①
「ごめん。もう別れよう」
恋人の小倉弓音のその一言が僕たちの関係の終わりを告げた。
付き合って一年目になろうというときだった。
あれから二週間。特に何も起きることなく、日常が過ぎている。
「ねえねえ、昨日の送った動画見た?」
「オススメとか言ってあんな大量に送ってこないでよ〜、いくつか見たけどさ。面白かったよ」
「でしょ⁈毎回曲に合わせてネタ盛り込みながら踊ってるの、すごくない?」
「あー、たしかに私も知ってるアニメネタあったな。怖いくらいダンスキレキレだったし」
右斜め前の席から女子たちの楽しそうな声。
「ちょっとこれ見てくれん?」
「え、何。……『おやすみ〜、リナ♡』って、駿が誤爆したやつ?」
「そーそー。あいつすぐ消して間違いって言ってきたけど、バカおもろすぎて秒でスクショしたわ」
「いじりすぎんなよ〜」
左横からはあまり良い気分にはならない男子たちの笑い声。
朝の教室にはクラスメイトの声があふれている。どこかしらで何かしらの組み合わせができていて、そこから会話が生まれている。
僕、広中偲と会話を育む暇がありそうな人はいない。
少し前までは彼女の弓音か幼なじみの久我直翔が話しかけてくれた。だが高校は中学よりもいろいろな個性の人間が集うし、その分交流の幅も広がる。ずっと同じというわけにもいかない。
次第に二人に話しかけてもらえる回数も減り、弓音と恋人として過ごす時間も短縮され、冒頭へ至る。いや、至ったというべきか。
正直あまり実感はない。たしかに二人で過ごす時間も少なくなっていたし、友人との約束を理由に誘いを断られることもあった。
高校生になって人付き合いが増えたからだと思っていた。他人との交流が得意ではない僕とちがい、弓音はそれなりに人付き合いがあったから。
「ユミー、今日ナホと買い物行くんだけど来ない?」
明るい茶色の髪の女子……伊藤さんだったか……に声をかけられ、本を読んでいた弓音が顔を上げた。肩までのまっすぐな黒髪がさらりと揺れる。
「うん、行こうかな」
「よしっ、じゃあナホに連絡しとくね」
控えめな笑みを浮かべてうなずく弓音。
本当に小さな微笑み方だけど、あどけなさすら感じる柔らかさが僕は好きだった。
今はもう、彼女の近くで見ることはできなくなってしまったけれど。
一階の購買から教室に戻る途中のことだった。
今日は母が朝からドタバタとしており、弁当は授かれなかった。長蛇の列に並び、やっとパンを選べる頃には目当てのほとんどがなくなっていた。
個人的パンランキングTOP5のうち残っているものをいくつか買った。一番好きなのは生ホイップあんパンだが、前からあと二人というところで売り切れてしまった。
好物を逃したことを若干引きずりつつ、階段を上がる。
少人数教室の前を通りかかると、複数の話し声が聞こえた。
昼休みにここを利用している生徒だろう。
「ナオ、お前広中と仲良かったよな」
「あー。幼なじみだし」
足が止まる。直翔の声だ。
弓音と別れる少し前から、近くで聞くことがめっきり減った。
「ぶっちゃけさ、あいつといて楽しいの?」
「楽しかったらもっとつるんでるっつーの。あいつ昔っから根暗だしコミュ障だし、話するにもこっちから話題振ってやんないと口開かねーしさ……」
いい加減、疲れたわ。
「だからあんま話さなくなったのか。気になってたんだよなー、ナオがあんな暗くて気味悪い奴と仲良くするの」
「たしかに。幼なじみじゃなきゃ気も遣わねーよな」
「そーだよ。まあ、楽しそうに見えてたならそれだけフリが上手かったってことだけど」
「自分で言うかあ!」
ははははは、と笑い声が廊下に響き渡る。
頭から足の爪先までが冷気に覆われたように、スウーッと体温が失われていく。季節が冬に近づいていて、冷蔵庫と化している廊下に立ち尽くしていたせいもあるかもしれない。
少し開いた少人数の扉からは直翔の顔が見えた。楽しそうな横顔が歪に思えるのは何故だろう。
「あいつずっと突っ立ってない?肌とか青白いし、幽霊みたい」
「中にいる誰かを待ってるか、他の男子と混ざれなくて途方に暮れてるとか?」
「コミュ障丸出しじゃん、それ〜」
ちょうど女子トイレから出てきた二人組がこちらを見て話し合っている。
クスクス笑う声までが横から突き刺さり、居た堪れなくなった僕はやっと足を動かした。