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 この学校では、十年以上前に死んだ生徒が今も学校をさまよっているらしい。まあよくある怖い話だ。


 昔この学校の屋上から、僕と同学年の女子が飛び降り自殺をした。その子はいじめを受けており、つらい日々に堪えられなくなった結果とった手段だった。

 女子生徒が死んで一週間が経った頃。いじめの主犯格だった女子生徒が死んだ。

 その日まで普通に過ごしていた彼女は、自分がいじめた女子生徒と同じように屋上から飛び降りたのだ。

 自業自得の結末だが、この話には他にも続きがあるという。

 自殺した女子生徒のクラスからは様々な不審死を遂げた生徒が相次いだとか、いじめ主犯格の女子が亡くなったのと同じ日に男子生徒が飛び降りたとか、自殺した女子生徒の机に飾られた花瓶の花からは血が滴っていた、とか。人から人へ伝わるうちにどこかしらが捻じ曲がってしまい、憶測が飛び交ったのだろう。


 そんな真実がどれかもわからない話を、僕は仮の前提としようとしている。


 あの化け物が何者なのかを示す手がかりはこれしかない。

 あれから何度か遭遇し、そのたびに心臓がまろび出かけた。わかったことは二つ。


 一つ目はあいつの全体の姿。背後に立たれたときに立ち姿を確認した。あいつの全身を包む黒いオーラは、下の裾が広がっている長めのワンピースのような形状だった。それに歴史の授業中に観察した顔立ちは、ほっそりしていたが柔らかい印象があった。おそらく化け物の性別は女、昔自殺したのも女子生徒だ。


 二つ目はあいつの行動範囲。あいつは校内と校外どちらにも現れる。所構わず驚かせにくるものなので、最初は知らないうちにどこにでもついてきているのではと思っていた。だが僕が校門を抜けてからも、帰宅して普通に過ごしていてもあいつは現れなかった。自殺した女子生徒は、いまだこの学校をさまよっていると言われている。


 噂の女子生徒があの化け物だとすればするすると繋がる。

 しかし、そうなると一向にわからない謎がある。

 なぜあいつは僕のところに現れるのか。

 僕以外の人間の前に現れているところを見たことがない。それにこうも頻繁だと、何かしら理由があるように思えてならない。

 生憎自分には友人なんて一人もいなかったことが最近判明したし、化け物の話を切り出した瞬間に変人根暗野郎というレッテルを貼られることが確定する。


 いろいろと詰みな僕に残された手段は、ただ一つ。



「……あのさ。なんで僕の前に出てくるのかな」


 自分から誰かに話しかけることなんていつぶりだろう。しかも人ならざるモノ相手に。

 僕たちの前には立ち入り禁止、と赤く書かれた紙が貼られた扉がある。人が少なくなる放課後を狙って来たが、本当に静かだ。

 扉前の階段に腰を下ろし、僕はそいつに問いかけた。いつものようにどこからともなく現れた奴は、僕の質問に答えることなく扉に貼られた紙をじっと見つめていた。

 やはりこの場所に来て正解だった。


「昔この外に出て、自殺した人がいたんだって。その人、今もまだこの学校にいるらしいよ」


 太ももあたりまである黒髪に覆われた背中を見つめていると、ゆっくりと奴が振り返った。相変わらず表情はわからない。


「その人、あなただよね」


 長い髪が一瞬、ビクッと波打った。化け物は顔半分だけを動かし、暗い穴のような目でじっと僕を見下ろす。こちらの真意を探っているかのようだ。

 ここは第一校舎の屋上へと続く扉の前。十年以上前にここで自殺した生徒がいたという話が広まり、見にこようとする不謹慎な輩が多かったため立ち入り禁止になった。取っ手にはちゃんと鍵もかかっている。


「確認したかっただけだよ。自分の前で出たり消えたりされて、気にならない人いる?」


 化け物改め自殺した女子生徒は首を前に出し、天井に届きそうな身体をほんの少し小さくした。


「ゴ……メ、ン、ネェ……」


 しわがれた声で途切れ途切れに言葉を紡がれた謝罪に微妙な気持ちになった。化け物が女子だとわかったからだろうか。


「……別に責めたつもりじゃない。そう聞こえたならごめん」


 こんなところでコミュニケーション能力の底辺ぶりを痛感するとは思わなかった。

 僕は元少女を隣に座るよう促した。のそのそと移動した彼女が段の上で膝をきゅっと抱える。


「今度は質問に答えてくれるとうれしい」


 元少女はカクリと首を縦に揺らした。


「なんで僕の前によく現れるの?」

「ヒ、ト……リ」

「……この前にも言ってたな、それ。ヒトリって、僕が一人ってこと?」


 彼女の首が再びカクリと揺れる。


「オー……ナ、ジ」

「おー……おな……同じ?って、何と」


 元少女は顔をこちらに向け、枝よりも細く長い指を持ち上げた。

 黒い爪先が僕を指し、彼女を指す。


「アナ、タ……ワァ、タシ……。オー……ナ、ジィ……」


 あなた。私。同じ。

 常に死んでいると直翔にからかわれていた僕の瞳。それが飛び出んばかりに見開かれていくのが、鏡を見ずともはっきりとわかった。


「あなたはいじめが原因で死んだって噂で聞いた。それは本当?」


 また首が、カクリ。

 彼女と初めて顔を合わせたときよりも心臓が嫌な音を響かせる。

 予想が事実となる瞬間の中で、息がつまるほど感情が渦巻く経験は今より他にない。

 二桁の数の生徒がいる教室で一人。いじめられていても誰も助けてくれる人はいない。

 どんな思いで日々を過ごしていたのかなんて、安易に想像できない。してはいけない。


「………僕とあなたは、同じじゃないよ」

「オ、ナァ……」

「ちがうんだよ」


 思いの外強く出た声があたりに響く。

 僕は自分の膝に視線を落とし、息をついた。


「僕が一人なのは自分のせい。直さなきゃいけないところに気づかないし、気づいていても直さないし。……わかってるんだ」


 根暗なのもコミュ障なのも、常に猫背で暗い印象を強めているのも事実。自分がよく見られていないことを理解していながら、改善しようともしない。

 変わらず接してくれていた幼なじみからはいつの間にか厭われ、恋人も離れてしまった。

 たしかにつらいが、死を選ぶほど追い詰められていた彼女より、ずっとずっとマシなほうじゃないか。

 ズボンをぐっと握りしめたとき、頭に何かが乗った感覚があった。


「ツ……ラ、イィ……オナ、ジ」


 横を見ると、元少女が左腕を僕に伸ばしていた。頭に乗っているのは彼女の手。

 黒く細長い手は不器用に、ポン、ポンと頭に乗せて離してを繰り返す。

 表情はよく見えないし、何とか見えてもにこりともしていない。けれど彼女は笑いかけているように思えた。


「……ちがうって言ってるのに」


 言い切れる彼女は謎の自信があるようで、僕の頭を撫でながら「同じ」を口にする。

 ほわりと胸が温まり、口元が緩んだ。


「あの、ありが––––」

「––––いうことだよ‼︎」


 下から届いてきた怒声に身体が跳ねる。座っている段から数ミリは浮いた。

 耳を澄ませると、怒声の主であろう男子の声の他に女子の声が聞こえる。


「……から、もう……なの」

「……けんな!」


 何やら言い争っている二つの声に、僕は聞き覚えがあった。似た声の生徒という可能性ももちろんある。


「ちょっと見てくる」


 元女子生徒に声をかけて立ち上がる。階段を降りようとすると「マ……ッテ、エ」と呼び止められ、すぐ後ろに彼女が立っていた。

 ついていくということらしい。


「……まあ、他には見えないか」


 僕は彼女と共に下の様子を見ることにした。

 なるべく足音を立てないよう注意を払いながら踊り場に出る。そこからもう一つの階段の下を覗くと、生徒二人が向かい合っていた。


 ––––弓音と直翔だった。


「お前がやっとシノと別れたから、堂々と付き合えると思ったのに……」

「ごめんね?でも偲くんとほぼ同じくらい付き合ってきたし、もういいかなって」

「は……?あんな根暗と俺が同じ扱いってことかよ⁈」

「偲くん以外にも付き合ってる人がいるって言ったとき、それでもいいって言ったの直翔くんでしょ?そういう奴だってわかったうえで言ったのかと思ったのに」

「っ、でも、そいつとも別れてシノとも別れた。だから俺とは、って……」

 うなだれる直翔をきょとんとした目で見つめた弓音は、ぷっと吹き出した。

「へえ〜、そっかあ。……偲くんは急に別れたいって言っても、深く聞いたりすがってきたりとかはなかったのに。そういうところだけは偲くんのほうが良かったな」


 弓音は怖いくらいに無邪気で愛らしい笑みを浮かべた。控えめな笑顔の少女と同一人物かと疑うほど。

 うつむいたままの直翔に「バイバイ」と軽く手を振って、弓音は去っていった。

 直翔は拳を震わせたまま動かない。

 僕は直翔は見つめたのち、下へと続く階段にゆっくりと足を踏み出した。

 音に気づいた直翔が顔を上げた途端、ぎくりとこわばった。


「シノ、いつから……」


 わかりやすく声を震わせる直翔の横を通り過ぎる。

 人のいる廊下に出てからも、自分の足音だけが鼓膜を揺らした。

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