表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/52

恋仲

 「ふぅー」


 息を整え包丁を一本打っていく。


 始めは加熱、叩きの工程。

 地金になる極軟鉄を赤くなるまで熱し、ハンマーで叩く。


 叩く度、火花が散り、額から汗が滲む。


 だが、いい感触だ。


 甲高くも乾いた音が鍛冶場に響き渡る。

 

 次に軟鉄と鋼の接合、そして鍛造。

 

 ホウ砂と酸化鉄を混ぜた接合材を振りかけ、鋼をのせる。またそれを再び赤くなるまで加熱しハンマーで叩き込む。


 ここから鍛造をしながら、おおよその形にしていき、鋼が縮むところまで温度を下げる。


 叩き込むこと温度を下げたことにより、不純物を出すのがこの工程の肝。


 うむ、上手くいっておる。いい塩梅だ。


 この工程を終えたら万力で挟み厚みを確認し、包丁本来の形からはみ出た材料を切り落としていく。


 よし、厚みも均一に出来ておるな。


 切り落とし形を整えられた鋼が赤くなくなり、少し黒ずんできたら、再びハンマーで叩き鋼を締め成形し、水で冷やす焼き入れと熱した油で冷やす焼戻しを行う。


 これでようやく仕上げ工程にいける。


 集中し過ぎているのか、途中から師匠の視線も周りの音も気にならない。


 今、聞こえるのは己の呼吸と鍛冶をする音のみ。


 静かに呼吸を整え、仕上げ工程へと移っていく。


 自然と体全体に気合いが入る。


 ここからは焼き戻りが起こらないように、集塵機の設置された場所へ移動し荒い砥石で仕上げる工程から、紋様を付ける化粧研ぎ、バフ掛けを行う。


 ゴーグル越しでもわかる。


 これは儂が今まで打ってきた得物の中で、一番の出来だ。化粧も上手くいっておるし、歪みも全くない。

 加護なしだからこそ、一つ一つの工程を丁寧に取り組めた結果だろう。


 念の為、磨き終えたのでゴーグルを外し、歪みが欠けなどがないかを確認する。


「うむ、問題ない」


 問題がなかったので木槌を使用し柄入れする。


 そして最後。


 銘切り。


 これを終えれば儂の魂を込めた包丁が出来上がる。



「ゆくか――」

 


 ――儂が刻印器で銘切りをしようとした時。



 師匠が割って入った。 


「よし、ちょっとまて」


「ですが、師匠まだ……銘切りが」


「わかってら、銘切りはあとだ。まず、俺に見せてみろ」


「わかりました」


 何故、銘切りの前に止めたのだろう。


 確かに今まで銘切りはしたことはない。


 だが、鍛冶と比べて難易度は低いのだ。


 ここで打ち損じるようなヘマはせん。


 儂が師匠の対応に疑念を抱いていると、出来た包丁片手にとんでもないことを口にした。


「っと、そうだな……言っておくが、これで俺を納得させれなかったら悪いが破門だ。ここを辞めてもらう」


「もし納得して頂けれなかったら、わ、儂は辞めねばならぬのですか?」


 突然、辞めなければいけないとはどういうことだ。

 もしやこれ以上儂に成長が見込めないということなのか?


「ったりめぇだ。娘を貰うだの、店を継ぐなんて冗談でも口にしちゃいけねぇ! 俺はまだ現役だしな」


「いや、それはママさんが――」


 これはさすがに理不尽過ぎる。


 まだ、将来に見込みがないと言われた方が腑に落ちる。


 そもそもこの件について、儂は一度も肯定しておらん。


 もちろん、雪ちゃんと交際したい気持ちはあるが。

 

「ゆーちゃんは関係ねぇ……これは漢と漢のぶつかり合いってもんだ! ドンテツよぉ、お前さんは逃げるのか? 雪子のことが好きなんだろ? ここに来て尻尾巻いて帰るか? どうするよ!」


 逃げる? この儂が? 勇者パーティ守りの要のこの儂がか。


 それは――。


「儂は……」


 覚悟を決めた。


「師匠……儂は逃げん、望むところだ! その代わり、儂が勝ったら師匠には一線を退いてもらうし、雪ちゃんも店も貰い受けるぞ!」


 しまった。


 えらい啖呵を切ってしもたの。


 どうやって、この場を治めるか。


 周囲を見渡すが、雪ちゃんは顔を真っ赤にしそれどころではなく、ママさんに限っては満面の笑みを浮かべている。


 もう引けんな。


 漢ドンテツ。ここで骨を埋める気持ちで挑むしかあるまい。


「おうおう! 口癖も初めて会った頃戻ってるし、なかなかのことを言ってくれるじゃねぇか! それでこそ、俺の弟子だ」


 師匠はニコッと微笑むと、儂の打った包丁を凝視する。


「ふっ、いいじゃねぇか……化粧もいい具合に入ってる。しかも、この速度よ。加護とか何とかの力じゃねぇんだよな。やっぱよ……」


「ありがとうございます! ですが師匠、儂ってそんなに早いんですか?」


「早ぇな。いいか? 本来、和包丁を打つのはな。一、二ヶ月掛かる」


「包丁一本に一、二ヶ月?!」


「ああ、そうだ。それが普通だ。けど、ドンテツ。おめぇはそれを遥かに超える速度で打った。ただ、早いだけじゃねぇ俺ら職人から見てもいい最高の一本をな……よしっ」


 少し寂しそうな表情を浮かべると、儂の手を握った。


 ゴツゴツとした、儂らドワーフよりも真摯に鉄と向き合い打ち続けた真の職人の手。


 魔法や加護を頼りに鍛冶をしてきた儂らの時間より、師匠が向き合ってきた時間の方がよっほど尊い。


 儂はそう思う。


「ドンテツ……銘切りを許す」


「し、師匠、ということは――」


「ああ……合格だ。月乃屋商店をお前に任したい。雪子とも仲良くやってくれ」


「つっちゃん……」


「へへっ、俺も親だからな……娘の気持ちを一番大事にしてぇ。ただ、うちは鍛冶屋。普通の家庭のようにおいそれと許可は出せねぇ……だが、こんな一本を見せられちまったらよぉ。許可しない方が野暮ってもんよ」


「お父さん……」


「まぁ……でも、あれだ。清く正しく、まずはお互いを知ってからだな――」


「うふふっ、つっちゃんたら! さっきも言ったけど、結婚じゃなくてお付き合いをするって話よ?」


「あ、えっ?! そうなのか!? いやでもよ、付き合うって言うなら、結婚するってことだろうよ! しかも、俺はドンテツと約束したんだぞ? 漢として、ケジメはつけねぇと」


「ふふっ、全くいつの時代よ。ドンテツちゃんはつっちゃんに迫られたから、ああ言うしかなかったの! つっちゃんたら、一度言い始めたら人の話を聞かないじゃない?」


 ママさんに図星を突かれたのか、先程まで饒舌だった師匠が黙り込む。


 やはり、ママさんは凄い。


 さすが雪ちゃんのママさんだ。


「それにね、私を口説いたのは幾つの頃だったかしら? 確か出会った瞬間にプロポーズされたような――」


「だぁああーー! お、俺の話はいい! もうわかった。 とにかく……あれだ。付き合うなら結婚するくらいの気持ちでいろってことだ」


「うふふ、もう無茶苦茶ね! まぁ、そこがいいんだけど」


 顔を真っ赤にする師匠をママさんは愛おしそうに見つめている。


 完全に二人だけの世界だの。

 何にしても、尊敬する師匠に認めてもらえて良かった。

 それに――。


「で、ではテツさん、改めてよろしくお願いします!」


「う、うむ」


 こうして雪ちゃんと交際することになったわけだしの。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ