【氷の瞳とただの夢想】
夕立雲が空を蔽ってしまった。それが人為的なことだとは誰一人思わなかったろう。
「あー、振りそうだね。早く帰ろっ!」
悠は誰にともなく、言葉を吐いた。
「つっても、私はまだ帰れないか……」
それから悠がその手に提げていた袋から500mlのペットボトルを取り出した。それはごく普通の飲料水。
「さぁ、そろそろ出ておいでよ」
セーラー服姿の悠のスカートがヒラリと翻る。
「なーんだ、そんな簡単に? 君くらいなら水滴で充分じゃない」
不敵に悠は笑う。周りには一人として人間の影は見えない。相手は不透明の空気だから。
「空気なんて水に溶けてしまうんだよ? イコール、私に取り込まれるのよ」
すると新しいペットボトルの蓋を回し、あけた。
『キ、貴様! ワタシニ何ヲシヨウトシテイルノダ。ヤメロ!』
空気の支配者が声を上げる。普通の人間にはその声はただの風に過ぎないだろう。だが、感情までもが籠もるその声は突風となって世界に吹き荒れた。
「人が死んじゃうよ……」
悠のその瞳は冷たい。だが、先ほどの突風で身体のあちこちには擦り傷や切り傷が残っている。
『フン、ソンナコトハドウデモヨイ! 何故、ワタシヲ貴様ハ消ソウトスル?!』
「可哀想っ。まあ、いいや。ただ、私はこの世を終わらせたいだけなんだよねぇ」
空気の支配者が怒って、竜巻がところどころで起きている。
「じゃあ、逝っちまえ!」
悠が一滴、右の人差し指にペットボトルの水を垂らした。そしてそれは膨張し、その世を包み込んでしまった。
それは、水が世界を蔽ったときだ。
――厭っ!
いつの間にか、悠はベッドにいた。
「あ、夢だ。なんで? なんで私が、そんなこと……」
悠は水を操れる。だが、世界を破壊しようとは思っていない。
――大好きなこの世界が……何故。
だが、それも一瞬のうちまた意識が深い眠りへと堕ちてしまった。
悠の部屋の窓の外には水滴が浮遊していた。
――私は、破壊者ダ。
深層心理で悠が呟いた。