第七話 家族というもの
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ラブレターの書き手の特徴を推理した周五郎は家に帰ることにした。
周五郎の家は一般的なごく一般的な大きさである。普通の大きさだから、彼の両親が普通の仕事かというと、そうでもない。
彼の父親、田中俊一は日本でもトップクラスの自動車会社の社長である。その名は田中自動車株式会社。
本社は愛知県の挙母市にある。
自動車産業ではトップクラスを誇り、最近は自動車産業で得た巨額の富を使って、金融業、航空業、建設業、貿易等さまざまな分野に手を伸ばしている。経営不振な会社を金の力で買収していき、今では「田中コンツェルン」とか「田中財閥」等と呼ばれるようになった。
そんな大会社の息子がなぜ、O市などという寂れた所に住み、普通の家で暮らしているかといえば……。
周五郎が父である俊一とそりがあわないというのが一つの理由である。
周五郎は田中家の三男として、平成9年に挙母市で生まれた。周五郎には二人の兄、一人の姉、一人の妹がいる。俊一は仕事に追われ、周五郎を満足に育てることが出来なかった。
だから、周五郎は幼い頃に父親と遊んだ記憶がない。周五郎は母親の好子と使用人たちに愛情をもって育てられた。
そして、周五郎が小学1年の時に好子が脳梗塞で倒れ、学校でその事を聞いた周五郎は直ぐに病院に駆けつけたが、その時にはもう意識はなかった。毎日兄や姉、妹達と病院に通い、意識の無い母親にその日にあったことを喋りかけて帰り、暇さえあれば母親が無事に目覚め、またいつものように自分達に笑いかけてくれることを願った。
--だが、その思いは届かず、好子は1週間後に息を引き取った。
俊一は一度も見舞いには来なかった。その時から、周五郎は俊一の言うことを全く聞かなくなった。
母親を失った悲しみから救ってくれたのは、ある一人の男の使用人だった。彼は50歳ぐらいの白髪がすこしみえる人で、長く田中家に仕えている男だった。使用人達の中でも特に子供達を可愛がり、育ててきた男でもあった。子供達はみな、彼を慕い、立派な髭を生やしていたので「髭じい」と呼んでいた。
子供達は挙母市の家に住むことを嫌がった。子供達は、
「ここに住んでいると母さんのことを思い出す」と泣き叫んだ。
そこで髭じいは俊一に、田中家の別荘に子供達を住ますことを提案したのである。
俊一はこれを了承し、O市の小さな別荘を使うことにした。
子供達は最初は悲しんでいたが、新しい環境にもなれ、徐々に明るくなっていた。そして、二人の兄は田中グループで働くようになり、姉は愛知県の高校の教員になった。そして、今はこの家に周五郎、彼の妹、そして、髭じいを含む使用人達が住んでいる。
「ただいまー」
扉を開けると、玄関の壁に風景画が貼ってあるのが見える。有名な画家の作品らしいが、周五郎はよく知らない。
というより興味がない。平たく言ってしまえばどーでもいい。どうせなら、風景画じゃなくて可愛い女の子の絵がよかった、と思春期の周五郎はわりと切実に願う。
「お帰りなさいませ、ぼっちゃま」
髭じいがやさしい笑顔で周五郎に答える。うん、今日も立派な髭だな、と周五郎は感心する。
髭じいは白髪があり、優しそうな顔で、どこにでも居そうなお爺ちゃんといった感じだが、実は恐ろしく強い。
周五郎も詳しくは知らないが様々な武道の有段者らしく、前に姉のストーカーという奴を、ぶっ飛ばしていた。まるで漫画のように、である。しかも頭もかなりキレて、何か頼み事をするとほとんど何でもやってくれる。
「あ、ぼっちゃまお帰りでしたか。おやつ作りますぅ?」
奥から若い女が出てきて、周五郎に言う。
彼女は、周五郎が中学1年生の時にここの使用人として働き出した。名前は浅見みきな。周五郎はミッキーナと呼んでいる。とても元気な性格で、顔立ちもかなりいい。色白な肌に大きな黒い瞳で、ストレートの黒髪が肩までさらーっと伸びている。ただ、胸は小さい。そして、脚は細く、スリムな体型だ。しかも童顔で、見た目は高校生ぐらいに見える。実際は20台前半らしい。なぜ、「らしい」かと言うと、周五郎は年齢が気になって聞いたことがあったのだ。そのとき彼女は、
「レディに年齢を聞くなんて非常識ですよぉ」
と言ってビンタを彼に食らわせた。
そのあと、
「蚊がいたので叩いてあげましたぁ」
と言っていたので、彼のためのビンタらしい。
ちなみにこのときは1月の寒い頃であった。
(冬にも蚊がいるなんてなぁ。また、更に賢くなったな。……まあ、勿論蚊なんて嘘だったんだけどね。嘘つきはどろぼうの始まりなんだよー)
そんな彼女だが、これまた凄い特技を持っている。彼女は声真似が凄くうまい。そしてその特技を使って、誰かに変装することが出来る。田中財閥の金と技術を使い、変装したい人間の顔のマスクを作る。そして、そのマスクをかぶり、変装したい人間の声を真似する。
とはいってもやはり、完全で絶対にばれない変装という訳にはいかない。
いくら声や顔を変えても、体格、仕草、性格等々ばれる要素はいくらでもあるからだ。まあ、ミッキーナの変装はほとんどばれないが。
「ケーキ食べてきたから、おやつはいいや」
使用人は他にもいるが、周五郎はこの二人を一番信用している。
「ところでさ、ミッキーナ」
「はい、なんでしょぉ?」 と答えながら、ミッキーナは周五郎の目の前に紅茶の入ったコップを置く。
「ラブレターをもらったことってある?」
ミッキーナは手を腰に当てて、うーんと唸ったあと、
「何回かはありますねぇ」と答えた。
「もしかして、遂にラブレターを貰ったんですか? ぼっちゃま! 」
髭じいが興奮ぎみに周五郎に訊ねる。その目は純粋な子供のように輝いていた。
「いやいや、俺じゃなくてさ。友達が名無しのラブレターをもらったんだ。それで誰が書いたのか、探してるってわけ」
「そうですか……。大丈夫ですよ、ぼっちゃま。いつかぼっちゃまにも運命の人が現れますよ」
「……うん、なんかありがとう」
髭じいはガッツポーズを作った。
(嬉しいけど、……なんか悲しい。それもものすごく!! )
勿論、髭じいに非がある訳ではないのだが、思春期真っ最中の周五郎がこのような気持ちになるのを、非難することもできまい。
「しかし、ラブレターに自分の名前を書き忘れる人なんているんですねぇ」
ミッキーナがすこし呆れたように言う。
「全くだな」
(書き手はよっぽどのアホかなのか? いや、俺みたいに告白したことがない奴に言う権利はないか)
「ところで、どうしてそんなこと聞くんですぅ?」
「いや、名無しのラブレターなんてよくあることなのかなって思ったんだよ。俺、恋愛は疎いからさ」
「うーん、あまり聞いたこと無いですねぇ。だいたい、自分の思いを伝えるために書くのに、名前を書かなきゃ意味がないじゃないですかぁ」
「それもそうか。よっぽどのドジ屋さんだな。じゃ、ちょっと勉強してくるわ」
そういって、周五郎は自分の部屋に戻った。自分の部屋の隣りにある、妹の部屋を覗いて見るが誰もいない。
(妹は……、いないか。あいつ、水泳部頑張ってるもんな。俺なんかとは違ってさ)
周五郎は少しだけ顔を曇らせて、誰もいない自分の部屋に入った。