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春の気配も薄れ初夏を感じる季節になった。照りつけるほどの日ざしはなくともちょっと走ったりなどすれば背からじわりと汗がにじむ。まだ快適な気候の範疇ではあるが贅沢にもすでに春が恋しい。
配属から3ヶ月ほど経つがまだまだ1人前にはほど遠い。僕に任せられる業務といえば主にリファの手伝いだ。とは言っても実際のところ彼女は毎度丁寧に仕事内容を説明してくれ、業務以外についてもこれから役立つだろうとさまざまなことを甲斐甲斐しく教えてくれるため、僕のせいで仕事の効率が格段に落ちていることは間違いない。
そしてやはりというかこの部署はかなり特殊であった。リファは僕に合わせてか少し早く来て僕と同じ時間に帰宅することが多いのだが、ユーゼンに関しては1日中見ないこともあれば数日捜査課にこもっているときもある。どんな仕事をしているか僕はまだ関わらせてもらえないのだが、彼の仕事をしていない時の姿は数分の仮眠をとっているときかシャワーを浴びているときくらいしか知らない。いつか聞いた彼がワーカホリックであるというのは実に的を射ている。
2人の先輩ともいい人であるのは間違いないのだがあまりにタイプが違いすぎる。その割に絶妙なコンビネーションを見せるのだから毎度ひたすら圧倒されている。天才というのはなかなか常人とは違うものだと思わされる日々である。
充実感と少しの焦燥感を感じる毎日であったが、ついに初の現場捜査というものに行くことになった。
聞いたところによると同じく今年配属の新人たちはすでに現場に出ているらしい。(うちの部署は本当に他部署との関わりが薄いのでリファから聞いた話である)
リファがほとんど捜査課にいるため現場に出ることはしばらくないのかとも思っていたがそうでもないらしい。
「ついに!現場捜査ですね!警察といえばこれが花形ですからね!」
陽気な鼻歌を歌いながらハンドルを握っているのはリファである。乗っているのは局の駐車場で異彩を放っていた黒塗りのセダンだ。彼女が駐車場に意気揚々と歩き出した時点でなんとなく察してはいたがほんとうに徹底している。
「資料でわからないこととかありました?今日はあくまで空気感を知ってもらうだけなので!そんなにかまえなくて大丈夫ですけど」
「一通り確認したのですが今回は具体的に捜査するものがあるという感じではないんですか?」
「そうですねー。実際コロッセウム近辺で行方不明者が出ているので事件性がないわけではないんですけど、直接関係あるかは現状わからないですね!」
今回僕たちが向かっているのは都市中央部から少しばかり外れたところにあるコロッセウムドームである。このいかにもといった名前からわかるとおり神跡者同士の格闘試合が観戦できるドームアリーナだ。
なんといってもこの競技の最大の魅力は異能の使用が可能ということだ。かくいう僕も在学中は学友たちと何度か行ったものだ。野蛮だと敬遠する人の気持ちもわからなくはないが、圧倒されるほどの迫力と殺気めくほどひりついたあの空気観に魅了されてしまった。
このような施設はもちろん他にもいくつか存在するが、コロッセウムドームは政府管轄の運営ということもあり規模が段違いだ。設備やサポートなども整っており有名チームの選手の試合も多数見られるのだ。
資料によると近辺で行方不明になる人が最近いるとのことだ。とはいえ歓楽街も近いため事件と直接の関係があるのかはまだ不明ということらしい。
「コロッセウムから捜査をはじめるのはやっぱり一番人が集まるからですか?」
捜査資料にはコロッセウムドームが特に怪しいといった情報はなかったため疑問だったのだ。
「コロッセウムの選手の行方不明届けも出てるので関係あるかもって感じですね!わたしたちの捜査はこんな感じで怪しそうなところをとりあえず調べてみる!ですね。異能絡みだと表面化しにくいんですよねー」
たしかに人間離れした異能使いが犯罪者だった場合は捜査は困難を極めるのは想像にかたくない。だがそれにしては彼女はなにかあると確信しているような様子であった。今までの口ぶりからしておそらく聞いてもまたはぐらかされるのだろうが。
そんな考えが顔に出ていたのか彼女は申し訳なさそうに言った。
「ユーゼンから言われててまだあんまり話せないんです、ごめんなさい。でもでも!いろいろ勉強できると思いますよ!ユーゼンも期待してるって言ってましたもん!」
どうやら今回の捜査はユーゼンが1枚噛んでいるらしい。彼の名前が出るとなんらかの大事な目的があるのだろうと納得してしまうから不思議だ。とりあえずは僕に捜査を体験させることが目的の1つであるらしい。
ほどなくして到着したコロッセウムドームは以前来たときと変わらず熱気と歓声に満ちていた。巨大な中央のドームとその周辺に立ち並ぶ有名チームの宿舎やトレーニング場など。果ては選手やチームのグッズを扱う店舗まであり、都市最大の娯楽施設と言わしめるのも納得の規模感だ。
近隣には飲食店やホテル、そのほか様々な娯楽がひしめき合っており喧噪にあふれている。
捜査のためと裏口のような場所から入るのかと勝手に想像していたがどうやら違うようだ。入り口で入場料を早々に払っていたリファにチケットを渡されまさかの正面から入ることになった。たしかに事件と直接関係しているかわかっていないのだから考えれば当たり前のことである。僕はミステリ小説に影響されすぎているのかもしれない。
ただ1つ言えることがある。明らかに装いが周囲から浮いているのである。それはそうだ。VIPルームでもないのにぱっと見てわかるほどに高いスーツを着ていれば目立つに決まっている。
彼女は特に気にする様子もなくいつの間にか買っていた巨大なドリンクとハンバーガーの包みを抱えている。
「ちょうどいいときに着けましたね!今からジョシュア対シラーですよ!ヒラギくんはどっちが勝つと思います!?」
...ふつうに楽しんでいるらしい。どんな捜査が始まるのだろうかと身構えていたものだから拍子抜けしてしまった。彼女のことだからなにか考えがあってのことだとは思うが...
「......最近の勢い的にシラー、ですかね?ところで捜査は..」
「せっかくなんだから楽しみましょうよ!仕事ばっかりだと大変ですよ!息抜きです息抜き!」
捜査について聞こうとした言葉は見事に遮られてしまった。どうやら本当に競技を楽しむつもりらしい...
試合については大多数の観客の予想通り終始シラーが優勢で、その勢いのままややあっけないほどに勝利した。体格面で言えばジョシュアに分があったがシラーの俊敏な動きを捉えられず、最後には懐に潜り込まれ彼の代名詞とも言える異能、【振動】をまともに食らって数mほど吹き飛んだ。
かなり予想のつく試合結果であったが隣で何度も歓声をあげ、試合が決まったときには興奮してハンバーガーの包みを振り回しているところを見るに彼女は十分楽しめたらしい。
「よかったですよね!シラー選手!こうですよっ!沈み込んでからのこうっ!」
リファは興奮冷めやらぬ様子でモニターに映るハイライトをまねている。ほほえましい光景ではあるが(先輩に対する感想として適当であるかは要審議である)僕としては彼女が抱えているカップから飲み物がこぼれないかが気になってそれどころではない。
「そろそろお仕事しましょうか!」
一通り試合の余韻につかり満足したのであろう。ここから仕事モードのようだ。
「まずはやっぱり聞き込みですよね!ヒラギくん、失踪した選手の所属チームはおぼえていますか?」
「「ビッグバン」ですよね。」
「ちゃんと読んでてえらいです!失踪したのはビッグバン所属のテオドール・コーヴィル、夜散歩に行くと外出したまま戻ってこず失踪届が出されていますね!」
「外出の翌日も戻らないことを同部屋の選手が不審に思い届け出が出されています...するとこの選手から話を聞いてみるということですか?」
「ですです!直接聞いてみると最初の聴取よりいろいろ聞けるんです!」
ビッグバンのチーム宿舎はドームからほど近いところにあった。他の多くの大手チームと同様にドームと契約しており敷地内にチームの本部をおいている。事前に約束を取り付けていたようで宿舎入り口で名乗るとすぐに面談室のような部屋に案内された。
部屋に入ると2人の男性がいた。テオドールの同部屋のマルク選手と彼のマネージャーだという。挨拶もそこそこに当時の状況について聞くとマルクは思い出すようにポツポツと話し出した。
「ちょうど1週間前だったんだけど、だれかともめたみたいでさ。いつもはそんなことねえんだけどよ、なんつうかその日ずっと機嫌が悪くてさ...で夜ちょっと出てくるって行ったきりもどってこねえんだよ。いや出かけること自体はあったんだけど、その日はずっとおかしかったしさ。いやまじで人ともめるようなやつじゃねえんだけど...で朝になっても戻って来ねえし、試合も入ってたのによ。でなんかあったんじゃねえかって監督と警察行ったんだよ」
届けがあったときの聴取と内容はおおよそ同じだ。
「なるほどです。マルクさんはテオドールさんとかなり親しかったんですか?」
「おう。テオとはここ来てからずっと相部屋だからな。おれもけっこう助けてもらってよ。いいやつなんだよ」
「特定のだれかともめたとか仲がよくなかったとかはありました?」
「いや、聞いたことねえな。新人の面倒もけっこうみてやってたしむしろ好かれてると思うぜ」
「なるほど、失踪した時になにか他に気になったことはあったりします?」
「気になることってなあ...そういやあの日戦績を気にしてたみたいだな」
「戦績ですか?」
「ああ。最近ちょっとふるわなくてよ、いつもあんま愚痴る感じでもないんだが。あの日はたしかに成績がどうとか言ってたな」
その後も当時の状況について質問したが新たな情報はあまり出てこなかった。マルク選手によるとテオドール選手は好かれこそすれ恨みを買うタイプではなさそうだ。
話が終わり、刑事さんテオのこと頼むぜとマネージャーに付き添われ戻っていった彼の姿は少し憔悴しているように見えた。
「ヒラギくん、どう思いますか?」
「聴取のときとだいたい同じでしたね。マルク選手はかなり親しかったようですし見つけてあげたいですね」
「そうですね!聞いた感じテオドールさんは誰とでも仲良くしてそうなかたですからね!次はどんな方向から調べるのがいいと思いますか?」
「...付近の監視カメラの映像を確認するのはどうでしょうか?」
「いいですね!行方につながるなにかがあるかもしれませんね!さきほどの話だとテオドールさんともめたことがある人やいい印象をもっていない人を探してみるのもいいかもしれませんね!」
たしかにそうだ。知っている情報とほとんど同じだったからと意識できていなかった。初歩的な見落としをしてしまっている。
「すみません。指摘してもらうまで意識していませんでした」
「そんなに気にしなくて大丈夫ですよ。初めての捜査ですし!緊張もしますし!」
彼女には助けられてばかりだ。あまつさえ気を使わせてしまっている。いつまでも足をひっぱっている自分が嫌になる。
「また自分のこと責めてますね。ヒラギくんはまだ新人なんです!いまからですから!大丈夫ですよ、がんばっていきましょう!」
ペちっとデコピンをされた。そんな顔しないでください、と手を握ってくれる彼女の優しさにちょっとうるっときてしまった。
いつか先輩方に追いつけるようになりたい。もらった優しさを返せるように。
...それとは別にリファは距離感がおかしいと思う。かなりドキッとしてしまった。勘違いしないように気をつけなければ...僕は女性経験が多くないのだ。
監視カメラの映像については捜査課にもどってから確認できるそうだ。都市の大部分のカメラにアクセス可能だそうである。再三ではあるが、この部署は異常である。
宿舎から出たところでふと見覚えのある人物が目についた。さきほど試合でもみた人物、シラー選手だった。
そういえば彼もビッグバン所属だったな。彼の場合は本人そのひとの印象が強いためにあまり所属を意識したことがなかった。
「あっ、シラー選手ですよね!さきほどの試合すっごくよかったです!」
リファはやはりコミュ強であった。
対するシラー選手はといえば急に話しかけられたためか一瞬ビクッと肩をはねさせたあと、ありがとうと返していた。たしかにスーツ姿の女性に突然話しかけられては驚くのも無理はない。
彼は僕にも軽く会釈をして宿舎に入っていった。試合中とは雰囲気がかなり違うものだ。やはりスター選手はそういう気持ちのオンオフの切り替えも上手なのだろうか。
捜査は思ったようには進まない。
テオドール選手はかなり面倒見がよかったようで特に新人の選手に慕われている様子だった。聞き込みを進めるほどに彼が誰かともめるなど考えにくい。むしろ喧嘩があった際には仲裁をすすんで引き受けるような人物なのだ。
カメラ映像も確認したがこれといった手がかりは見つけられなかった。マルク選手が言っていたようにテオドール選手はときおり夜に外出する様子がうつっていたが毎回1時間ほどで宿舎に戻っており本当にただの散歩のようだ。それが失踪当日のみ一向に戻ってくる気配がない。
外出時もいつもと変わった様子は見当たらない。彼の部屋からは携帯端末のみがなくなっており、他にもちだされたものはなさそうである。
彼自身も短時間の外出のつもりであったと考えられるのだ。外出先でなにか不慮の事故に巻き込まれたと考えるのが自然な気がするが、だとすればなにに巻き込まれたのか。ドーム付近にも捜査範囲を広げる必要がありそうだ。
調べるほどに謎はむしろ増えていく。
リファもこの事件のみに集中するわけにもいかないらしい。後になって聞いたがリファは捜査課本部での情報処理や捜査のバックアップが主な仕事であり、そもそもフィールドワークはあまり行わないようだ。あの1日の現場捜査はほんとうに僕のために時間をつくってくれたらしい。うれしい気持ちもありつつやはり申し訳なくなる。
ここまで読んでくださってありがとうございました




