第二話 嗚呼、我らが三人トリオ
今回の依頼主は周五郎の目の前の、小柄で幼い顔立ちの女の子、小杉である。
依頼内容は、小杉に送られてきた名無しのラブレターを誰が書いたか探し出すこと、なわけなのだが……。
「まず、ラブレターを見つけたときの詳しい話を教えてくれないか?」
小杉は頷いたあとに経緯を語り始めた。
「あれは、たしか4日前だったんだ。 朝学校に行って、昇降口で靴をスリッパにかえようとしたら、私の靴箱の中にそれが入ってたの」
「それは何時ごろの話だ?」
「えーと、音楽部の朝練で、早く行ってたから、だいたい7時くらいかな」
当たり前のように言う小杉に、周五郎は素直に感心した。その時間、周五郎ならまだ熟睡している。
「7時か、随分と早いんだな」
「うん、今度O市の文化会館で、定期演奏会があるの。それの練習なんだけど……、そうだ、周くんも見に来てよ?」
「へえ、音楽か……。わかった、時間があったら見に行くよ」
「ふふ、ありがとう」 よほど嬉しいのか、小杉がその場で跳び跳ねている。
「ところで、他に何か気になったことはあるか?」
「いやとくには……。強いて言えば手紙が入っていた封筒の糊が弱かったことかな」
「糊が……。詳しく聞かせてくれよ」
「でも、別に大したことじゃないんだよ。封を開けようとしたときに意外と直ぐに開いただけ」
それを聞いた周五郎は、少しの間黙って、考え事をしているようだった。
「ふうん、まあ今はいいや。そういや、なんで俺のところに来るのに4日もかかったんだ?」
「えへへ、ラブレターなんて貰うの初めてだったんだよね。だから、パニックになっちゃって。誰がくれたのかな〜って想像してたの」
小杉はくねくねしながら、頬を紅く染めている。
(くそ、むちゃくちゃ腹が立つ。 けっ、リア充予備軍はいいよな)
周五郎は心の中で舌打ちする。周五郎はまだ『誰かと付き合う』という経験が無かった。実際、周五郎の顔はお世辞にも綺麗とは言えないものである。しかし、何でも屋として、(やるときは) 一生懸命にやる姿は意外と女子に人気があることを、彼は知るよしもなかった。
「でもね、時間が経つにつれてね、ちゃんとお返事をしなきゃなって思うようになったの」
そして、小杉は急に真面目な顔になって、頭を下げる。
「だから、お願いします。この手紙を誰が書いたか、探して下さい」
周五郎は一度ため息をついたあとに大きく頷くと高らかに宣言した。
「仕方がない、その依頼、この周五郎が引き受けた。俺に任せておけ!」
こんな真面目な顔をした人間の依頼を断ることなんか出来ない。彼はそう考えていた。
「ありがとう、周くん。そう言えば他の二人はまだ来てないね?」 小杉なにかの小動物のように首をかしげた。
「まあ、あいつらは遅刻ギリギリで来るからな」
小杉が言う二人とは、周五郎たち三人トリオの残り二人のことだ。三人は元々面識はなかったのだが、入学式の時からすぐに仲がよくなった。
入学式から一月ほどたった頃に、カギを無くしたという人間がいた。
この時、周五郎たちがカギ探しを手伝い、何とかカギは見つかったのだが……その事を言いふらしたのだ。
しかも言いふらした内容がひどかった。
「いやー、あの三人はすごいね。私がカギを探してる姿を見ただけで、手伝ってくれたんだもん。しかも、『お礼はいらない』だってさ。
みんなも、なんか困ったことがあったら、あの三人に頼めばいいよ。 無料で、しかもー、か、な、ら、ず、解決してくれるよ」
それ以来、なにか困ったことがあると、この学校の生徒は、みんな周五郎たちに頼むようになった。
いい迷惑だぜ、と彼はため息をつく。
とは言ったものの、周五郎たちは三人とも頼まれると嫌とは言えない性格なので、それからも依頼を解決しているというわけだ。
周五郎が時計を見ると今は午前8時だった。
(朝礼が始まるのが8時30半だから、まだあいつらが来るまで、時間があるな。
すこしこれからの行動を考えておくか。でも、その前に……)
「小杉、そのラブレター、ケータイで写真を撮ってもいいか?」
「いいけど、あんまり広めちゃだめだよ」 と小杉が恥ずかしそうにラブレターを渡す。
「わかってるって。見せるのはあの二人だけだよ。」
(まずはこの手紙から、書いた人間の情報を読み取るか)
こういうのは、闇雲に探すわけにもいかない。
字のきれいさ、文章の雰囲気、手紙の紙の材質などから、書いた人の性格を予想することができるのだ。
……といっても、もちろん百発百中というわけにはいかないが、ある程度的を絞ることができることもある。やれることはどんな小さなことでもやっておくのが、周五郎の美学なのだ。
「おっす、周。 元気か?」
「あんた、なーに辛気くさい顔してんのよ?」
周五郎が考え事をしていると、後ろから明るい声が聞こえてきた。
周五郎が振り向くと、坊主頭の長身で爽やかな男と、ショートカットで、目がぱっちりとしている女がにやにやしながら、こっちを見ている。
「おはよう、ミッツー。お前は今日も元気だな。そして、詩織、お前は黙っとけ」 辛辣な言葉とは裏腹に、周五郎は嬉しそうに笑った。
この二人が周五郎たちお人好しトリオのメンバーである。
坊主頭の男は、ミッツーこと、三川たけしである。
ミッツーは野球部に所属していて、いつもニコニコしている。人当たりもよく、誰にでも喋りかけるところから、クラスでも人気者だった。
ただ、彼は下ネタを平気で言うのがたまに傷なのだ。しかも女子の前でも言うのだから、手がつけられない。
しかしそれでもかなりモテるのが羨ましい、と周五郎は思う。
(俺なんか下ネタなんか一言も言わないのに全くモテない。なぜだ……)
本人いわく、『まだ』誰とも付き合っていないらしい。
ショートカットの女はしおりこと、山中詩織だ。
彼女は見た目は美少女なのだか、かなり男っぽい。それこそ、その辺を歩いている男よりもだ。何か気にくわないことがあれば、躊躇なく殴り付ける。
膝上20㎝まで短くした制服のスカートから覗く、日焼けした健康的な脚。適度に筋肉がついていて、彼女の活発さを表している。
陸上部に所属していて、かなり足が速い。
「周、お前が難しい顔をしているってことは、また依頼か?」
「黙れってどういうことよ? せっかくうちが心配してやってるってのに。 で、どんな依頼なわけ?」 ミッツーと詩織が、楽しそうに喋りかける。
「ああ、実はな……」
さて、この三人は無事、手紙の書き手を見つけることができるのだろうか?