゃ幼馴染だからそんな機会はいくらでも・・・」
「そんな昔話はどうでもいいの!最近の話よ。希の携帯カメラで撮られたかを聞いてるの!」
「それは・・・」
和貴は優奈の追及に言葉が詰まる。
「今更とぼけないでよ。正直に答えなさい。そんな機会あれば簡単に忘れるわけないでしょ」
優奈相手にどうしてそこまで答えなければならないのかと突っ込みたくなったが、今の状況でそんな反発をすれば3人からの集中砲火を浴びるのは必至なので、渋々ながら答えることにした。
「あったよ。ちょうど今年の年明けだ。希が年始の挨拶でウチに来た時に頼まれて撮らせた。なんか妙に恥ずかしかったな」
「ふーん、じゃあこの写真は和貴が席を外した時に、家族の誰かが撮ったんだろうね。妙な気を利かせちゃってなんかヤダな」
優奈は納得しつつも、不満を表情に浮かべている。
「どういう意味だ?」
優奈の不満顔の理由が分からない和貴は素直に尋ねた。
「念のためもう一度確認しておくけど、和貴にとって希は幼馴染であって、それ以上でも以下でもないんだよね?」
「ああ、俺はそう思ってる」
「でも希はどうなの?家族はどうなの?」
「そんなことまでは知らん。ガキの頃から家族ぐるみで付き合ってきたんだ。これまでも、たぶんこれからもな」
「そう思ってるのは和貴だけじゃない?」
「なんでそう思う?」
「だってお互いの携帯に写真持ってるんだよ。しかも今日はお手製のお弁当。傍から見れば付き合ってる恋人同士にしか見えないんですけど。しかも親公認のオマケ付き」
棘のある優奈の発言に理奈と真一も頷く。
「お前、いきなりなに言い出すんだよ。希が俺のことをそんな目で見てるなんてあり得ないって」
「それは和貴の思い込み。証拠がそのお弁当よ」
「確かにこれは驚いたよ。今朝おふくろから希の料理の勉強に付き合えって渡されたんだよ。まあ言葉通りの意味しかないかもしれんけどな」
「ふーん、そういう名目なんだ。なら遠慮なく・・・」
優奈は和貴の弁当箱から玉子焼きをかっさらった。
それを口に運ぶ。
「むう、なかなか上品な和風テイストじゃない。美味しい」
「そうなの?じゃああたしも・・・」
今度は理奈が野菜炒めに箸を伸ばした。
「あ、これも和風だね。上品と言われればそれっぽいけど、ちょっと薄味な気もする」
「おいおい、姉妹揃って俺のおかずを取っていくなよ」
和貴は自分の弁当をほとんど食べていない。
「じゃあ代わりにあたしのおかず、好きなの持ってって」
優奈が小さな弁当箱を差し出した。
「そうか?んじゃお言葉に甘えて・・・」
和貴は白身魚の切り身を頂いた。
「お、白味噌で味付けか。俺こういうの好きだな。美味いじゃん」
「へへっ、それあたしが焼いたんだよ」
優奈が上機嫌な顔で自慢する。
「えっ、お前料理出来るの?全然そんなイメージないけど?」
「その驚きは失礼ね。あたしもお姉ちゃんもそれなりには出来るよ。あたしは和食が得意でお姉ちゃんは洋食が得意。お弁当は毎日交代で作ってる」
「へえ、マジで住み分け出来てるんだな。それなら弁当のネタに悩むこともないし、飽きないもんな」
「佐伯くんは和食が好み?」
理奈が優しい笑みで尋ねてきた。
「ああ、どちらかっつーと和食好きだな。なんで分かった?」
「だってこの希さんのお弁当、和食だもん。たぶん佐伯くんの好みを知ってて作ったんじゃないかな?」
「なんかそう言われると、余計に俺と希の関係が疑われそうなんだけど」
和貴は複雑な笑みを浮かべる。
「希がどう思おうと、和貴に気持ちが伝わらなきゃ意味ないでしょ。たぶん焦って慌てたんだろうけど、無駄になるっぽいね」
「なあ、ホントにお前の頭の中はどうなってるんだ?」
優奈の突拍子のない発言は和貴を悩ませる。
「そのお弁当、昨日あたしとお姉ちゃんが和貴の家に押しかけたのを見て慌てたんだよ。このままじゃずっと仲良しで想いを寄せてた大切な人が見ず知らずの女に盗られるかもってね」
「だからそんな関係じゃないと何度言わせるつもりだ?それにお前の自意識過剰も大概だな」
優奈の発言に呆れる和貴。
「ふーん、つまり和貴はあたしを女扱いしてないわけね?」
好戦的な目付きで睨んでくる。
「そこまでは言わんが、面倒な女だとは思ってるぞ」
「そう思ってるなら、今度の休みに付き合ってよ?」
「いきなりなんだ?」
「あたしも和貴が使ってるようなMRWの本格的なコントローラー買うつもりだから。その買い物に付き合って」
「分かった。そういう理由なら付き合うよ」
「あれ意外。てっきり抵抗すると思ったのに」
少し驚く優奈。
「MRW関連は関わるって約束だからな。それにお前を連れて行きたいところもあるし」
「なに?どんなデートプラン?」
「デートじゃねえよ。地元にMRWに力入れてる店があって、そこで面白い体験出来るからな。コントローラーも揃ってるし、店長とも顔馴染みだ。今のチームに入ったのも、その店長のコネがあったからな」
「へえ、面白そうじゃん」
優奈は笑みを浮かべるが、
「おい佐伯、優奈ちゃんあの店に連れて行くのかよ?」
真一は渋い顔を見せる。
「えっ、なにがあるの?」
「以前片山を連れてったんだよ。そこでこいつは心がポッキリ折れた。お前はどうかな?」
和貴は優奈に挑戦的な笑みを向ける。
「あれに乗せるのか?」
「もちろん。じゃなきゃ行く意味ないだろ」
「でも優奈ちゃんの背で大丈夫か?」
「事前に連絡入れておく。ポジション調整に時間が掛かるからな。たぶん大丈夫だろ」
「お前マジで酷い奴だな!」
真一は和貴に非難の眼差しを向ける。
「なんかちょっと不安になってきたんだけど」
真一の露骨な態度が優奈を困惑させる。
「当日のお楽しみだ。期待して待ってろ」
そんな優奈に余裕の笑みを浮かべる和貴だった。
そんな会話を挟みながら、優奈と理奈は五時間目ギリギリまで和貴たちと色んな話をして、帰って行った。
「片山よ、率直にどう思う、あの姉妹は?」
「佐伯の言う通り、優奈ちゃんは疲れるな。理奈ちゃんは全然分からん。ずっと穏やかな笑みを崩さなかったけど、たぶん作り笑いだろうな。本性が掴めん」
「もっと仲良くなりたいと思うか?」
「正直、遠慮したい」
真一は率直な感想を述べた。
「あんな性格で、ウチの学年では人気姉妹ってんだから、ホントに外面だけで騙されてる輩が多いんだな」
「まだ五月後半だからな。性格が知れ渡れば人気も落ち着くかも」
「片山も外面には騙されるなよ」
「それでも佐伯はやっぱ恵まれてるよ」
「あんな疲れる姉妹に振り回されてる俺がか?」
「そうじゃない、幼馴染の希さんだ」
「だからそんな関係じゃないって散々言っただろ?」
「それでもあんな綺麗なお姉さんの手作り弁当喰えるなんて立派なリア充だぞ」
「まあお前がどう思おうが勝手だが、変な噂は広めるなよ」
「今の状況でそんなことが知れ渡ったら、優奈ちゃんと二股かけてるとか言われそうだからな。適当に濁しておくさ」
「だから優奈ともそんな関係じゃないんだけどな・・・」
もはや弁明しようという気力も失せていた。