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「............ごめんなさい、ごめんなさいっ...」
顔に涙が落ちるのを感じる。意識はあるのに不思議と目が開かず誰が泣いているかわからない。その言葉に確かな悲しみを感じるも頭をなでる手が心地よく意識が途切れた。
またあの夢を見た気がする。夢の内容をおぼえていたことはないが、寝起きは常よりとても心地がよい。
なにかを忘れている気がする
ふと枕元の時計をみると7時47分の表示。就職活動まっただ中の最終学年である。今日は朝早くの予定はないが、さすがに寝過ぎたなと感じてしまう。顔を洗って乱雑に散らばった外行きの服に着替え、地下鉄駅まで走る。ちょうど良く駅に到着した列車に飛び乗った。
学校に到着したのは8時15分を少し過ぎた頃だった。
人類最後にして唯一の都市国家ミュニシピウム。
ここは国家唯一の公人養成学校、ミュニシピウム中央学校である。都市の中心部にその巨大な校舎を構え、多数の国家官僚や上級公務員を輩出する。
入学当初は校門をくぐるたび自分などがよく入学できたなと思っていたものだが、今となってはなんの感慨もない。別人のような自分の顔が印刷された学生証を入り口のカードリーダーにかざしロッカールームに向かった。
ノートパソコンを抱えて図書館に行くとすでにまばらに席が埋まっていた。
なるべく周囲に人が座っていない席を見つけメールを確認する。特に連絡はない。今週は明日と木曜のセミナーを除けばこれといった予定はない。
同期は就活だ、発表準備だと忙しくしている中、自分はまだエントリーすら出していない。常日頃からやや世間知らずな自分を気遣ってくれるセミナーメンバーのおかげでなんとか卒業発表はつい先週終わらせることができたが、ついに今までなんやかんやと後回しにしてきた就職活動に本腰を入れなければならなくなってしまった。
資料をみながらあれやこれやと考えてもこれといったものが見つからない。ただ漠然と人のためになることがしたいとは思いつつも、いざ具体的な就職先を考えるとどうにもしっくりこない。自分が特別な人間だと思ったことはないが、こういうときには自分にしかできないことはなんだろうかと考えてしまう。自分のことながらもまだ思春期の夢見心地が抜けていないのかと嫌になる。
これではいけないと思っていると、携帯端末が震えメッセージの受信を伝えた。どうやら学校の総務課からの連絡のようだ。就職活動関係で面談を行うため今日中に面談室に来るようにとの内容だった。
たしかにこの時期になんのエントリーもだしていない僕は控えめに言ってもまずい状況ではあるのだが、こんなにも急な面談が入るものだろうか。
疑問に思いながらもまずい状況にあるのは疑いようのない事実である。いつでも大丈夫ですと返信をかえした直後には、それならば今すぐ来なさいとの連絡があった。
......僕は自分で思っているよりかなりまずい状況なのかもしれない。
指定された部屋に入ると見覚えのある人物がいた。
...と言うかあまりにも見覚えがありすぎる。
輝くようなプラチナブロンドの髪を背に流し、長い足を組んで座る女性は国民ならだれもが知る人物だった。大戦の英雄、生きる伝説、地上の天使............彼女をたたえる言葉はそれこそ無数にあるが、画面越しでなく実際にその姿をみると圧倒的美。それが第一印象だった。人好きのするような笑みを浮かべたおそろしく整った造形の顔と、平易なスーツ(おそらく死ぬほど高い)を着ていてもわかるモデルもかくやというスタイル。
なんでこんなところに?なぜ?
僕が扉を閉めることも忘れて立ち尽くしていると、彼女はすわってすわってと椅子をすすめた。
「まずははじめましてだよね。警察局局長のレネ・ジアです。知ってるかもだけど」
「存じております!中央学校5学年のヒラギ・ドーンです!」
「おお、元気だね。いいねいいね、とりあえず座ってよ」
困惑と緊張でガチガチではあるものの、促されたままに座ると彼女は再度口を開いた。
「来てくれてありがとね。それでさ今日君を呼んだ理由なんだけど、警察局来ない?っていう提案なんだけど」
「えっ」
「ああ、違うよ。重要参考人とかそういうのじゃなくて。就職先としてね、ヒラギくんが来てくれるとうれしいんだけど。どうかな?」
いまだ先ほどからの驚きすら抜けていない上に突然のスカウト。ドッキリか?と疑うことすらできないほどに見事な思考停止。
「あっ、えっ、その...」
当然こんな状態でまともな言葉が出てくるわけもない。
「急にこんなこと言われても困るよね。でも君には才能があるから、ぜひ来てほしいって思ってるんだ」
「...あの、失礼ですが、僕に特別な才能とかはないですし、評価していただけるのはうれしいのですが...だれかと間違えてたりとかないですか?」
「あー、そうだよね。急にこんなこと言われても混乱するだけだよね。オッケー、順番に話すね」
「前提として神秘と異能については知ってるよね」
神秘と異能―――それらは100年程前の大戦に由来するものだ。
それは自らたちを「神徒」と名乗る集団の侵略によって始まった。
人間離れした力をふるう彼らに当時の人類の兵器では太刀打ちできなかった。人類は住む地を追われ遂には現在人類が唯一居住できるこの都市国家1つ分の領土以下に追いやられた。
しかし神徒たちの身体組織を移植することで身体能力が大幅に上昇する人間がいることが発見され人類にもようやく光が差した。太刀打ちできずただ逃げることしかできなかった人類は防衛に転じることができた。
そして、移植技術の確立から数年後に彗星のごとくあらわれたのが現在もなお語り継がれる伝説の部隊、ドミナントだ。たったの5人の部隊だった。人類全員が束になってようやく防戦一方だったのだ。彼らはたった数年で人類が居住可能な領土の一部を奪還した。この部隊によりついに神徒をしりぞけ人類の新天地を得た、と記録されている。
また、組織移植された一部の人間には異能という人間離れした能力が宿り、ドミナントは特に強力な異能を持った隊員で構成されていたと知られている。そしてレネ・ジアは当時のドミナント部隊副隊長だ。
これらのことは今では人類にとって伝説であり誰もが知ることである。
なぜそんなことを?という顔をしているであろう僕に彼女は続けた。
「かつての大戦で人類はたくさん失った、けど得たものも少しあって。それが「神徒」の組織の移植技術、もっと具体的にいうと神跡神経ってやつの移植。移植した人間のうち何人かは神跡リガンドっていう微粒子が身体から出て、この神跡リガンドが超能力を起こす正体ってわけ。ここまで大丈夫?」
「はい、なんとなくですが」
曖昧な返事に気を悪くした様子もなく
「ごめんね、今の若者ってどのくらい知ってるのかわからなくて」
「それでさここから本題。ヒラギくんさ、自覚してないかもだけど神跡化してるんだよね」
話が見えないながらに聞いてはいたが、さすがにそれはないと言える。そもそも神跡神経の移植、つまり神跡化したことは公的記録に記載される。それにもう一つ、神跡移植には重大な問題がある。
「なにを考えてるかはわかるよ。普通はさ、生まれた時に適合度が高ければ大体はすぐ移植されるし、このときに記録されるよね。政府は神跡者の管理に躍起になってるから記録漏れはほとんどないと考えていい」
さすがに自分の話になったからかさきほどより話が頭にはいってくる。そんな僕の様子を知ってか知らずか彼女はわずかに身を乗り出して話し続ける。
「じゃあ成長過程のどこかで違法な移植が行われたのか。一応そういうところもなくはないんだけど。ここで問題になってくるのがなにか、わかるかな?」
「移植によって神経系の再構築が起こり、記憶が消失すること...でしょうか」
そう。神跡移植をする上で無視できないのが記憶の消失だ。この問題のために移植のほとんどは生後すぐに行われるのだ。
「よく勉強してるね!記憶が問題になってくるよね。途中で移植した人のためのサポート施設もあるにはあるけどほとんど形骸化してるしね」
それでさ、とバッグからなにかを取り出した。
「あんまいい気分になんないと思うけどさ、君のこと調べさせてもらったんだ」
彼女が取り出した資料には僕の人生が几帳面にまとめられていた。
「...なぜ僕なんでしょうか?特になにか事件に関わったとかそういうのは、ないと思うのですが。ここまでされる理由があるんですか」
まずは困惑した。そして怖かった。ミステリ小説ではこんな場面はいくらでもあるだろうが自分の身に起こったとなれば話は変わってくる。やましいことなど思いつかないが嫌な汗が背をつたうのを感じた。
「さっきも言ったように一握りの神跡者は神跡リガンドっていう微粒子を出して異能を発動するんだよね」
そう言うと彼女の頭上には複雑な幾何学模様がくっついた光球のようなものが出現した。
記録映像で何度も見たことがあったが、実際に見るとぞの存在感は圧倒的だ。神々しさすら感じるそれは彼女の美しい容姿もあってか天使の輪と形容されるのも納得だ。
「わたしは他人の神跡リガンドにちょっと敏感でさ、君の体からたしかにリガンドが出てるのがわかる。それは間違いないんだけど、ここから質問」
彼女は先ほどの資料を指した。
「幼少期は孤児院で育ちその後は現在の養父母に引き取られる。その後ストレートで公人養成学校に入学。一般的に見て十分に順調な人生だね。気になったのはこの部分。一時期学校に来てない時期があるよね?この期間になにがあったか教えてもらえるかな?」
「ただ風邪をひいて体調を崩していただけですが...なにかの容疑がかかってたりとかするのでしょうか?」
「そんな警戒しないでよ、まあわたしが悪いんだけどさ」
彼女の雰囲気がふと和らいだのを感じた。
「ごめんね。ヒラギくんを傷つけるつもりはないんだ。最初に言ったように今日の目的はあくまでスカウトだからね。ただ、君自身も知らないうちになにかされてしまった可能性があるから、小さな違和感でもなんでもいいんだ。なにかおかしなことはなかったかな?」
彼女の雰囲気にあてられてしまったのか先刻まであった焦燥感や緊張は不思議となくなっていた。
だが、幼いころから今までの記憶はあるし、不自然な記憶の断絶もない。
「そう言われましても...本当になにもないと思うのですが...」
「そっかぁ、まあなにか思い当たることあったらまた教えてね」
やけに詳細な調査資料を用意したわりに彼女はあっさり引き下がった。
「ちょっと話がそれちゃったけど、どうかな?警察局?」
そういえばスカウトに来たと言っていた。自分でさえ知らなかった秘密を聞いてその情報を処理するのに手一杯で半ば忘れていた。
「対神跡特殊捜査課。神跡絡みの事件を扱う独立部署があるんだ。そこにヒラギくんがほしいな。君はかなり強力なリガンド出してるしね、間違いなく才能あるよ」
「えっと、すみません。少し考える時間をもらえませんか。急に決めろと言われましても...」
「まあ、そうだよね。急にいろいろ言われても困るようね。こっちこそいろいろごめんね?でもさ、絶対ヒラギくんの才能が一番活かせる仕事だと思うよ。君じゃなきゃだめなときがきっと来る気がするよ」
来週の同じ時間にもう一度来ると言ってレネは帰っていった。
正直、人類の英雄直々にスカウトされたなど未だに信じられない。自分が知らないうちに神跡化していたことを知り少なからずのショックはあるが、それよりも自分の才能が認められ求められたことをうれしく思ってしまう。
わかっているのだ。こういうチョロくて夢見がちな学生気分が抜けていないところが自分の欠点だと自覚してはいる。それでもやはり浮ついてしまう。
それに自分の秘密を知りたい気持ちもある。なぜ、いつの間に僕は神跡化していたのか。おそらく、これについても彼女の提案にのるのが最適だろう。神跡についてを調べる専門機関に関わるのが最もいいに違いない。
もはや断る理由のほうが少ないが、今はなんとなく一人で考えたかった。さすがにこの衝撃を受け止める時間がほしかった。
その日の夜はなかなか眠れなかった。
自分の過去になにがあったのだろうか。彼女の提示した資料は自分の人生ながらよく調べられていた。こういう感想もなかなか気持ち悪いのかもしれないが。
自分の認識と齟齬はないはずだ。なんだろうか、この既視感は。たしかに見たことがある気がする。
既視感があるのは当然だろう、僕の人生なのだから...
その日はやはり疲れていたのだろう。睡魔がそれ以上の思考を許さず、しだいに意識が薄れていった。
「久しぶりだね。考えてくれた?」
前回と同じ場所、時間で開口一番に彼女は言った。
1週間はゆっくりと過ぎた。
はじめこそ今までの人生や神跡移植について考えていたが、考えた末おそらく警察局に入るのが答えへの近道なのだろうという結論になった。レネ局長の話はそもそもなぜ僕なのかだとかなんらかの計画の一部として利用されているのだろうかなどという陰謀論めいたものだとかを考えるのに十分なほどおかしな点だらけのものではあったが、それでも今回を逃せば永遠に自分の秘密を知る機会は訪れないだろういう根拠のない確信があった。
「あれから何度考えてもいつ神跡化していたのかわかりませんでした。これからそういったものに関わらずに生きていたら一生わからない気がします......でも、知りたいです。それを知るために警察局に入りたい。こんな打算的な考えでもいいのでしょうか」
「もちろんだよ。神跡関係の事件なんかはうちの専門だからね。それに前も言ったけど君には才能がある。ヒラギくんにとって一番働きがいのある職場だと思うよ!」
リップサービスなのかもしれないが彼女のまっすぐな瞳に見つめられると不思議と自分にはとんでもない才能があるのではないかとさえ思ってしまう。
彼女は本当に忙しいようで、少し話をした後幾ばくもたたないうちに帰っていった。
彼女が部屋を出た後しばらくして気づいた。
そういえば仕事の内容について全く聞いていない。さすがにあのレネ・ジアが僕なんかをだまして遊ぶほど暇ではないだろうが、それはそれとして僕は詐欺に気をつける必要があるようだ。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
はじめまして。いづこと申します。
作品の内容自体は以前からもっていたのですがこの度文字に書きおこそうと思い投稿させていただきました。
読んでいてつらくないかたがいらっしゃれば続きにも目を通していただけたらうれしいです。




