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Motor Racing World  作者: ジャミー
16/23

新たな舞台

9月。

2学期が始まった。

そして和貴の生活も、大きく変わった。

先月の富士での優勝。

あまりにも奇抜な車だったので、その性能が話題になった。

そこで理奈は、ウィニングカーを全ユーザーに公開した。

それで得られた評価は、

『まともに走らない』

とにかく癖が強く、とても手強い。

和貴、優奈のタイムレベルに届いたドライバーは、ほぼ皆無になった。

そこで注目が集まったのが、ふたりのドライビングスキル。

特に和貴への関心が高まった。

『MRWドライバーズプログラム』

最近のレースゲームは実車の挙動に限りなく近く、ゲームで速いドライバーは、実際のレースでも通用する場合が少なくない。

そのプログラムに和貴が抜擢された。

先月末、鈴鹿サーキットにて、そのプログラムが実施された。

和貴は入門フォーミュラのF4、さらにGT3カーをドライブする機会が与えられた。

高校1年生の和貴は、当然のごとく運転免許証は持っていない。

人生初の、実車のドライブ。

それでも和貴は、上手く対応した。

与えられたプログラムを全てこなし、最終的には現役ドライバーに匹敵するタイムを出した。

この結果から、和貴は本格的なレーシングドライバー育成プログラムを与えられた。

まずは、肉体強化。

連日、ジムに通う。

それに加え、英語力。

今のレーシングドライバーは、英語が話せないと話にならない。

英会話教室にも通う。

ただここには、理奈と優奈も加わった。

MRW日本運営チームの計らい。

悲願の優勝を果たしたチームナカネだが、シーズン途中からの参戦に加え、とりこぼしも多いので、シリーズチャンピオンは狙えない。

そこで次なる目標として、ヨーロッパのMRWシリーズレース参戦を打診された。

ヨーロッパシリーズは日本より遥かにレベルが高く、殴り込みをかけた日本の有力チームは、惨憺たる結果で帰ってきた。

だがチームナカネのポテンシャルは、大きな可能性を秘めている。

ふたりのドライバーの高いドライビングスキル。

さらに、理奈が製作する、ポテンシャルの高いマシンがある。

それに何より、若いチームなので、伸び代が大きい。

すぐには結果が出ないだろうが、期待値は高い。

そこで参戦プログラムも発動した。

海外のMRWレース参戦は、気軽には出来ない。

基本的にチームの無線指示を公開する必要がある。

そしてヨーロッパの場合は、英語のみになる。

つまり全て日本人のチームでも、無線通信が他のチームや観戦者に分かるように、英語で話す必要が出てくる。

そのため、和貴に加えて、理奈と優奈も英会話の特訓をすることになった。

「和貴ってすごいね。まさか本職のレーシングドライバーになれるとは思わなかった」

「俺もビックリだよ。でも課題は多い。とにかく体力だな。根本的に足らない」

「和貴でも?」

「ああ。特に上半身がダメだ。腕力なんか話にならない。フォーミュラは基本パワステなしだから、かなり力がいるんだよ」

「でもラップタイムは現役並みが出たんでしょ?」

「一発アタックはな。けど決勝レースを走るにはダメだ。スタミナが足らない」

「だから毎日ジムでトレーニングかあ。バイトはどうするの?」

「今のバイト先では働けないから、別のバイト先を紹介してもらった。それでも時間は減るけど、時給は良くなるから、まあどうなるかだな」

「MRWは出来るの?」

「それは逆に増える。そもそもMRWで鍛えたドライバーを育成するプログラムだからな。でも基本はF4での走り込みになる。だから3ペダルと、シフトレバーが付くコントローラーとマウントが貰える。フォーミュラみたいなポジションの本格的なものだ」

「じゃあ和貴の部屋で一緒に練習ってのは、出来なくなるんだね」

「そうだな。フォーミュラとGTじゃあドライビングポジションが完全に異なる。新しいコントローラーでの練習は無意味だろう」

「頑張ってね」

「ああ。お互いな」

和貴はレーシングドライバーの道を歩み始めた。

これまではGTカー主体だったが、フォーミュラをメインにする。

挙動がまるで違うので、最初は戸惑った。

それを若さで補い、フォーミュラのドライビングスキルをどんどん吸収する。

日々のジム通いの効果もあり、パワーアシストはほぼ不要のレベルになった。

和貴のレベルは、急速に高まった。

それに合わせて、理奈も大幅なレベルアップを目指していた。

「新しい車を造るの?」

「うん。458でやれることはやっちゃったから、伸び代は望めない。レベルの高いヨーロッパシリーズでは通用しないよ」

「で、次は何にするの?」

「これ」

理奈がディスプレイに写真を表示させた。

あまり見たことがない車。

和貴には車種がわからなかった。

「これって、なんだっけ?」

「マクラーレン。最新の650S」

「ああ、MP4-12の後継モデルね。でもこれって、あまりいい評判は聞かないけど?」

「シャーシは悪くないよ。クラス3では唯一のカーボンモノコックだから。問題はエンジン。ターボカーだから色々扱いが難しいの」

「理奈ちゃんって、エンジンチューンはあまり得意じゃないよね?」

「そうだね。458も安全マージンを見越したチューニング。それよりシャーシ性能と空力重視」

「ターボエンジン、扱える?」

「それに関しては、イギリスのMRW運営にホモロゲーション申請してる。その返答が昨日届いた」

理奈が英文のメールを見せた。

英会話学校に通うだけでなく、英語力の底上げも行っているので、内容はわかる。

「相変わらず無茶やるなあ。向こうも呆れてるよ?」

「でも、これがOKなら、色々ラクになる」

申請内容は、ターボエンジンのNA化と、カーボン製ロールケージの認証だった。

「NA化はともかく、カーボンのロールケージってOKなの?」

「MP4-12でOKだった実例がある。カーボンモノコックなら、ロールケージもカーボンのほうが相性がいい。実際に、クラッシュテスト通ればOKって返事だから」

「ってことは、完全なカーボンモノコックになるのか」

「そうだね。NA化と合わせれば、車重800キロ切れる」

「その場合、パワーは?」

「300馬力前後かな。だからNAで充分。確かにパワーないけど、その分ドラッグも減るから。インタークーラーのスペース利用してラジエーター置く。だからフロントはなにもなくなる。とりあえずこんな感じ」

理奈がフレームの構造を見せた。

「ここまでやるの?もう完全にプロトじゃない?」

「サイドラジエーターにフロントウィング、インボードサスだから、完全にプロトだよね。さらにリアのサブフレームもカーボンにしたから」

「でもここまでやると、クレーム来そうだな」

「これくらいなら、まだまだ甘い。向こうの定番は911のミッドシップ化だから」

「は?911をミッドシップ?なんでそんな魔改造するの?ケイマン使えばいいじゃん?」

「ケイマンだとボディ剛性が低いの。911のリアバルク移動して、GT3のエンジンのストロークを詰めて3リッターにする。それを10000まで回して460馬力。車重は1100キロ。これがヨーロッパの主力」

「えっ、それだとパワーウェイトレシオが?」

「2.4を切る。クラス3は2.5が基準だから、チートだよ。だからみんな使うのよ」

「そんなのが相手かあ。確かに厳しいなあ」

「まだまだ課題はある。とりあえず車を仕上げてからテストだね。佐伯くんは大丈夫だろうけど、優奈が課題かな」

9月下旬に車が出来上がった。

そのテスト走行は中根宅。

和貴のコントローラーがフォーミュラ用に特化したため、練習にならないからである。

テストコースは、イギリスのシルバーストーン。

まずは車のスペックを確認。

マクラーレンのカーボンモノコックを活かした、超軽量マシン。

だが、外観が異常だった。

「ちょっと理奈ちゃん、リアウィングは?」

「えっ?付いてるよ?」

優奈が突っ込む。

「お前の目は節穴か?こんな形でダウンフォース発生するわけないだろうが」

リアに付いているのは、ウィングっぽく見えるが、整流目的のスポイラー。

「これでも多少はダウンフォース出てるよ。時速200キロで15キログラムだけど」

「普通のウィングの1/10以下だな。それでまともに走るの?」

「ダウンフォースはアンダーフロアで充分な量を稼いでる。だからあくまでドラッグ低減。とにかくパワーないから」

とりあえず和貴がシェイクダウン担当。

コースに出て、探りながら走る。

「予想はしてたけど、完全にフォーミュラだね。軽快に動く」

「けど、その分パワーないけどね」

「それも悪くないと思う。安心して踏めるから、ラクに走れる。まあ中間加速は遅いけど」

徐々にペースを上げる。

「いいと思うけど、やっぱりパワー足らない。ドラッグ少ないから高速域の伸びはいいけど、中間加速がなあ」

「それは当面の課題だね。とりあえずピット入って。優奈に交替」

ドライバーチェンジ。

「なにこれ?ズルズルなんだけど?」

明らかにホイルスピンしている。

「やっぱり優奈だとこうなるよね」

理奈は予想していた。

「それって、あたしの走りがダメってこと?」

「もっと攻めるんだよ。じゃないとタイヤに熱が入らない」

「日本チーム、日本のドライバーの課題が、このタイヤの使い方。作動温度域が狭いの。まだタイヤ温度低いから」

「これだけ滑ってたら、ペース上げられないよ?」

「もっとラフに、振り回し気味に走るんだ。じゃないと温度が上がらない」

和貴がそうアドバイスを入れるが、ペースは上がらず、むしろ落ちて行く。

「なんか余計に滑るようになったんだけど?」

「優奈、ピット入って。タイヤ終わったから」

「え?まだ5周くらいしか走ってないよ?」

「タイヤの温度レンジから外して、しかも滑らせ続ければあっという間にダメになるよ」

「なにこのタイヤ。こんなタイヤでレース走るの?」

「だから日本チーム、日本人ドライバーの課題がこのタイヤなの。これに適応出来ないから、結果が出ないの。最初からきちんと走れた佐伯くんが例外なの」

ピットに入り、また和貴に交替。

和貴がベースセッティング出しに取り掛かる。

「基本的なバランスは悪くないと思う。けど458と比べると、タイヤの温まりが悪いね」

「それは仕方ない。タイヤのグリップは低いのに、寿命も短いと言うか、読めないタイヤなの。きちんと使えれば、無交換でレースディスタンス走れるらしいけど、使えないと優奈みたいにあっという間にダメだから」

本格的にペース上げ、全開走行。

そうなるとバランスに不満が出る。

理奈もテレメトリーのデータを確認して、問題箇所を見つける。

ショートランを繰り返し、セッティングを詰めていく。

次第にタイムも詰まっていく。

「理奈ちゃん、目標タイムはどのくらい?」

「最終的には1分59秒台に入れたい。じゃないと戦えない」

「今が2分3秒だから、あと4秒かあ」

「まだまだ詰めれる場所はあるから。ただ一発タイムだけじゃなく、レースペースも同じくらいじゃないとダメ。それがヨーロッパの常識」

「けど、それが出来るタイヤだってことだよね?」

「そう。狭いけど、温度域を外さなければ、ライフはとても長い。佐伯くんの走りでも、ベストの温度域から少し外れてる」

「もう少しラフに走ってもいいの?」

「そのほうがいいかも。日本のタイヤとは根本的に別物だから」

さらに踏み込んで走る。

そうなると、また別の問題が出てくるので、セッティングを詰める。

どんどんタイムが詰まっていく。

「今の状態なら、優奈でも走れそうだな」

「ホント?」

ずっと沈んでいた優奈に笑みが戻る。

「そうだね。優奈に交替しよう」

ドライバーチェンジ。

「予選アタックのつもりで走れ。そこからさらに攻めてもいいくらいだからな」

優奈は最初からハイペースで走る。

「うん、滑らない。これなら走れる」

軽快に飛ばす。

「いい感じだね。エンジン扱いやすいからガンガン踏める。でも限界域はちょっとナーバス」

「攻めが足らないよ。まだタイヤ温度低いからね」

「ここからさらに攻めるの?タイヤ大丈夫?」

「だから日本のタイヤとは全然違うんだから。もっとプッシュ」

「はーい」

さらにペースを上げる。

「うん。そんな感じでいいよ。タイヤの温度レンジに入った」

「このペースで走るのはキツいよ。集中力が続かない」

「でもそれがヨーロッパのレースなんだから」

「ハードル高いなあ」

泣き言をこぼす優奈。

「でも優奈のほうがペースいいんじゃないか?加速もいい感じだ」

「パワーなくて軽い車だから、30キロの重量差は効くだろうね」

実際、優奈は2分0秒台を記録。

和貴より速いタイムを出した。

「よし、今日はこのくらいにしよう。データは集まったから。ふたりともお疲れ様」

「フーッ、キツかったよ」

優奈は大きく息を吐く。

「確かにこのタイヤは手強いな。根本的に扱い方が違う」

「その辺りを踏まえて、全体的に見直してみる。エンジンももう少しなんとかするから」

「OK、ふたりとも頼んだ」

これまでは理奈が造った車を和貴が走らせて、詰めてきた。

だが和貴はドライバーズプログラムが与えられている。

積極的な参加は出来ない。

これからは、優奈がセッティングを詰める。

一抹の不安が残るが、優奈に任せるしかない。

それから10日後の10月上旬。

理奈から連絡が入った。

「ヨーロッパシリーズのデビューレースが決まった」

「いつ、どこ?」

「それがね、超ハードなレース。予選通る気がしない」

理奈の声が暗い。

「ってことは、超高速コース?」

「ううん、全く逆。超低速コースだからウチ向きだけど、レベルが高過ぎるよ。今月末のクラス3世界一決定戦」

「ちょっと、それってまさか、モナコ?」

「そう、モナコ300キロ」

さすがに固まった。

翌日の昼休み、いつものように集まってミーティング。

「モナコ78周かあ。ハードだなあ」

「お前、バカか?」

「なんでよ?F1は78周でしょ!」

「F1はレース距離305キロ以上だけど、2時間経過でも終了だ。モナコだけ例外でレース距離が短いんだ」

「そうなんだ。じゃあ何周なの?」

「えーっと、理奈ちゃん?」

「モナコは1周3.34キロ。300キロだから90周」

「あの狭いコースを90周?」

驚く優奈。

「長い戦いだな」

「レース時間は3時間くらいになる。でも問題は、決勝に出れればの話」

「ヨーロッパシリーズじゃなくて、全世界から強豪チームが集まるんだろ?」

「エントリー台数は250台を超える。で、ピットの関係で決勝進出は25台」

「25台?確かにピット狭いから仕方ないけど、狭き門だなあ」

「ちなみに世界一決定戦なのに、日本チームのエントリーはウチだけ」

「なんだよそれ?ウチより強豪で実績のあるチームいくらでもあるだろうが?」

「レベルが高過ぎるから、ハナから諦めてるの。ある意味ウチは捨て駒かもね」

「当たって砕けろくらいの気持ちで出ればいいんじゃないか?初レースで好結果は無理だろ」

「そうかもしれないけど、やるからには結果を出したい」

「やっぱ理奈ちゃんは負けず嫌いだなあ。でも今度の車には向いてるんじゃないか?パワーよりコーナー重視だろ?」

「うん、それが唯一の好材料だよね。モナコに合わせて特化させるよ。とりあえず佐伯くんと優奈には暫定仕様を渡す。それでコースに慣れて。MRWのモナコはリアルだから、とにかく狭いから。それに滑る。ただ走るだけでも大変だよ」

「了解。走り込んでみるよ」

その日の夜から、650Sでモナコを走り始めた。

フォーミュラのシートポジションでは違和感があったが、それは次第に慣れた。

確かにモナコは手強かった。

とにかく狭いので、ちょっとしたミスが致命傷になる。

さらに滑りやすく、シルバーストーンでは扱いやすく感じたが、モナコではホイルスピンする。

高い集中力が要求される。

「現状ではピーキー過ぎるかもね。もう少し扱いやすくするから」

「滑るからってペース落とすと、タイヤ温度が下がって余計にダメだな」

「優奈がその壁にぶつかってる。連日クラッシュしてるから」

「ここでは空力重視の足が動かないセットは向いてないと思う。そこまで高い速度域にならないし、なによりバンピーだよ」

「うん。その辺りを踏まえて詰めるよ」

和貴と優奈が走り、そのデータを元に、理奈が仕様変更を繰り返して煮詰める。

タイムもどんどん詰まり、なんとか戦えるレベルに達した。

それで迎えたレース当日。

現地時間午前10時から、2時間のフリー走行。

時差の関係で、こちらは午後5時から開始。

エントリーは全世界から集まった256台。

モナコの場合、1グループ15台。

モナコが18層に分けられる。

「でも、このタイヤだと路面グリップはあまり上がらない。せいぜい1秒。それにコンパウンドも1種類」

「タイヤ温めるのに3周掛かるな」

「だからタイムアタックのやり方も変わるから」

モナコに合わせて、ダウンフォースを増やした。

リアにもウィングが付いた。

格段に走りやすくなっている。

フリー走行が始まった。

まずは優奈から。

「優奈、クラッシュ厳禁だからね」

「分かってる!」

タイヤに熱を入れながら、徐々にペースを上げる。

4周目から本気で走る。

燃料は半分ほど。

「やっぱりパワー足らない。1コーナーからの登りが辛い」

「その分下で稼ぐんだ。ミラボーからポルティエまでは速いはずだ」

下りの連続コーナー区間でタイムを詰める。

海沿いのトンネルは全開。

シケインを抜け、海側の中高速区間を抜ける。

最終区間の低速コーナーを抜け、ホームストレートに帰って来る。

連続10周走り、ピットイン。

タイムは1分42秒577を記録。

現在21位。

「悪くないんじゃないか?」

「そうだね。優奈、バランスどう?」

「ちょっとフロント寄り。ピーキーで攻め切れない。プールサイドはかなり怖い」

「了解。ちょっと安定方向に振るから」

理奈が手早くセッティング変更。

和貴にドライバーチェンジ。

優奈と同じ燃料を搭載し、中古タイヤでコースイン。

「バランスはいいよ。安心して踏める」

連続15周走り、ピットイン。

1分41秒719を記録。

なんと暫定6位。

「思ったよりいいタイムだよ」

理奈は驚いていた。

「決勝のベースセットはこれでいいと思う。あとは微調整だな」

「じゃあちょっと早いけど、予選シミュレーションやろう。優奈、お願い」

燃料を大幅に減らし、一発セットに変更。

中古タイヤのまま、コースイン。

「中古タイヤだとちょっとピーキー。低速区間で乱れそう」

ショートランを繰り返す。

それで1分41秒095まで詰めた。

暫定3位。

「なによ、世界一決定戦ってこんなレベルなの?それともお姉ちゃんの車が当たった?」

「車が良かったんだろうな。こんな順位になるとは思わなかった」

「ふたりとも油断しないで。これから終了間際まで、みんな予選シミュレーションやるから一気に抜かれる。優奈、ニュータイヤでラストアタックに出て」

理奈の言う通り、終了間際になると、どんどんタイムが更新されていく。

それに負けじと優奈もアタック。

だが気合が入り過ぎ、小さなミスが目立った。

結果、1分40秒650をマークして、総合9位でフリー走行を終えた。

「よし!Aグループ入った!」

理奈が珍しく、小さなガッツポーズ。

「あーあ、ミスがなければトップも狙えたのに」

優奈は残念がる。

「でもやっぱり世界一決定戦なんだな。こんな僅差のレースになるとは思わなかった」

トップが1分40秒597。

15位が1分40秒919。

コンマ5秒の間に15台が入っている。

決勝通過ボーダーの25位でも、1秒以内の超接近戦。

「だからワンミスが命取り。だからと言って安全マージンもないから。予選はふたりとも集中して」

「了解。でも運営チームには驚きの結果じゃないか?レベルの低い日本チームがAグループ入りなんてさ」

「車が予想以上に出来が良かったんだと思う。思いもしなかった結果が出たから。これマークされそう」

「どんな結果?」

「これ、見て」

理奈が和貴と優奈にタイミングモニターを見せた。

画面を切り替える。

「えっ、マジ?」

「ウソ、なんで?」

ふたり揃って驚く。

トンネル出口、シケイン手前の最高速計測区間でトップだった。

しかも2位に2キロ以上の差。

モナコでは大差と言えるレベル。

「なんでこんな差が?ウチもダウンフォース削ってるわけじゃないだろ?」

「うん。むしろ効率度外視で無理矢理付けてる」

「でもこんな結果が出てるなら、もっと付ければ?ラクになるよ?」

「それやると、セクター1の登り坂が辛くなるよ。ただでさえパワーないのに、もっと遅くなる。現にセクター1は遅いから。予選セッティングは見直しの余地があるね。フリー走行のデータをもう一度チェックするから」

現地時間午後2時、日本時間午後9時から、1時間の予選が始まる。

クラス3世界一決定戦。

ユーザーの関心も高いので、日本語でも中継される。

『MRWでしかあり得ない耐久レース、モンテカルロ市街地コースで300キロの戦いです。まさしく世界一決定戦に相応しい舞台です』

『通常は決勝進出40台ですが、ここは25台の狭き門。選ばれし者しか戦えません。日本チームが決勝進出した例はありませんが、今年は期待が持てます』

『総エントリー256台中、日本チームは1台のみ。ただこの1台が、フリー走行9位という好位置です。8月の富士で大活躍を見せたチームナカネです』

『理奈ちゃんがモナコに合わせたニューマシン、超軽量のマクラーレン650Sを造りました。ふたりのドライバーも、扱いが難しいヨーロッパのタイヤに適応しているようです。じゃないとこのタイムは出ません』

『注目の予選、間もなくスタートです』

予選が始まった。

Aグループは動きがない。

開始5分。

「カズ、GO」

「All right 」

『Aグループで動き出したのはチームナカネ。タイムアタックに向かいます』

『海外シリーズ参戦の大きな壁が、英会話チーム無線なんです。やっぱり若いだけあって、上手く適応しています』

「コース状況は逐次伝えるから、2周で温めて。それで1ラップアタック」

『うわあ、理奈ちゃん無茶な指示だなあ。ここでこのタイヤが2周で温まるのかな?』

『このレースのタイヤは扱いがかなり難しいと聞いています』

『日本のタイヤと比べると絶対グリップが低い上に、温まりも悪いんです。だからといってホイルスピンさせると、温まる前にタイヤが終わります。しかも作動温度レンジが狭い。難しいタイヤです』

『ドライバーは佐伯和貴。日本ではトップクラスの実力です。さらにMRWドライバーズプログラムにも抜擢されました』

『今後が楽しみなドライバーです。慎重かつアグレッシブな走りです。しっかりタイヤに熱入れてますよ」

2周でタイヤを温めて、3周目にアタック開始。

前方はクリア。

『さあ佐伯がアタックに入りました。1コーナーを立ち上がります』

『この車は参加全車両中最軽量ですが、その分パワーも最弱です。だからこの登り坂は辛いです』

『軽いのは大きなメリットだと思いますが、そんな簡単ではないようです』

『タイヤとのマッチングが最大の問題です。このタイヤは車重1200キロレベルで最適化されています。この車は800キロ以下ですから、いろいろ難しいです。普通なら熱が入らずにタイヤが終わります』

坂を駆け上り、カジノ前を通過。

その先にセクター1の計測ライン。

『佐伯、セクター1でコンマ2秒マイナスです』

『Aグループではトップバッターなので、暫定トップは間違いないでしょう。でも思ったより速いです』

ここから下り坂の低速区間。

ミラボーは2速。

最も低速のロウズヘアピンは1速。

さらに下りながら低速区間を抜け、ポルティエを立ち上がると海側の高速区間に入る。

『佐伯、トンネルに入りました』

『理奈ちゃんの車らしくないと言ったら失礼ですが、最低パワーなのに最高速トップなんです。ここでタイムを稼ぎたいですね』

トンネルを出るとシケインがあり、急減速。

リズミカルにシケインを処理したら、セクター2の計測ライン。

『おおっ、セクター2でコンマ5秒マイナス!』

『これは速いですよ!』

道幅の狭いモナコで、速度が乗るプールサイド。

ワンミスが命取り。

軽量を活かして上手く駆け抜け、最終セクションに入る。

低速のラスカスをコンパクトに処理。

最終コーナーのアントニーノースは狭い道幅を目一杯使い、スピードを稼ぐ。

『さあ佐伯が来ました。タイムは、1分40秒093!もちろんトップ!』

『いやこれはいいタイムです。上位狙えますよ!』

「カズ、グッジョブ」

「予選は通るかな?」

「このタイムなら間違いなく通る。ゆっくり帰って来て」

理奈の声が弾んでいた。

そしてこのタイムは、Aグループのライバルチームに強いインパクトを与えた。

「ケビン、日本のナカネがターゲットタイムを出した。40秒093だ」

「オーライ。ノーマークのチームが楽しませてくれるねえ」

強豪のドイツチーム、ミッドシップ911を駆るノルドスピードは余裕の声。

「マルコ、サエキのアタック見たな?」

「ジャパンチームなのは驚いたよ。けどナカネって聞いたことがあるけど?」

「俺たちが使ってるイリーガル458のデザイナーのチームだよ。チームトップはリナ・ナカネだ」

「マジかよ?強敵じゃねえか!」

理奈が造った458は多くのヨーロッパチームの手に渡り、様々なモディファイを受けており、Aグループに入った4台の458は全てが理奈デザインベースである。

それを駆る強豪イタリアチームのラウラコルセは少し慌て出した。

Aグループの多くが動き始めた。

それと入れ替わるように和貴がピットイン。

シートから降りて理奈の隣に行く。

ひとつの部屋で全てを行っている強みを活かし、聞かれたくない会話は無線無しで日本語で行える。

「思ったよりタイム出たな」

「このタイムなら一桁が確実。もう終盤まで待機だね」

「あとは優奈次第か」

「ちょっと厳しい状況になるけど、ミスが無ければ40秒切れる。もう少し詰められるはず」

「うん、出来るだけ頑張る」

優奈はプレッシャーが少し掛かった、少しぎこちない笑みを見せた。

このレースはタイヤ制限があり、予選から決勝までは3セットのタイヤしか使えない。

一発タイムは新品タイヤが出るが、予選で酷使すると、決勝でのライフが短くなる。

だがモナコは決勝でのオーバーテイクの可能性が限りなく低いので、予選グリッド重視で積極的にタイヤを使う。

開始から37分で、和貴のタイムが破られた。

さすがに海外の強敵チームは甘くない。

そして残り9分。

「ユナ、GO」

「OK」

『さあナカネがラストアタックに出ました』

『優奈ちゃんのアタックがここでも通用するかな?もちろんタイヤは・・・えっ?』

『ええ、ユーズド?』

実況席も驚く。

ラストアタックなら新品タイヤが鉄板だが、優奈が履いているのは、先ほど和貴が使ったタイヤ。

「ユーズドだから慎重に温めて。ウォームアップは3周。それで2周連続アタック。このタイヤ潰していいから」

「OK」

『細田さん、この戦略の意図は?』

『いや分かりません。モナコなら予選グリッド重視ですよ。なんで新品使わないんだ?』

ウォームアップに3周使い、残り3分でコントロールラインを通過。

アタックは2周。

『優奈ちゃんがアタックに入りました。ですがコース上は15台全てが出ています』

『でもこのグループはタイム差が接近しています。ほぼ等間隔で走っているので影響は少ないはずです』

『現在順位は目まぐるしく変わっています。チームナカネは現在7位です。そしてセクター1は、トップからコンマ2秒プラスです』

『優奈ちゃんユーズドタイヤで頑張ってますよ。ここからは速いはずです』

『低速区間をリズミカルに処理します。そしてポルティエを立ち上がり、トンネルに入ります』

『この車はセクター2が速いです。さあどうだ?おっ、0.02秒プラス!』

『いいタイムで来ました!』

『そしてセクター3、ここはドライバーの腕の見せ所です』

『優奈ちゃんはクラッシュが多いと聞いていました。ここは慎重に行って欲しいです』

『さあラスカスを抜けて最終コーナー。ここを立ち上がります』

『いいと思います』

『さあ注目のタイムは、1分39秒955!暫定4位!』

『でもまだあと1周あります。凄い混戦なので、順位変わりますよ』

『Aグループはコンマ5秒以内に15台全てが入っています。まだ気が抜けません』

『実際にライバルチームがタイム更新しています。現在6位まで落ちました』

残り30秒でコントロールラインを通過した優奈のラストアタック。

目まぐるしく順位が変わる。

不利な状況の中で優奈は限界の走りを見せた。

『さあ優奈ちゃんのラストアタック、チェッカーを受けました!』

『39秒897!6位!けど後続のアタックがあります』

『さあどうなる?どんどんとコントロールラインを通過しますが、ああ抜かれた』

『7位ですかね』

『そう、ですね。全車アタック終了しました。7位です』

優奈はゆっくりペースを落として、ピットに入った。

シートから降り、理奈に寄る。

「ゴメン。あれが目一杯」

「そうだね。ミスも無かった。お疲れ様」

「唯一ユーズドでのアタックだったからな。よくやったよ」

理奈と和貴から褒められ、笑顔を見せる。

「あれ?接続依頼が来てる」

「運営から?」

「ううん、日本の中継室から。繋いでいい?」

「ああ」

接続承認ボタンを押した。

日本の中継画面に、理奈たちがお映し出される。

『チームナカネの皆さん、大健闘でした』

「ありがとうございます。こんな好位置で予選通過出来るとは思いませんでした」

『理奈ちゃん、なんで優奈ちゃんのラストアタックがユーズドだったの?』

「決勝に2セットの新品を残したかったからです。佐伯くんのアタックで予選通過確実になったので、そうしました」

『でもモナコでは予選グリッド重視じゃないの?いくら新品残しても、ここは抜けないよ?』

「それに挑みたいと思います。幸いストレート最速なので、それを活かせば可能性はあると思います」

『そうかなあ?でも理奈ちゃんが言うなら可能性があるのかな?』

『このチームはいつも我々を驚かせてくれました。またミラクルに期待していいのでしょうか?』

「レベルの高いこのレースでどこまで出来るか分かりませんが、頑張りたいと思います」

『明日のレース、期待しています』

なんだかんだで全セッションが終わったのは午後10時30分。

和貴は早々に帰宅しようとした。

「どうせなら泊まって行けばいいのに。あたしのベッド使ってもいいんだよ」

「そこまで大胆にはなれん。じゃあまた明日な」

「うん、おやすみ。気をつけて帰ってね」

優奈は寂しげな目で送り出した。

そしてレース当日。

午後5時から1時間のフリー走行。

ここは軽いチェックのみで、本格的には走らなかった。

それでも11位。

その後、理奈がふたりに作戦を説明した。

正直、予想していなかった。

「それで戦えるのか?」

「フリー走行のデータ見れば、余裕で行ける。上位陣が三味線弾いてたら別だけど。それより問題は優奈ね。佐伯くんに合わせたセットだから、体力が持たない」

「うん、正直しんどい」

苦笑いを浮かべる優奈。

「優奈はとにかく目一杯のペースで飛ばして。この車でこのタイヤだと、ペース落ちたら磨耗が進む。それは避けたいから」

「わかった。出来るだけ頑張る」

そして迎えた午後9時。

フォーメーションラップが始まった。

『モンテカルロの長いレースが始まります。我らが日本のチームナカネは7番グリッドからスタート。上位入賞の期待が持てます』

『決勝進出25台中、新品2セット残したのはここだけです。決勝はガンガン来るでしょう』

理解が英語で無線を使う。

「ユナ、前のグリッドの車は全部ユーズドスタート。1周目から仕掛けて」

「OK」

通常のローリングスタートは2列になるが、ここはコース幅が狭いので1列でスタート。

『さあグリーンランプ!レースが始まりました!』

『優奈ちゃんもいいスタートです。どこまで行くのかな?』

『1コーナーを立ち上がり、登り坂です。ここは苦しい』

『前はアストンですから余計ですね』

登り坂で離されたが、カジノ前で一気に詰める。

そこで6位のアストンのリアが滑った。

『ミラボーの飛び込み、優奈ちゃんが、行ったあ!』

ブレーキングでインに飛び込み、6位浮上。

さらに下りの低速区間で、5位の車を捉える。

前はミッドシップ911。

ポルティエを立ち上がり、トンネル進入。

『優奈ちゃんはここが速い。さあ・・・うおおっ!?』

『ええっ!?』

実況席も驚く。

トンネルは緩やかな右コーナー。

優奈は狭いトンネル内で、アウトから被せた。

並んでトンネルを抜ける。

続くシケインの飛び込みで、5位浮上。

「ク、クレイジー。カミカゼ・・・」

抜かれたドライバーが、無線でたどたどしい日本語を呟いた。

『そうか、だから最高速トップなんだ』

『細田さん、それは?』

『クラス3でこのタイヤでは、普通はトンネルでアクセル戻すんです。でもこの車はパワーが少なく、ダウンフォースも多いから全開で行けるんです。しかも唯一のフレッシュタイヤですから温まりも早い。これなら抜けますよ!』

実況席が気付いたことに、他チームも気付いた。

「ハードプッシュ!後ろのナカネはトンネルでアウトから来るぞ!貼り付かれたら抜かれる。マージンを稼げ。ハードプッシュ!」

前の4台が軒並みペースを上げた。

こうなると、攻めが身上の優奈でも厳しくなる。

『レースは4周目。トップはドイツのノルドスピード911。2位にラウラコルセ458。しかしペースが速い。42秒台に入っています』

『レース前は44秒台くらいと言われていました。1秒以上速いです』

『5位に上がった優奈ちゃんですが、ちょっと厳しいです。43秒フラットのペース』

『前の4台がこの車を恐れてペース上げています。トンネル入り口で貼り付かれたら防げませんから』

『ですが6位以降との差が開いています。こちらが44秒台です』

「ユナ、とにかくプッシュ。前に付いて行って」

「OK、頑張る」

優奈は目一杯のペースで走るが、世界の壁は厚い。

ジリジリと少しずつ離される。

しかもこの車は、和貴に合わせたセッティングなので、優奈ではステアリングもブレーキも重い。

周回を重ねるごとに燃料が軽くなり、ペースが上がる。

トップ2台もどんどん速くなる。

23周目。トップはノルドスピードのデビッド・リン。

「デビッド、グッジョブ。2位リカルドとのギャップは2.5秒。このペースを保つんだ」

「オーライ。でもタイヤをかなり使ってる。このペースで無交換は無理だ」

「構わない。トップ5は必ずタイヤ交換する。6位以降とは30秒以上のマージンがある。問題ない」

「じゃあ遠慮なくタイヤ使うぞ」

「ああ。後ろを引き離せ」

上位陣のハイペースに釣られ、後続もペースが上がる。

結果としてミスが目立ち、荒れた展開になった。

エスケープゾーンがないモナコ。

ちょっとしたミスで壁にヒットして、車を壊すドライバーが増えた。

30周経過時点で、早くも11台がリタイア。

サバイバルレースになっていく。

優奈もギリギリのところで踏ん張るが、限界に近かった。

ラップタイムは42秒フラット。

だが、タイムがバラつき始めた。

34周目。

現在5位。

トップとの差は11秒。

6位との差は37秒。

ここで理奈が判断を下した。

「ユナ、ハードプッシュ!ボックス!ボックス!」

『おおっ、理奈ちゃん動きました』

『35周目ですか。予想より早いですね』

『後ろとの差は充分ありますが、ここが優奈ちゃんの限界でしょうか?』

『タイムは悪くないですが、少しバラついています。アシスト含めたセッティングは佐伯くんに合わせているらしいので、優奈ちゃんには辛いと思います』

『大健闘のチームナカネ、ここでエース佐伯和貴投入です』

36周目にピットイン。

部屋では、シートの横に和貴がスタンバイ。

優奈が所定位置に素早くストップ。

給油開始。

それと同時にドライバー交代。

ふたりで素早くポジション変更する。

ドライバー交代に10秒。

「理奈ちゃんOK!」

「GO!」

『ええっ!?』

『これは!?』

再び戸惑う実況席。

静止時間は12秒。

給油のみ。

ピットにタイヤは用意されていたが、交換しなかった。

『チームナカネ、佐伯にドライバー交代してピットアウト。コースに戻ります』

『これだと5位のままですね』

『しかしこれは、変則2ストップですか?タイヤ交換するはずです』

『そのはずですが、さすがにメリットないでしょう。どう動くのか注目です』

「カズ、プッシュ」

「オーライ」

タイムは温まっているので、すぐにペースが上がる。

その動きを見て、上位陣も困惑する。

「おいどうなっている?なんでナカネが5位で戻ってる?そこまでのマージンがあったのか?」

「デビッド、ちょっと待て。こちらも状況が掴めない」

「おい、ピットがそれじゃ困るぜ?」

「とにかくペースを保つんだ。状況が分かり次第指示を出す」

レースは38周目に突入。

『なんと佐伯ファステストラップ!41秒507!』

「カズ、タイヤどう?」

「問題ない、このペースで行ける」

「ピットストップで燃料入れ過ぎた。パワーベストでどんどん燃やして。このまま最後まで行くから」

「OK!」

『うわあ、こんな大舞台で理奈ちゃんやってくれます。なんとタイヤ無交換』

『やっぱり圧倒的に軽いのと、あとダウンフォース多いんでしょう。このペースでも無交換で行けるんですね』

『さらに給油時間も驚くほど短かった。それで入れ過ぎとは、燃費もいい』

『そして、これで実質トップですよ。前4台はタイヤ交換前提のペースです。ナカネは絶対にタイヤ交換すると思ってたはずです』

『だってそのために新品2セット残したんです。でもあれがブラフだったとは驚きです』

「ガッデム!まんまとやられた」

「どうなってる?」

「デビッド、あと3周でボックス。それまでにタイヤ潰すつもりでプッシュだ」

「なぜだ?俺がトップなんだぞ?」

「ナカネがタイヤ無交換だ。俺たちはナカネの25秒後方の2位だ」

「おい、冗談だろ?このペースで無交換なんてあり得ないだろ?」

「ナカネのドライバーがエースのサエキに代わった。今ファステストで走っている」

「ファステストだって?」

「ああ。こうなったらケビンに賭けるしかない。あいつの速さなら、レース終盤で捉えられる可能性もなくはない」

「OK」

ノルドスピードは僅かな可能性に賭けた。

だがそれが裏目に出る。

「リカルド、チャンスだ。前が予定より前に入る」

「ナカネがなにかやったそうだな」

「ああ。あのペースでタイヤ無交換だ。ナカネを捕まえるのは難しい。だがノルドの奴らは行ける。俺たちはスケジュール通りだ。前が入ったらプッシュだぞ」

「オーライ、任せろ」

41周目。

トップのノルドスピードがピットイン。

給油とタイヤ交換で42秒のストップ。

『ノルドスピードがピットアウト。5位で戻ります』

『ドライバーはエースのケビン・ファウルス。現役のレースドライバーです』

『でも佐伯くんも負けてません。MRWドライバーズプログラムの一員です』

『その佐伯和貴は41秒台で飛ばしています。現在3位に浮上』

暫定トップにラウラコルセ458が浮上。

ここでペースを上げた。

そして46周目にピットイン。

こちらは40秒でピットアウト。

『ラウラコルセが2位で戻ります。こちらもエースのマルコ・マイオール』

『これ面白いですよ。ラウラコルセはフレッシュタイヤです。ノルドスピードの前に出るのではないですか?』

タイヤ交換後のノルドスピードは、ハイペースで飛ばした。

だがユーズドタイヤは温まりが悪く、燃料も重くなったのでペースがさほど上がらない。

その間に、ラウラコルセはペースを上げた。

和貴のペースとほぼ同じタイムを重ねた。

そしてフレッシュタイヤでピットアウト。

2台の間にあった3秒がひっくり返った。

『48周目、レースが動きました。トップに遂にナカネが浮上。その27秒後方の2位がラウラコルセ458に逆転。その背後にノルドスピード911です』

『ケビン・ファウルスは世界のMRW界で最速のひとりです。でも前のマイオールも速いです。そしてここはモナコ。抜くのは簡単ではないですよ』

「カズ、後ろの状況が変わった。タイヤ労われるならペースコントロール」

「後ろのラップタイムとギャップ教えて」

「2位にラウラコルセが上がった。タイムは42秒3。ギャップは27秒」

「OK」

レースは折り返し地点を通過。

コース上は残り11台。

和貴は余裕を持って、慎重な走りに切り替えた。

逆にヒートアップしていたのが、ノルドスピード。

「ガッデム!マルコの奴、ペース落としてやがる!」

「ケビン落ち着け、チャンスを待て。プレッシャーを掛け続けるんだ」

「それじゃあナカネに逃げられる。新参者のジャパンチームにモナコ獲られるなんて耐えがたい屈辱だ!」

「それはマルコも同じだ。ペースは上がる」

「奴は上げない。ナカネになら負けてもいいと思ってるはずだ」

「ケビン、ナカネを知ってるのか?」

「俺たちもそうだが、奴らの458も相当イリーガルな車だ。そのデザイナーがリナ・ナカネ。まだ16歳の女の子だ」

「本当か?」

「ああ。つまりトップ2がリナ・ナカネの車なんだ。そんなこと、プライドにかけても許せん」

2位争いは過激さをます。

テール・トゥ・ノーズのバトルが続く。

だがこのような激しいバトルになると、タイムは出ない。

結果、和貴のマージンが徐々に広がる。

レースが進み、58周目。

『2位争いが激しい。ファウルスの執拗なアタックが続く!』

『ファウルスも凄いですが、マイオールも凄いです。完全に後ろ見ながら走ってるようです』

この時点でトップとは36秒差。

2位集団はミラボーに進入。

前に周回遅れ。

続くロウズヘアピンでインを開けた。

『白熱の2位争いが周回遅れを・・・ああっ!?』

『ああ、やっちゃった!』

3位のケビンが前のマルコをプッシュ。

押されたマルコは周回遅れとクラッシュ。

ケビンは間隙を突いて前に出たが、絡んだ2台はコースを完全に塞いだ。

「ちくしょう!ケビンの奴、ワザと押しやがった!」

「マルコ、動けるか?」

「ダメだ、ギヤがスタックした」

これでセイフティカーが入った。

コース上の残りは9台。

36秒差が帳消しになる。

和貴とケビンの間には、2台の周回遅れが入ったのみ。

差は1秒を切った。

61周目にレース再開。

周回遅れの2台はすぐにラインを開けた。

『佐伯くん、ここが踏ん張りどころですよ』

『佐伯和貴、MRW最速と言われるケビン・ファウルスとどう戦うでしょうか?』

「カズ、落ち着いて行こう」

「オーライ、レース結果はドライバーの優劣だけじゃない」

和貴はペースを上げた。

ここモナコは、よほどの速度差がないと抜けない。

ドライバーの技量では負けても、理奈の造ったこの車なら負けない自信があった。

『レースは63周目、佐伯トップ快走です』

『ファウルスを抑え込むような動きは見られません。ガチのスピード勝負です』

『そしてホームストレートに帰ってきました。64周目に突入。おおっとここで佐伯ファステスト、1分40秒498!』

『予選並みのタイムですね。これは速い。けどファウルスも40秒759です。この2台だけ異次元の速さです』

『これでふたりの差はコンマ9秒。佐伯、逃げに入ったか?』

「ケビン、プッシュ!」

「分かっている!だがこれが限界だ。これ以上はタイヤが持たない!」

「それは前のサエキも同じだ!あいつは無交換だぞ!」

「それでもサエキのほうが動きがいい。俺のほうがタイヤが厳しい。これ以上はリスクが大きい」

「ケビンでも無理なのか?」

「誤解するな。限りなく厳しいが、ギブアップするものか!」

MRW最速の男は闘志を燃やす。

「リナ、タイヤ温度どう?もう少しプッシュしたい」

「作動レンジ内だから大丈夫だけど、まだペース上がるの?」

「ここが勝負どころだ。今のペースでも追い込まれてはいない。振り切れる可能性がある」

「了解。カズに任せる」

和貴、スパート。

縁石を乗り越え、ガードレールにボディが触れる鬼気迫る走り。

「ケビン、プッシュだ!サエキはカミカゼだ!揺さぶれば自滅する!」

「いや違う。追い込まれているのは俺だ」

「なんだって?あんな無謀な走り」

「無謀じゃない、計算尽くだ。リスクの少ない低速コーナーの立ち上がりでワザと当てている。そしてその反動すら利用している。後ろから見ていればよくわかる」

「ケビン、どうする?」

「ヒントは見せてもらった。なら俺も同じ走りするまで!」

意地と意地のぶつかり合いが驚愕ハイペースバトルを生み出した。

『69周目、佐伯連続ファステスト更新。なんと39秒905』

『完全に予選のペースです。凄い走りですね』

『でもファウルスも引き下がりません。こちらも40秒217』

『こっちは見ていて本当に怖いです。もう全てのコーナーで不安定な動きです。いつ破綻してもおかしくないです』

『ふたりの差は徐々に広がり、現在1.7秒。佐伯頑張れ!』

だがこの異次元バトルは、意外な結末を迎える。

『ええっ?ノルドスピードにペナルティ!10秒ストップです!』

『ラウラコルセとの接触ですか。まあこれは仕方ないかなあ』

「ケビン、ペナルティが出た」

「不本意だが、俺たちの負けだな。だが最後まで諦めん」

ノルドスピードがピットレーンに入った。

これで和貴、トップ安泰。

異次元ハイペースバトルの効果で、2位とは25秒の大差が開いていた。

「カズ、ペースダウン。安全に行こう」

「オーライ」

レース終盤とはいえ、まだ残り20周。

さらに集中力が切れている。

ちょっとした油断が、リタイアに繋がるのが、ここモナコ。

『佐伯くん、ペースを落としましたが、それでも42秒フラットです』

『2位以降は44秒台ですからね。もう少し安全に行って欲しいです』

「カズ、もう少しペース落としてもいいよ。2位とは29秒のギャップがある」

「ノルドスピードはどこにいる?」

「現在4位。38秒後方」

「ファウルスなら、すぐ2位まで上がる。そこからさっきのハイペースで追い上げられる可能性もある。2位のペースに合わせていたら確実に捕まる」

「了解。でも無理しないで」

実際、ノルドスピードは76周目に2位を挽回。

この時点で33秒差。

「カズ、ノルドスピード2位浮上」

「ラップタイム教えて。後ろ見ながら走る」

2位に上がったファウルスはハイペースで追い上げ再開。

41秒台後半のタイムを重ねる。

和貴はそのペースに合わせた。

ジリジリと詰まるが、残り周回数は減っていく。

ラスト7周で28秒差。

「ケビン諦めよう。もうリスクを冒すな」

「仕方ないか。逆に俺がミスすれば、ナカネが表彰台独占になる。それも屈辱だ」

3位、4位はフェラーリ458。

理奈が造った車がベースになっている。

もしノルドスピードがリタイアすれば、理奈の車が表彰台独占になる状態。

「カズ、ノルドスピードが諦めたみたい」

「オーライ。けどリズムは崩さない。確実にフィニッシュする」

和貴は気を引き締めた。

経験の浅いチーム。

今のようにトップ安泰になると、気が緩みがちになる。

だが和貴も理奈も、そのちょっとした油断でレースを失った経験がある。

だから集中力は切れなかった。

『チームナカネ、ファイナルラップに入りました』

『2位とは25秒差です。佐伯くんなら大丈夫でしょうが、油断は禁物ですよ』

『しかしこのチームは毎回ミラクルを見せてくれます。初参加のヨーロッパレースが世界一決定戦のモナコ、そこでトップ快走。この結果を予想していたのはほとんどいないと思います』

『予選終了時でトトカルチョやったみたいですが、ここは万馬券でしたね。私もここまでやってくれるとは思いませんでした』

『7番グリッドからスタート。フレッシュタイヤとストレートスピードを活かしてオープニングラップで5位浮上。そこから優奈ちゃんが頑張りました。そしてその後のピットインでまさかの展開でした』

『決勝に新品タイヤ2セット残したのはここだけです。だから絶対にタイヤ交換すると決め付けていましたが、まさかのブラフで無交換。これでレースが決まりました』

『この理奈ちゃんのブラフにほとんどのチームが騙されました。でも時既に遅し。これで実質トップになり、大きなリードを築きました』

『それでもヨーロッパレースは甘くないです。セイフティカーは痛かった。あれで負けだと思いました』

『セイフティカーが入り、膨大なリードが帳消しになりました。ですが佐伯くんは動じませんでした。MRW最速と言われるケビン・ファウルスとのガチンコバトルを展開、速さで遅れは取りません。引き離しかけたところでノルドスピードにペナルティー。これでレースは完全に決まりました』

『さあ、最終コーナー抜けた!』

『チームナカネ!ここモナコを征しました!トップチェッカー受けました!』

日本のチームが世界一決定戦で初優勝。

これは大きな衝撃を与えた。


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