32 どうしましょう!
ショックから少し立ち直ったのか、ミリルさんは手の組みながらまた涙ぐんだ。
「どうしましょう! 私の婚約者は全然美しくないから、ヴィオラ様の遊び相手は務まりません!」
「違います! 私はそういう相手が欲しいわけではありませんから!」
私が欲しいのは安定した仕事と収入と、父の名誉回復だけだ。
他はいらない。遊び相手とやらは絶対にいらないし、もちろん高価すぎる宝石もドレスもいらない!
……お友達は、ちょっとだけほしいなと……い、いや、そんな贅沢は言ってはだめだ。
それよりミリルさんの涙が引っ込んだようだから、今のうちにもっと現実的なことを進めておこう。
「ミリルさんが園芸委員になったのなら、役割分担を決めておきましょう」
「全部任せていただいて大丈夫です!」
「……花の水やりは和むので、中庭の花壇は私が続けて担当します」
和むのは本当だ。
それ以上に……ミリルさんに中庭の花壇を担当させてはいけないと思う。
道具小屋で変態さんの手紙を見つけたら怖がるかもしれないし、私と間違われて御曹司推しの過激派に恫喝されると大変だ。
ミリルさんはかわいらしく首を傾げた。
「でも、中庭の花壇は大きいから大変ではありませんか? ……あ、そうか。中庭はレイノルド様とご縁がある場所でしたね。私が横取りしてはいけない場所でした!」
……中庭の花壇が、御曹司と関係があるのは否定しない。
でも、なぜミリルさんはそんなにニコニコと……まあ、いいか。話を先に進めよう。二年生が担当すべき花壇は他にもあるのだ。
ミリルさんが先生にもらったという園芸委員会の仕事内容をまとめた冊子を借りて、地図のページを開いた。
「ミリルさんは寮住まいでしょうか」
「はい」
「それでは、寮に近い花壇をお願いします。今は庭師の方々に手入れをお願いしていますので、日常的な水やりと、目につけば雑草の除去もしてもらえると助かります」
「わかりました! それだけでいいのなら頑張ります!」
「そんなに頑張らなくても大丈夫ですよ。道具は寮の倉庫にあるので、必要に応じて使ってください。ただ……ジョウロは壊れていると思うので、それだけは新しく購入しましょう」
決闘騒動の時に、幾つものジョウロが武器代わりに使われて壊れた。なぜそんな事態になったのか、私には全くわからないけれど。
決闘騒動を起こした男子学生たちが園芸委員を辞めたときに、すぐに新しく買い揃えておくべきだった。突然の騒動に呆気に取られて、気が回らなかったことをいまさら後悔したけれど、いつまでも過去に囚われている場合ではない。
ミリルさんが一緒に園芸委員をしてくれるのだ。精一杯、いい環境を整えよう!
「今日、購入の申し込みをしておけば、新しいジョウロは数日中に届くと思います。ミリルさんはそれが届いてから水やりを始めてください」
「え、それでいいんですか? 私が買ってきてもいいですよ?」
「学園の備品は生徒会が管理しています。個人で購入すると手続きが面倒なので、お任せする方が早いと思います」
「あ、そうですよね。ここは王族の方もいらっしゃる学校でした!」
「……まあそういうことです。代理で手入れをしてくれている庭師の方々たちにも報酬が支払われていますから、慌てる必要はありません。もしかしたら他の道具も壊れているかもしれませんね。備品の確認はしてもらえますか? 備品の一覧はここにあるので参照してください」
学年担当の先生は、不慣れな編入生のためにきちんと資料を用意してくれていた。説明が簡単に済んで助かる。
庶民であろうと平等に扱ういい先生、と思いたいけれど、庶民だから物知らずと思っているかもしれない。前者であればいいな。
「その他に、わからないことはありますか?」
「ありません。……多分」
ミリルさんは自信がなさそうだ。
口頭で説明されただけだから仕方がない。
「わからないことがあれば、いつでも聞いてくださいね」
「はい、ありがとうございます! あ、そうだ。申請というのはどこですればいいですか?」
「生徒会が窓口になっています。今回は私がしておきましょう」
「え、そんなにしていただくわけには……あ、そうか。生徒会だからヴィオラ様が行くんですね! わかりました。お願いします。道具のチェックはお任せくださいっ!」
ミリルさんは覚悟を決めたような顔で頷いて、連絡先として寮の部屋番号が書かれているきれいな名刺をくれた。連絡先の載った名刺の交換は、女子学生の間で行われているのを見かけたことはあった。
は、初めて名刺をもらった……!
……でも、私は名刺を持っていない。どうしよう!
密かに焦ったけれど、持っていないと謝罪する前にミリルさんは行ってしまった。
私が名刺を渡さない人だと思っているのかも。渡さないというか、渡したことがないぼっちなだけなのに。
――いや、待って。
ミリルさん、その前に何かおかしなことを言っていたような……?
首を傾げながら、私は生徒会室へと向かう。
なぜか急に周囲の女子学生からの視線が敵意を増したけれど、それもよくわからないから気が付かなかったことにした。




