壁の中
馬車が進み、壁に近づくにつれ、色々なものが見えてくる。
壁の近くでキャンプのようなことをしている人。
粗末な造りの屋台を組み立てている人。
そして、鎧姿に帯剣をし槍を持ち壁の入り口に立つ人達。
映画の撮影でなければ、コスプレイベントでなければ、異世界に来たことが確定してしまう。
「イッコーさん。あの鎧を着た人達は何ですか?この町の名前はなんですか?」
地球であって欲しい。そんな思いを込めて質問を投げかける。
「鎧の人達は、町の衛兵だ。ケンジさんの町には衛兵は居なかったのか?町の名前はパインベイだ。この周辺では比較的大きな町だ。私の商店もそこにある。」
異世界確定の瞬間である。
文明レベルは、鎧姿・帯剣・馬車・見える範囲に電線は無い・中世くらいだろう。
そして聞いたことの無い町の名前。
パネルに出てきたメッセージを信じたくない、そう考えていたが異世界のようだ。
そういえばイッコーさんに出会った時「お若い」と言われたし、ステータスでも年齢は18歳だった。
やはり異世界か…現実を受け入れ生きていかなければ。
私は思考を切り替えて、馬車が町の入り口に近づくのをイッコーさんの横でただただ見つめていた。
町の入り口は朝が早いのもあってか誰もならんでいない。
入り口に差し掛かると馬車が止まった。
「アンノン商店のイッコーだ。隣町からの仕入れから帰ってきた。隣に座るのは連れのケンジだ。入ってよいか?」
首にぶらさげたプレートを見せながら衛兵に向かってイッコーさんが伝える。
「アンノン商店の方ですか。お連れの方の身分証は?」
衛兵から身分証の提示を求められる。私はイッコーさんの持つプレートなど持っていない。
どうしたものかと考えているとパネルが展開し、メールの項目が点滅した。
メールの項目に触れると【財布に入っている免許証を出してください。】と表示された。
財布から免許証を取り出し、衛兵に見せる。衛兵は手に取り身分証と私の顔を見比べている。
「どこで発行した身分証かわかりませんが、身分を証明する物のようですね。どうぞ。」
と、私に免許証を返しながら通行の許可を伝えてきた。なんともご都合主義である。
その横でイッコーさんは驚いた表情で免許証をガン見している。
日本国の公安委員会が発行した自動車運転免許証が身分証明として有効だなんて、ご都合主義以外何ものでもない。
ご都合主義に感謝しつつ、馬車は町の中に進んでいく。
「先ほど出された身分証はどこで発行された物だ?ケンジさんの顔が精巧に描いてあって本人だと証明できるに足る物だったが、私は見たことがない。」
想定通りの質問がきた。
「私のいた町では、荷車を動かすには先ほどの証明が必要になります。そしてそれが身分証としても使われております。」
車を荷車に言い換えて、この世界風に答える。
「そうか…この御人は………りに…」
イッコーさんは何かぶつぶつ呟いている。そして、
「見たところ、行く当てもなさそうに見えるが、一度私の商店で朝食がてらお話を聞かせてもらえぬか?」
イッコーさんから朝食のお誘いと、おそらく事情聴取的な提案を受けた。食事にありつけるのはありがたい。
私は深くうなずくと、馬車はさらに町の中に向かって進んでいく。
町の中は中心と思われる通りには石畳が敷いてあり、路地は土がむき出しだ。
建物は木造家屋と石造りの建物が混在し、遠く山の上には白く見える城のような建物も見える。
文明レベルの割に異臭がしないのは不思議だ。
そして電柱や電線などの近代文明を感じさせる構造物は一切見えない。
人々は中世ヨーロッパを舞台にした映画に出てくるような出で立ちで、帯剣しているか、そこそこの刃渡りがあるナイフを腰にぶら下げた人が多数見える。弓を背負った人もいる。
日本なら銃刀法に違反しているが、この町はこれが普通のようだ。
服装も中世ヨーロッパ風の服装で、和装や近代日本人のような恰好をしている人は居ない。
場所の上から周囲を観察していると、石造り多階層、4階建ての建物の前で馬車が止まった。
「ここが私の店、アンノン商店だ。」
イッコーさんがそう告げてきた。めっちゃ立派な建物だ。
馬車が停まると建物の中から従業員と思われる人達が出てきて馬車を受け取ると、イッコーさんに案内され店内へと入っていく。
石造りで立派な店だ。古さは感じるが洗練された造りだ。
店の奥にある階段を昇り、3階に上がっていった。