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没落令嬢の雇われ悪女な日々 〜私に「俺をダメ男にしてくれ!」と言った公爵家御曹司様には破滅したい事情があるらしい?〜  作者: 藍野ナナカ


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33 俺もいいことがあったよ


 ミリルさんの言葉で感じた疑問は、すぐに晴れた。


「おや、ヴィオラ嬢じゃないか! 嬉しいな。俺に会いに来てくれたのかな?」


 生徒会室に入った途端、私は回れ右をして出直したくなる。備品申請用の窓口にいたのは、よりによってミルクティー色の髪の御曹司だったから。


「……そういえば、あなたは生徒会の一員でしたね」

「一応ね」

「でも、なぜ窓口に座っているんですか。受付は二年か三年の担当と思っていました」

「普通はそうなんだけど、今日は暇だからね。君に会えたから代理を買って出て良かったよ」


 バカ御曹司はとても機嫌がいい。

 それもそのはず。生徒会室には他にも人がいて、何かの話し合いをしながらこちらをチラチラと気にしているから。

 つまり、これは「ダメ男化計画実践中」らしい。

 私はため息をついてしまったけれど、ジョウロの購入申請はしなければならない。

 ここは我慢だ。


「……園芸委員活動の備品を購入したいのですが」

「ああ、購入申請か。この書類に記入をしてもらえるかな」


 御曹司は迷うことなく、該当する引き出しから申請用紙を取り出した。

 こういう事務作業も隙なくこなすらしい。

 私は淡々と記入をしていく。申請書記入者名は私で、所属は園芸委員。必要物品名はジョウロで……。


「ところで、中間試験はどうだった?」

「……いつも通りに好調だったと思います」

「それはよかった。俺のせいで迷惑をかけているかもしれないと、気になっていたんだ」


 迷惑なことになったとは思っている。

 でも、試験前の時期なのにダーツ大会に誘ったのは私だから、迷惑をかけたとすれば私の方ではないだろうか。

 でも、対外的には「御曹司が熱を上げている」ことになっているから、こんな言い方をしているのかもしれない。


「おかしなことに巻き込まれましたが、いいこともあったので」

「いいこと?」

「……ダーツ大会で優勝したのは色仕掛けをしたから、などといろいろ言われたんですが、四年生のカーディルさんが、実力で優勝したのだと擁護してくれたんです」

「アリシア・カーディル嬢が? そんなことがあったのか。……でも、よかったね」


 妙に優しい声に聞こえて、私は思わず顔を上げる。御曹司は微笑んでいた。とても嬉しそうに見えて戸惑ってしまう。

 でも私と目が合うと、御曹司は詐欺師そのもののようにニヤリと笑った。


「俺もいいことがあったよ。いい噂が流れているおかげで、父が何やら言いたげな目で俺を見るようになった。姉まで声をかけてくるんだ」

「いい噂……?」


 その噂とやらは、聞くと脱力してしまう類のものだろう。

 絶対に聞かないようにしよう。

 そう心に決めて書類に目を戻したというのに、御曹司はにこやかにささやいた。


「実はね、俺が君にこれ以上ないくらいに夢中になっていて……」

「聞きたくないです」

「それなのに、君に振られてしまったらしいんだ」

「だから、聞きたくないんですが!」

「俺の成績が落ちるんじゃないかという説と、振られた辛さを勉強に打ち込むことで忘れようとしているという説があるんだ。かなり接戦になっているようで、迷うよね。どちらにするべきだと思う?」

「……やっぱり聞きたくなかった……!」


 他人の成績なんてどうでもいい。私の成績が落ちなければ好きにしてほしい。

 うんざりして相槌を打つ気力もなくなったから、書類への記入に集中する。

 購入希望物品名は「ジョウロ」。

 それから「装飾が少なく、軽くて実用向けのものを希望」と書いておこう。壊されたジョウロは、どれも形はきれいだったけれど、容量が少なくて重かったから。ミリルさんは小柄だし、軽くて扱いやすいものがいいはず。

 記入を終えて渡すと、御曹司は丁寧に確認をしていく。そこまではいいのに、目と手を動かしながらさらに小声で話を続けた。


「それでね、君への影響を最小限にするために、少々手を打っておこうかと思うんだ」

「……私への影響、とは?」

「俺の成績が落ちたら、君のせいだと思う人がいるだろう?」

「バカ御曹司が勝手に失恋するのに、なぜっ!?」


 つい声が大きくなりそうになったけれど、それはなんとか抑えることに成功したようだ。こっそり確認したら周囲からの視線は先ほどと変わっていない。

 ほっとしていると、御曹司が芝居掛かった物憂げなため息をついた。


「自分で言うのもなんだが、俺は女性ウケがいいんだよ」

「はいはい、そうですね」

「それで、たまにいるんだよ。俺がたまたま親しくした女の子に恨みを募らせて、制裁をしようとする女性が」

「こ、怖いですね」

「学園にいる女の子たちは貴族だから、直接的な被害にあうことはないし、困ることもほとんどない。でも成績が下がると困る学生にとっては、いい状況にはならないと思うんだ」

「…………ん?」


 御曹司の言葉に私は首を傾げた。

 そう言えば以前、秘書さんが集めた噂話を披露してくれた時に、それっぽい話をしていた気がする。

 確か……御曹司は年上の女性たちにも人気で、ちょっと一線を越えそうな危険な目つきの学園関係者もいるとかなんとか……えっ、そういうことっ!?


「もしかして、私の成績に関わってきたりします……?」

「可能性はゼロではないと思っている」


 一気に血の気が引いた。

 このバカ御曹司に熱をあげている女性教師が本当にいるのなら、私には大打撃だ!


「私は特待生だから、いい成績を続けなければいけないんですよ!」

「責任は感じているから、手を打つ」

「……手とは?」

「君の味方を増やすんだ。不当に低い評価をつけられた時に、君が相談ができるような強い後ろ盾を作りたい」

「そんなもの、どうやって作れと? 母と同じ手法は絶対に無理ですよ」


 ついため息をついてしまう。

 御曹司はちらっと目をあげて私を見たようだった。


「レディ・ロザリアの手法というと、男たちの心を奪う感じの?」

「勝手に誤解されることならありますが、意図的にそういう方向に持っていくのは無理です」

「そうかな。君もできると思うけど、まあ、そこは今は問題ではないか。高い地位にある女性の味方を作っておくべきだよ」


 ……そんなもの、それこそどうやって?

 学園に通い始めて二年目になっても、ぼっちを貫いている私なのに。

 長々とため息ついていると、書類の確認が終わったようだ。御曹司が慣れた手つきでポンと受領印を押した。


「今日の夕方に出入りの商人が来るから、注文しておくよ。他に必要な道具類はない?」

「ミリルさん――新しい園芸委員が確認してくれることになっているので、後日になると思います」

「了解。では、その他の器具の入荷日も念のために確認しておくか。そういえば、二年生が担当している花壇は、君が手入れしているところ以外は庭師がやっているんだったかな。新しい委員が作業を始めるのは、ジョウロが入ってからだよね?」

「あ、はい。そのつもりです」

「では、注文品が入荷されたら掲示板で連絡するから、受け取りに来た時に委託内容も見直すようにしておこう」


 引き継ぎ事項を書き添えてから業者注文用の箱に入れる様子も、いかにも慣れている。

 王家にまで影響力を持つ公爵家の御曹司が、こんな事務業務もするんだなと感心していると、御曹司が少しだけ身を乗り出してきた。


「ところで、ヴィオラ嬢はもう帰るんだよね?」

「そうですね」

「この後、ケーキを食べに行かない? 試験が終わったお祝いにご馳走するよ」

「え、ケーキ?」


 一瞬、ぐらりと心が揺れる。

 でも目の前のバカバカしいほど整った顔を見て、なんとか踏みとどまった。

 御曹司は妙に楽しそうな表情になっているし、私へと身を乗り出しているくせに声が大きい。

 つまり、これは周囲に見せつけるためのお芝居だ。生徒会室にいる全員の耳がこちらを向いているのは間違いない。


「……遠慮します」


 短く言って、私はすっくと立ち上がる。

 チラリと目を向けると、バカ御曹司は口元だけでニィッと笑った。


「美味いと女性たちに人気の店なんだ。君も気に入ると思う。リリアナちゃんが好きそうなケーキもあるよ?」

「そ、それは……いや、やっぱりこれ以上過激な噂が流れると、私の学生生活に関わりそうなのでお断りします!」


 お互いにひそひそと小声でやりとりをする。

 それをごまかすために、素っ気なさそうにくるりと背を向けると、御曹司も立ち上がった。


「ヴィオラ嬢、待ってくれ」

「ごきげんよう」


 もちろん私は冷たく突き放したふりをして退室する。

 颯爽と廊下に出てから、足を止めてこっそり聞き耳を立ててみた。

 生徒会の役員たちが「惜しかったですね」などと御曹司を慰めているようだ。

 うーん、今のは惜しかったように見えるのか……。

 悪女っぽく見えなかったのかな?


「――いや、もう悪女ごっこは終わりにするんだった!」


 地道に、コツコツと生活費を稼ぐ元の生活に戻らなければいけない。

 それに今日は、市場に野菜が大量に入荷する日である。

 新鮮な野菜が手に入るし、売り切りたい農家さんたちは安売りを始めるはず。日持ちする根菜類はたっぷり買っておきたい。デラにも頼まれている。

 気合を入れて行こう!

 私は小さく拳を作って、自分を鼓舞した。

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