第一話 名無しのラブレター
愛知県O 市にある、とある高校では、報酬なしで頼み事を引き受けるお人好しの三人トリオがいた。
今日もこの三人に依頼が持ちかけられる……
愛知県o市は公立中学校が3つ、高校が1つと、かなり不便な市である。ではど田舎かと言えば、そうではない。名古屋市に隣接しており、土地の価格も名古屋と比べれば安いので、近年色々な所から移り住んでくる人が多く、人口は意外と多い。o市はそんな、都会と田舎がごちゃ混ぜになった場所である。
そんなo 市に唯一ある高校の教室に、ある少年が座っていた。入学式から1カ月経った今、やっと慣れたといった感じで教室は騒がしかった。その少年は静かにあくびをしていた。
ぼさぼさで手入れされていないのが一目で分かる髪の毛、いたずらに飛び出た眼球、乾燥でかさかさになった唇。その少年の容貌を見て、お世辞でもイケメンと言う人は居ないだろう。
彼の名は田中周五郎。
そんな周五郎は、この学校ですこし有名だった。彼は友人二人と報酬無しの何でも屋をしているのだ。
「あの、周君、お願いしたいことがあるんですが……」
ぼんやりと空を眺めている周五郎に、一人の小柄な少女が喋りかけた。
どうやら、また、周五郎たちの元に依頼人が来たようだった。
(今回はどんな依頼なんだ。簡単な頼み事だといいんだが……)
周五郎は面倒そうにため息をついた。周五郎は頼まれると、いやとは言えない気質なのだ。
周五郎の目の前で小柄な女の子が、彼の注意を引くためにジャンプしていた。
目がぱっちりとしていて、あどけない顔立ちで、きょとんと周五郎を見ている。
身長は150㎝位だろうか。見ていると保護欲がわく子とは、まさに彼女のようなことを言うのだろう、と周五郎は一人で納得していた。
彼女は、周五郎たちのクラスの室長をやっている小杉安奈である。音楽部所属で、周五郎は彼女のことを『いいやつ』と思っていた。人見知りである彼にとって、彼女は数少ない友達の一人だ。
「あのー、周君聞いてる?」
小杉があどけない顔でニコニコと聞いている。 周五郎はどうでもよさそうに、
「すまん、考え事をしてた。もう一回いってくれないか」
「もおー、だからね、頼み事があるんだってば」 と小杉は特に気にした様子もなく言った。
周五郎は無言で目を細めたあと、
「なんで君は朝早いのにそんなに元気がいいんだ? 眠たくないのか」
「だって私だもん」と手を腰において小杉は誇らしげに周五郎の方を見る。
妙に楽しそうな彼女とは対照的に周五郎は、はぁ、と暗い溜め息を付きながら、
「……まあいいや、全くもって意味不明だけど、よしとしよう。それで、頼み事ってのは?」
「それはねぇ……」
と小杉はバックから何かを取り出そうとする。
あまり乗る気分ではない周五郎は、すこし彼女をからってやろうと決めた。そもそも、周五郎は中学ではごく一般的な生徒であり、(今と比べれば、だが) 高校では、その面倒くさがりな性格からのんびりと過ごすつもりであった。残念ながら願い事というものは大概叶わないもので、周五郎は忙しい高校生活を勤しんでいる。
そんな周五郎は、からかえば彼女が依頼を諦めてくれるんじゃないかと淡い期待を持ちながら、
「ところで、小杉の声は聞こえるのに姿が見えないなぁ」 とキョロキョロと辺りを見渡す。
「ちょっと、いくら私の身長が低いからって、見えないことはないでしょ」
「やっぱり声しか聞こえないなぁ。声も気のせいかな?」 とにやにやしながら周五郎が呟く。
「もおー、ひどいよ」 と先程よりも低い声を周五郎の耳が捉えた。周五郎がふと不審に思い小杉の方を見ると、そこには目の辺りがほんのりと濡れた女の子の姿があった。
「わ、わるい、からかったのは悪かったから、泣くなって、な?」
(かるい冗談で言ったつもりだったのに。なんでこのぐらいで泣くんだよ!) 周五郎は急におろおろしだした。入学したてで、このような会話をしているので信じられないだろうが、周五郎は人見知りであり、人と話すのがそれほど得意ではない。偶然小杉や、何でも屋のメンバーと馬があったので、周五郎は顔には出さないが心底ほっとしていた。
「……もお、からかわない?」 小杉は濡れた瞳でじっと周五郎をみつめた。
「ああ、からかわない、からかわない。それで、依頼ってのは? 何でも聞いてやんよ」 周五郎は誤魔化すつもりで言ったが、そのすぐあとに後悔した。
(しまった、勢いに任せて余計なことを言っちまった。これで彼女の依頼を聞かなきゃいかんのか)
小杉はまだ納得いかないようで、ほっぺたをふくらませていた。しかし気が済んだのか、カバンに目薬をしまい何かを取り出した。
(……目薬? いつのまにそんなもん目にさしたんだよ。このやろう、さては謀ったな) 周五郎は呆れていた。からかっているつもりが、実はからかわれていたのだ。
「目薬なんて使うなよ、紛らわしい。……で、それは手紙か?」
「えへへ、とりあえず読んでみて」
小杉は恥ずかしそうに手紙を周五郎に渡す。
周五郎は渡された手紙を素直に見てみる。
『突然このような、手紙を書いてすいません。あなたのことが前から好きでした。みんなに優しくて、勉強や、運動もできる。そして何より、あなたの輝く笑顔を見て、あなたのことが好きになりました。もしよければ、お返事下さい。
〇』
手紙を読んだ周五郎は顔を真っ赤にして、
「……なるほどね、それで君はこれを見せて、俺に自慢しているわけだ」 と肩をぶるぶる震わせる。
「え? いや、そうじゃなくて……」
「どうせ、俺はモテねーよ。ラブレターなんてもらったことないし、告白されたこともない。好きな子はいるけど、告白できないチキンですよ。ええ、ええ、羨ましいですとも。だけどな、そういうことは誰か別の人に自慢しろよ! 」 目を血走らせながら周五郎はヒステリックに叫び散らす。
「いやいやいや、何を怒ってるの? 違うよ、そうじゃなくて……」
「あー、はいはい、どうせ、俺はチキンですよ。俺はブスで、ノロマでばかで運動おんちで……」
「だから、違うってば!! 」と小杉が大声をあげ、よくやく、周五郎は我に返った。
(しまった、俺としたことがつい興奮して我を忘れてしまった。ヤバイ、また小杉がほっぺたをふくらませてる) シャイな周五郎はまたおろおろしだした。
「すまねえ、つい興奮してしまった」
「いや、いいんだよ。私もなんかごめんね」 と小杉は遠慮がちに微笑む。
「いや、俺が悪いんだ。ところで頼み事ってのはなんだ?」 周五郎は顔に営業スマイルを張り付ける。
(ここまできたら依頼をうけるしかない、か。ああ、面倒だなあ)
「あのね、この手紙を誰が書いたか探してほしいの」
周五郎はぱちくりとまばたきした後、手紙をもう一度確認する。確かによくみると、名前が書かれていない。
また、大変な仕事になりそうだな、と周五郎は溜め息を付くのであった。