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 僕がどういう人間なのか。改めてそれがわかった。


「じゃあ六十五ページ四行目から六十六ページ三行目を……道門、読んで」


 古典担当の須崎に指名されたクラスメイトが立ち上がる。

 五限に国語が来てしまうと、教科書の内容を担当教員が読もうがクラスメイトが読もうがちょうどいいBGMとなり、眠気を誘う。おまけに教室内に設置されたエアコンからは暖かい空気が流れてくるため、一人またひとりと脱落していくのだ。

 幸い僕は今日の昼の出来事について考えていた……引きずっていたとも言う……ため、眠りにつく心配は今のところない。


 コミュニケーション能力が圧倒的に低いことは自覚済みだった。

 だが「暗くて気味が悪い」「幽霊みたい」は初めて言われた。容姿が良いほうだとは微塵も思ったことはないのだが、他人から見た広中偲という人間は所謂キモい部類に入るらしい。

 右手を観察してみる。言われてみれば人より白いかもしれない。基本的にインドアだからというのもあるが、昔から日に焼けにくいのだ。

 普段から下を向いて歩きがちだし、陰の気をまとっているように見えても仕方がない。実際直翔の言った通りで、ネガティブに物事を捉えて落ち込むことだって少なくない。

 こんな僕に付き合っていた直翔はさぞ面倒だったことだろう。

 彼の「疲れた」という言葉にショックを受ける資格は僕にはない。これは僕の至らない点として受け入れるべきなのだ。

 ……弓音も僕が気づかずにいた部分に触れて、とっくの昔に嫌気が差していたのかもしれない。「好きな人ができたから」と一方的に告げられて、次の日には完全に他人扱いされたのも、きっと僕が要因に入っている。

 情けないあまりに唇の端が持ち上がる。周囲に見られないように顔をノートに向けた。

 どうしようもなく消えてしまいたくなった。

 生きている姿さえ幽霊みたいだと言われてしまうくらいだ。いっそ本当に亡き者になってしまったほうが。


「……なーんて」


 自嘲を含んだ呟きを落としたあたりで、須崎が黒板にチョークの先を叩きつけながら「ここはなー」と声を張り上げた。右横で静かにうつむいていた女子の肩が揺れる。須崎は男性教員の中でも声が太いから、少し音量を上げただけでも怒られているかのように感じる。

 板書を書き写す音が聞こえはじめた。僕もとシャーペンに手を伸ばして、止めた。

 シャーペンの前、机の右角に三本の黒い線が引かれていた。クレヨンで描かれたようなそれは真ん中が一番伸びており、両側の線は同じくらいの長さだった。

 まるで中指と人差し指、薬指––––。


「っ……⁈」


 机の下からもう二本、線が現れた。

 一つは太めで短く、もう一つは細くて小さい。親指と小指みたいだ。

 五つの線がサワサワと動いて手の甲らしき平たいものが見えた。直後、それが机の角をガッと掴んだ。

 僕の視点はしっかりとそこに固定されていた。金縛りにあったかのように、顔どころか指先すらも動かせない。

 再び現れたのは顔だった。長い髪に覆われ表情はほとんどわからない。目があるはずの箇所にある黒々とした窪みと、光ってすら見える真っ青な肌が髪の隙間から覗いていた。

 ドッ、という心音が全身を震わせた。


「––––きを……村重―」


 須崎の声でハッと顔を上げる。

 右の列にいる生徒が立ち上がり、文章を読みはじめた。教科書を追うと、今読まれているのは道門が読んだところからの続きだった。

 肩の力が抜けると同時に、ふうっと息がこぼれる。そっと机の右角を見やると、あの変なモノはいなかった。

 ……須崎の声、録音してお守りとして持ち歩けないかな。


 昇降口を出てみると、陽が雲に隠れながら薄い金色の光を広げていた。空は明るいが、やはり少し肌寒い。

 第二校舎脇の駐輪場へ行くと、朝はまっすぐ停めてあったはずの自転車が盛大に倒れていた。ちゃんと停めるためのスタンドは下ろしてある。

 近くに停めていた人がよほど急いでいて勢い余ったか、わざとか。……後者はないか。

 ため息をつきつつ自転車を起こし、鍵を入れてスタンドを上げた。

 駐輪場から自転車を出しサドルに跨ろうとすると、後ろから黒い糸束が伸びてきた。首にまとわりつきそうなそれを目でたどり、首を後ろにまわす。

 振り返ったことを僕は激しく後悔した。

 糸束に見えた黒髪は顔を隠し、上半身にまといつくようにうねっている。全身が黒いオーラに包まれており、そこからクレヨンで描いたような、枝よりも細い手足が伸びていた。

 五限に見たあの変なモノが窪みのような目で僕を見下ろしていた。


「–––––––––––––っ‼︎」


 声にならない声をあげた僕は自転車に飛び乗り、全力でペダルを踏んだ。いつもなら不安定な進みになってしまい、人にぶつかることを気にしながら漕いでいる。今回ばかりは気にしていられなかった。

 冬を控えた空気が手や顔を強く打つ。

 学ランを着た背中のほうがずっと冷たかった。

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