【最終章】五十年後の約束 ②
おそらく、個人的な理由で、この小説の公開は2026年4月1日から一時的に非公開にします。
☆Back to Our Future
◆ルミナール号・船内
発進の振動が船体を伝う。
エンジンの低い唸りが床から足へ響く。
ブリッジ窓の向こうで、コロニーの光がゆっくり遠ざかっていく。
誰も、まだ言葉を出さない。
レオは操縦席の後ろに立ったまま、腕を組んでいた。
視線は外だ。
ダイヤはフェザーを抱いたまま座る。
ルビィは端末を開いているが、画面はほとんど見ていない。
サイモンが小さく息を吐いた。
「……静かだな」
結依が窓の外を見る。
「さっきまであんなに騒がしかったのに」
誰も笑わない。
みんな同じことを思っている。
アクアを……置いてきた――
サイモンがわざと軽い声を出す。
「まぁ、タイムマシーンなら50年なんてあっという間だ」
ルビィと結依は黙っている。
ダイヤがフェザーを指でつつく。
「なぁフェザー」
フェザーが小さく鳴く。
「きゅ」
ダイヤが笑う。
「50年後未来、落ち着いたらさ。ジュラシックアースにも遊びに行こうな」
「ガストが大統領になってるかもね」
少しだけ、空気が柔らぐ。
そのとき――
ブリッジにアストラの声が響く。
『タイムジャンプ準備完了』
ホログラムのカウントが点灯する。
《時空転移シーケンス》
《目的座標》
《L.C478年12月7日13時》
サイモンが小さく呟く。
「本当に未来にいくんだな」
レオが答える。
「ああ」
短い言葉。
しかし、迷いはない。
アストラが続ける。
『注意』
『時間跳躍時、船体に強い衝撃が発生します』
『全員、衝撃固定を推奨』
サイモンが苦笑する。
「どれくらいの衝撃だ?」
ダイヤがベルトを締める。
結依も座席に体を預ける。
ルビィは深呼吸する。
レオだけがまだ立っている。
その視線は、まだ後方――
過去の空を見ている。
そして、静かに言う。
「……行くぞ」
レオは座席に座りベルトを締めた。
アストラの声。
『カウント開始します』
『5』
船体の光が脈打った。
『4』
フェザーが羽を震わせる。
『3』
ダイヤがフェザーを押さえる。
「暴れるな」
『2』
ルビィが目を閉じる。
『1』
レオが静かに言う。
「アクア……」
『0』
世界が――歪んだ。
轟音。
そして、衝撃。
船体が上下左右に引き裂かれるように揺れる。
結依が座席を握る。
「うわっ!」
サイモンが叫ぶ。
「うおおおおお!!」
警告灯が赤く点滅。
時空の光が窓の外を流れる。
白い閃光。
黒。
また光。
船体がきしむ。
重力が乱れる。
ダイヤが歯を食いしばる。
「これ……想像以上だな!!」
アストラが冷静に答える。
『正常範囲内です』
さらに衝撃。
全員の体がシートに叩きつけられる。
そして――
突然。
すべてが止まった。
静寂。
警告灯がゆっくり消えていく。
エンジン音も落ち着く。
窓の外。
そこにあるのは――深い宇宙。
星の配置がわずかに違う。
誰も動かない。
サイモンが先に口を開く。
「……生きてるか?」
結依が息を吐く。
「なんとか」
ダイヤがフェザーを見る。
フェザーはぐったりしている。
「おい」
「死ぬな」
フェザーが弱々しく鳴く。
「きゅ……」
ルビィがゆっくり窓を見る。
「……本当に」
静かな声。
「50年後に帰ってきたの?」
レオがゆっくり立ち上がる。
窓の前に立つ。
遠くに見える光。
巨大な人工構造物。
そして、広がる宇宙。
レオが静かに言う。
「ここが――50年後の未来か」
誰も、すぐには返事をしない。
だがその沈黙は、もうさっきまでのものとは違う。
悲しみではなく。
未知への静かな高揚が広がる。
ルビィが端末を開く。
「さて」
少しだけ笑う。
「歴史の亡霊たちが帰ってきたわ」
サイモンが肩を回す。
「50年ぶりの社会復帰か」
結依はホッとした表情を見せる。
そして、小さく言う。
「帰ってこれたんだよね?」
ダイヤがフェザーを抱き上げる。
「とりあえず、この時代にも美味しいご飯あるといいね」
サイモンも笑いながら言う。
「緊張すると、腹減るよな」
その瞬間、全員が少し笑った。
レオがブリッジに歩く。
そして静かに言う。
「アストラ」
『はい』
レオは宇宙の光を見ながら言う。
「現在の日時と座標を確認しろ」
『確認中』
数秒の沈黙。
『日時と座標特定完了』
『全て予定通りです』
レオは低い声で言った。
「よし」
ルビィは深く息を吸った。
50年後の世界へ――帰ってきた。
レオが窓の前に立つ。
宇宙は静かだった。
だが――どこか違う。
ダイヤが窓に近づく。
「……ねぇ、宇宙って――
こんなに明るかった?」
サイモンも外を見る。
遠くの星の間に、細い光の線が走る。航路のように何本も。
「交通整理でもしてんのか?」
そのとき。
レオの視線が止まった。
遠くの宇宙に、巨大な光の輪が浮かんでいる。
レオが目を細める。
「……おい」
「なんだあれ」
それはコロニーではない。
巨大な円環構造。
だが――大きさが違う。
サイモンが思わず笑う。
「いやいや」
「デカすぎるだろ」
ダイヤが言う。
「コロニーの何倍ある?」
レオが静かに答える。
「何倍どころじゃない」
その会話を後ろでルビィが聞いている。
落ち着いた声で言う。
「リング都市よ」
ダイヤが振り向く。
「……都市?」
ルビィは端末を操作しながら答える。
「直径およそ三万キロ」
サイモンが固まる。
「待て、それ惑星サイズだろ」
結依が窓の外を見ながら言う。
「50年前はまだ建設前だったんです、ルミナス出航後間もなく、建設が開始されたはずです」
ダイヤが目を丸くする。
「これ、50年で作ったの?」
ルビィが頷く。
「ええ、今はもう稼働してる」
アストラが説明する。
『遠くの恒星の周囲に――同じようなリングが、いくつも建設中です』
『今、見えているのが、リング都市第一号で、もうすでに30億の人口になっています』
サイモンが呟く。
「……マジか」
ダイヤが頭をかく。
「私たちがいた頃」
「宇宙コロニーでやっとだったよね?」
レオが腕を組む。
視線は外の宇宙。
静かに言う。
「50年か」
ルビィが少し笑う。
「50年あれば」
「人類は結構やるのよ」
結依が付け加える。
「ここが、あなたたち3人が暮らす新しい時代です」
ダイヤがフェザーを持ち上げる。
「聞いたかフェザー」
「私たち」
「完全に田舎者だぞ」
フェザーが鳴く。
「きゅっ」
サイモンが窓の外を見ながら言った。
「宇宙が都会になってる」
レオも窓の外を見たまま言う。
「……いいじゃないか」
一拍。
「追いつけばいいさ」
そのとき、ルビィが皆に声をかけた。
「これより、アクア第一宇宙ステーションへ帰還許可申請――」
「通信を開始します」
その一言で、船内の空気が緊張に包まれた。
☆帰還の刻
――L.C478年12月7日13時
◆アクア第一宇宙ステーション・-08-管制室
通常なら多くの船が出入りする発着ゲート。
だが今日は静まり返っている。
警備ドローンだけが巡回している。
管制室の巨大な窓の向こう。
静かな星の海が広がっている。
1人の男が立っている。
胸の制服には――最高司令官の章。
タウロス・ミラノ・ゴールドバーグ(51)は腕を組んで立っていた。
この第08区画は――
タウロスの命令で封鎖されていた。
その隣で端末を操作している女性は、サファイア・ミラノ・デズモンド博士(41)だ。
タウロスが小さく言う。
「母上は、理由を言わなかったな」
サファイアは端末から目を上げない。
「アリエスさんが理由を言わない時は……」
一拍。
「聞かない方がいい時です」
タウロスは苦笑する。
「確かに……」
そこへ足音。
ドアが開き、1人の男が入ってくる。
オリオン・ミラノ博士(61)だった。白衣のポケットから人形の顔が出ている。
タウロスが振り向く。
「兄さん、遅いですよ」
オリオンが首チョンパ人形を握りながら言った。
「研究所からここまで遠いんだ」
サファイアが微笑む。
「3人で揃うの、久しぶりですね」
タウロスも頷く。
「確かに」
3人は幼い頃からアリエスに育てられた。兄弟のような関係。
だが、それぞれ
軍司令官
宇宙船開発者
AI開発者
という立場になり、同時に呼ばれることはほとんどない。
オリオンが周囲を見る。
「それで?」
「このゲート封鎖、何なんだ?」
タウロスが答える。
「母上の命令だ」
「発着ゲートを1つ完全封鎖しろ、と」
オリオンが眉を上げる。
「理由は?」
タウロスは首を振る。
「言われていない」
サファイアが静かに言う。
「でも、この時間を指定されました」
そのとき。
背後の扉がゆっくり開いた。
3人が振り向く。
入ってきたのは――
アリエス・ミラノ・ゴールドバーグ(76)
タウロスが静かに言った。
「母上」
「ご命令通り、このゲートは封鎖しました」
アリエスはゆっくり頷く。
「タウロス、ありがとう」
3人を順番に見つめる。
少しだけ微笑む。
「3人揃うの、久しぶりね」
オリオンが苦笑する。
「母さんが呼んだんじゃないか」
サファイアが聞く。
「理由を教えていただけますか?」
アリエスは少しだけ間を置いた。
そして話し始めた。
「今日……あなたたちに会わせたい人がいるの」
3人が顔を見合わせる。
アリエスが振り向く。
通路の奥へ向かって言う。
「来て」
足音。
ゆっくり1人の女性が姿を現す。
銀髪。
穏やかな表情。
70代の女性。
だが――
その瞳は深い青だった。
オリオンが凍りつく。
その顔を見た瞬間。
理屈ではなく、分かってしまった。
オリオンの声が震える。
「……」
女性が微笑む。
「久しぶりね」
「オリオン」
オリオンの目が大きく開く。
「……母さん?」
サファイアが驚いて振り向く。
タウロスも固まる。
オリオンの声がかすれる。
「そんな……母さんは……」
女性が静かに言う。
「ええ」
「世間では、死んだことになってる」
アリエスが横に立つ。
「彼女は」
一拍。
「アクア・ミラノです。オリオンの実の母親よ」
沈黙。
タウロスが呟く。
「アクア・ミラノ……?」
その名前は、50年前に暗殺されたはずの人物だった。
サファイアが息をのむ。
オリオンの目に涙が浮かぶ。
「生きてたのですか……」
アクアが頷く。
「ええ、ずっとね」
オリオンが一歩近づく。
「……どうして」
アクアは静かに話し始める。
「50年前、私は暗殺される予定だった」
3人が息をのむ。
「そのことを」
「オリオン、あなたが作ったアストラが教えてくれたの」
オリオンが驚く。
「アストラが……」
アクアは続ける。
「それで」
「レオとダイヤ、それからサイモン、ルミナール号の3人……」
「私たちみんなで暗殺阻止しに成功したの」
一拍。
静かな声。
「でも、そこで問題が起きた」
オリオンが呟く。
「……歴史ですね」
アクアが頷く。
「そう」
「私が生きていると、歴史が変わってしまう」
「だから私は」
小さく息を吐く。
「死んだことにした」
オリオンの目から涙が落ちる。
「……私は」
「母さんが死んだと思って」
アクアが優しく言う。
「知ってる、でも、アリエスの協力を得て」
「私は遠くから見ていた」
「あなたの成長を」
「研究者になったことも」
「全部」
オリオンが涙を拭く。
「……ひどいな」
アクアが微笑む。
「ごめんね」
アリエスが静かに前に出る。
「でもね」
3人を見る。
「その選択が、未来を守った」
少し間。
そして言う。
「あなたたち3人が秘密裏に計画した」
「タイムジャンプ・レスキューミッション」
オリオンとサファイアが顔を上げる。
アリエスが続ける。
「成功しているわ」
タウロスが息をのむ。
アリエスは穏やかに言う。
「ダイヤも」
「レオも」
「サイモンも」
「ちゃんと救われた」
そしてアクアを見て言う。
「そして」
「アクアも救われた」
沈黙。
サファイアの声が震える。
「じゃあ……ルミナール号は」
アリエスが頷く。
宇宙の窓を見る。
「50年前に……私とアクアは、その船を見送った」
アクアも宇宙を見る。
静かに言う。
「ルミナール号」
アリエスが続ける。
「その船は過去へ行き」
「そして――今日、この時間に戻ってくる」
タウロスが呟く。
「50年過去から……?」
アリエスが時計を見る。
「ええ、もうすぐよ」
静かな宇宙。
封鎖されたゲート。
そのどこかに――
ルミナール号が、この時代へタイムジャンプしてくる。
――そして間もなく、ルミナール号から通信が入る。
☆帰還通信
――L.C478年12月7日13時48分
◆アクア宇宙ステーション-01-管制室
アクアとオリオンの再会で、管制室はまだ騒然としていた。
そのときだった。
通信ランプが、静かに点滅した。
一瞬、誰も動けなかった。
アクアが息を呑む。
タウロスも、息を止める。
サファイアは、信じられないものを見るように、そのランプを見つめていた。
オリオンの手が震え、
首チョンパ人形の首が飛んだ。
それを見てアリエスがニヤッと笑う。
タウロスも苦笑する。
「兄さん……こんな時に」
そして――
タウロスが通信を開いた。
『……こちら、ルミナール号』
管制室の空気が凍りついた。
その声は、少女の声だった。
『アクア第一宇宙ステーション、応答願います』
サファイアの指が震えている。
それでも彼女はゆっくりとした口調で応答した。
「……こちらアクア第一宇宙ステーション」
声が、少し震える。
「通信を確認しました。こちらサファイアです」
ほんのわずかな沈黙。
そして――
無線の向こうから、明るい声が返ってきた。
『お母さん!!』
『ルミナール号、船長ルビィです!』
サファイアの目から、涙がこぼれ落ちた。
「……ルビィ。本当に……あなたなの?」
一瞬の間。
そしてルビィの声が、はっきりと響いた。
『はい』
『異銀河探索および過去へのタイムジャンプミッション、完了しました』
『ダイヤさん、レオさん、サイモンさん』
『3名の救助に成功しました』
その言葉が響いた瞬間――
アクアの目から涙があふれる。
サファイアは声を失っていた。
「……本当に……」
震える声で、ようやく言葉が出る。
「本当に……助けたのね」
『はい』
ルビィの声は、誇らしかった。
『これより3名を乗せ、アクア第一宇宙ステーションへ帰還します』
そのときだった。
後ろにいたオリオンが、前へ出る。
「……ルビィ」
オリオンは静かに無線へ向かって言った。
「アストラは……無事か?」
ほんの一瞬の沈黙。
そして、別の声が入る。
『オリオン博士』
それは機械の声。
だが、どこか懐かしい声だった。
『私は無事です』
オリオンの表情が止まる。
「……アストラ」
そして、低く落ち着いた声が聞こえた。
『……こちらレオだ』
管制室の空気が止まった。
その瞬間――
アクアが顔を上げる。
アリエスがゆっくりと振り向く。
オリオンの体が震えた。
50年ぶりの声だった。
オリオンが泣きながら言う。
「父さん……お久しぶりです」
レオの声。
『オリオン、お前の作ったアンドロイドは凄いな』
『ORX-78がいなければ、我々は全滅していたよ』
オリオンは涙で声が出ない。
サファイアが言う。
「……レオさん?」
無線の向こうで、少し笑う気配。
『サファイアか?』
さらに後ろから、女性の声。
『こちらダイヤ。サファイアは私の娘らしいね』
サファイアの呼吸が止まった。
教科書に載っている名前だった。
でも今、
その声が無線の向こうにいる。
――自分の両親だ。
サファイアは、言葉を探す。
「……あの」
一度、息を吸う。
「ダイヤ……さん」
少しの沈黙。
ダイヤが優しく笑う声。
『さんはいらないよ』
『一応、母親らしいからね』
サファイアの喉が詰まる。
「……はい」
小さな声で言う。
「お母さん」
その横から、低い声。
『レオだ』
サファイアが息を止める。
「……お父さん」
『ああ』
レオは少し笑った。
『初めましてだな』
サファイアは涙をこらえながら言う。
「はい……」
「ずっと、会ってみたかったです」
少しの沈黙。
そしてレオが静かに言った。
『俺たちもだ』
サファイアはもう、涙で声が出なかった。
ダイヤは続ける。
『ルビィを立派に育てたね』
『サファイアに会うの、楽しみにしてるよ』
その横で、アクアがゆっくり無線に近づく。
手が、少し震えていた。
「……レオ」
無線の向こうで、静かな沈黙。
そして――
『アクア……』
その声を聞いた瞬間、
アクアの視界が涙で滲んだ。
50年――
ずっと待っていた声だった。
『待たせたな』
アクアは首を振る。
涙が止まらない。
「いいえ……」
小さく笑う。
「思ったより早かったわ」
管制室の何人かが思わず笑う。
アクアは続ける。
「50年くらい、どうってことないわ」
レオが少し笑う気配。
『相変わらずだな』
「ええ」
アクアは静かに答える。
「だって」
アクアは微笑む。
「あなたは帰ってくる人だもの」
短い沈黙。
レオが低い声で言った。
『……信じてたのか』
アクアは迷いなく答える。
「ええ」
「ずっと」
その横で、アリエスが腕を組んだ。
「兄さん」
また、短い沈黙。
『アリエス』
『まだ……生きてたか』
アリエスは呆れた顔で涙を拭きながら笑う。
「妹と50年ぶりの会話の最初の言葉がそれ?」
レオが少し困ったように言う。
『いや……』
『てっきり、途中で俺を追いかけてタイムジャンプしてくるかと思ってた』
アリエスがニヤッと笑う。
「行こうと思ったけどね」
「こっちは忙しかったのよ」
「3人の子供育てたり」
「宇宙ステーションでの仕事も増えたし。まぁ、アクアさん陰ながら仕事のサポートしてくれてたけど」
「兄さんの帰り待ったり」
少し間を置いて言う。
「50年くらい」
管制室に小さな笑いが広がる。
レオが苦笑する気配。
『……悪かったな』
アリエスはすぐに言う。
「ほんとよ」
そして、少しだけ声が柔らかくなる。
「でも――」
「ちゃんと帰ってきたから」
「許してあげる」
「言っとくけど、私もアクアさんもお婆ちゃんだからね」
レオが笑いながら言う。
「年齢は関係ない、また2人に会えるの嬉しいよ」
タウロスがゆっくり無線の前に出る。
「……レオさん」
一瞬、言葉を探す。
「叔父さん」
管制室の何人かが少し驚く。
タウロスは続ける。
「あなたの話は、子供の頃から聞いていました」
少し息を整える。
「宇宙を切り開いた人だって」
そして静かに言う。
「お話できて光栄です」
無線の向こうで、レオが少し笑う気配。
『そんな大層なもんじゃない』
少し間を置く。
『でも』
『甥っ子が司令官になったってのは、悪くない気分だな』
タウロスが答える。
「ありがとうございます」
そして、
タウロスが声のトーンを落とし、司令官として言う。
「ルミナール号」
『はい』
「帰還ゲートを開放する」
タウロスの声は静かだった。
だが、確かに震えていた。
「ゲートナンバー……」
一度、息を整える。
「08」
そして言う。
「帰ってこい」
その言葉に、無線の向こうで一瞬の静寂が生まれる。
そして――
ルビィの声。
『了解』
『ルミナール号、これよりアクア第一宇宙ステーションへ帰還します』
『全員で』
サファイアが、最後に無線へ向かって言った。
「ルビィ」
『はい』
涙を拭きながら、笑う。
「……おかえり」
少しの沈黙。
そして、明るい声。
『ただいま』
そして通信が、静かに切れた。
管制室の全員が、宇宙を見つめていた。
ルミナール号が帰ってくる宇宙を。
☆宇宙の宝石
通信が静かに途切れた。
ルミナール号のブリッジに、しばらく誰も声を出さなかった。
ついさっきまで聞こえていた声が、まだ耳に残っていた。
ルビィがゆっくりと息を吐いた。
「……通信、終了しました」
その言葉で、船内の空気が少しだけ動いた。
サイモンが椅子にもたれながら言う。
「不思議な気分だな」
レオが腕を組む。
「何がだ」
「1時間前に別れた相手が」
サイモンは苦笑した。
「向こうじゃ、50年も待ってた」
結依がぽつりと言った。
「アクアさんとアリエスさん……70代後半くらいでしょうか」
レオが低い声で答えた。
「そうなるな」
「俺たちにとっては、1時間だが」
結依が少し考えて話し始めた。
「すごいですね」
「そんなに待つって」
サイモンが小さく笑う。
「そうだな」
「俺だったら、無理かもな」
レオが少し笑いながら言った。
「ああ、お前には無理だな」
船内に小さな笑いが広がる。
そのとき、足元で何かが動いた。
モコモコの小さな影。
フェザーだった。
白い毛の小さな体をふわふわ揺らしながら、ブリッジを歩き回っている。
「きゅぅ」
フェザーはルビィの足元まで来ると、ぴょんと軽く跳ねた。
ルビィが笑う。
「どうしたの?」
フェザーはまた「きゅぅ」と鳴く。
ダイヤがそれを見て、そっと抱き上げた。胸の中にすっぽり収まる、柔らかい小さな体。
「この子は、時間なんて気にしてないね」
フェザーはダイヤの腕の中で、のんびりと丸くなる。
レオが小さく笑った。
「賢い生き方だ」
ルビィが立ち上がる。
「おばあちゃん、少し外を見てこようよ」
「いいよ、行こう」ダイヤ。
ルビィはブリッジを出ていく。
ダイヤもフェザーを抱いたまま後ろを歩いた。
通路の先。
大きな観測窓の前で、2人は立ち止まる。
宇宙が広がっていた。
遠くに流れる銀河。
ルビィは静かに言った。
「……きれい」
ダイヤも同じ景色を見ていた。
フェザーが腕の中で小さく動く。
ルビィが笑う。
「フェザーも見てるの?」
星の光を映す黒い瞳。
まるでこの広い宇宙を
全部知っているかのような瞳で。
フェザーは小さく鳴く。
「きゅぅ」
ルビィがぽつりとつぶやく。
「星って」
そして、小さく笑う。
「宝石みたいですね」
ダイヤが微笑む。
「昔からそう呼ばれてきたよ」
「宇宙の宝石って」
2人はしばらく、何も言わずに星を見ていた。
その少し後ろ、通路の影にサイモンとレオが立っていた。
サイモンが小さく笑う。
「なあ」
レオが視線を向ける。
「何だ」
サイモンは窓の前の2人を見た。
フェザーを抱いたダイヤ。
その横で星を見ているルビィ。
背後には銀河。
「……絵になるな」
レオも静かに見ていた。
「そうだな」
サイモンがぽつりと言う。
「俺、思うんだけどさ」
レオが答える。
「何をだ」
サイモンは言った。
「この50年未来の世界でも」
少し間を置く。
「あの2人」
「伝説になるよな」
レオは少し笑った。
「もうなってるだろ」
「時間を越えて人を救ったんだ」
「世の中じゃ、そういうのを伝説って言う」
その会話を、少し離れた場所で聞いている2人がいた。
結依とアストラだ。
結依が静かに言う。
「伝説……ねぇ」
アストラが穏やかに答える。
『歴史の記録として残る確率は高いです』
『おそらく、私たち6人全員』
結依が驚く。
「え?…、私も?」
そして、結依は窓の方を見る。
ダイヤがフェザーを撫でている。
ルビィが星を見ながら笑っている。
結依は少し微笑んだ。
「でも、きっと」
「私も含め、本人たちはそんなつもりないですよね」
アストラは答えた。
『伝説とは、そういうものです』
窓の前では、ダイヤはフェザーを抱き笑顔で話している。
ルビィも穏やかに笑っていた。
たくさんの星々を見ながら。
――しばらくして
船内にアストラの声が響く。
『ルミナール号』
『アクア第一宇宙ステーション帰還コースに入ります』
『到達まで15分です』
レオが背を向ける。
「戻るか」
サイモンも歩き出した。
「ああ」
2人はブリッジへ向かう。
結依もその後を追う。
通路には、静かな足音だけが残った。
観測窓の前では、まだ2人は星を眺めていた。
ダイヤとルビィ。
祖母と孫娘。
銀河の光が、ゆっくりと流れている。
やがてルミナール号は進路を変えた。遠くに、宇宙ステーションの光が見えてくる。
フェザーはもう一度、小さく鳴く。
「きゅぅ」
その声は、静かな船内に溶けていった。
静かな宇宙の中を、
ルミナール号はゆっくりと進んでいく。
50年の時間を越えて。
星の海を渡りながら。
その物語は――
これから語り継がれていく。
未来へ。
そして――
新しい伝説へ。
――完――
宝石(星)の伝説
エピローグ
★伝説へ
ルミナール号は、その後まもなくアクア第一宇宙ステーションへ帰還した。
08発着ゲートには、数人の人々が集まっていたと言われている。
だが、その再会の詳細な記録は残されていない。
ただ一つだけ確かなのは――
50年の時を越えて帰還した3人。
ダイヤ。
レオ。
サイモン。
そして彼らを救って帰還した3人。
ルビィ。
結依。
アストラ。
6人の名は、その日から宇宙史の中で特別な意味を持つようになった。
その後の出来事についても、いくつかの記録が残っている。
帰還後。
新しい宇宙探索計画が発表された。
その宇宙船の設計を担当したのは、サファイア・ミラノ・デズモンド博士。
これまでの探索船の技術を大きく超えるものだった。
船の名前は、完成直前まで公表されなかったという。
だが、進宙式の日。
サファイアは静かにその名を発表した。
「ルミナリア号」
ルミナス号。
ルミナール号。
その系譜を受け継ぐ、新しい探索船だった。
この船で、再び長距離宇宙探索が行われたことは知られている。
だが、その航海の詳細はほとんど公開されていない。
ただ記録の中には、時折こう書かれている。
「6人は、再び星の海へ旅立った」と。
それ以上のことは、誰も語らなかった。
――それから100年後
宇宙ステーションの展望デッキでは、今日も多くの人々が星を眺めている。
深い宇宙の闇の中で。
無数の星が、静かに輝いている。
誰かが言った。
「星って、宝石みたいだよね」
その言葉に、隣にいた老人が微笑んだ。
「昔から、そう言われているよ」
宇宙の宝石。
その輝きの中には、いくつもの物語が眠っている。
時を越えた6人の物語も、
その一つだ。
祖母と孫娘が同じ船に乗り、
仲間たちとともに宇宙を旅し、
そして再び星の海へと旅立った。
その物語は、今も語り継がれている。
そして――
古い宇宙史資料館には、
一体の小さな生き物の記録も残っている。
白く、モコモコした体。
探索船ルミナール号に乗っていた、小さな生命体。
アデーロス第三銀河出身のモコル種。
名前は――フェザー。
記録には、こう書かれている。
「6人と共に、星の海を旅した存在」
それ以上の説明はない。
――資料館の窓から見える宇宙は、今日も変わらず輝いている。
無数の星が、静かに光を放っている。
まるで、宝石のように。
人々は、その星空を見上げながらこう呼ぶ。
――あれが、宝石(星)の伝説だ。
〜おわり〜
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