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新刊

 カルファと舞香が旅から戻って一ヶ月後。


 夕飯時の勇者トールの住まいにて。


 世の中は夏休みという長期連休に突入しており、勇者一行も例外ではなかった。


 勇者トールは、決まった額を株投資稼ぎ、その足でヒロおじのいる市役所へ現状の報告をし買い出しに。


 エルフ族のカルファは、ここぞとばかりに惰眠を貪りながら、オタ活に勤しみ。


 ドワーフ族のドンテツは、あいも変わらず、月乃屋商店に赴き鉄を打ち。


 獣人族のチィコは、夏休みの宿題をトールやカルファドンテツに教わりながらも、子供らしく友達と出掛けたりしていた。


 そして、今日がその休みの最終日。


 室内は、相変わらず賑やかなやり取りと、美味しそうな匂いが立ち込めていた。


「トール様、聞いて下さい! 亀川先生の新作が出たんですよ!」


 ダイニングテーブルに着いているカルファは、仕事終わりに購入した著者、亀川影の新作を手に持ち、キッチンの守護者と化した勇者トールにアピールしている。


 新作の名前は【旅に出た魔法使いは現世で推し活】。


 実は亀川影自身がカルファ相手に経験した実体験を元に作ったお話。

 その内容は異世界から日本に転移してきた魔法使いが二次元に触れたことで日常を充実させていくといったコメディ要素強めとなっている。


「なにや、そのタイトル……というか、今支度中やねんから向こういってくれる? この料理時間との勝負やねん」


 トールはキッチン内を素早く移動しながら、右側のコンロでパスタを茹で。

 中央のコンロで乾燥わかめを茹で、そして左側のコンロで刻んだニンニク、一口大に切ったベーコン。

 ミックスシード、刻んだ唐辛子、マッシュルームを炒めている。


 今日の献立は勇者特製、夏の終わりくらい手抜きしたいシーフードパスタと中華スープ。


 スープの具材は、ワカメと玉子といったシンプルなもので、味付けは顆粒鶏がらスープと塩のみ。あとは香り付けにゴマ油といった感じだ。 


「そう、邪険に扱わないで下さいよー! この作品、私をモデルにしているようなんですから」


「はいはい、確かにタイトルからして、そう感じてしまう部分はあるわな。でもや、この日本ではこういうタイトルは珍しくない」



 ――ピピッ、ピピッ!



「おっ、茹で上がりやな」


 あらかじめセットしていたタイマーを切り、茹で上がったパスタをフライパンに入れる。


 同時に茹で汁をお玉で掬い入れ、火加減を強火に。


 そしてフライパンを煽りながら水分を飛ばすようにして炒めていく。 

 

「いや、そうではなくてですね! 先日話した実話を元に――」


「そら、相手は第一線で活躍中プロ作家やで? 何でも話のネタにするくらいのもん持ってるで。あ、卵溶いてくれる?」


 トールはカルファの言葉に耳を貸そうともしない。

 寧ろ娘に料理を手伝わそうとする母親のようだ。

 

 だが、それは仕方のないこと。

 カルファは自分が魔法を使ったことはもちろん、カツラ話も言えずにいたのである。


 カルファからすると魔法に関しては言っても問題ないとは考えてはいた。


 しかし、問題はカツラの話。


 この話題を全て話してしまえば、尊敬する亀川影のカツラ説を広めることになる。


 であれば、カルファの辞書には言わないという選択しかなかった。


「はぁ……まぁ、そうですね」


 腑に落ちないような表情を浮かべながらも、卵を割り溶く。


「カルファ〜! 落ち込んでいるの? あ、ジャーキーいる?」


 ダイニングが定位置となったチィコは、そこから獣人族特有の身軽さを生かした動きでカルファの後ろに立ち、好物であるジャーキーを手渡す。

 

「ジャーキー! 頂きますね! でも、今回は落ち込んではいませんよ♪」


「うーん? そうなの? それならいいんだけど!」


「チィコ。今からご飯やから、あんま食べ過ぎたらあかんで?」


「はーい! これで終わりにしますー!」


「カルファもやで?」


「は、はい! あ、卵溶けました!」


「ええ感じや、ありがとう」


「はい♪」


 トールは笑みを浮かべるカルファから溶き卵を受け取ると、中央の鍋をかき混ぜながら溶き卵を入れ、中華スープを仕上げていく。


「今日も賑やかだのー……」


 そう呟くのはドンテツ。


 ドンテツはその様子を薄暗くなったベランダで、夜風にあたりながら温めたワンカップ酒を口元へ運ぶ。


「ふぅ……そのまま飲むとやはり飛竜の酒には劣るが、炙ったエイヒレを入れれば、何の遜色もないか。いや、寧ろ食感が柔らかいからこっちの方がいいかもな……早く冬がこんかの。さすればもっと美味かろうて」


 ドンテツがハマっているのは季節感はないが、コンビニで買ったエイヒレを火で炙り、温めたワンカップ酒に入れること。


 香ばしくも柔らかな食感のエイヒレと、日本酒特有の鼻に抜ける匂いが好きなのだ。


「あ、エイヒレだ! ボクもほしー!」


 チィコは炙ったエイヒレの匂いに鼻をヒクつかせキッチンからドンテツのいるベランダへと移動する。


 コンビニで販売されているエイヒレはチィコにとっても好物と呼べる食べ物。

 だが、もちろん一番はジャキーだ。


「ガハハッ! チィコ、お主は匂いの強い物が好きだな!」

 

 「いやいや、ただ単に匂いの強い物を選んでるわけじゃないからね!」


「むう、そうなのか? 儂はてっきり匂い強弱で好みが分かれていると思っておったわい」


「うーん、もちろん匂いが強い方が好みだけど、腐ったような臭いがする食べ物は無理だよ? ほら、何だったっけ? 大豆っていう豆が腐ったやつとか」


「――ああ、納豆ね」


 トールが出来上がった料理片手に言う。


「そう! 納豆だよー! アイツさーネバネバしてるしーそのネバネバが触れた物は全部納豆の臭いがして取れないんだよねー。日本は好きだけど、納豆は無理かなー」


 嗅覚が発達したチィコからすると納豆は苦手な部類なのだ。

 それこそ名前を聞いただけ顔しかめるくらいに。


「ええ……そうですか? 私は納豆大好きですよ! 体に良いですし、ご飯にもパスタにもうどんにも合うではないですか」


 一方、肉食と言うより穀物や野菜、果物を好む傾向のあるカルファにとっては、納豆は健康に良く美味しい物と認識されていた。


「うげぇ……想像しただけで厳しいかも」


「はいはい。納豆もええけど、もうご飯出来たで! 麺伸びんうちに食べてや」


「おお、出来たか! では、お呼ばれしようかの!」


「ボクもー!」


「私もー!」


 そんな種族の違いがありながらも、今日も四人は食卓を囲む。

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