第九話 聞き取り
「おっす、周」
「おはよー。 って、あんたトランプをそんなに積み上げてどうすんのよ?」
周五郎の後ろから明るい二人の声が聞こえてくるが、彼は無視してトランプを積み上げた。
(これが最後の一枚だ!!)
状況を説明すると、朝早くにロールプレイングをするために学校に来た周五郎だったが、暇だった彼はトランプでタワーを作ってるという訳だ。
周五郎は震える手を押さえながら、最後の一枚をタワーのてっぺんの上に載せた。
「やった、 完成だ」
1時間をかけて作ったタワーが神々しく見える。
(やはり時間をかけて何かをするというのは達成感があるな。俺は今、最高な気分だ)
「ふふふっっ、あーーーははははははっっ!! 我々人類の勝利だ」 と楽しそうに叫ぶ少年を、坊主頭と気の強い美少女がにらめつけていた。
「……随分と楽しそうで何よりだけど、周。なんのために学校に早く来てるのかわかってる?」
(はっ、そうだった、俺としたことが!! いやべ、べつに忘れてなんかねーよ? じぇんじぇんそんなことねーんだからな) と周五郎は一人で言い訳する。
周五郎はぎこちない笑みで、
「えー、こほん。ちゃんとお前らが覚えてるかどうか試したんだよ」 と胸を張る。
「「どうだかな(ね)」」
二人は呆れた声をあげた。
「そ、そんなことよりさっさと始めようぜ。まずミッツーが報告頼む」
「本当はもう少し追及したいところだけど……。まあ、いいや。じゃあ俺から報告なー。俺の調査だと小杉を好きな人間は、1〜3年合わせて5人ほどだな」
「結構いるんだな」
ふと、案外気づいていないだけで、自分のことが好きな女子もいるんじゃないか、と周五郎は希望を持ってみた。しかし、直ぐにブンブンと首を振る。
(やめよう。ありもしない妄想をしたって、ただ虚しくなるだけだ。それより事件に集中するとして……、これは調べるのは存外大変だな。まあ、性格の予想とかやった甲斐はあるのか)
周五郎がそんな思考の渦から抜け出すと、ミッツーは自慢げに小杉の自慢をしていた。
「あのあどけない顔立ちに、ほっそりとした体型。 ミニスカートからのぞく白くて美しい脚に、肌から仄かにあまーい匂いがする。
そんでもってちゃーんと出るところは出てるんだから。 まさしく、最高の美少女ちゃんだぜ。 ロリコンをはじめ、ファンは多いんだよ。ぐふふ、ぐふふのふ」
ミッツーが品もなく、にやにやと笑っている。
(いつもの爽やかな笑みはどこにいったんだよ。この坊主頭は本当、こういう話が大好きだからな。そして詩織さん、隣りで指をならさないでください。マジで恐いから)
「三川のハゲ!! 近寄んな、気持ち悪い」
詩織がミッツーをおもいっきり叩きながら暴言を吐いている。
(なーんにも見えない見えない。見えないから助けなーい)
周五郎は見て見ぬふりを決め込む。下手に関わったら、巻き添えを食って俺まで殴られる、と周五郎はぶるりと体を震わせた。
「わ、悪かったよ!! 詩織さん許してー。痛い、痛いってば」
ミッツーが涙目で詩織に謝っている。
(野球部所属の男子高校生を泣かせるとは、恐るべし女! ) 他人事である周五郎は、呑気に眺めている。
「ふん、しょーがないわね。二度とアホなこと言うんじゃないわよ」
「もちろんですぅ」
(あ、いまちょっとミッツー、オカマ入りました。……て、これじゃ一向に話が進まねえよ。しょうがないな、助け船を出すか)
「まあまあ、二人ともそれくらいにしとけよ。で、ミッツーよ、さっきの続きを話してくれ」 周五郎は詩織に見えないようにウインクをした。
ミッツーは目を細めて、にやっと笑った。
「そうそう、喧嘩してる場合じゃないぜ。それで、続きの話をするよ。先程言ったこの5人は全員一年生だ。2,3年生も調べたが今のところ情報はなしだな。これがその5人の資料だ」
とミッツーはファイルを見せてくる。中身を見ると名前、顔写真、性格、所属部活、住所などなどいろんな個人情報がのっている。
「えーとミッツー、これはどうやって作ったんだ?」
「はぁ? んなもん、いろいろな手を使ったんだよ。細かいことは気にするな。んで、特に俺が当たりだと思うのがこいつ」
そう言って、資料を開いて一枚の紙を指差す。そこには、いかにもおとなしそうな男が載っている。
(にしても良くできた資料だな。いやでも個人情報だよねこれ……)
まあいいかと無理矢理思い、周五郎はミッツーの資料を読み上げていく。
「山田俊樹、B組所属ってことは、俺達A 組の隣りなわけか。性格はおとなしめ、成績優秀、運動は苦手なのか。
……ん、こいつ音楽部所属だ!! 部活で一緒だったから、顔見知りなんだろうな」
「あ、そいつって……」
詩織が少し驚いた表情で顔写真を見ている。
「詩織、知ってるのか!?」
「うちも女子にいろいろ聞いてみたんだけど、該当しそうな人間は一人しかいなかったの。それがこいつよ」
「まじか……。 となると、恐らくこいつで決まりだな。 どうする、周?」
「今日こいつに会って、確かめてみよう」
「会ってどうするつもりなのよ?」
「なーに、この周五郎に任せとけ。 昼放課、こいつに接触するぞ。ところで、お前ら二人はこいつと面識はあるのか?」
「「ないぜ(わよ)」」
「そっか。おれもねーから、お互いに面識はないわけだ。もちろん、念のため他の4人にも会う。じゃあ、他の四人の資料も写真で撮ってもいいか? 昼までに一通り見ときたいんだ」
「ん、もちろんいいぜ。けど、個人情報だからくれぐれも慎重にな」
「わーってるよ。じゃあ、昼放課に行くってことで。かいさーん」
「「りょーかい」」
そう言うと二人とも自分の机に去っていった。が、すぐに詩織が戻ってきた。
「ん、なんか忘れ物か?」
「違うわよ。美空ちゃんが私達に依頼があるって言ってたのを思い出したの」
「ふうん。ところで、美空ちゃんって誰だっけ?」
「同じクラスの小谷川美空ちゃんよ!! 覚えてないの?」
「ああ、あのバレー女か」
小谷川は小杉と仲が良い女子で、周五郎はロールプレイングをしたときに、小杉の靴箱に小谷川のスリッパが入っているのを見つけていた。少しチャラチャラとした女で、最近髪を茶髪に染め、耳には小さなピアスをつけている。
残念ながら、髪形がおかっぱなので似合ってないのだが。
顔立ちはいいんだからもう少し考えろよ、と思うがもちろん口には出さない。もしそんなこと言ったら次の日、周五郎の机は無くなっているだろう。
「あんた、覚え方が雑ねぇ。今日はまだ学校に来てないみたいだけど、来たら相談するって言ってたわよ」
「はぁー、めんどくせぇな。どんな依頼か聞いてんのか?」
「詳しくはまだよ。でもストーカー被害にあってるらしいわ」
「それって警察の仕事じゃね?」 はあ、と周五郎は面倒そうにため息をつく。いつから学校の何でも屋は、ストーカー対策をするようになったのだ。
「うちもそう言ってるんだけど、せめて話だけでもって聞かなくて」
「それで、しょうがなくって訳か」
「そういうことよ。ね、お願い。話だけでも聞いてあげて」
「はぁ、分かった。取り敢えず聞くだけ聞いてみよう」
「悪いわね。こういう頭使うのはあんたの得意分野だと思って」
「詩織は脳筋だもんな」
「ふうん、また殴られたいのね」
「おいおい、詩織センセ。まだ俺ケーキ奢ってもらってないぜ?」
「ぐっ、まだ覚えてたか。もう忘れてると思ったのに」
「ぐへへ。ぐへへへへへへへ。
忘れませんよぉー、たとえ隕石が落ちてこようが、地球が爆発しようが、ぜぇーーーーーーーーーーったい覚えてますよぉ?」
「わかった、わかったから、その気持ち悪い態度やめてよ!!」
「わかればええんやよ、詩織クン」
「あとで覚えてなさいよ」
(ものすごい睨まれているがこ、こわくねぇし。こわく……)
「詩織さん、怒るのだけは勘弁してくださいよぉ。 何でもしますから」
やっぱりこわかった。
「わ、わかったわかった。許す、許すからマジ泣きしないでよ」
「ぐすん、ほんとに?」
涙目で上目遣いに周五郎が尋ねる。まるで叱られたときの子供のようだ。
「ほんとよ、てかあんた年齢幾つ? この歳でそこまで泣けるってなかなかいないわよ」
「ただ詩織が恐いだけなんだけどな」
「本当に一発殴っやろうかしら。ま、とにかくよろしくね、美空ちゃんのこと」
「へいへい、この周五郎に任せとけ」
それから10分後ーー。
「周五郎君ー、依頼があるんだけどー」
金髪のおかっぱ頭の少女が周五郎に元気に喋りかけた。膝上20㎝の大胆なミニスカートから、バレー部で鍛えられた脚がチラリと見える。
「その声は小谷川か。なんで俺達A 組の連中はこんな元気なやつばかりなんだよ」 と疲れたように周五郎が言う。
「へへ、そんなこと知らないよー。 ところでね、少し頼み事があるのー」
「詩織から少し聞いてる。まずは話だけ聞こうか」
「ん、実はストーカーにあってるのー」
「お、おいおい、かるく言うなよ」
「えへへ」
小谷川がぺろりと舌を出している。周五郎は嫌そうに顔をしかめたあと、彼女に気づかれないように小さく舌打ちをした。周五郎は彼女のことが余り好きではなかった。
「お前って神経太いんだな。あんまり聞きたくないけど、とりあえず言ってみろよ」
「うん。私ね、男子で同い年の幼なじみが一人いて、小さい頃から仲が良かったの。交換日記も高校に入るまでやってたんだよね」
「……おいおい、ストーカー話はどうなったんだ」
「今の話が関係するんだから黙って聞いててよ。あ、いいこと教えてあげる。せっかちな人はモテないんだよ」
「余計なお世話だ」
「知ってる? 賢い人は人の忠告を聞くんだよ。周五郎君は愚者になりたいの?」
「ああ、普段はともかく、今は凄くなりたい気分だよ。お前だって愚か者には物事を頼みたくないだろ? そうなればこの話は無しだ。嬉しいねえ、俺も面倒ごとに巻き込まれなくて済む」
小谷川は黙って聞いていたが、突然艶のある声で笑った。それは確かに、男を魅了するような美しいものであった。彼女は短いスカートから伸びる脚を周五郎に絡めて、じっと見つめている。それはどこか、周五郎の反応を楽しんでいるようでもあった。
周五郎は初め恥ずかしさに顔を赤らめたが、直ぐに目の前の依頼人を睨み付けた。
「くだらんことは今すぐやめろ」
「ふうん、周五郎君ってやっぱり童貞なんだ」
「なっ、なにを……」
「反応を見りゃわかるよ。ま、その顔じゃあ仕方がないか」
「てめえ、さっきから聞いてりゃ……」
「そんなことより、話をそろそろ戻そうよ」
そう言うやいなや、小谷川は強引に話を始めた。
「さっき話した幼なじみも、この高校に入ったんだけど、最近はあんまり話す機会が無かったんだ」
周五郎は無視をしようかとも思ったが、結局その人のよい性格から、話だけでも聞くことにしてしまった。
「……、それで?」
「4日前にたまたま廊下で彼に会ったんだけれど、その時、彼が私に『どうして俺の気持ちを無視するんだ』って言ったの」
「気持ちを無視……。どういうことだ?」
「わからないの。 その次の日に家のポストに手紙が入っていて赤い字で『恨んでやる』って」
「……随分と急展開なんだな。なにか心当たりはあるのか?」
「全然ない……」
周五郎は額に手を置いて、ギョロっとした目を更に飛び出させながら叫んだ。
「小谷川、警察に連絡しろ! 俺達トリオがやるべき仕事じゃない」
「お願いだよ。 犯人は彼だってわかってるんだ」
「だったら尚更……」
「実は、もう連絡してるんだけどね」
「してたのかい!」 と周五郎は思わず大声をあげる。
(いったいこいつは何なんだ。喋っているだけで、どんどん疲れてくる) 周五郎の背中は老人のように、どんどん曲がってきていた。
「まあねー。 でも警察は相手にしてくれなかった」
「それで困って俺達に相談をしたのか?」
「そういうことー」
周五郎は一度考えるような素振りを見せたあと、
「ちっ、めんどくせーな。多分、今日中には受けてる仕事は終わる。夜にまた連絡するってことでいいか?」
「じゃあもしかして……」
「しょうがねえ、この周五郎が引き受けた」
「わーい、ありがとう!!」
(俺はこいつが大嫌いだ。けど、それは依頼を断る理由にはならねえ。それはこの俺様の美学に反するんだ。こいつだって一応被害者ではある。誰かが助けてやらなきゃならないんだ)
昼放課ーー。
「なに? ラブレターを入れたのはお前じゃないのか?」
「ええ、僕じゃありません」
昼放課に周五郎、ミッツー、詩織の三人は音楽部である1年B 組の山田俊明の元へ来ていた。
「どういうことだ? お前は小杉の事が好きじゃないのか?」
「そりゃあ……たしかに好きですけれど。僕には人に告白する度胸なんてありませんよ」
山田はミッツーの資料どおり、長身で細身の男で顔も大人しそうな雰囲気を出している。ラブレターのことについても、特に気にした様子はなく平然としている。
(確かに少し引っ込み思案な感じもするが……。そして一つ引っ掛かることがある。自分の好きな人にラブレターが送られたんだぞ、なぜこんなに冷静でいられるんだ)
山田は三人が教室に来た当初は驚いていたが、それからの対応はしっかりしていた。
「ほんとにほんとにお前じゃねーのか?」
「ええ、僕ではありません」
その後に教室を出ると、ミッツーが不思議そうに聞いてきた。
「周、どういうことだ? 俺はてっきりあいつかと思ってたぜ」
「となると、他の4人の中にいるってことかしら」
「わからん。取り敢えず他の四人の所に行ってみよう」
二十分後ーー。
「他の四人もダメかぁ」 周五郎がため息混じりに呟く。
「周、これってもしかして俺と詩織の調査が甘かったってこと?」
「いや、俺はお前らの調査能力は買ってるんだ」
(しかしどういうことだ。犯人は自分の好きな人を他人には言ってなかったってことか)
何かがおかしいと周五郎の中の信号がなりひびく。腑に落ちない感じなのだ。
(山田の反応も気になるな……。この事件、一筋縄ではいかんかもしれんな)
さてさて、この名無しのラブレター編、こんなに長く続けるわけではなかったのです。
しかし書いてるうちに長くなってしまいました。文章力の無さが原因か……
ところで春と言えばやっぱりー、花粉ですよね(笑)
今日も鼻がヤバイのです!!