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没落令嬢の雇われ悪女な日々 〜訳有りな公爵令息に「俺をダメ男にしてくれ!」と花束を差し出されました〜  作者: 藍野ナナカ


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15 御曹司の誘惑


「リリアナの誕生日は二週間後です」

「近いね。もっと早く言ってくれればよかったのに」

「あなたには関係ないことですから」

「俺たちはパートナーなのに、冷たいな」

「ただの仕事上の知人(ビジネス・パートナー)ですから! というかですね、危険手当が出るような仕事には、もう関わりたくないです」

「リリアナちゃんにかわいいプレゼントをしたいんだろう? 成長期だから新しい服や靴も欲しいよね。リボンは髪用? 靴もお揃いの色にするとかわいいと思うよ」


 それは……絶対にかわいい。

 リリアナの性格を考えると、パーティー用の高価なものじゃなくて、普段用の靴の方がいいだろうな。色違いで二足あってもいいかもしれない。

 でも、ちょっと予算オーバーかな……。


「俺の家に出入りしている靴職人は弟子をたくさん抱えているんだが、その弟子たちも練習として靴を作っている。練習品は使用人たちに使ってもらっているんだよ」

「ああ、そういうのはありますよね」


 エルバンス家でもそういうのはあった。

 若い職人たちが、練習として材質を落としたり、貴族用にするには難がある革を使って作る。使用人たちに支給するものは、そういう練習作も多かったはずだ。


「うちの職人たちは、子供用の靴も作っている。かなり安いよ」

「……本当に?」

「流行が過ぎた材料を使うけど、質がいいとうちの使用人たちには好評だよ。紹介しよう」

「でも私は、オディーランス公爵家とは関係ないんですが」

「俺を公爵家から引き離してくれる、大切な仕事仲間ビジネスパートナーだろう? 若いお針子も抱えているから子供服も可能だよ。ちょっとしたお出掛け着を用意してあげても喜ぶだろうね」

「そう、なんですけど……」


 リリアナは体が弱くて、今まで外出はほとんどできなかった。

 でも、最近は少し丈夫になっている。市場が立つ日に一緒に買い物に行くこともできたから、ちょっと大人びた格好でお出掛けしてもいい頃合いだ。

 その時に着るのなら、白かごく淡いアプリコット色が似合いそう。でもリリアナが別の色が好きなら、その色で作ってあげたい。


 そうだ、リリアナだけでなく、テレンスにも同じ色のベストを着せたら兄妹らしさが出ていいかもしれない。

 テレンスは呆れ顔をするだろうけど、リリアナが喜ぶと言えば、テレンスは黙って着てくれるはず。

 うん、いい。……すごくいい!


「……いや、やっぱり予算オーバーすぎるから」


 私はなんとか踏みとどまった。

 ちょうどジョウロの水がなくなって我に返っただけ、ともいう。

 御曹司は「あと少しだったのに」と残念そうにつぶやいているけれど、それは無視だ。


 ジョウロに水を足そうとして、花名を書いたプレートが壊れていることに気がついた。

 花壇の維持管理は園芸委員である私の役目だ。一通り水やりを終えてから、花壇のそばにある園芸用具を納めた小屋で予備プレートに花の名前を書き込む。

 満足しながら花壇に戻ろうとしたとき、壁に紙がピンで止めてあることに気が付いた。メッセージカードのようだ。何だろうと手に取ろうと手を伸ばしかけて……。


「……えっ!?」


 紙に指先が触れる直前に、思わず声が出た。

 手を引っ込めながら周囲を見たけれど、狭い小屋の中は無人だ。不審な物は他にはない、と思いたい。


「どうした」


 思わず立ち尽くしていると、御曹司が駆け込んできた。

 びっくりするほど鋭い目で小屋内を見た気がする。でも私が見つけたメッセージカードに目を止めると、眉をひそめた。


「……なんだ、これ」

「えっと、誰かの落とし物、かな?」

「落とし物にしては表面に汚れがない。意図的にここに止めたものだな」

「そ、そうかなー?」

「それに、この文面は何なんだ? 君宛てに見える」


 御曹司はピンを外し、カードを手に取った。

 そのまま小屋の外に出て、明るいところで手がかりを探そうとするように念入りに見ている。でも、たぶん署名はないはずだ。

 つまり……あれは、アレだと思う。

 いつもより力がこもった太い文字で『あの男はあなたに相応しくない!』としか書いていないけれど。


「は、はははは……意味がよく分かりませんよね!」

「ヴィオラ嬢には、付き合っている男はいないと思っていたんだけど」

「どこにもいないですねー……」

「とすると」


 御曹司はもう一度カードに視線を落とし、それからありえないほど楽しそうな顔で笑った。


「これは、俺のことだね!」


 ……何がそんなに楽しいのだろう。

 メッセージカードを残したのがいつもの長文ラブレターさんだとすれば、こんな短い文章しか残していないのはよっぽどだと思う。

 私がため息をつく横で、御曹司はカードを見ながら感心したように頷いた。


「これは招待状に使うような上質な紙だよ。それを伝言用するなんて、かなりのお坊ちゃんなんだろうな」

「やっぱりそう思いますよね……ただの変態さんだと思いたかったのに」

「変態さん?」

「筆跡から同一人物だと思うんですが、この人、時々手紙を置いていくんですよ。ものすごい長文で」

「へぇ、長文のラブレターか」

「多分そうだと思います。私が踏んでいる地面に嫉妬する変態さんなんですが」

「……地面に嫉妬するのか」


 さすがに御曹司もドン引きのご様子。カードを持つ手が、急に気持ち悪そうになってしまった。

 でも、私に返すのもためらったようだ。悩んだ末に、グシャリと丸めてポケットに入れてしまった。破ったり捨てたりしないのは、ここの片付けをしている私にはありがたい。


 意外にいい人だ。

 ちょっと見直していると、御曹司は甘ったるそうな色の髪を乱暴にかき乱して気を取り直したようだ。姿勢を正して私に向き直った。


「……変態さんのことはともかく」


 ともかく、でいいのか。


「リリアナちゃんの誕生日が近いなら、プレゼントはすぐに手配をするべきだよ。俺にリリアナちゃんのお出掛けドレスをプレゼントさせてほしい」

「いやいや、それはさすがに……」

「それと、リリアナちゃんのドレスとお揃いのものを、ヴィオラ嬢とテレンス君にもね」

「私と弟も?」

「まだ短い付き合いしかないけど、リリアナちゃんの性格から考えると、一人できれいなドレスを着るより、大好きなお姉さんとお兄さんもお揃いになる方が喜ぶんじゃないかな」


 悔しいけれど、御曹司の言う通りだ。

 リリアナはまだ幼いけれど、わがままな子ではない。こっそり我慢をするし、周囲に気を使う子だ。一人だけきれいな格好をすると、気にして心から喜べないかもしれない。


「誕生日のプレゼントに、俺がリリアナちゃんにお出掛け着を贈ろう。もちろん君にもお揃いのドレスを贈るし、テレンス君にも贈る。みんなでお揃いを着て、誕生日パーティーをするんだ。その中で、君は普段に使うリボンや靴を贈る。きっとリリアナちゃんは喜ぶだろうね」

「そうですね……ってダメです。そもそも私にドレスは不要ですから!」

「でもね、君のドレス姿はリリアナちゃんが一番喜ぶものだと思うよ。あの子、お姉さんがいつも制服を着ていることを気にしているから」


 ――えっ、そうだったの?

 制服は着心地がいいし、替えを何着も支給してもらえたし、周囲の信用も得られて一石何鳥にもなってお得だから着ている。

 でも、そうか、リリアナは気になっていたんだ……。


「一応言っておくけど、リリアナちゃんが気にしているのは、お姉さんが自分には全くお金を使っていない、と言うことだからね?」

「……本当に? 格好悪いとかではなく?」

「あの子は、お姉さんが着ているものなら、どんなものでも世界一と思っているよ」

「リリアナ……!」


 ああ、胸がキュンとなった。なんていい子なの……!

 私、リリアナのためならいくらでも頑張れるっ!


「ということで、リリアナちゃんには喜んでもらいたいだろう?」

「はい!」

「そのために、お揃いの服を君たちに贈ってもいいよね?」

「そ、それは……」

「ヴィオラ・ロレーダン嬢。これは仕事ビジネスだ。君が来週の夜会に付き合ってくれたら、報酬の一部をリリアナちゃんのドレスにしよう」

「……仕事ビジネス……夜会……リリアナ……」

「親父関係で出席させられる夜会だが、主催者の領地は果物の産地なんだ。軽食コーナーには珍しい果物がたくさん並ぶし、持ち帰りも自由だよ。テレンス君は、実は果物が好きなんだろう?」

「そうなんです! あの子、大きくなってからは好きと言わなくなったけれど、たまに買って帰るとすごく嬉しそうに食べてくれるんです!」

「では、決まりだね。来週の夜会でパートナー役をよろしく!」


 御曹司の笑顔に、私ははっと我に返った。

 でも……妄想の中のリリアナとテレンスの笑顔は魅力的で、私がちょっと我慢するだけで全部叶うのなら、悪くないかなと思ってしまう。

 それに来週の夜会用なら、ドレスを一から仕立てることはない。極端に高価なこともないだろう。



 ――もちろん、私の楽観的な気分はぶち壊される。

 公爵家の御曹司が住む世界は、そんな甘いものではないと思い知るわけである。

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