第八話 朝早くに
次の日、周五郎は朝早く学校に来ていた。時刻は6時30分。
理由は、周五郎が真面目な性格で毎日朝早くに登校している……、という訳ではなく、ラブレターを入れる場面の可能性をまた検証するためである。
朝早いため、辺りもまだほんのり暗く、静寂につつまれている。ほとんど人がいないぼろい校舎は寂しげに、風に吹かれながら立っていた。
校門を通りすぎた周五郎は運動場を見てみる。朝練をしているのかと思ったが、誰もいない。
小杉は朝7時に学校に登校しているわけだから、昨日やったようにST の後にやるか、朝早く学校に来て、ラブレターをいれるかのどちらかである筈だ。今日は後者の方を確かめるために朝早くねむーい中、周五郎は学校に来たわけだが……。
「おいおい、昇降口が開いてねぇぞ」
まず校舎に入れないことに気づく。しかし、校門が開いていた訳だから教員か事務員がいるはずである。
生徒用の入口である昇降口は3つある校舎のうち、真ん中の校舎にあるのだが、開いていなかった。
教員用の入口や来客用玄関は北側の校舎にある。そこなら開いている筈だろう。
北側の玄関に向かうと壁にAEDが掛かっていた。
(こんなおんぼろ設備の学校でも、安全対策はバッチリなのかな) と周五郎は感心する。
「よし、開いてた。 これで校舎に入れるな」
教員用入口はやはり開いていた。
(後は真ん中の校舎に行けばオッケーだな)
周五郎は得意気にふふ、と笑って静かな校舎を歩いていく。
風が強く吹いて窓ガラスが震え、カタカタと音をたてている。
無人の校舎には時折窓ガラスが揺れる音がするが、そのあとまた静寂が訪れる。
周五郎は校舎同士を繋ぐ渡り廊下にやって来たのだが……。
「開いてない!?」
渡り廊下にも鍵つき扉がついているのだが、鍵が掛かっている。
これでは真ん中の校舎に行ってラブレターを入れることが出来ない。
(朝早く来たってのは無理なのか? となると、やはりST の後にラブレターを入れたってのが濃厚だな) と周五郎が考えていると、突然後ろに気配を感じ、咄嗟に振り返って見ると……担任の藤下だった。
「周五郎じゃないか。 こんなに朝早くからどうした?」
「わぁぁ!! せ、センセーですか。驚かさないでくださいよ。
……たまたま早く起きたので来たんです。先生こそお早いですね」
「私は鍵を開ける係なんだよ。昇降口が開いてなかったんだろ? 開けてあげるからついてきなさい」
確かに、見ると腰に鍵をたくさん掛けている。
(しかし、鍵を開ける係ってことは、小杉がラブレターを見つけた日、つまり5日前のことも知ってるかもしれないな)
「先生、じゃあもしかして5日前に昇降口の鍵を開けたのは先生ですか?」
「5日前? ああ、そうだが、そんなこと聞いてどうする?」
藤下が怪訝そうな顔をしている。
(さて、どこまで話すべきかな)
彼の脳細胞が急速に動き始めた。
この高校の教員達は、周五郎達がさまざまな依頼を解決していることを知っている。そのことに対する教員の反応はさまざまで、
「ただの高校生がそんなことをするんじゃない。そんなことをする暇があったら、勉学や部活動に励め」と言う人もいれば、
「人助けとはいい心がけだな。困った人がいれば、なにも言われなくても助ける。それこそが助け合いの精神だ。これからも頑張りなさい」 という人もいる。
しかし、大抵の教員は前者で、見つけると注意をする。だが、先生たちも本心で言っている人は少なく、大抵はなにか問題が起きたときに
「教員はなにをやっていたんだ」とマスコミに叩かれても対応できる口実を作っておく、という訳である。
藤下も前者に含まれる。生徒指導部でもあるわけだから、余計賛成はしないだろう。
ここは適当なことを言っておくかと、周五郎は方針を決める。
「友達が言ってたんですよ。『5日前にたまたま早く起きたから、折角早めに学校に行ったのに開いてなかった』って」
「ふむ、そういうことか。確かに私が開けたぞ。確かその日は6時40分頃に開けたと思う。大抵先に渡り廊下を開けた後に、昇降口を開けているからな」
(小杉がラブレターを見つけたのが朝7時なわけだから、その20分間に入れた可能性もあるにはあるが……、かなりきつそうだな。そんなギリギリなことをするよりST の後にやったほうが簡単だ。朝にやるメリットも無さそうだし) と周五郎は考えながらも、一切そんな素振りは見せずに、
「その時間帯に生徒は見かけましたか?」
「音楽部の子達は見かけたが、それ以外は見てないな」
(なるほど。ラブレターを入れたのが音楽部の場合なら、朝に入れた可能性も捨てきれないな)
「いろいろ教えていただき、ありがとうございました」
「構わないさ。だが、探偵ゴッコもほどほどにしろよ」
はっと藤下を見ると、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。どうやら藤下は、周五郎が依頼を受けて動いていたことを気づいていたようだ。
「ええと……、いつから気づいていたんですか?」
藤下は先程までとは違って、人のよさそうな笑みで答えた。
「最初からだよ。まず、部活動に所属していない人間が来る時間じゃない。しかも、私が鍵を開ける係だと言えば、直ぐに食いついてきた。5日前がどうだったかなんて、普通に暮らしている人間は聞かないさ。5日前に何らかの事柄が起きて、誰かがお前たちに依頼し、そして今それを調べているといったところか? その程度、少し考えればわかるさ」
周五郎はうう、と唸って、
「先生、このことは……」
「わかってるさ。他の先生方には言わないでおこう。だが、周五郎、本当にほどほどにしておけよ?」
「わかってますよ」 と周五郎は頬を膨らませる。
「その顔はわかってなさそうだがな。まあいい。ほら、開けたぞ」
気づくと昇降口に着いていた。藤下が鍵を開けたところだ。 周五郎が藤下の顔を見ると、やれやれといった感じでこちらを見ている。
「ありがとうございます」
周五郎は藤下に深くお辞儀をして、教室に向かう。いろいろあったが、後はミッツーと詩織の報告を聞くだけだな、とぼんやり考える。
ところで……。
(早くきたから誰もいない。
暇だ、暇すぎるぅぅぅぅぅぅぅぅゥゥゥ。)
意外と落ち着きがない周五郎であった。