第三話 打ち合わせ
「ああ、実はな……」
周五郎は今回の依頼のあれこれをミッツーと詩織に話し、ケータイで撮らせてもらった写真を二人に転送する。
「名無しのラブレターかぁ……。周、これまた難儀な依頼だね」
「いいじゃない、ロマンチックで。字も綺麗だし。いいわねー、青春って」 そう言って、ミッツーと詩織は明るい声でけたけたと笑う。
「お前は乙女か」 周五郎はふん、とくだらなさそうに鼻を鳴らす。
念のために言っておくが、勿論詩織は女性だし、周五郎がそれを知らないわけでもない。
「乙女だわ。お肌つるつるの女子高生だわ。JK だわ」と詩織は机に足をのせながら叫んでいる。
「品性が甚だしく欠如しているな」 と周五郎が茶化すように言うと、
「周、駄目だろ、本当のこと言っちゃ」 ミッツーも周五郎の遊びに加わる。
「むっきぃーー」
顔を真っ赤にして怒った詩織は、周五郎の頭を勢いよく叩いた。パチンという大きな音が辺りに響き渡った。
「うわぁぁぁー、頭に、ひびが!」
周五郎は頭を押さえて叫んだ。くだらない茶番劇の始まりである。
「大丈夫か、周? あちゃー、詩織。周五郎がもし然るべき場所に届け出たら、君の輝かしい経歴に傷が付いちゃうね。だけど、俺だって鬼じゃない。君がそれなりにお礼をしてくれるなら、君の大親友で優しくてイケメンでおまけに知性溢れるこの俺が、一肌脱ごうじゃないの」 とミッツーは心底楽しそうに演技を繰り広げる。
「美しい友情に涙が止まらないわ。親友ってのはね、相手に見返りを求めないもんなのよ! 大体、軽く叩いた程度で、ひびが入るあんたの頭が悪いの。どうせ、中身もすっからかんなのよ。だから衝撃に弱いの」 べぇー、と舌を出しながら詩織が睨む。
「あのね、詩織さん。本当に結構痛かったんですが」 周五郎は涙目になっている。
「へえー、そりゃ大変ねぇ」 と詩織はどうでも良さそうに言う。
「周、もっと鍛えたほうがいいんじゃない?」 ミッツーも追い討ちを駆ける。
「な、ミッツー、貴様俺を裏切るのか?」
「残念だね、周。俺は1回も周の味方だなんて言ってないんだよ。 最初から、詩織親方の味方だったのさ。長いものには巻かれろ。今回の教訓は高く付くかもね」 はっはっは、とミッツーは勝利の微笑みを見せる。
「なんかムカつくわね。ついでだし、三川。あんたも一発殴らせろ」
「周、覚えておいておくれ。世の中ね、とばっちりはたいてい俺みたいな善良市民が受けるんだ」
――閑話休題。
「冗談はほどほどにして……、仕事を分担するぞ。今回二人には、小杉を好きな人間が誰なのか探ってもらう」 と真面目な顔で周五郎が言う。
「「簡単に言うけど、どうやってやるのさ(よ)?」」
「俺は人見知りだし、知り合いも少ないが、お前らは交遊関係が、かーなーり広いからな。そこで、小杉のことが好き、という噂がある人間を探ってほしい」
「けど、そんな人間いるわけ?」
と詩織が怪訝そうな顔で尋ねる。
「十中八九いるだろうよ。お前らだって修学旅行とかで、恋に関する話をするだろ?」
「確かにするけど……。周、まだ俺たち一年生で、同級生とどこかに泊まる行事なんてなかったぜ?」
「例えばの話だよ。俺が言いたいのは、自分の好きな子って意外と他人が知ってるってこと。
そして、まるで情報屋のように、そういう話をよく知ってる奴っているだろう?」
「「確かにそういう奴いるな〜」」
二人とも、うんうんと大きく頷いている。
「お前らはそういう情報屋とも知り合いだろ? だから、お前らの出番なんだよ。コミュニケーションにかけては、お前ら二人に勝てる人間はいないからな。
ミッツーには主に男子に、詩織は女子に聞いてほしいって訳だ」
「まあ、周は友達少ないもんねー」 とミッツーはニヤニヤしながら言った。
「そ、そんなことねーよ。お前らが友達多すぎるんだ」 とおろおろと明らかに動揺する周五郎。窓を見て、今日は良い天気ざますね、と意味不明なことをぶつぶつ呟いている。
「でもあんた、知らない人には本当にに喋りかけれないわよね」 詩織は呆れたようにため息をつく。
周五郎はううっ、と低く呻いて、
「し、しょうがねーだろ、だからこその人見知りなんだし。だいたい、お前らのように、全然知らない奴に向かって、
『ヤッホー、元気?』とか、『今度みんなで遊びに行こうよ〜』なんて言える人間、そうそういねーよ」
ミッツーは特に気にした様子もなく、
「フツーじゃね? なあ、詩織」
「そのぐらい普通、普通」 さも当然、といった感じで詩織がピースを作っている。
「それが出来ないから、こうして頼んでんだよ」
「なるほどね。ところで、友人が少ない可哀想な周は、これからどうするんだい?」
「友人は別に多けりゃいいって訳じゃない。俺はね、友達の判定が厳しいだけなの。……いや、そんなことはどうでもいいや。そうだな、俺はあの手紙をもとに、書いた人間の性格なんかを予想してみる」
「あんた、それ意味あるわけ?」 詩織が馬鹿にするように尋ねた。
「あるさ。お前らが見つけた人間が、複数いたときに役立つだろ?」
「あんたねー、その性格予想の的中率はどのくらいなわけ?」
「そりゃあ……、50%ぐらい?」 周五郎が照れ隠しとばかりに舌を出す。
それを見た詩織がおえー、と吐くジェスチャーをしながら、
「低っいなぁー!」
「うるせえ、やれることをやっとくのが俺のモットーなの。そういや、そこの床に落ちてるハンカチって詩織の物か?」
周五郎は喋っているときに、床に花柄のハンカチが落ちているのを気づいていた。
「ん? ああ、うちのうちの」
花柄のハンカチなんて、普段から男っぽいくせに、随分と可愛いもん持ってんだなぁー、と周五郎は思いながら、詩織に渡した。
「サンキュー。ところでさあ、今なんか失礼なこと考えなかった?」
「いいえ、滅相もない」
周五郎は今日一番の爽やかな笑みを浮かべる。
「『こいつ男っぽいくせに、可愛いもん持ってんじゃねーか』って思わなかった?」 周五郎と同じくらい、詩織もニコニコと笑っている。
「まさか! 俺は今日も詩織さまがたいそう美しいと感動していたんだよ」
(女の勘ってやつか。何て恐ろしいやつなんだ)
周五郎の背中を嫌な汗が流れる。下手なことを言えば、何をされるか分かったものではない。
「周ってさ、詩織に嘘つくときはスッゴい笑顔だよねー」
爽やかな笑顔でミッツーが、とんでもない事実を告げる。
周五郎が詩織の方を恐る恐る見ると、未だに笑顔で彼を見ているが……、目が据わっていた。
「あのー、詩織さん? 矮小な存在である私めに、どうか慈悲をお与えくださいませんか」
「ねえ、周五郎。バカな犬には厳しい躾が必要なの。うちだって、勿論そんなことはしたくないのよ。だけど、心を鬼にしてやってあげるわ。いいのよ、気にしないで。うちら親友じゃない」
(ヤバイヤバイヤバイ、恐い、恐すぎる。恐さのあまり、体がガクガク震えてきたぜ。どうにかして、詩織の気をまぎらわせなくては!)
「ととところで、詩織……、いやご主人様。スリッパ、別の人のやつ履いてますよ?」
ハンカチを拾ったときに気づいといてよかった、とホッとする周五郎。これですこしは……。
「はあ、あんた、そんなことも知らないの? 女子の間では流行ってんのよ。
仲のいい子同士でスリッパを交換して、そんで、卒業式の時にお互いに返すってわけ」
(間違えてた訳じゃないのかよ! くそ、せっかく『あ、ホントだ、ありがとう』といってスリッパを交換してる間に逃げようと思ったのに……)
「それじゃあ、周五郎?」 詩織がにこやかな笑みを見せる。
「は、はい? 何でしょう。ご主人様」
「歯ぁ、食いしばれぇぇぇぇぇ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁァァァ」
「ほ、ほら詩織、周。そろそろ授業が始まるよ?」 ミッツーが顔をひきつらせながら言った。
詩織から躾を受けた周五郎は制服を埃まみれにしながら、教室で倒れている。
「あら、そうね、じゃあ、今日も頑張りますか!」
(笑顔でさっさと自分の机に行きやがった、あのやろう!)
「じゃあ周、頼まれたこと、やっとくな?」
「ああ、頼むわ」
何とか自分の席に着いた周五郎が恨みがましく詩織を見ていたが、疲れたのか机の上で寝始めた。
「もう、疲れたよ。パトラッシュ」
真面目な周五郎は授業を寝たことがなかったので、この日は有名になったとか、なってないとか。