買い物
僕は田中徹、歳は二十五。またの名前をトール。
星屑の里とかいう、児童施設で育ったちょっとだけ人と違う境遇を持つ普通の人間や。
今の主な収入源は株投資。
とはいえ、ちゃんと勤め先はあって、一応防衛省直轄の公務員でもある。
あんま大きな声で言われへんけど、異世界とこの日本では条約が結ばれてるらしい。
内容は難しいもんやなくて、単純に向こう世界の平和維持活動に協力すること。
つまりは、魔王を倒すことのできる勇者を定期的に育て上げ転移させることや。
日本のメリットは、実のところそんなにない。
というか、勇者が存在してること自体、元勇者であるヒロおじと防衛省トップか歴代の総理大臣しか知らんらしい。
らしいいって言うのは、この情報源が悔しいことにヒロおじしかないからや。
魔法を使って色々と探ったりしてるけど、相手が元勇者っていうこともあって、その手の対策はバッチリ。
不自然なくらい何にも出てこうへん。
身内の腹の探り合いほど無駄なもんはないから、ヒロおじに直接聞いたりもしたけど「その内な!」と作り笑顔ではぐらかされてばかりや。
だから、その役目を果たしたのに当事者の総理大臣にも防衛省のトップさんとも、顔を合わせたことはない。
やけど、良いこともあった。
幼少期からヒロおじに鍛えられたことで、ほぼ間違いなくこの世界には敵はおらんし、魔法も使えるしな。
あと年に数回やけど、ヒロおじと一緒に防衛省庁舎へ行ったりもする。
これも普通の人生を歩んでたら、間違いなく経験せんかったと思う。
ただ、書類提出のみの定期報告のようなもんやから、特段することはないし、給与に関しても雀の涙ほどなんやけど。
その他にも収入とは関係ないけど、たまに施設の手伝いとか、ヒロおじの伝手を借りて施設の子と獣人族の子が通う小学校の運営とかもしてたりする。
これに関しては、完全な僕の趣味やな。
そんな僕やけど、今は勇者としての役目を終えたので、生まれ育った日本でスローLIFEを満喫してる。
いや、厳密にはするつもりやったけど、物好きな仲間達がついてきて面倒くさいことになってる感じや。
まぁ、付いてくることは何となく察してたから、皆が生活していけるように根回しはしといた。
いうても、僕の大切な仲間やからな。
そして、今日はそんな仲間と家から電車を乗り継いで一時間くらいの駅近くにある百貨店へ来ていた。
「よし、ここや。にしても、さすが百貨店。土日は混んでるねー」
ここではせっかくやから外で美味しいもん食べたり、好きな物をこうたり、平和な日本ならではの楽しみ方を堪能してもらおうと考えてる。
なんせ二人が頑張って稼いだわけやしな。
適度にお金を使って世の中を回す、そんで自分の機嫌取りもちゃんとする。
これ社会人の鉄則。
もちろん、家に納めると約束した金額はしっかり徴収済み。こういうことも、きっちりしていかなあかんからな。
特にこの日本で生きていく為には。
「ここが百貨店……駅からの導線がとても考えられていますね。さすがです。確か舞香曰く、お金に余裕のある方々が訪れるとか、何とか――」
「確かに建物の雰囲気からして、商店街とはまた違ったものを感じるの。城ではないが、どこか貴族の屋敷と同じ雰囲気もある!」
「なんかよくわかんないけど、みんな楽しそうだねー! なんだか美味しそうな匂いもするし」
入店していく客層を吟味するカルファを筆頭に、建物の造りに夢中となっているドンテツ、チィコに関しては上層階にある飲食店の匂いを嗅ぎつけ鼻をヒクつかせてる。
どうやら、ここにして正解なようや。
「興奮するんはわかるけど、他のお客さんの邪魔になるし、取り敢えず中に入ろうか」
人波の流れに身を任せ、皆を引き連れて店内に入っていく。
僕の後ろにはチィコ、カルファ、ドンテツの順に並んでる。
「のう、カルファ。混んでいるからといって人払いの魔法なんぞ使うでないぞ」
「ギクッ……つ、使う訳ないじゃないですか。私は思慮深きエルフですよー……あはは、うふふ♪」
「何が「ギクッ」だ。今、絶対使おうとしておっただろう……顔も引き攣っておるし」
「き、気の所為ですよ! さ、早く行きましょう。トール様に置いて行かれますよ」
なんかとんでもないことが聞こえたけど、未遂やし聞こえんフリしとこ。今日はガンテツも睨みを利かせてくれてるしな。