この世界を知る
「朝食を2人分頼む。」
イッコーさんは部下に命じながら私に椅子をすすめてくる。
私は椅子に座りイッコーさんと向かい合った。
「では早速、ケンジさんはどこから来られた?上質な服装、見たことのない身分証、この国では珍しい黒髪と黒目、お答えいただけるか?」
丁寧ながら鋭さのある質問の投げかけられ方だ。
私は考えた。
この世界で生きていくには理解者や支援者が必要だ。
目の前の人物は私に疑問を抱いているが、敵意はない。
それであれば正直に話し、この世界での理解者や支援者になってもらえないだろうか。
私の知識と経験を提供し、この世界での安寧を得られるのであれば、ここは賭けに出てもいいだろう。
「ここでの話は内密に願います。お答えする前にいくつか質問をさせてください。この国の名前は?今の暦は何年ですか?この国の通貨とその価値は?」
私は答える前に、確認しておきたいことを質問した。国の名前・現在の暦・通貨とその価値、腐っても経営者だった。これだけの情報があれば、地球上の世界かファンタジックな世界かの違いくらいわかる。
質問の回答は以外とすんなり出てきた。
国の名前は《ジハング》昔の日本の呼ばれ方にそっくりじゃないか。なぜか残念な香りがするがそれはそっとしておこう。
現在の暦は《1024年》現代日本からマイナス1000年、実に覚えやすい。起源はこの国が成り立ってからの年数らしい。
通貨は《G》1G鉄貨・10G銅貨・100G硬貨が硬貨、1000G・10000Gが紙幣、1000万以上は特別な金貨になるらしい。
パン1つで100G、1家族の平均的な生活費は15万G、成人の平均月収が20万Gとのことだ。1G=1円の感覚で大丈夫だろう。
イッコーさんの回答を踏まえ、正直に答えることにした。
「私は日本という国からきました。厳密に言えば[来た]ではなく、目覚めたら[この世界に居た]と言った方が正しいと思います。おそらくこことは異なる世界からこの世界に飛ばされたのか転落したのかどちらかと。」
そう答え言葉を続ける。
「色々と技術の発達した世界でした。馬の要らない荷車が道を走り、見上げるほど高い建物が乱立し、遠くに行く時は空を飛ぶ箱に乗り、離れた人とも簡単に話ができる。そんな世界です。」
「ほぅ。そんな便利な物があるのか?にわかに信じがたいが、聞いたことのない国名と異なる世界と言われたら納得もできる。」
そう答えるイッコーさんにスマホに過去に撮った街並みの画像を表示し見せた。
目が飛び出るんじゃないか?ってくらい目を見開き、食い入るように画面を見ながら問いかけてくる。
「この板は何か?この絵はどこか?」と。
「この板は離れた人と会話をしたり、調べものをしたり、風景を写すことができるスマートフォンという物です。そしてこの絵は私が住んでいた街、日本のS県M市という街にある駅と呼ばれる交通要所の前で撮った物です。」
そう答えスマホを手に取りカメラを起動し、驚いた表情のイッコーさんに向けシャッター表示をタップする。
『カシャッ』
シャッター音が小さく鳴り、その音にも驚いたイッコーさんに画面を見せると、アゴが外れたんじゃないかってほど口を開いて自分の映った画面をガン見している。
これで信じてくれただろう。
「これは私か?このような物は見たことがない。ケンジさんの言われることは本当のことであろう。他言無用と言われた意味が理解できた。他言しないと約束しよう。心配であれば契約魔法で契約を交わしてもよい。」
信じるという意思表示と共に『魔法』というワードも出てきた。
そういえばステータス画面に『魔力・S』って表示があった気がした。
後で確認してみよう。
『コン、コン、コン』
そんなやり取りをしているとドアがノックされ部下の方が朝食を持って部屋に入ってきた。
待望の食事である。異世界初の食事、実に楽しみだ。
二人の前に朝食と飲み物を置き、部下の方は退室していく。
朝食メニューは
丸いパン・見るからに堅そうだ。直径が15㎝くらいある。
サラダ・日本の葉物と同じように見える。
肉料理・厚切りベーコンに見えるがベーコンなのか?
スープ・直径20㎝くらいで深めのスープボウルに並々と注がれている。コンソメのようなスープに野菜や細かい肉が見える。
飲み物・白い液体。牛乳?何かのミルク?
「遠慮なく食べてくれ。」
その一言で食事は始まる。