14 君の文章は実に詩的なんだよ
「ほほう! 今回の依頼はジャガデール語の古典だし、さすがの君も手こずるかと思っていたのに、見事な手際だね!」
「たまたまです」
予定より早めに私が翻訳を終えて届けに行くと、ハロルド教授は早速読み始めた。
今回の翻訳の依頼は他の教授からのもので、教授の専門分野の地質学や河川学ではない。なのにとても嬉しそうに私の書いた訳文を読んでいる。
ここは教授の部屋だから好きにしていいと思うけれど、座って読めばいいのに。せっかく秘書さんが入れてくれたお茶が冷めてしまう。
せめて私は熱いうちにいただこうと座る。ちょっとだけ寝癖が残っている生真面目な秘書さんは、お茶を運んできたお盆を持ったまま、じろりと私を見た。
「……お前が『アルチュールの恋歌』を翻訳したと言うのは本当なのか?」
秘書さんが口にしたのは、覚えのあるタイトルだった。これまたハロルド教授の専門分野とは全く違う、リブワール語の古典文学だ。
「三ヶ月前に請け負いました」
「そうか。……あの訳はとても良かった」
「えっ? あ、ありがとうございます……!?」
いきなり褒められて、動揺してしまった。
お茶をこぼしそうになりながら、なんとかお礼を言うと、秘書さんはまたじろりと私を見てから咳払いをした。
「原文の甘ったるい雰囲気を損なうことなく、そのままわかりやすい現代文にしているのは見事だった。本当に、誰か別の男にさせたのではないのか?」
「下請けに出したら、私の儲けが減るじゃないですか」
「……下請け? 儲けが減る? お前がちょっと笑いかければ、タダでやってくれる男がいるだろう?」
「そんな面倒なことはしませんよ。自分でやる方が安全で早いです」
「…………面倒なこと?」
秘書さんは不思議そうに首を傾げている。
悪女なら、他の男にさせるのが当たり前と思っているのだろう。母ならそうだったかもしれない。
でも私は、笑顔を向けた相手が勘違いする方が怖いからしたくない。母の笑顔に血迷ったおじさんたちが、騎士たちに連行される姿は何度も見てきたから。
「だから言ったじゃないか。ロレーダン君は意外に真面目なんだよ。それでいてこんなドキドキする文章を書くんだから、本当に面白いね!」
「……私の文章、そんなに変わっていますか?」
以前から気になっていたことを聞いてみる。
ハロルド教授によると、私の書く文章は独特の雰囲気があるそうだ。私は真面目に翻訳して書いただけのつもりなのに、たまに会う他の教授たちも似たことを言っていたので、実は少し気にしている。
教授はニコニコしながらやってきて、やっと椅子に座った。
「君の文章は本当にいいんだよ。例えば……ここ、神学者が神への崇拝について語っているだけの文章なんだが、実に幻想的というか、背徳的なまでの情熱を感じるね!」
「……そうですか?」
教授が指で示した部分を読んでも、私にはわからない。でも秘書さんは、その文章を食い入るように見つめて眉をひそめた。
「あの、どうですか?」
「……文章そのものは普通のはずだ。なのに、純粋すぎる崇拝であるが故に、禁断の域に入った学者の陶酔した姿が透けて見えてくる」
……それって何なの?
背徳とか、禁断とか、意味がわからない。私が訳した本は、お堅い神学の論文のはずなのに。
「おや、ロレーダン君は本当に気がついていなかったんだね。君の文章は実に詩的なんだよ。添え書きなどは普通なのに、翻訳文になった途端に、まるで詩人と学者が一体化したような文章になるんだ。これは他の言語の時もそうだから、君が意図的にやっているのだと思っていたよ」
「そんなことはしませんよ!」
「そうなのかね? ……ふむ、ではもしかしたら、君に外国語を教えた教師の癖なのかもしれないね。誰か有名な詩人に教わったのだろう?」
「それは……」
私は言葉に詰まった。
だって私に色々な言語を教えてくれたのは、母の崇拝者たちだから。
正確に言えば、母に直接声をかける勇気がなかったり、相手にしてもらえなかったりした学者や詩人たちだ。暇な彼らは、やはり暇を持て余していた幼い私に外国語を教えてくれた。
つまり。
「……私に教えてくれた人たちは、母への想いを無意識に言葉に詰め込んでいた……?」
「ああ、そうか! 君の教師はレディ・ロザリアの取り巻きたちか! ならば、あらゆる言葉に恋情が潜んでいるような気がするのも、気のせいではないね!」
教授は楽しそうに笑っているけれど。
つまり……私が書く翻訳文は、母へのラブレターをお手本にしているようなものと……そんなことあるの?
「ロレーダン君、気にする必要はないよ。当時レディ・ロザリアの周りにいたのは、超一流の文化人だったからね。そんな連中から教えられただけあって、君の文法は完璧だし、語彙も豊富だし、言い回しも実に多彩だ。今後もこの調子で頼むよ!」
「……はい」
正直に言って、葛藤はある。
でも、結果として仕事が途切れることなく高い報酬をもらえてきたのなら、急に変えようとするのは得策ではない。
利益重視。
稼ぐことが何より大切だ。
……でも、ちょっとだけ落ち込むことは許してほしい。
◇
王立学園の中庭にある花壇で水やりをしながら、私は咲き並ぶ花々を眺める。
明るい太陽の光の中では透き通って見える白い花びらは、今日のように曇っていると別の色に見える。クリーム色とか、アプリコット色とか。ほんのりとピンク色を強く感じる花もある。
とてもきれいだ。
でも……どれも私には似合わない色だと思う。
私の赤い髪は色が派手すぎて、繊細な優しい色をただの地味な白に見せてしまう。これがリリアナのように少し淡くてピンク味が強ければ、ほんのりとしたアプリコット色も似合うはずだ。
「……リリアナへのプレゼントは、リボンにしようかな」
淡いアプリコット色は絶対にかわいい。クリーム色もかわいい。もうちょっと黄色が強い色も、あのふわふわした髪によく似合うだろう。
想像していると、だんだん楽しい気分になってきた。
自分の翻訳文が恋文のようだという、衝撃的な指摘に落ち込んでいたけれど、それが教授たちに受けているのなら、気にするべきではない。
リリアナの笑顔とどちらが大事かといえば、全くたいしたことではないのだ。
「――そうよ、恋文もどきになるおかげで、リリアナの誕生日にかわいいリボンを買ってあげられるんだから、気にしてはいけないわ!」
水やりをしながら拳を握りしめた時。
「もしかして、リリアナちゃんの誕生日が近いのかな?」
すぐ後ろから聞こえた声に、私は慌てて振り返った。
目に入ってきたのは、金色よりくすんだ色の髪だった。砂糖をたっぷりと入れたミルクティーを思い出して、胸焼けがしそうだ。
王立学園の制服を着ているのに、夜会から抜け出してきた遊び人のように見えてしまうのは、私の心が曇っているせいだろうか。
「……あれ? 冷たい目で見られるのは大歓迎だけど、せっかく会いにきたんだし、今はギャラリーもいないから、もう少し嬉しそうにしてほしいなぁ」
「冷たくあしらえ、という要望しか受けていませんので」
「うーん、それはそれでいいんだけどね。……それで、リリアナちゃんの誕生日はいつ?」
今日も顔がひたすらにいい御曹司は、ニコニコと笑っている。
……リリアナの誕生日を悪用する人ではなさそうだし、教えてあげてもいいか。




