36 素敵なおばさま
「その最後の青い絵も、当家にありますわよ。今日は保管庫にあるからすぐにはお見せできませんけれどね」
私とテレンスが慌てて振り返ると、品のいい女性が歩いてくるところだった。
若くはない。たぶん、私たちの母親くらいの年齢だろう。
でも「母のような」とは思わない。私たちの母親は「母親らしさ」が微塵もなくて年齢不詳な美女だったから。
つまり、手入れと化粧でも隠しきれない「おばさん」らしさがある。それでいてきれいな人だと感じさせる。
これが年相応の女性なのだ。それが私にはとても尊く思えた。
(私も、こんな素敵なおばさまになりたい……!)
うっとりと憧れていると、その女性の隣に嫌みなほど顔の整った人がいることに気が付いた。
甘ったるそうなミルクティー色の髪をした御曹司だ。
公爵令息らしい上質な服を着ているから、今日の御曹司は正しく「御曹司」だった。そのまばゆい姿で、なんだか楽しそうな表情で紹介してくれた。
「俺の連れのヴィオラ嬢とテレンス君です。二人とも、こちらの女性がパフデール侯爵夫人だよ」
御曹司の言葉で、お茶会の主催者だと気が付いた。確かに圧倒的に品がいい。
不躾に見惚れていた私は慌ててしまった。
「……失礼しました。ヴィオラ・ロレーダンと申します。今日は弟テレンスと二人で押しかけてしまいまして……」
「ふふ、気楽になさって。ヴィオラさんと、テレンスさんね? レイノルドさんがわざわざわたくしに紹介したい人がいると言うから、どんな人かと楽しみにしていましたのよ。オリバーさん、いえ、エルバンス伯爵のお子さんたちだったのね!」
「驚いていただけましたか?」
「ええ、とても! ヴィオラさんとテレンスさんは、我が家の絵は気に入ってくださったかしら?」
「はい! 弟はガーシュイの絵は初めて見たようで、とても喜んでおります」
「それはよかったわ。画聖ガーシュイの絵は他にも飾っていますのよ。ゆっくりご覧になってくださいな。ただし、お茶の後で、ね?」
侯爵夫人は茶目っ気たっぷりに片目をつぶる。その笑顔がとても魅力的に見えて、私は思わず頷きかける。
でも……テレンスはどうだろう?
そっとテレンスの方を見ると、テレンスの水色の目はキラキラと輝いていた。
「本当に、見ていいんですか?」
「もちろんよ。でも、あなた方は本当にロザリアさんにそっくりね。振り返った瞬間、ドキッとしてしまいましたわ」
「……父に似ているところもある、とよく言われます」
「そうですわね。テレンスさんの銀髪と水色の目と、それにその細い体型はエルバンス伯爵のお若い頃を思い出しますもの。確か十五歳になる頃でしたわよね?」
「あと半年は十四歳です。僕はただの庶民ですし、今日のこの服も借り物なんです」
「でも、そのお姿はとても素敵よ。うちの末息子も今年で十五歳になっているのよ。あの子、お茶会なんて退屈で嫌だと駄々を捏ねていたから、あなたを紹介してあげたら喜びそうだわ。さあ、こちらにいらして!」
侯爵夫人は笑顔でテレンスの手を引っ張る。その少し強引なところは、侯爵夫人というより母親っぽさがある。
私たちの母ロザリアとは違う強引さに、テレンスは戸惑っているようだ。でもおとなしくついていく横顔は、不快そうではない。
思わずじっと見ていると、横にいた御曹司がつぶやいた。
「テレンス君は、ああいう年上の女性に弱いんだね」
「……私もちょっとだけ思いましたが、そういう表現はテレンスに嫌われますよ?」
「彼には言わないよ。思春期の少年の複雑な心境は、俺にもよく理解できるから」
だったら、私にも言わなくていいのに。
(聞いてしまうと、そのうちうっかり口にしてしまいそうで困るのよ!)
ぶすりとしているのに、御曹司は空気を読まない爽やかすぎる笑顔で腕を差し出した。
「エスコートさせていただけますか、ヴィオラ嬢」
「……今回、テレンスを同伴させてもらいましたが、特別手当は別にあるんでしょうか?」
「もちろんだよ。特別危険手当の対象にもなるから、安心してほしい!」
……それは、全然安心できる材料じゃない。
私はうんざりとしたけれど、遠くにいる女性たちからのチラチラとこちらを気にしている視線を感じているので、面倒臭そうな顔を作って手をかける。
御曹司は「いい表情だ!」とささやいてきて、もちろん私は無視することにした。




