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Motor Racing World  作者: ジャミー
2/23

意外な出逢い

翌日、

昼休みに教室で真一と一緒に購買のパンを頬張る。

そこで昨夜の対戦の話をした。

「お前馬鹿か?女の子のプレイヤーなんてほとんど居ないから、そんな機会あったらフレンド登録するのが常識だろ?」

「でもレベル的に俺よりだいぶ落ちるからなあ。相手にするにはちょっと物足りないんだよ」

「そんなの関係無しに女の子は大切にしろよ!」

「だけど可愛い子ならともかく、声だけで見た目も性格も分からないんだぞ。それにどこに住んでるか分からないんだから、そんなにがっつくこともないだろ」

「佐伯、お前って女の子関係はあまり真剣じゃないよな。ひょっとして彼女いるのか?」

「何言ってんだよ。俺はフリー。確かに彼女は欲しいとは思ってるよ」

「その割には女子と積極的に会話しようとはしてないよな」

「きっかけが無いだけだよ。それに特に目を付けてる女子も居ないし」

「やっぱりなんか淡白に感じるぞ」

そんな会話をしてると、教室の入り口あたりから、

「佐伯くーん、お客さんだよ」

という女子の声が届いた。

振り向くと、小柄な女の子が二人並んでいた。

「おい、中根姉妹じゃないか!」

真一の鼻息が荒い。

この学校の1年では随一の美少女双子姉妹と言われている中根姉妹が揃っていた。

「佐伯、いつの間に知り合いになってたんだよ?」

「知り合いも何も、尋ねられる覚えはないよ。なんで中根姉妹が・・・ん?中根?」

何か引っかかるものを感じた。

「まあいい、ちょっと行ってくるよ」

席を立ち、教室の入り口に向かう。

そして入り口で待つ中根姉妹に視線を向ける。

確かに美少女だった。

かなり小柄で、大きくはっきりとした目に小さめの口、整った顔立ちは活発そうにも、品が良さそうにも見える。

髪は揃ってダークブラウンのセミロング。姉と妹、どちらがどっちなのかぱっと見は区別が付かない。

だが同じ顔立ちでも、表情は異なっていた。

片方は穏やかな笑みを浮かべ、もう片方は好戦的な目つき。

そんな鋭い視線を送る子の耳にはピアスが輝いていた。

「えっと、ピアス付けてるほうが妹の優奈ちゃんだっけ?んでそっちが姉の理奈ちゃん?」

本来ならピアスは校則違反だが、双子を区別するために特認していると聞いたことがある。

「そうよ。あんたが佐伯和貴?」

優奈は攻撃的な視線で尋ねてきた。

「ひょっとして昨夜の458か?」

確かイニシャルがY,NAKANEだった。

中根優奈と一致する。

「そうよ。昨日は熱く激しい夜だったよね!」

突然、誤解を招くようなことを教室全体に聞こえるような大きな声でのたまった。

一気に教室中が騒ぎ出す。

「あ、熱い夜ってナニ?」

「佐伯の奴、いつの間に中根妹と出来てたんだ?」

そんな状況になり、当然のごとく和貴はうろたえる。

「ちょ、おま、何言い出すんだよ?」

「だって間違ってないでしょ?」

「誤解を招くような言い方をするな!」

ここで様子を伺っていた姉が、

「あの、佐伯くん、ちょっと場所変えてお話しない?あたしも優奈もあなたに話があるの」

姉は妹とは異なり、穏やかな笑みを浮かべていた。

和貴は騒ぎ出した教室の後始末に頭を悩ませつつも、姉の理奈に同意した。

そして3人は中庭に移動した。

「しっかしまあ、昨日の今日でよく俺が同じ学校の生徒だと分かったな。フルネームだけで分かるもんじゃないだろ?」

素直な疑問を優奈に向けた。

「偶然よ。お姉ちゃんの完全制覇を阻止した男があんただって先生から聞いて知ってたからね」

「そういやそんなこともあったな」

先日行われた中間試験。

姉の理奈はダントツで学年トップの成績だった。

ほぼ全ての教科で1位だったが、化学のみ2位だった。

そしてその化学の1位が和貴であった。

だが和貴は他の教科では振るわず、成績上位者名簿に名前は掲載されなかった。

「それで俺に話ってのは?」

「お姉ちゃんとあたしでチーム作るから、そこにドライバーとして入って欲しいの」

「チーム?」

「そう、お姉ちゃんが監督兼チューナーであたしがドライバー。で、今人気のセミ耐久に出たいから、もうひとりドライバー探していたのよ」

「悪い、俺もうチームに入ってるんだよ」

「どこ?」

「東京のナガタレーシングってところ。そこのセカンドドライバーやってる」

「ナガタレーシングってそこそこ速いところだよね?そこのドライバーだったなんて」

驚く理奈。

「どうりであたしが勝てないわけだ。そりゃ腕もマシンもハイレベルに決まってるよ」

優奈は納得していた。

「だからドライバーの件はちょっと無理だな」

「じゃあさ、せめてあたしたちのレベルアップには協力してくれない?」

優奈が新たな頼みを言い出した。

「レベルアップ?」

「和貴からすれば、あたしなんて相手にもならないでしょ?」

「まあな。けどいきなり呼び捨てかよ」

少し驚く和貴。

「あたしも優奈でいいよ。和貴とはそういう付き合いしたいから」

「どういう付き合いだ?」

「ライバルとして正式に認めて欲しい。そこまでのレベルにはなりたいの」

優奈は真剣な目を見せる。

「まあ、それくらいなら協力してもいいけど。でも俺のレベルも大したものじゃないぞ。昨日のバトルは車の差が大きかったんじゃないか?」

「だったらお姉ちゃんの造った車を見て欲しい。それで正直な感想を聞かせて」

断る理由はない。

「わかった。じゃあ具体的にどうする?」

「今日の放課後はヒマ?」

「ああ、バイトもないしな」

「じゃあ今日和貴の部屋に行ってもいい?」

「いきなり俺の部屋かよ?」

優奈の積極性にまた驚く。

「悪い?」

「別に悪くないけど、けど俺の家遠いぞ」

「どこ?」

「中牧」

「うわ、結構遠いね。電車通学?」

「いや自転車。30分くらいかな」

「それって結構速くない?」

「ロードバイクだからな。ママチャリとはペース違うよ」

「電車だと駅から家まで遠い?」

「そんなことない。女の子の足でも10分くらいだと思う。場所教えるから携帯出せよ」

奈緒はスマホを出した。

その地図アプリで和貴は自宅の場所を登録した。

「これで迷うことなく来れるだろ」

「ありがと。じゃあ今日はよろしくね、和貴」

優奈は機嫌の良さそうな足取りで校舎に戻って行った。

「佐伯くん、いろいろ迷惑かけると思うけど、あたしも優奈も真剣なの。だから力を貸して」

「ああ、MRWの世界に魅入られたのなら仕方ないよな。その気持ちは分かるよ」

笑顔を見せる和貴。

理奈は和貴に一礼をして、妹の後を追った。

「しっかし一卵性の双子でも、性格が全く異なるもんなんだな」

優奈と理奈の印象の違いに驚いていた。

そして和貴も教室に戻ると、クラスメイトからの厳しい追求が待っていた。

和貴はゲームのことだと弁明するが、なかなか信じてもらえなかった。

特に真一は厳しかった。

「お前なあ、女の子には関心持てよ。イニシャルから中根妹だと気付かなかったのか?」

「気付くわけないだろ。ただマイクで女の子だと分かって驚いたくらいだっての」

「で、手加減せずにフルボッコにしたわけか」

「逆に手を抜くほうが相手に失礼だろ?」

「そりゃそうだが、でもお前の印象は悪くなったと思うぞ」

「それでも構わんけどな。まさか厄介ごとになるとは思わなかった」

「ちくしょう、俺も今日塾がなければお前の部屋に押しかけたのに」

「無理すんな。片山の家は俺とは全く逆方向だろうが」

「そんなの関係ねえよ。中根姉妹と仲良くなれるならそれくらいするよ」

「見た目に騙されてるだけじゃねえか?妹は気が強そうだし、姉も外面は良さそうだけどどんな性格なのか掴めんからな。付き合うには面倒くさそうな気がするぞ」

「なあ、それって誰か比較対象が居るように聞こえるんだが?」

「な、何言ってんだよ。そんなの居ないって」

慌てて否定したが、確かに比べている。

幼馴染の希と。

だが希の存在はまだ話していない。

余計な詮索をされるのは御免被りたかった。


そして放課後。

和貴はロードバイクを飛ばして早めに帰宅した。

女子を部屋に招き入れるので、一応一通り片付けた。

そして帰宅して15分ほどしたら、インターホンが鳴った。

中根姉妹が早速やって来た。

「よう、早いな」

「膳は急げって言うでしょ。上がっていい」

「ああ、どうぞ」

ふたりを招き入れた。

そして階段を上がり、自室に案内した。

「うわ、なにこれ」

優奈の開口一番。

部屋の中央に鎮座したMRW専用コントローラーを見て驚いていた。

MRWはPCゲームなので普通ならPC画面でプレイするが、コントローラーの前に専用のディスプレイまで備わっている。

「中間テストの成績が良かったから買って貰えたんだ。これにしてからタイムかなり詰まったな」

大きなコントローラーだった。

MRWをプレイするには、ゲーム用のパッドでもプレイ出来るが、本気で走るとなると具合が悪い。

ステアリングから伝わるインフォメーションがとても重要であり、パッドだとそれが伝わらない。

MRW対応のステアリングコントローラーのほうが舵角が少なくて済み、それが理由でタイムも上がり、タイヤの消耗も少ない。

MRWを本気でプレイするなら対応のステアリングコントローラーは必須になる。

そしてステアリングコントローラーの場合、問題になるのが剛性である。

ステアリングとペダル、シートが一体になっている状態で高い剛性が必要になる。

適当な机にステアリングを設置し、足元にペダルを軽く固定するレベルでは不十分である。

ステアリングのフォースフィードバックを感じ取ることが重要になり、対応コントローラー全てのブレーキペダルにはダンパーシリンダーが付いており、しっかり踏んでコントロールするにはそれなりの力が必要になる。

その力に負けない剛性を持つ一体型コントローラーマウントが求められる。

和貴が使用しているのはステアリング、ペダル、シートのマウントが金属製のフレームでガッチリ固定されるタイプのもので、シートも実車レース用のものがセットされている。

さらに4点式シートベルトまで備わっている。

総額10万円弱の代物だった。

優奈はこの専用コントローラーに目を輝かせた。

「こんなの使ってるなんて卑怯だよ。そりゃ負けて当然だよ」

「優奈はどんなの使ってるんだ?まさかパッドじゃないだろ?」

「ステアリングタイプだけど、3万円くらいのもの。シートもプラスチックだからフニャフニャしてやり辛い。パッドよりはマシだけどね」

優奈は早速、持参したMRW用のスニーカーに履き替え、和貴のコントローラーに座った。

「ねえ、これって簡単にポジション変更出来るでしょ。あたしの身体に合わせてよ」

「了解。ステアリングを基準にして、ペダルとシートの位置変えるぞ」

優奈の体格に合わせて、ポジションを変更した。

「これでどうだ?」

「うん、いい感じ。でもアクセルもブレーキもペダルストローク少ないよね。ちょっと踏むだけで全開になるし、バネも重い」

「これがレース用のペダル。慣れるとこっちのほうが扱いやすいぞ。微調整しやすいからな」

「このペダルなら・・・ねえお姉ちゃん、昨日仕上げた車を用意して」

和貴がパソコンを起動し、MRWを立ち上げると、理奈は自分のIDでログインして、USBメモリを差し込んだ。

そこからデータを呼び出し、フェラーリ458を用意した。

ドライバーを優奈にして、鈴鹿でフリー走行の準備をする。

「昨日の対戦で使った車か?」

「基本は同じ。だけどちょっと仕様が違う。使いこなせればこっちのほうが速く走れる」

優奈がそう説明している間に、フリー走行の準備が整い、早速走り出した。

安定したライン取りで走り、ペースも悪くない。

ただブレーキングでタイヤがロックしていた。

「かなりやりやすくなってるけど、でもまだ難しいな」

悩み顔を見せる優奈。

「ひょっとして、カーボンブレーキ使いこなせていないのか?」

優奈の走りを見て、和貴はそう尋ねた。

「うん、昨日はスチールブレーキ仕様。カーボンブレーキ使えるようになるのが今のあたしの課題」

優奈がそう答えると、

「どうりでブレーキが早かったわけだ。スチールブレーキ相手に勝っても嬉しくないな」

和貴は落胆した。

実車のレーシングカーでもブレーキはいろいろあり、下位カテゴリーは市販車と同じスチールブレーキだが、レーシングカーだと制動力が高く、重量も軽くなるカーボンブレーキが主流になるカテゴリーがある。

F1などの上位カテゴリーフォーミュラは全てカーボンブレーキである。

和貴が参加しているセミ耐久でもカーボンブレーキがOKになっている。

スチールブレーキとカーボンブレーキではブレーキ性能が別次元であり、カーボンブレーキのほうが圧倒的有利になり、ラップタイムも速くなる。

ただ取り扱いが難しく、微妙なペダルワークが要求される。

慣れないと今の優奈のように、ブレーキがロックしてタイヤを痛め、制動距離も伸びてしまう。

カーボンブレーキの操作を身に付けることがMRWのレーサーにおいて、ひとつの壁になっている。

そして優奈はその壁に直面しており、和貴は乗り越えていた。

優奈は数周走ってからピットに入った。

「お姉ちゃん、ブレーキアシスト弱くして。このペダルなら多少弱くなっても大丈夫だから」

優奈は真剣な眼差しを見せる。

理奈もそれに応え、セッティング変更に入った。

「なあ、シートベルト締めると操作がラクになるぞ」

「えっ、これって雰囲気出すためだけの部品じゃないの?あとドライバー交代のスイッチにもなってるって聞いたことあるけど?」

「確かにスイッチになってるけど、ちゃんとベルトの効果もあるぞ」

和貴は優奈の身体に合わせてベルトを調整する。

「パッドがちゃんと肩の位置に来るようにすると、金具が胸の位置に来るな」

「ドサクサ紛れに触らないでよ」

「多少触れても仕方ないだろうが。それよりお前、4点ハーネス締めたことある?」

シートベルトのことをハーネスと呼ぶ。

「ないよ。今日が初めて」

「じゃあちょっと驚くかもしれんけど、締めるぞ」

和貴は片側のベルトをバンと思いっきり引っ張り、締め付けた。

「うっ!」

優奈は小さく悲鳴をあげる。

和貴はそんな優奈を無視して、もう片側も引っ張り、身体をシートに完全に密着させた。

「どうだ?身体が完全に固定されてシートから動かない状態が正常だ」

「確かに動かないけど・・・ちょっと苦しい」

「最初はそうだ。しばらくすれば慣れる。呼吸が出来ないほどではないだろ?」

「そうだけど、完全におっぱい潰れてるよ」

「へえ、潰れるほどはあったんだな。ぱっと見はそう見えなかったけど」

おどける和貴。

「セーラー服だと身体のライン分かり辛いでしょ。あたしもお姉ちゃんも人並みにはあるわよ」

優奈は少し拗ねながら秘密を暴露した。

「もっと突っ込んで聞いてみたい気もするけど、これ以上はセクハラだと言われそうだから止めておくか」

「あたしの体重知ってる時点でセクハラよ」

「ネット上で公開しているデータ見ただけでセクハラ認定かよ。厳しいな」

「あれは仕方のないことじゃん。それにイニシャルと国籍だけで個人認定してるわけじゃないからね。あんたはあたしと認定してるからセクハラ」

「なんか理不尽だな」

「あたしの体重バラしたら承知しないからね」

「知ってる女の子の体重を暴露する趣味は持ってないから安心しろ」

そんな会話を繰り返している間にセッティング変更は終わっていた。

優奈は再び走り出す。

今度は安定したブレーキが出来るようになっていた。

「ベルトの効果はどうだ?」

「確かにあるね。微妙なコントロールが出来るようになった」

それでも時折ロックしている。

それに和貴の経験からすると、カーボンブレーキ本来の制動力を出し切れていないように見えていた。

「優奈はひょっとして踏力が足らないんじゃないか?」

カーボンブレーキはスチールブレーキと比べると作動温度域が格段に高い。

スチールブレーキの場合、差動温度域は100℃から700℃くらいだが、カーボンブレーキは400℃から1000℃ほどになる。

通常は走行風で冷やされるので、その状態では効かない。

だからブレーキング初期で一気に強く踏み、ブレーキ温度を上げる必要がある。

その力が足らないように感じていた。

優奈は小柄で体重も軽いので、踏力も弱いはずである。

「あたしも薄々そう感じてたけど、それを何とかしたいのよ。アシスト強くするのも手だけど、それやると今度は微調整がしにくくなる。そのポイント探しでいろいろ迷走してる最中よ」

「カーボンブレーキで踏力不足は結構深刻だぞ」

「ブレーキは利き足じゃないからね。右足でブレーキ踏むようにすればマシになるかなあ?」

「MRWのコントローラーで3ペダルあるけど、走行中はクラッチペダル使わないからな。踏み替えの時間がない左足ブレーキのほうがいいと思うぞ」

レーシングカーはアクセル、ブレーキ、クラッチの3ペダルが主流だが、実際はアクセルとブレーキの2ペダルしか使わない。

これはレーシングカーの大半がクラッチ操作不要のセミオートマが増えたからである。

MRWのペダルも2ペダルと3ペダルがあるが、3ペダルは実車のマニュアル車と同じ雰囲気を出すためのもので、速く走るためのものではない。

速く走るには2ペダルのほうが適している。

発進と停止時にはクラッチ操作が必要になるが、これは実車F1のようにハンドル下部に手で操作するクラッチレバーが備わっている。

使用車種の大半がセミオートマになっているので、走行時のクラッチ操作は不要になっている。

セミオートマ登場前のマニュアル車時代は右足でアクセルとブレーキ、左足でクラッチ操作だったが、セミオートマ主流の現在は右足でアクセル、左足でブレーキを踏む。

和貴もそのスタイルである。

ただ優奈の場合、踏力不足を何とかしなくてはならない。

それでも徐々にコツを掴み、ほとんどブレーキロックしないようになっていた。

その状態でタイムアタックに入っている。

何周かして、ピットに入った。

「ふう、コントローラーの差は大きいね。ベストラップ更新したよ」

やや満足げな優奈。

「そうだね、やっぱりカーボンブレーキの効果は大きい。1.5秒詰めたから。それにバネ下重量も軽くなってるから、それに合わせてサスセット詰めればもっとよくなるかもね」

PC画面で車両状態をチェックしていた理奈も笑顔を見せる。

「かなり扱いやすそうな車だな」

和貴は優奈の走りを見て、そう感じていた。

「なんなら走ってみる?お姉ちゃんが仕上げた車の正直な感想を聞きたいから」

「OK。じゃあ替ろう」

優奈はベルトを外し、シートから降りた。

「ふう、ホッとしたよ」

ベルトの圧迫から開放され、表情が柔らかくなる。

その女の子らしい表情に、少しドキッとさせられた。

和貴はそれに気付かれないように視線を逸らし、シートを自分の身体に合わせて調整してベルトを締めた。

そしてPCの前に座っている理奈に自分のIDを教えて、ドライバーを優奈から和貴に変更した。

これでドライバーの体重が変わるので、ラップタイムも変わってくる。

「ねえ理奈ちゃん、今のブレーキアシスト量っていくつ?」

優奈の踏力に合わせたアシスト量だと、和貴では強すぎる。

理奈から聞かされた数値は、やはり多すぎだった。

和貴は自分に適したアシスト量を伝え、理奈も手早く変更した。

これで準備が整った。

ピットから出て、ゆっくりコースインする。

MRWで458をドライブした経験はある。

普段使っている911と比べると、癖がなく扱いやすかった。

そして理奈の仕上げた458は、さらに扱いやすかった。

「前後バランスが凄くいいね。冷えたタイヤが均等に素早く温まるよ。予選用のソフトタイヤ履いてる?」

「ううん、セミ耐久で主流のミディアムハード。だから耐久性はあると思ってるけど」

「その割には温まりが早いね。これだけ早いとタイヤの消耗も早いんじゃないかな?」

「ロングスティントのテストはまだしてないの。鈴鹿で30周は持ってくれると思ってるけど」

「30周だとギリギリだな。出来ればあと5周持たせたいな」

「ミディアムハードで35周かあ。やっぱり厳しいなあ」

苦笑いを浮かべる理奈。

和貴は感触を確かめながら、徐々にペースを上げる。

だがどうもリズムが掴めない。

「なんかギヤシフトが忙しいな。下の回転のトルクも細いし」

「ポルシェは6速でしょ。フェラーリは7速だからね」

優奈がそう説明するが、どうもしっくり来ない。

普通なら2速を使うヘアピンやシケインでも1速を使っている。

「なんかギヤ比が高めと言うか、いや違うな。全体的にクロスしてない?」

「うん、フル7速仕様にしてる」

「フル7速か、どうりでな」

この理奈の説明で納得した。

レーシングカーの場合、6速ないし7速のトランスミッションを搭載している。

ただ実際は1速をスタート専用として使うため、コース上で使うのは5速ないし6速である。

だが使えるギヤは多いほうがメリットが高い。

そこでスタート加速と扱いやすさを犠牲にして、コース上でも1速を使えるようにしたギヤセッティングがあり、それをフル6速、フル7速と呼んでいる。

そうと分かれば走り方も変わってくる。

理奈が作った458は、とても扱いやすく、操縦が楽しい車になっていた。

ギヤシフトが忙しいが、それも楽しかった。

「凄くいい車だね。でもちょっとギヤ比がショートじゃない?」

適切なギヤ比より低めになっている気がする。

「ショート?そんなことないと思うけど。鈴鹿で7速をギリギリにセットしてあるよ」

理奈は疑問の表情でそう答える。

「そうは言ってもね。じゃあちょっとタイムアタック入るよ」

全開で下りのホームストレートを駆け抜ける。

そしてストレートエンドのかなり手前でリミッターに当たった。

「ほら、リミッター打ってる。以前のF1ではこんなセットが当たり前だったけど、耐久ではエンジン痛めるよ。これわざと?」

「ううん、優奈が走るとちょうどいい感じなんだけど」

「じゃあ優奈がこの車の性能を引き出せていないんだな」

プレイ中なので優奈の表情は見えないが、たぶん不機嫌だろう。

連続コーナー区間ではギヤ比が細かいメリットがあり、とてもリズミカルに駆け抜けられる。

ハンドリングに不満はなかった。

ギヤ比が低いのは間違いないが、その分中間加速が速いので、タイムアタックには適していた。

長いバックストレートでもリミッターに当たった。

「中間加速が速いから、これはこれでアリかもな」

130Rを6速で抜けて、シケインに進入する。

ブレーキバランスも適切で、ポルシェに匹敵するブレーキ性能だった。

シケインを綺麗に抜けて、最終コーナーを全開で立ち上がる。

コントロールラインを通過。

「えっ、うそっ?」

驚く理奈。

「げっ、マジ?」

優奈は顔色が悪くなる。

たった1周のアタックだったが、優奈の記録したベストタイムより2.5秒も速かった。

和貴はアタックを終えると、今度はコーナーでわざと不安定な挙動で走ってみた。

「やっぱりバランスいいよ。どんな状況でもコントロール出来る。これならバトルもしやすいだろうな。それに速いし」

「佐伯くんが使ってるポルシェと比べてタイムどう?」

「ほとんど変わらない。ポルシェは走り込んで出したタイムだけど、こっちはまだ車なりに走らせてるだけだから、慣れればもう少しタイムは詰まるだろね。だから理奈ちゃんの車のほうが速いよ」

「ナガタレーシングのドライバーからそう言ってもらえると嬉しいな」

笑顔を見せる理奈。

「けど耐久性は疑問符だね。リミッター当たってる状態はエンジンに過負荷が掛かるし、燃費も悪くなるからピットでのロスタイムも大きいと思う。さっきも話したけどタイヤライフも確認しておきたいね」

一通り感想を述べて、ピットに入った。

ベルトを外してシートから降りると、不機嫌そうな優奈と目が合った。

「お姉ちゃんの車には満足そうだったね」

「ああ、まだまだ詰める場所はあるけど、レベル高いと思う」

「じゃあその車を貰ってるあたしの走りは?」

「はっきり言って、まだまだだな」

バッサリと切り捨てた。

そのほうが優奈のためだと思ったから。

少し拗ねた表情を見せる。

それがまた可愛らしい。

「お前なあ、男の前でそんな顔見せるなよ。誤解する野郎が増えるぞ」

「誤解ってなによ?」

「見た目はいいから、それだけで男の気を惹くんだよ。自覚しろ」

「じゃあなに、和貴も惹かれた?」

「一瞬騙されそうになったけど、お前の性格はもう掴んだからな。それで平静を保てる」

「なによそれ、あたしって性格悪いって事?」

「表裏がなくて元気がいいのは褒めてやるけど、女の子らしくはないな」

「それって褒める気さらさらないでしょ?」

「あ、バレたか」

「むーっ!」

怒って不機嫌になる優奈。

和貴から見れば好みの性格ではないが、分かりやすく扱いやすいと感じていた。

「優奈、大丈夫だよ。佐伯くんの走行データはしっかり記録したから。これ解析すればタイムも詰まるよ」

姉の理奈はUSBメモリを手に取り、笑顔を見せる。

「理奈ちゃんはほんと優秀だな。いいチューナーになれると思う。さすが学年トップだな」

「佐伯くんも成績悪くないでしょ?」

「たったの1教科勝っただけだよ。それもたまたまだ。総合じゃ敵わんよ」

「でもありがとう。いろいろ参考になったし、貴重なデータまでもらえたから。ホント助かるよ」

「マジで一卵性の双子で性格がここまで違うんだな。わがままな妹と違って姉は素直でいい子だと思うよ」

「佐伯くんも上手だよね。社交辞令が」

皮肉る理奈。

「あ、こっちもバレたか」

姉は確かに見た目は素直な性格だと思うが、本性はさらけ出していないと感じていた。

性格が分かりやすい優奈より敷居が高そうだと思っていた。

その後少し雑談をしてから、中根姉妹は佐伯家をあとにした。

玄関先まで見送る。

「佐伯くん、今日は本当にありがとう」

素直に感謝を述べる理奈。

「ああ、これからもよろしく」

笑顔で答える和貴。

「和貴、これからもあたしたちに協力してよ」

優奈らしい上から目線の発言。

「お前とはあまり関わりたくないな」

今度は冗談半分であしらう。

「ねえ、お姉ちゃんとあたしで随分態度違くない?」

「それが性格の差だ。お前は可愛げがないからな」

「むーっ、いつか見返してやるんだからね!」

優奈らしく威勢を張る。

そこに、

「和ちゃん?」

玄関先に見慣れたブレザー姿の希が現れた。

「あ、希、お帰り」

「学校のお友達?」

中根姉妹を見ながら尋ねる。

「まだ友達ってまでは行かないな。MRWで知り合ったゲーム仲間だ」

「そっか、よかった」

希は明らかにホッとしたと分かる表情を見せる。

「よかったって、なにが?」

「和ちゃんがロリコンに走ってたらどうしようって少し焦っちゃった」

「ちょっと、それどういうことよ?」

優奈はいきなり初対面の相手にも好戦的な視線を向ける。

「今は制服着てるから高校生だって分かるけど、私服だと小学生に見られなくないかな?」

希は笑顔だが、言葉には遠慮がない。

「あなた、和貴のなんなの?」

「あたしは田中希。和ちゃんの幼馴染よ」

希は笑顔を崩さない。

「ふうん、よく分かったわ。あたしは中根優奈。こっちは理奈お姉ちゃん。これから和貴にはいろいろ世話になるから、よろしくね」

それだけ言うと、優奈は玄関から出て行った。

理奈は和貴と希に一礼して、優奈を追った。

希はそんなふたりを視線で追うと、和貴に寄った。

「なんか厄介な子たちに目を付けられちゃったね」

「俺も薄々そう思ってるよ。これから面倒ごとが増えそうだ」

希に苦笑いを見せた。


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