―公園―
ここは、川沿いにある小さな公園。月明かりの下、桜の花びらが夜風に運ばれ、田舎のあぜ道を吹き抜けると、黒髪をなびかせた若い女性が一人、ショルダーバッグを肩にかけ、静かに公園の入り口の前に佇んでいる。どうやら待ち人がいる様子。彼女は風に乱れたその髪をかき上げると、そわそわと携帯を片手に周囲を見渡す。そして、待ち人が向かっているであろうこの公園前の通りの先を、今か今かと見つめていた。
彼女の待つこの公園の特徴として、まず子供の遊べる遊具が一切設置されておらず、公園の敷地内には数多くの植物が植えられている。その為、四季折々の花や木々の紅葉を楽しむ事の出来る市民憩いの散歩スポットだ。そして、その公園の中央部には、一本の大きなソメイヨシノの木が植えられていて、今まさに満開の時を迎えている。彼女も時折、後ろを振り返ると、風に揺れるその桜の木をどこかうっとりとした表情でしばらく静かに眺めていた。
すると、彼女の耳に次第に自転車のペダルの音が、暗闇に紛れて公園の方へと近付いて来るのが聞こえる。彼女の視線の先、こちらへと向かってくる自転車には、サンダルを履いたラフな出で立ちの男が乗っている。どうやら彼がその待ち人の様で、彼女の姿に気付いたのか、自転車のベルを二度ほど鳴らして遠くから彼女へと合図を送っている。彼女もそれに気が付くと、また彼の方に向かって、大きく手を上に振り、彼にも分かるように合図を返す。そんな彼女の姿を遠目にし、彼も小さく手を振り、ペダルを漕ぐ速度を少し速めた。ようやく、彼の乗る自転車が公園までたどり着くと、彼はブレーキを握りゆっくりと速度を緩め、月明かりに照らされた彼女の前で自転車を静かに止めた。
「…よっ。…お待たせ。」
少し息の上がる彼の顔を見た途端、彼女もまた、
「…よっ。何?今日、自転車なの?」
待ち合わせの時間、遅れて来た事を彼へ咎める気持ちなど、もうすっかりと消えてしまっていた。
「おう。何か久しぶりにここ来たわ。」
そう言って彼は公園内を見渡すと、どこか懐かしい表情を浮かべている。
「うん、私も。」
そんな彼の表情につられるようにして、彼女もまた、感慨深くこの公園を見つめている。すると、
「ほい、これ。」
彼が自転車のカゴから、何かしらの入ったレジ袋を取り出し、彼女に差し出す。
「え?何、これ?」
彼女は驚いた表情で、そのレジ袋を彼から受け取ると彼は一言、
「差し入れ。」
と、そう言って彼女の顔色を伺う。それを聞き、彼女は手渡されたレジ袋を広げて中身を確認すると、中から缶ビール等のアルコール類やソフトドリンクが色々と顔を出す。
「やったー!流石、直兄!気が利くじゃん。」
そう言って嬉しそうにはしゃぐ彼女の姿につられるようにして、彼もまた、
「一応、これでも酒屋の息子だぞ?俺。」
とそう話し、笑顔になる。
「だから今日バイクじゃないんだ?」
彼女はそう言うと、納得したような表情を浮かべて、彼の自転車のベルに触れ、一度鳴らす。
「そゆこと。」
彼はそう答えると、自転車を降り、
「…まぁ、帰り歩きだとチャリの方が何かと楽と思ってさ。」
そのまま自転車を入り口の前に止め、鍵をかける。すると彼女は、鍵をかけ終えた彼の肩を揺すり、
「ねぇ、直兄。観てよあれ。」
彼女の指差すその先には、あの一本の大きなソメイヨシノの桜木が、夜風にそっと揺れている。
「…うん。」
桜木を見つめる彼のそんな素っ気ない返答に、
「…え?それだけ?!」
彼女は少しショックを受けた様子で彼に詰め寄る。すると、彼もまたそれに驚いた様子で彼女を見つめ、
「え?うん。」
咄嗟に再び彼女にそう答える。その反応に彼女は頬を膨らませて、
「もー、何?!その反応?もうちょっと、この桜の木に対する気の利いた言葉とか感想はないわけ?!」
彼女にそう咎められた彼は、困惑した表情でもう一度、その桜木をまじまじと眺めてみる。すると、
「…まぁ、綺麗だよ。」
その彼のぶっきら棒な言葉の言い方に、彼女は肩を落とし、
「はぁ…。相変わらず直兄は直兄かぁ…。」
少しがっかりとした表情で、入り口から公園内へと一人とぼとぼと歩き出して行く。
「悪かったな!何の成長もしてなくって!」
彼もまた、彼女にそう言い放つと、足早に後を追うようにして歩き出す。
「まぁ、それがいいんだけどね…。」
そう話す彼女の横に彼が並ぶと、
「なんか褒められてんだか、けなされてんだか…。まっ、飲みながらゆっくり話そうぜ。あ、これ持つよ。」
彼女が手に提げる差し入れの入ったレジ袋を彼は受け取り、桜木に向かって二人は歩き出す。
「たまにこっちには、帰ってきてんの?」
二人並んで歩く内、自然とそんな話になる。
「ううん。一年に一回あるか…かな。」
彼はそれを聞いて、
「ふーん。やっぱ忙しい?」
「…。」
彼の言葉に、彼女は少し間を置いて、
「…まぁね。」
そう、一言告げる。一瞬曇った彼女の表情を彼は横目にして、
「そっか…。」
静かに彼もそう頷く。
そんな短な会話をしている内に、二人は桜木の側まで来ていた。そして公園内にいくつか設置された、石で出来たベンチの中から、ちょうど桜の木の正面に設置された石のベンチを二人は選び、そこに腰掛け、隣り合って一緒に座る。
「でも驚いたよ。こっちに帰って来てるって連絡入っててさ。」
彼がそう話すと、
「驚いたの?」
彼女もどこか嬉しそうな表情で彼にそう尋ねる。
「うん。マジ?!って。」
「で、直兄はさぁ。なんで私をここに呼んだわけ?」
彼女のその質問に、
「えっ?まぁ、帰って来てるんならさ、会っとこうと思って。ここならゆっくり話せるし。で、ほら、花見も出来るだろ?」
彼はそう答える。すると、
「けど、ちょっと遅れてきたくせにー。」
彼女は少し悪戯っぽくそうつぶやく。
「それは…悪かったよ!だからほら、差し入れ持ってきただろー?」
彼の慌てたような表情を見て彼女は少し微笑むと、
「冗談。」
とそうつぶやく。彼もその一言を聞いて、桜木の方を一度見つめ、少し微笑むと、再び彼女に向かって、
「じゃあー、よし!まずは乾杯でもしよっか?何飲むかほら、選べ選べ。」
彼は彼女に向かってレジ袋を広げると、彼女に先に飲み物を選ばせる。
「うん。サンキュ。」
彼女はそのレジ袋の中を覗き込んで、桃色柄の缶チューハイを手に取る。彼も彼女とは別の缶チューハイを手に取ると、
「じゃ、久しぶりの再会に…」
「乾杯!」
「乾杯ー!」
そして、互いに一口。
「イヤー、何かすげぇ贅沢だよな?この花見。だって、誰もいねぇーもん。貸し切りじゃん?」
「本当だね。」
二人の正面で揺れるその大きな桜木を前に、互いにゆっくりと口元へと缶を運ぶ。風が吹く度に感じるこの公園の土の香りや木々の香り、そして桜の花びらが舞う夜風の香りが、二人の空間を支配するその刹那、
「…直兄とさ。こうやって会って話すのって、いつぶりだろうね?」
彼女がそう切り出す。
「…みっちゃんが東京行って就職してからは初めてか?」
「うん。」
「じゃあ、もう4、5年は経つのか…。早いよな?」
「だね。」
そんな会話とともにゆっくりとした時間が二人に流れてゆく。
「ここってさ。小さい頃は、遊べる遊具とかも無いし、他の公園でばっか遊んでたけど、この公園の良さって、たぶん中学とかくらいから、だんだんと分かってくんだよなぁ。」
公園内を見渡し、そう話す彼につられ、彼女もまた口を開く。
「よく友達との待ち合わせの場所に使ったり、相談事とか静かにゆっくりと話したい時にここに来て話したり。何か懐かしいなぁ。」
彼女は桜木を見つめてそう話すと、互いに学生時代の思い出に更けていく。
「直兄ともさ。私が高校の時かな。一度、ここで話したの覚えてる?」
彼女がそう尋ねると、
「…そうだっけ?」
と、彼が尋ね返す。すると、彼女の顔色が少し変化し、
「そうだよ。今日みたいに自分が呼んどいてさ。覚えてないの?」
少し強めの語気で彼を責め立てる。彼はただ苦笑いを浮かべ、
「…ごめん、どんな話した?」
と、彼女に小声で再度尋ねる。
「はぁー、私も忘れた!」
彼女はため息を漏らし、またその頬をぷくっと膨らませる。気まずい空気が二人の間を流れると同時に、通りを走り抜けるスクーターの音が聞こえ、その余韻が煙のように静寂へと変わり、その場をしばし支配する。
「もし東京にこんなとこがあったらどんな感じかな?」
じっと桜木を見つめる彼が、最初にその静寂を打ち破る。
「たぶんインスタとかにアップされまくって、この時期、人で溢れかえってるんじゃないかな?もしかしたら公園の外とかにまで人が溢れてるかも。」
彼女も静かに彼に続く。
「この静寂の中で観るから何か儚くって綺麗なのになぁ。」
「あっ、なんか直兄っぽくない事言ってるー。」
「うっせーほっとけ。」
そうやって二人が笑うと、満開に咲く桜木が夜風に揺れ、その花びらがひらひらと宙へと舞い散る。
「…どうよ?向こうでの生活は?」
彼からそう聞かれて、彼女はまた缶チューハイをひとくち口にする。
「まぁ、楽しいよ。色んなお店とかあって。街も綺麗だし。」
彼は彼女の話しを聞くや否や、
「じゃなくて。どうよ?仕事ん方。」
そう聞かれて彼女は少し言葉に詰まり、
「…うん、“ぼちぼち”かなぁ。」
そう言ってまた缶チューハイを口にする。
その彼女の姿を見て彼は頷くと、
「…そっか。まぁ、そりゃあ大変だろうからな。なんてたって東京の大手企業だもんなぁ。すげぇよ。」
「…。」
彼女は、口元に缶を当てたまま彼に目線を合わせることが出来ずにいた。
「でもまぁ…無理はすんなよ。みっちゃん。」
「?」
その言葉に彼女は驚きの表情で彼の顔を見つめる。すると、
「いや、そん顔に“私、無理してます。”って書いてあっからさぁ。」
「…」
「まぁ、色々とあるよ…。な?」
彼女はうつむき加減で何か思い当たる事があるのか、しばらく考え込むような表情をしている。すると、
「はぁー、…バレた?」
溜め息交じりに彼にそう話すと、
「おう。ばればれ。」
彼も、彼女の顔を見てそう話す。
「どうしてー?何でわかんの?」
彼女が不思議そうに彼へと詰め寄り、その理由を聞こうとすると、
「あのさ…。俺らもう何年の付き合いよ?そんなの顔見りゃすぐにわかるって。」
「…」
彼女はまた、視線を逸らしてうつむくと、また何か考え込むような表情をしている。そして、
「…あのね、直兄。」
彼女は、真剣を顔で彼に話を切り出す。
「ん?」
「私がもし、会社…辞めよっかなぁーって、言ったら驚く?」
「…」
彼は彼女のその言葉を自分の胸にしっかりと受け止めていた。そして、彼女に対して自分は誠実であろうと今伝えるべき彼女への言葉を少し考えた。そして、
「いや、全然。全然、俺は驚かんよ。」
彼は、そう言って彼女を見つめる。彼女はその言葉を聞いて、彼の顔を見つめ、
「本当に?」
「うん。」
「どうして?」
彼女は不思議そうな表情で彼に問う。すると、
「だから、その顔にちゃんと書いてあるんだって!…ちょっと、そんな気もしてた。」
彼は話を続ける。
「俺はさ。正直、みっちゃんが元気で、幸せならそれでいいんよ。」
「え?」
「俺だけじゃなくて、皆そう!きっとみんなそう思ってるよ。うん。」
「…直兄。」
「だから、ほら。飲も飲も。」
彼は彼女が手に持つ缶にもう一度乾杯すると、
「言ってもさぁ…。人生、そりゃあ…20年も30年も生きてりゃ、話したくないようなつらい事や苦しい事、悲しい事の一つや二つ、大なり小なりあるよ。うん。」
「だから、今ここで俺に話さなくってもいいし、無理に思い出さなくってもいいから。な?」
彼はそういうと、缶ビールを開けてまたひと飲みする。そんな彼の姿を見ていた彼女は、
「ねぇ、直兄?」
「ん?」
「今、この桜の木を観ていて、どんな曲が一番ぴったり合うと思う?」
彼女からの急な話題に、
「どうした?急に?」
彼も少し戸惑うと、
「いいから。ねぇ、どんな曲が合う?」
彼女に再度そう聞かれて、
「曲なぁ…。そうだなぁ…。夜桜だから、うーん。」
彼なりに真剣に曲を考えてみる。そして、
「…『春風』とかかな?“くるり”の。で、オルタナティブバージョンの方。」
彼がそう答えると、
「本当好きだよね。昔っから“くるり”。」
彼女は微笑むと彼にそう告げる。
「“一途”と言ってくれたまえ。“一途”と。」
彼がそう告げると、一瞬間を置いて二人で微笑み合う。
「で、みっちゃんは?」
彼にそう聞かれた彼女もまた、
「うーん、そうだなぁ…。」
少しその場で考え込む。そして、
「“赤い公園”の『THE PARK』ってアルバムかな。」
と彼女はそう答える。
「え、アルバム?一曲じゃないの?」
彼は不思議そうな顔をして彼女に尋ねる。
「うん。」
「…何で?」
「一曲なんて選べないよ。このアルバムに入ってる曲、全部が大切。」
「いや、“この桜にぴったり合う曲”っていう最初の話は?」
「だから、このアルバムを最初から最後まで私は全曲聴きたい気分なの!」
そう彼女に言われると彼もこれ以上そう強くも言えず、
「なんか全然納得いかんが…で、理由は?」
そう彼女からまず選んだ理由を聞くことにした。すると彼女はゆっくりと口を開き話し始めた。
「…ちょうど、今くらいかな。ほら、コロナ禍で、大変だった時期。その時に私、このアルバムをずっと家で聴いてたんだぁー。」
「ふーん、そうなんだ。」
「やっぱり、東京で一人暮らししてる中でのコロナ禍だったし、やっぱり色々と不安だったから。そんな時にこのアルバムと出逢って、正直気持ちが救われたの。私自身、前向きにポジティブでいられた。」
「だから、このバンドのメンバーが急に天国へと旅立ったって知った時、もの凄くショックだった。その後、バンドも解散しちゃったから。だから尚更この気持ちをどこにぶつければいいのかもわからなくて。ただ、その時は本当につらかったし、今でも色んな気持ちがずっとあって、それを言葉にするのはまだ難しい。」
「…」
彼は彼女の話しをただ黙ってじっと聞いている。
「…けどね、作品はずっとずっとこれからも残っていく。バンドは解散して、もう時が止まっていても、作品はずっとこの世界を明るく照らして、前に前に進み続ける。
このアルバムの一曲一曲の歌詞や曲のメロディーに歌声が乗って、この春の夜風に運ばれるように、前向きでポジティブなメッセージを今もこうして私たちに届けて勇気や希望を与え続けてくれてる。」
「何だかこの桜の木を観てたら、そんなあの時に言えなかった“ありがとう”って気持ちを今、どうしても伝えたくなった。」
真っ直ぐに桜木を見つめる彼女の横顔を見て、
「…何か、みっちゃんらしいわ。」
彼も納得した様子で頷いている。
「で、いい曲なん?」
彼女にそう尋ねると、
「うん。聴いてみる?」
彼女は肩に下げたショルダーバッグからイヤホンを取り出すと携帯に装着する。それを見て、
「…じゃあ、一曲聴いてやるかぁ。ハードル爆上がりだけど、みっちゃん一番のおすすめは?」
彼女にそう尋ねると、
「うーん、そうだなぁ…。」
「『夜の公園』…かな。」
彼女の告げたその曲のタイトルを聞いて、
「はは。“赤い公園”の『THE PARK』ってアルバムに収録された『夜の公園』って曲を、夜桜を観ながらこの小さな公園で聴く…かぁ。まさに『THE PARK』じゃん。聴く前からもうピッタリやん。」
彼はそう話すと、微笑む彼女からイヤホンを片方手渡される。
「おっ、サンキュ。」
彼は右耳にそのイヤホンを付けると、彼女が曲をスタートさせ、一緒にその曲を聴き始めた。
まず最初のイントロ部分から自分の心が動き出す感覚を覚える。ギターのサウンドが夜風の湿度を感じさせる、爽やかでありながらどこか切ないロックバラードで、淡い恋模様が綴られた歌詞が、今の二人の情景にもどこか似ていて、曲の世界観に彼も引き込まれて行く。Aメロ、Bメロ、そしてサビへと曲が進むに連れ、きっと今、彼女が伝えたいであろう気持ちの潜んだ曲に違いないと彼にはそう感じられた。その事をこの曲の最後の歌詞のフレーズを聴いて彼は確信する。
「みっちゃん…これ…。」
一緒に聴いている彼女を見つめると、
「直兄…」
「…私じゃ…ダメ?」
「…」
彼を見つめる彼女の少し儚げな目を見て、彼は真剣な表情でじっと彼女を見つめる。
「私じゃダメ?!…ですか?」
「…」
彼は、イヤホンを外して、そして真剣な表情で、彼女の眼をしっかりと見つめる。
「…ダメじゃないよ。」
彼はそう言って彼女に微笑みかける。
「“ダメ”じゃないよ。みっちゃん。」
彼はそう告げると、彼女の頭を愛おしそうにそっと撫でる。
「俺は、ただこうして。こうしてみっちゃんと…。みっちゃんと一緒にいられたら…それで…。それだけでうれしいんだよ!本当に…なんかホッとすんだよ…。」
「だからさ…。そんな…、自分を責めなくってもいいからな。」
「みっちゃんはみっちゃんなんだから!この世界にたった一人しか…、一人しかいないんだぞ?!代わりなんていないんだからな。だから、そのまんまでもいいんだよ…。みっちゃんはすげぇんだから。ちゃんと見てる人は、そのこと知ってんだから!だから、自信持ってさ。な?」
「…」
彼女の目から涙がこぼれる。彼は続ける。
「真っ直ぐで、嘘が付けなくて、ドが付く程に真面目で、繊細で優しくて。ちょっと不器用なそんなみっちゃんが、俺は好きだ。ずーっと、ずっと。そこだけは、俺は変わらん。」
「だから…、ホントマジでさ…。本当に、無理だけはすんな。こうやって俺らが言っても、自然とみっちゃんは無理しちゃうんだから。一生懸命、頑張っちゃうんだからさ。」
「だから本当にしんどくて、もし吐き出したい事があったら、いつだって、どこだって話聞くから。」
その彼の言葉に、彼女は頷き、
「…うん。ありがと。」
彼は、涙を流す彼女の頭をそっと撫で、
「…やっと、いつものみっちゃんの顔だ。」
涙を拭う彼女を見つめて優しく微笑む。
「…ありがと。直兄。」
彼女も彼を見つめてニコリと微笑む。
「みっちゃん?」
彼はそう言うと、彼女の前にそっと手のひらを差し出す。
「ん?」
差し出された手のひらを見つめる彼女を見つめ、
「手…。繋がん?」
そう一言彼は尋ねる。その彼の言葉に、
「…うん。いいよ。」
彼の差し出す手を彼女はしっかりと握る。
「…なんか、はずいよ。」
涙を拭い、彼女がそう話すと、彼は桜木を見つめて、
「俺もそうだよ。そうだけど…けど、こうやってさ。子供ん時はいっつも繋いでたのに、いつの間にか繋がなくなっていってさ。それが普通なんだろうけど、だんだんと大人になっていって、それぞれの道に進んでって、自然と距離が出来ていくんだよなぁ…。」
「俺、思うんだよ。生きてっとさ、過去は消えないし、どうやっても消せないやん?でも、だからこそ、今はまだ鮮明でめっちゃしんどくて、思い出したくもないほどの辛い嫌な出来事も、いつかそれが自分の人生の中で、ぼんやりとぼやけたように薄まって小さく映る日がきっと来るはずだから。」
「どんなに辛く苦しい人生であったとしてもさ。最後の最後で、“幸せだったな”って思えたら、その人が勝ちだよ!」
「だからこの桜の木のように綺麗なものをたくさん観よう。で、たくさん笑って笑顔でいよう。そしたらさ、その辛い事も悲しい事も、この綺麗なものや景色やたくさんの思い出の色で、いっぱい折り重なって塗り重なっていって、いつかその過去もたくさんの豊かな思い出によってぼんやりとしたものに薄まって小さくなっていくはずだから。思い出してももう気にならないくらいにみっちゃんの人生を豊かで充実した思い出で埋め尽くせば、いつか記憶の比重の中でその出来事も小さなものになっていくよ!…きっと。」
「俺はずっと、みっちゃんの“心の手”を離したことは一度もないから!ずっとずっと、こうやってちゃんと繋いでるから。な?」
「一人じゃないんだぞ。みっちゃんは。」
その言葉を聞いて、彼女の目からまた涙が溢れ出す。その涙と共に彼は彼女をそっと引き寄せ、優しく抱きしめた。
「本当に辛くて悲しい時は泣いていいんだよ。泣いていいよ。」
そう話す彼の胸の中で、彼女は“嬉しいからだよ”とつぶやくようにして泣いていた。
彼は震える彼女のその背中をゆっくりとさすっていると、また夜風に吹かれて、桜の花びらが彼女の髪に一片舞い降り、いつしか二人を包んでゆく。
彼はその光景を耳元で彼女に伝えると、涙を拭う彼女と共に、夜風に舞うその桜の花びらをじっと二人見つめていた。
「何か俺ら、この桜の木に笑われてるみたいじゃね?」
彼がそう話すと、涙を拭って目を腫らした彼女もその光景に、
「…違うよ。“もう少しここにいなさい”ってそう言ってるんだよ。」
彼女がそう告げると、また公園内に夜風吹き、二人の周りを花びらが舞う。
「ね?」
そう言って彼女が微笑むと、
「…そっか?」
彼もまた微笑み返す。
「うん。きっとそう。」
ここは、川沿いにある小さな公園。
その公園内の中央にある石のベンチ。
そこに座る二人の男女は、夜風に揺れるその桜木を見つめるとまた、互いの手をしっかりと握り、そして、気持ちを繋ぎ合う。これからも、ずっと一緒に。




