プロローグ
人生に夢を持たない私も、幼い頃は恋愛とか結婚に憧れていた。
例えば、遠慮なく本音をぶつけあっていた兄のような幼馴染みに、ある日突然ときめくようになるとか。
遠い雲の上の人と思っていた憧れの男性からプロポーズされるとか。
大きな花束を差し出されながらの告白、なんてものにも憧れた。
すべて昔の話だ。
今の私に、そんなふわふわしたものへの興味はない。
大切なのは家族で、欲しいものは静かな生活とお金と将来に繋がる強力な人脈。花束を捧げられることでも、片膝をつきながらのプロポーズでもない。
……そう思っていたのに、私は動揺して言葉を失っている。
だって、目の前に学園で最も有名な御曹司様が片膝をついていて、バラの花束を差し出しながらこう言ったのだ。
「一生のお願いだ。俺をダメ男にしてくれっ!」
…………どうしよう。
10秒以上悩んでいるのに、意味が全くわからない。
で、でも、春にはおかしな行動を取る人が増えると聞いたことがある。何もおかしなことは起こっていない。そういうことにしてしまおう!
ごくりと唾を呑んだ私は、精一杯の笑顔を作った。こういう時は、できるだけ普通のことを言って逃げるに限る。
「ゴ、ゴミとお花は持ち帰ってくださいねっ!」
よし、これでいい!
目を逸らして、精一杯の早足ですり抜けた。
春って怖い……!
ぶるりと身震いをしてその場から離れたのだけれど、結局、逃げきることはできなかったらしい。
王立学園高等部の私の日常は、致命的に詰んでしまった。




