フリーレースの出逢い
「くそ、なかなか速いな。けど、このコーナーの立ち上がりで詰めて、ヘアピンで・・・」
佐伯和貴は前の車の動きに注意を払いながら、右の低速コーナーに進入する。
セオリー通りのラインではなく、立ち上がり加速重視のラインで走る。
車間が一気に詰まり、テールを真近に捉える。
しかも速度は和貴のほうが速い。
「よし、これで勝負だ」
短い直線を挟み、その先には左の低速ヘアピンコーナー。
前の車も和貴の動きに気付き、左に寄せてブロックラインを走る。
その動きは和貴の予想通りで、速度差を活かして前の車の右側にノーズを入れる。
ヘアピンが迫る。
ほぼ並走状態になった。
ブレーキング勝負。
先にブレーキを踏んだ方が負ける。
和貴はギリギリまで我慢して、一気にブレーキペダルを踏む。
隣の車は一瞬遅れてブレーキング。
そしてターンイン。
隣の車のほうが先にヘアピンに進入した。
和貴の負け、かと思ったら、隣の車は止まりきれずにオーバーランした。
和貴は冷静に対処し、ラインをクロスさせてヘアピンのクリッピングを取る。
「ブレーキ我慢し過ぎだ」
和貴はほくそ笑み、前の車を抜いてヘアピンを立ち上がった。
翌日。
朝のホームルーム前に教室で親友の片山真一と談笑していた。
いつもの日常。
「ちくしょう、最後のバトル、絶対に守りきれると自信あったんだけどなあ」
「いくらチューンしたGT-Rでも、やっぱり車重が重いからコーナーは遅いんだよ。立ち上がりで並ばれた時点でお前の負けだ」
「でもGT-Rのブレーキも悪くないぜ」
「それ以上にポルシェのブレーキのほうが上だよ。GT-Rより全然軽いからな。アウト側の俺よりブレーキ遅らせても止まりきれるわけないだろ」
「そこは気合いと根性だろ」
「それで速く走れるなら何も言わないけど、実際はそうじゃないからな。熱くなる前に冷静に自分の走りを分析してみろよ。片山はまだGT-R本来の性能を引き出せてないぞ」
「俺もポルシェに乗り換えたほうがラクかなあ?けどポルシェって癖が強いから速く走れないんだよなあ」
「それこそ慣れだぞ。確かに最初は手強いけど、癖を掴んでいいところを活かす走りをすればあれくらいラクな車はないと思うけどな」
「そっかあ」
和貴は大山高校に通う1年生。
大山高校は和貴の自宅からは少々離れているが、進学の面では有利なので中学時代の恩師の進めもあり、この高校に進学した。
中学の同級生の大半が地元の近くにある県立高校に進学したので、中学時代からの友人はこの学校には居ない。
入学当初はそれが少し不安だったが、片山真一という親友が出来たので学校生活に大きなストレスは感じていない。
他にも仲のいい友人が数人居る。
部活動には所属していないが、自宅から学校まで10キロ以上ある道のりをロードバイクで通学しているので、体力と脚力は平均以上のものを持っている。
そして現在ハマっているのが、イギリスのゲームメーカーが発売した[モーターレーシングワールド]、通称MRWというオンラインゲームである。
今やオンラインのレースゲームは珍しくない。
多彩な車種が選べ、多彩なコースが用意されていて、ネット上では国籍の枠を超えて色んなプレイヤーと実際に競走出来るのがオンラインレースゲームの醍醐味である。
だがMRWは、ただゲーム内でレーサーとして走るだけでなく、それ以外の役割を務めることが可能な点にある。
実際のレースの場合、レーサーだけではレースは出来ない。
マシンを整備やピット作業をするメカニック、レースの状況を見守り、指示を出す監督やレースエンジニア、さらに言えば、マシンを提供するメーカーや開発エンジニア、マシンのポテンシャルを上げるチューナーなど、いろいろな人材が必要とされる。
MRWが開催するレースにひとりのレーサーのみで参加することも可能だが、他にもチーム監督やメカニック、チューナーと一緒にコンビを組んでチームとして参加可能にしているのがMRW最大の魅力である。
例えばひとりでレーサーとして参加する場合は、画面に現在の順位やタイム差、マシンの詳細情報やラップタイムなどが表示され、その情報を元にレースをする。
それがチームとして参加となると、レーサーの画面には車両関係の必要最低限の情報のみしか表示されない。
レース戦略関連の情報はチーム監督やレースエンジニアの画面に表示される。
監督やレースエンジニアは自分のチームのドライバーだけでなく、他の参加チームの順位やラップタイム、タイム差や位置情報、マシンの詳細なテレメトリー情報が表示され、それを元に戦略を練り、レーサーにマイクで指示を出す。
そして仲間たちと一緒に仕事を分割してレースの勝利を目指す。
ソロプレイも可能だが、仕事を分割したほうが効率がよく、いい成績を狙いやすい。
いい成績が得られれば、得られる賞金やそのほかのパラメーターも上がりやすい。
要はMMORPGのレースゲーム版みたいなものである。
レースゲームはソロプレイが常識だったが、MRWの登場はレースゲーム界に革命をもたらした。
複数のプレイヤーでチームを組み、一緒にレースで好成績を目指すプレイヤーが増加した。
和貴も東京の成人男性が監督、運営を務める[ナガタレーシング]というチームに所属している。
そのチームでは市販車ベースのレースカーで行われるセミ耐久レースをメインに活動している。
週末の夜はチームに合流し、レース距離300キロほどのレースをふたり交代で1台のマシンを走らせている。
ナガタレーシングはポルシェ911ベースのレーシングカーを使用しており、和貴も練習のため普段からポルシェ911をゲームで使っている。
ポルシェ911はモータースポーツ界では定番の車種だが、自動車全体、さらに細かく言えばレーシングカーのベースとなるスポーツカー全体で見ても異質の車である。
世界中のスポーツカーの多くは車体の前にエンジンを置き、後輪を駆動するFRレイアウトが多い。
さらにスポーツ性を高めたものは運転席の直後にエンジンを置くリアミッドシップレイアウトを選択する車も少なくない。
それが世界的な主流であるが、ポルシェ911は約半世紀に渡り、車体後部にエンジンを置き後輪を駆動するRRレイアウトを採用している。
また最近では、安定性を高めるためにホイールベースを長めに設定するのがトレンドだが、ポルシェ911は他のスポーツカーと比べてホイールベースが極端に短く、日本の軽自動車と同等かそれより短いほどである。
そのような超個性的なレイアウトを採用しているので、操縦性は他のスポーツカーとは一線を隔している。
一般的には癖が強く扱いにくいが、RRレイアウトの恩恵で加速が鋭く、短いホイールベースも運動性の良さを生み出している。
さらにボディが他の車種より比較的小さく、空気抵抗が少ないのでストレートが速い。
強い癖を理解して、911の良さを引き出す走りが身に付けば、他の車より安定して速いラップタイムを刻みやすい車である。
和貴がこのゲームを始めた当初はGT-Rのような高性能ハイテク四駆の車を使っていたが、ポルシェ911のメリットに気付くと、長い時間を掛けて911の癖を理解して、速く走らせられるようになった。
まだまだ勉強中ではあるが、日に日に理解が深まり、オンラインレースでの成績も徐々に上がって来ている。
夜9時。
和貴はロードバイクに乗って帰宅した。
バイクから降り、引きながら玄関に入る。
そこで来客に気付いた。
「和ちゃんおかえり」
「あ、希か」
来客は田中希。
隣の家に住む、和貴の幼馴染である。
白い肌に長い黒髪が印象的で、知的で整った顔立ちを持っている。
目元の柔らかな印象は性格にも現れていて、基本的には穏やかで落ち着いている。
歳はひとつ上で地元の高校に通っている。
子供の頃から姉のように慕っていて、小学生の頃は「希お姉ちゃん」と呼んでいたが、中学に上がる頃になると希のほうから
「お姉ちゃんは止めて」
と言われ、それ以来は呼び捨てになっている。
最初はかなり抵抗があり、3年経った今でも若干の違和感が拭い去れない。
それでもさん付けやちゃん付けより、呼び捨てのほうが希が嬉しそうに見えるので、少し我慢しながらこの呼び方を通している。
「和ちゃんは帰り遅いね」
「今日はバイトがあったから」
バイトのシフトが週3〜4日入っている
「そんなんで学校の勉強は大丈夫なの?」
「試験期間中は休んで真面目に勉強してるよ。授業聞いてれば何とか大丈夫そうだ」
先ごろ行われた中間試験では、上位成績者の掲示には載らなかったが学年二桁の成績だった。
それを母が喜び、記念ということで高価なゲーム用コントローラーを買って貰えた。
その効果もあり、最近はMRWにどっぷりハマっている。
「だからってゲーム三昧はどうかと思うよ。ちゃんと友達と遊んだりしてる?」
「今はゲーム内でもリアルの友達と遊べるんだよ。ゲーム限定の仲間も含めれば交友関係は広いほうだと思ってるけど」
「でも夜更かしはほどほどにね」
「そうしたいのは山々だけど、今度のレースに向けていろいろ忙しいんだよ。今日もこれからレース用の車の走行テストがあるから」
「和ちゃんがここまでのめり込んだら、何言ってもダメだよね」
普段の和貴は平凡な男子高校生だが、一旦集中すると周りが見えなくなるほどにのめり込む。
それを知っている希は苦笑いを浮かべるしかなかった。
遅い夕食を済ませ、風呂から上がると自室に戻り、早速MRWを立ち上げた。
「よし、来てるな」
ゲームのガレージにレース用の911を確認した。
最近のレースゲームはセッティングやチューニングの幅がとても広く、その広さと深さはライトユーザーを遠ざける要因にもなっている。
そこでMRWはあらかじめ決められたデフォルトのセッティングやチューニングが何種類かあり、それの出来がなかなか良いのでそれを使うユーザーが大半である。
だが一部のマニアはそれに満足せず、より細かいセッティングやチューニングに手を出す。
そこで重要なのがチューナーである。
MRWのチューナーになると、決められた数値内でかなり自由にチューニングやカスタマイズが出来る。
それを最大限に活かすと更なる速さが得られるが、設定次第ではトラブルを引き起こす要因にもなる。
和貴が所属するナガタレーシングではゲーム内で得られた資金でそこそこ名の通ったチューナーにレース向けのカスタマイズを依頼している。
その車は東京の監督の元に届き、それが和貴に送られてきた。
これからドライバーである和貴が走行テストをして、様々な確認作業に当たる。
レースで結果を得るには、地道な作業の積み重ねであり、それはリアルでもオンラインでも一緒である。
和貴は届いた911のスペックに一通り目を通すと、フリーのオンライン対戦レースを始めた。
これは車の速さでカテゴリー分けされ、世界中のプレイヤーとレースで対戦出来る。
ただ和貴が使うレース用911はゲームレベルでも速いカテゴリーに分類されており、そのカテゴリーは日本人レーサーが少なく、平日だとまずは対戦相手に現れない。
外国人レーサーとの対戦も慣れたものだが、外国人は日本人と比べるとやや強引な走りをするレーサーが多いので正直好きではない。
それでも確認作業はしないといけないので、対戦ロビーに入った。
「やっぱり平日夜は人が少ないな」
日本人レーサーは比較的遅いカテゴリーに多く、外国人は速いカテゴリーに多い。
今の時間帯は日本ではネットが盛んだが、ヨーロッパやアメリカでは時差の関係でオンラインに繋いでいるドライバーは多くない。
今日も対戦ロビーには和貴を含めて8人しか居なかった。
ただ、
「あれ、珍しいな。日本人が居るよ」
対戦ロビーには入場者の名前と国籍、使用車種が表示される。
ネットの場合、名前や国籍、性別をユーザーが自由に登録出来るが、MRWの場合は自車に国籍の国旗と名前が自動的に表示されるので、実名で登録しているユーザーが意外と多い。
和貴を表すK,SAEKIの他に、Y,NAKANEという名前と、その横に国籍を現す日本の国旗が表示されていた。
ロビーに居た8人でレースが始まる。
コースはドイツのホッケンハイムフルコース。
スターティンググリッドはランダムで決まる。
和貴は4番グリッドからのスタートになった。
「不利な位置だけど、この相手なら行けるかもな」
車は和貴が911、外国人ドライバーはアストンマーチンバンテージ、BMWM3といったFR車、そしてもうひとりの日本人ドライバーはフェラーリ458だった。
そのフェラーリがポールポジションスタート。
スタートシグナルのレッドランプが点灯する。
ランプが消えたらスタート。
和貴はクラッチを切り、ギヤを1速に入れた。
アクセルを踏み込み、エンジン回転を上げる。
ランプが消えるのを待つ。
ほんの数秒だが、この時ばかりは緊張する。
スタートでの出遅れは後のレース展開に響く。
だからと言って焦ってクラッチを速く繋いでしまえば、フライングを取られる可能性がある。
MRWのスタートはそれなりに難しい。
赤ランプが消えた。
同時にクラッチを繋ぐ。
鋭いダッシュで和貴の911はスタートを切った。
911のメリットは鋭いスタート加速にある。
重いエンジンがリアに搭載されているので、スタート時にリアタイヤに大きな荷重が掛かり、それが強大なトラクションを生み出す。
リアミッドシップのフェラーリ458もスタートは有利だが、外国人のFR車はスタートで不利になる。
911の鋭い蹴り出し加速を活かし、第1コーナーまでに外国人FR車を全て抜いて2番手で第1コーナーに進入した。
前を走るのは日本人ドライバーのフェラーリ。
レースは3周。
「さて、どんな走りをするのかな?」
和貴は前を走るフェラーリの動きを観察する。
実車のレース界でもポルシェ911とフェラーリ458はライバル関係にあり、速さも似たようなものである。
ただその走りは大きく異なる。
ポルシェは加速の鋭さと直線スピードの速さで勝負する。
フェラーリは若干ストレートが遅いが、優れた重量バランスと空力を活かしたコーナースピードの速さで勝負する。
ここホッケンハイムは直線とコーナーがバランスよく組み合わされたレイアウトである。
車の差はさほど無いと思っていい。
事実、和貴は前の458に無理なく付いて行けていた。
「フェラーリのドライバー、そこそこの腕だな」
コーナーでの動きは安定していて、車のメリットを引き出して連続コーナーでは若干離される。
でもコーナーの立ち上がり加速とブレーキングで差が詰まる。
単独で走れば和貴のほうが速いラップタイムで走れる。
だが前を走る458が邪魔をして自分のペースで走れない。
こうなるとどこかで無理をして仕掛けるしかないが、なかなか仕掛ける隙がない。
「たぶんワンチャンスだな」
仕掛けるポイントを決める。
最終ラップのストレートエンドにある右のヘアピン。
その手前のコーナーを上手く処理して、直線の速さを活かしてフェラーリのスリップストリームを使い、ヘアピンでブレーキング勝負。
「このドライバー、ブレーキングが苦手みたいだからコーナーの突っ込みで負けることはないだろう」
最終ラップに入った。
仕掛けるタイミングを見計らい、車間を詰める。
ストレート手前のコーナーを丁寧に立ち上がる。
だがフェラーリのドライバーも負けてはおらず、フェラーリ458の性能の割には立ち上がり加速が速い。
スリップストリームを使うにはやや車間が離れている。
それでも徐々に差が詰まる。
ヘアピンが迫る。
フェラーリのドライバーもここが勝負どころだと認識しているようで、イン側を閉めるブロックラインを走る。
差は約1車身。
ブレーキング勝負を仕掛けるにはちょっと苦しい。
それでもアウト側の和貴のほうがブレーキを我慢出来る。
コーナー進入。
予想通り、フェラーリのドライバーが先にブレーキを踏んだ。
一瞬送れて和貴もブレーキング。
ほぼ並走状態でコーナーに入る。
このような状況で、日本人ドライバーと外国人ドライバーの違いが出る。
外国人ドライバーはラフなスタイルが多く、多少接触しても自分のポジションを強引に守り、相手を押し出したり閉め出したりする。
日本人ドライバーはマナーがよく、並走状態でも相手のラインを残す。
和貴もフェラーリを閉め出す真似はせず、イン側に1台分のラインを残した。
フェラーリのドライバーも車体をぶつけて押し出すような真似はしてこなかった。
クリーンなバトル。
2台並んでヘアピンを立ち上がる。
このような状況では911の脱出加速の鋭さを活かし、コーナー立ち上がりで前に出れる場合が多いが、フェラーリの加速も悪くない。
しばらく並走状態で走り、高速の緩いコーナーを並んで抜ける。
その先は左の低速コーナー。
ブレーキングは和貴のほうが有利。
さらにインとアウトが逆転する。
和貴は有利なイン側からコーナーに進入する。
ブレーキング勝負では負けない。
この左の低速コーナーで、和貴は完全に前に出た。
その後はミス無く走り、トップでゴールした。
「ふう」
緊張から解け、一息つく。
なかなかいいバトルが出来たと思っていた。
外国人相手だとどうしてもラフプレイになり、それはそれで楽しいのだが、正直好みではない。
日本人同士のクリーンなバトルはとても楽しい。
そう思っていたら、フェラーリのドライバーから対戦申し込みが入った。
「そう来たか」
断る理由は無い。
申し込みを受諾する。
これからはふたりでのマッチレースになる。
ここで相手のことが気になった。
相手の名前にカーソルを合わせ、画面を切り替える。
そうすると詳細情報が表示される。
「えっ?」
驚いた。
MRWのドライバー登録はかなり細かく設定されている。
今までの対戦実績やレース距離、獲得金額、勝率などのステータスはもちろん表示される。
それに加えて、性別や年齢、身長、体重まで登録するシステムになっている。
これはレースの規則上、身長や体重が車のポテンシャルに関わってくるからである。
例えば単座のフォーミュラカーの場合、最低重量がドライバーの体重込みの場合が多い。
また身長が低いと空力やバランス面で有利である。
市販車ベースのレースカーの場合は最低重量に体重が含まれる場合はほとんど無いので、単純に体重が軽いほうが有利である。
あとMRWの場合、女性が有利な設定になっている場合がある。
モータースポーツの世界は男女の区別が無く、性別関係なく一緒の舞台で戦う。
だが現状では体力的に有利な男性ドライバーが大半で、女性ドライバーはほとんど居ない。
だがMRWはレースゲームなので本来のモータースポーツほど体力は要求されない。
だからゲームメーカー側も女性ユーザー獲得に積極的になっているので、女性が有利なレースの設定がある。
でもそこはネットの世界。
男が女と偽って登録しても誰も分からないし、ペナルティもない。
実際に女性の恩恵を受けるため、自分の身体データを偽って登録しているユーザーも少なくない。
和貴はそこまでしてまで恩恵を受けたいとは思っていないので、嘘偽り無く年齢15歳、身長175センチ、体重68キロで登録している。
そしてこのフェラーリのドライバーは、
女性で年齢は同じく15歳、身長150センチ、体重37キロとなっていた。
「俺とタメってことは中3か高1か。でもその割には華奢だな」
女子の体重のことはよく分からないが、ここまで身長の低い女子はあまり知らない。
ここでマイク通信のアイコンが点灯した。
マイクを繋ぐと会話しながらレースが出来る。
平日のこの時間帯だと外国人相手ばかりだったのでマイクを繋ぐことはほとんどしない。
でも相手が日本人なら会話しながらレースしたほうが楽しい。
和貴もマイクを取り出し、セットした。
まず向こうから話しかけてきた。
「こんばんは。さっきはいいレースだったね」
本当に女の子の声だった。
「へえ、マジで女の子だったんだ。てっきり男のチートプレイヤーかと思ったよ」
「チートプレイヤーって?」
どうやらこの女の子は詳しい事情を知らないようだ。
「このゲームって女性有利な場合が多いから、男が女だと偽って登録してるのが結構居るらしいんだよ。女性のみ有利なアシストOKって場合が結構あるからね」
「それは知ってるけど、あたしはほとんど使ってないよ。それで勝ってもつまらないもん」
どうやら真面目なプレイヤーのようだ。
「敢えて女の子相手に失礼だと分かってて言わせてもらうけど、それでもこの体重はチートっぽいよ。俺より30キロ以上軽いからな。どうりで加速が速いわけだ」
「言っとくけどサバ読んでないからね。リアルの体重だから。背が低いんだから仕方ないでしょ」
女の子は拗ねたような口調になる。
どうやら気にしているようだ。
「あ、マジでゴメン。怒った?」
「ううん、もうそう言われてるのは慣れっこだから、気にしなくていいよ。それよりレースしようよ。なんか似たような速さだから面白そうだと思ったから」
「そうだな。俺もマシンチェックにちょうどいい相手が欲しかったからね」
ゲーム実績を見ると、この女の子の方がキャリアが短く、実績も低い。
でもさっきの走りは実績以上のものだった。
相手に不足はない。
「どうせなら日本国内のサーキット限定にしない?」
女の子がそう提案してきた。
「いいよ。サーキット選びは任せるよ」
ホストは女の子側なので、コース選択やレース条件の決定権は向こう側にある。
コースは宮城県のスポーツランド菅生が選択された。
日本のサーキットでは高速の部類に入る。
高低差は日本最大で、難易度はそれなりに高い。
マッチレースが始まる。
女の子のフェラーリが前のグリッドになった。
「よーし、逃げ切ってやる」
女の子の元気な声が届いた。
「ポルシェのトラクション舐めるなよ」
和貴も引かない。
レッドランプが消えて、スタート。
和貴はクラッチミートを少し失敗して、出遅れた。
フェラーリが先に第1コーナーに進入した。
レースは5周。
「へへっ、スタートで抜かれなければあたし負けないよ」
「言ってろ」
和貴は気合いを入れ直し、フェラーリを追う。
だが実際手強かった。
フェラーリ458のメリットを活かし、前半の連続コーナー区間で少し離された。
ストレートが遅いフェラーリの割にはそこそこ速く、なかなかテールを捉えられない。
「コーナー速い相手が前に出ると、なかなか追いつけないな」
つい本音が出た。
「もう弱気になったの?」
「いい気になるなよ。仕掛けどころはあるからな」
第1コーナーからバックストレートまでの連続コーナー区間ではやや離されるが、バックストレート後の馬の背、それに続くSPコーナーでは付いて行ける。
そして最終高速コーナーは和貴のほうが速い。
その先は菅生名物の登り勾配10パーセントの急坂、そして登りのホームストレート。
ここはポルシェのパワーとストレートスピードを活かして差が詰まる。
決してラクが出来る相手ではないが、本気で走れば勝負になる。
仕掛けるポイントは最終ラップの第1コーナー。
SPアウトコーナーを加速重視ラインで立ち上がり、最終コーナーで差を詰める。
ホームストレートを駆け抜け、最終ラップに入る。
ブレーキング勝負を仕掛けるには、若干差が開いている。
女の子もここでのブレーキング勝負はないと油断しているようで、通常のラインを走っている。
最高速からのブレーキングに入る。
先に女の子がブレーキを踏んだ。
その瞬間、
「甘いな」
と言ってから、背後から一気にイン側に切れ込んだ。
空いたスペースに車体を滑り込ませ、限界ギリギリまで遅らせたレイトブレーキング。
「うそっ?」
驚く女の子。
ブレーキ性能は完全に和貴のポルシェのほうが上だった。
やや強引なラインだったが、鋭いブレーキングでフェラーリを抜いた。
連続コーナー区間に入る。
「くそーっ!絶対に抜き返す!」
「ここで抜かせるほど甘くはないぞ」
息巻く女の子に冷静に対応する。
確かにこの区間はフェラーリのほうが速いが、抜けるだけの速度差はない。
前のポジションをキープしたまま、バックストレートを駆け抜ける。
ここまで来ると和貴のほうが速い。
結局、和貴が勝った。
「悔しい!」
本気で悔しがる女の子。
「車も腕も悪くないと思うけど、俺に勝つのは無理だと思うぞ」
「やけに自信たっぷりね」
「何なら別のコースで再戦する?」
「望むところよ」
「あ、でも富士は止めといたほうがいいぞ。458はストレート遅いから、どんなに頑張ってもあの長いストレートで抜き返すからな」
「分かってるわよ。じゃああたしの有利なサーキットを選ばせてもらうからね」
そして3つほどの別のサーキットで勝負をした。
そしてその全てで和貴が勝った。
どのサーキットでも、和貴が後ろから追い上げ、ブレーキングで抜き返す展開だった。
「ねえ、負け惜しみじゃないけど、ちょっと性格悪くない?速いくせに最初はゆっくり走って抜き返されるのは気分悪いんだけど」
女の子は相当不機嫌な声になっている。
「わざとじゃないよ。耐久レース用のセッティングになってるからタイヤの温まりが悪いんだ。リアタイヤは簡単に温まるけどフロントがね。だから序盤はアンダーステアが強くて曲がらないからペースが上がらないんだ」
「じゃあタイヤも硬いの使ってるの?」
「普通に走れば200キロくらいは持つコンパウンド使ってる」
「うっ、それショック。あたしスプリント用のソフトタイヤだから」
「タイヤが一緒だったら完全に俺のほうが速いだろうな。まだ腕もマシンも詰めが甘いぞ」
「そうみたいね。身に染みて分かったよ。じゃああたしそろそろ落ちるから」
「ああ。もう少しレベル上がったら勝負してやるよ」
敢えて勝ち誇ったような口調で話す。
「ねえ、よかったらフルネーム教えて。あたしを負かした男の名前は知っておきたいから」
「そんなこと言ってると覚える名前が増えすぎて覚えきれなくなるぞ」
「揚げ足取らないでよ。いいから名前教えなさい」
「佐伯和貴だ」
「了解、しっかり覚えたから。じゃあまたね」
「ああ、おやすみ」
女の子はログアウトした。
「そういや、俺は名乗ったけどあの子の名前聞かなかったな」
分かっているのはY,NAKANEというイニシャルだけ。
日本人プレイヤーは大勢居るので、それだけでは次に会えるか分からない。
MRWを始めてから随分経つが、リアルで女の子のレーサーと遭遇したのは今夜が初めてだった。
「せっかくだからフレンド登録すればよかったかも。けど一緒にレースするにはまだレベルが低かったしなあ」
やや残念に思いながらも、911のテスト走行を再開した。
まだまだ調べなければいけない作業が残っていた。