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休日のためか地下鉄はいつもの通勤時と同じくらいの人だかりであった。コロッセウム方面はこのぎゅうぎゅう詰めの列車に乗らなくてはならないことをすっかり忘れていた。前回の快適な車内が恋しい。
列車に揺られしばらくすると目的地に着いた。
駅から地上に上がれば巨大なドームが望める。駅から幾ばくか歩かねばならないのだが、ここからでもずいぶんと大きく見える。ドームまでの道中も様々な娯楽施設などがありどこも人であふれている。
この一帯の監視カメラ映像を覗いたからかなんとなくカメラの位置を意識してしまう。特にやましいことはないのだがなんとなく落ち着かない不思議な感じだ。
大部分の人々の行き先は同じらしく人混みについてややもしないうちにドームに到着した。
係員に事前の約束があることを告げるとしばらくした後責任者と思われる男性がやってきて関係者であることを示すネームプレートを渡してくれた。
前回も会ったからかそこまで時間もかけず軽く言葉を交わすと会釈とともに戻っていった。見た通り忙しいのだろう。なんだか申し訳ない気持ちになるが、それとは別に初の1人での捜査というものに心躍る気持ちもある。
エントランス内を見渡すと相変わらずの人ごみであるが、いたるところの柱に埋め込まれた液晶画面が目についた。来月に開催される対抗戦の予告プロモーションが流れている。
前回来たときもちらほらと見た記憶があるが時期が近くなったこともありより大々的に告知を行っているようだ。
対抗戦は常の試合に比しても別格の人気をほこるビッグイベントである。僕も学生時代チケットに応募したが1度も当選しなかった。当選した学友の何人かが自慢げに話していたのをおぼえている。ライブ中継でみても白熱した試合にあれほど興奮したのだから現地で観る興奮など想像を絶するものだろう。いつかは行ってみたいと思いながらいつの間にか社会人になってしまった。
告知を見るに今回の対抗戦はビッグバン対ブルースカイだ。どちらも最大手といえる強豪チームであり人気選手も多い。今回のチケットの倍率はすごいことになりそうだと思ったが、さすがに今の事件を解決するまではあまり羽目を外しすぎるのもはばかられる。初の担当事件として責任感も感じているし、自分にできることをやってみたいという気持ちもある。
とはいったものの告知動画の迫力に興味をそそられ特設のホームページを調べると今回の対抗戦はかなり力がはいったものらしい。
両チームともに看板選手とも言える異能者のラインナップに昨年タイトルのシラーとカートまで。ここまでの有名選手ばかりのラインナップはそうそう見られない。SNSを軽く覗いただけでもわかるほどに盛り上がりを見せており、中でも1番の注目はやはり2人のタイトル獲得者だった。どちらも個人でのエントリーということもありこの2人の試合が見られるのではないかと期待されている。
たしかに前回の2人の試合はすごかった。勝ったのはカートだが、最後までどちらが勝ってもおかしくなかった。激しい異能の応酬にド迫力の肉弾戦。負傷をものともせずに終盤にかけてより激しくなるインファイト。昨年の試合ではあるがいまだにファンの間では2人の選手の代名詞として語られる試合である。
ビッグバンのチーム本部に入るとやはり対抗戦のポスターをちらほらと見かけた。
選手たちの邪魔にならない程度ならと、ある程度見て回ってもよいと許可をもらったが大手チームだけあってやはり広い。
建物内部のトレーニングルームはいくつかあり、一般的なジムのようなところもあれば立体映像を用いた訓練ができるところもあった。さすが大手チーム。そのような技術があるとは聞いていたが実際に目にしたのは初めてだ。
また屋外にも訓練場があり、模擬試合を行っている選手もいた。
だがトレーニング中の選手に話を聞きにいくこともできず、かと言って前回の様に事前に約束があるわけでもない。
また日暮れにでも時間を改めようかと思いながら歩いていると、物陰からうめき声が聞こえた。
急いで声のする方へ向かうと、コンクリートの壁に背をつけうずくまる女性がいた。
「大丈夫ですか?」
慌てて駆け寄って顔を覗くと何度も殴られたように赤く腫れ上がり、切れた唇からは血が流れていた。
腕にもあざが見え、暴行の痕だろうと考えられる。
「だれか!だれかいませんか?」
このような場合は不用意に動かさない方がよいのだったか。対処に自信がなく周囲に助けを求めるが、チームの敷地内を歩いている内に少しはずれたところに来てしまっており選手たちの声も遠くに聞こえる。この場所がとりわけ人の目につかないような物陰だということもあり誰かが通ることも期待できなそうだ。
「や..めて....誰も..よばないで...」
何度か声を上げていると目の前の女がカヒュカヒュと息苦しそうにしながらも絞り出すように言った。
「そんな怪我でなに言ってるんですか!?すぐに手当しないと」
「おねがい...だれも、よばないで」
僕の言葉を遮るように傷だらけの手で僕の腕を弱々しくつかみ懇願した彼女の目からはなにかへの恐怖が見て取れた。
そんな彼女になんと声をかけたらよいのかわからなかった。ぼろぼろになった腕を必死になって伸ばし僕を引き留めようとする彼女はただただなにかを恐れているようであった。
せめてチームの医療班に連れて行くからと背負おうとすればそれだけはやめてくれと止められ、なにごとか人に知られたくないのだろう彼女を病院に連れて行くためにタクシーを呼ぶことになった。
明かな暴行事件であり、警察官としてまず警察に連絡すべきなのだろう。だが僕は連絡をためらった。なにせ救急車を呼ぼうとしても止められたくらいなのだ。
それにコロッセウム近辺で立て続けに起きた事件。この事件も例の失踪事件になにかつながっているかもしれない。詳しく話を聞くのは治療が終わったあとでよい。
そんな僕の考え方は甘かった。
週明けに出勤するとそこで僕は彼女が失踪したことを知った。
「それで、ヒラギくん。2日前のことを詳しく聞いてもいいですか?」
「はい、今回失踪の届け出があった女性ですが2日前僕が病院まで連れて行きました。ビッグバンの訓練場で暴行を振るわれたような形跡があったのですが本人が通報はやめてほしいと... すみません、勝手な判断をしてしまいました」
「なるほどなるほど~。まあ結果的にこうなっただけでそんなに責任感じる必要ないですよ!実際あの失踪事件に関わってる可能性も高そうですし。信頼関係を築くことも重要ですからね!」
「でも僕が無理にでもチームや警察に連絡しておけばこんなことにはならなかったんじゃないかって...」
「ん~、起こってしまったことはもう仕方ないですよ。ヒラギくんのせいじゃないです!でもなにか困ったことが会ったら今度からすぐに相談してくださいね!」
彼女は指を立て大げさに頬を膨らませて注意した。僕を萎縮させないように注意しつつ元気づけようとしてくれているのだろう。
彼女の優しさに救われてばかりだ。
ところで不適切な感想なのは自覚しているのだが、サイドテールをゆらしながらプリプリと頬を膨らませる姿はあまりにもかわいらしすぎないだろうか。神跡者は肉体のピークから老化が止まるため見た目からはその年齢の想像がつかないが過去の捜査資料から少なくとも20代後半以降だろう。どことなくアンバランスで背徳感を感じてしまう...これ以上はまずい気がする。
「それでですね、もう少し詳しくわかりますか?」
僕の不敬な考えを知ってか知らずか彼女は話を戻した。
とは言われても僕も大して話せることはなかった。彼女が何者かに暴行を受けたであろう現場を目撃したこと。このことを彼女が人に知られることを恐れていたこと。
すでに出勤してからリファに話したことがほとんどである。話した数分後には女性の身元を特定して失踪届が出されたいう情報までつかんでいたのだからやはり彼女の情報収集能力は恐ろしい。
今回失踪した女性はビッグバンの新人選手らしい。
チーム内で最近失踪者が出たこともあり、彼女と連絡がつかずマネージャーが失踪届を提出したとのことだ。
「テオドール選手のこともありますからね~、まず関係はあるでしょうね」
「そうですね。思っていたより大きな事件なんでしょうか?」
「これくらいなら予想していましたよ。実際あの近辺で行方不明者はちらほらいますし」
たしかに行方不明者が他にもいることは聞いていたが、彼女はあまりにも当然のように言った。
「..もしかして失踪者が再び出ることがわかっていたんですか?」
「確証はなかったですけど出てもおかしくはないとは思ってましたよ、実際近辺の行方不明事件のいくつかはつながった一連の事件でしょうしね!」
なんというか、倫理観のずれを感じる。
「まずは今回の暴行事件がとっかかりになりそうですね!間違いなくテオドール選手の失踪ともつながっていると思います!事件捜査頑張ってくださいね!」
「やっぱり捜査するの僕なんですね...」
「困ったことあったら私も手伝いますから!とりあえずやってみましょう!」
2件目の失踪事件は言葉通り想定内のことらしく僕の捜査のための練習という扱いは変わらないらしい。天才というのは僕のような凡人とはいろいろとずれていると改めて思った。
再度コロッセウムに来た。来てしまった。
さすがに新人に無茶ぶりしすぎではないかという思いはある。むしろそれしかない。
リファの勢いに押されてその場はつい了承してしまったが今となって湧いてくるのは後悔ばかりだ。
まあ僕には拒否する選択肢はないのだが。
あれほど良くしてもらって今更期待を裏切るのはさすがに心苦しい。
先輩がたにとってはそれほどの事件でもないのだろう。簡単にさじを投げるわけにはいかない。
解決するまではいかなくてもせめて僕ができる限りはやらないと。
出そうになったため息を飲み込み深く息を吸った。
失踪した女性選手のマネージャーから話を聞いたがめぼしい情報はなかった。
さきの失踪者であるテオドールのように持ち出されたものも特になく人だけが消えた状況は同じだ。
マネージャーが知る限りいじめなどもなかったようだ。
だとするとあの日の暴行の痕はいったい...
何一つ解決せず増えるばかりの謎に頭を抱えていると見覚えのある姿が目に入った。
ここまで読んでくださってありがとうございました




