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その後

サルマの尋問を終え報告をビクトールに任せると、ケンジはアンノン商店へと向かった。

襲撃事件の犯人と背景がわかったのでその報告をする為だ。


今回の悲劇はサルマの逆恨みから始まった。

そしてサルマが暴走の引き金を引く切っ掛けになったのはケンジだった。

事情はどうであれ、イッコーの大切な従業員とその家族の方々に、悲しい想いをさせてしまったのは揺るぎのない事実だ。

約48時間前に緊急役員会議に向かった時よりも緊張している。


自責の念と、志半ばで凶刃に倒れた方々の無念を噛み締めながら、アンノン商店に向かい一歩一歩地面を踏み締めた。

時間とは残酷な物で、明るい気持ちの時よりも暗い気持ちの時の方が早く進んでしまう気がする。

アンノン商店に到着したケンジは、商店の護衛をする商業ギルドのギルドガードに一声掛けて、店内へと入っていった。


店の1階フロアは未だに至る所に血痕が残っていて、昨夜の悲劇が幻ではなく現実に起こった事だと視覚的に知らせてくる。

そして換気はしていても血の臭いが残っており、嗅覚を通じて悲しい思い出を呼び起こしてくる。

1階奥の階段までたどり着くとギルドガードが警護の為に立哨していた。

「ケンジです。イッコーさんは上に居られますか?」

「イッコー様はバッサ殿と2階の私室に居られます」

ギルドガードにイッコーの所在を確認し、階段を昇って行く。


2階フロアも昨夜の跡が生々しく残っていた。

前に進もうとする人達のエネルギーは凄い物があり、支店から応援に来たであろう人達が2階の清掃をしながら、次の商いの準備をしていた。

その中を抜け、イッコーの私室前にケンジは立っていた。


『コンッコンッコンッ』

扉をノックし、入室する。そこには昨日と変わらないイッコーとバッサが居た。


「イッコーさん、バッサさん、おはようございます。昨夜別れてから襲撃の黒幕が判明し、その黒幕と関係者を捕縛したので、報告に来ました」

「ケンジ様おはようございます。わざわざこちらに来られなくても、呼んでいただけたらワシもバッサも城に出向きますのに」

イッコーは神族である事が判明したケンジに気を使った言葉を掛けて来た。

少し距離感を感じるが、話しを進める事にした。


ケンジはイッコーに襲撃事件の背景を説明をした。

・襲撃の実行役は闇ギルド『ビカムロック』だった。

・襲撃の依頼者はサルマ商店のサルマだった。

・襲撃目標はイッコーとケンジで、依頼内容は二人の殺害とアンノン商店従業員の殺害だった。

・依頼をしたサルマは家族諸共、昨夜捕縛し、一族は現在騎士団が捕縛に向かっている。

・そしてサルマ商店とビカムロックの後ろに、パインベイの貴族『ライトビレッジ男爵』が居て、ライトビレッジ男爵は領主自ら捕縛した事。

・闇ギルド・ビカムロックは昨夜騎士団がアジトを強襲し壊滅させた事。

ここまでをイッコーに説明をした。説明を聞いたイッコーは渋い表情をしていたが、ケンジは言葉を続ける。

ケンジが話を続ける前にバッサがお茶をだしてくれた。


「そして、サルマが襲撃を依頼した動機ですが、私が切っ掛けになったようです。イッコーさん、申し訳ありませんでした」

ケンジはイッコーに頭を下げ謝罪をした。イッコーはケンジの謝罪を受け、

「ケンジ様、頭を上げてくだされ。もう少し詳しく教えてはいただけませぬか」

と、ケンジに話を続けるよう促した。


「商業ギルドでギルド証の登録に行った際、来ていた服をサルマに売るよう言われました。その場で断ったのですが、しつこく迫って来てました。その後、私がアンノン商店の関係者だとわかると、態度を一変させて私とバッサさんに弁解をしてきました。そのサルマの態度を見て、私達がギルドを去った後、周囲から笑い者にされたらしいです。それを恨んで私を殺害する事を考えたらしいのですが、闇ギルドを動かすのでイッコーさんとアンノン商店関係者も一緒に殺害して、この町の商業を牛耳る事を画策したようです。どちらにしても私があの時、情けをかけて立ち去らなければ、こんな悲劇は起きなかったのではと思います」

「ケンジ様、ワシは気にしておりませぬ。サルマの所業は他の商店や商人が騎士団に相談に行っておりました。それでも一向に騎士団が動く気配は無かった。話を聞く限り、ライトビレッジ男爵が騎士団に動かぬよう命じておったのでしょう。それにサルマは遅かれ早かれ暴走していたでしょう。それが偶々昨夜で、偶々アンノン商店が被害を受け、偶々ケンジ様とワシが狙われただけの事。商人をやっていれば知らぬ所で恨みを買い、襲われる事もあります。何も知らぬまま命を落とす商人も居ます。それを考えたらワシもバッサも運が良い。あれだけ危険な状況だったのに、ケンジ様に命を救われて、今こうして生きておる。こちらからお礼を言う事はあっても、ケンジ様を責める事は絶対にありませぬ」

ケンジの説明にイッコーは優しい言葉を返して来た。話を聞いていると、気を使った言葉ではなく、商人の現実を踏まえての言葉だった。

ケンジはもう一度イッコーとバッサに頭を下げ、謝意を示した。

そしてゆっくりと頭を上げると、バッサの用意してくれたお茶を飲んだ。


「それよりもワシとバッサが悩んでいる事がありましてな。昨日、ケンジ様が教えて下さったレシピを使った商いの事でして、神族様のお知恵を商売に使っても良いのか悩んでおったのです」

イッコーは笑みを浮かべてケンジに言って来た。

そのイッコーを見て『やっぱりこの人凄いわ…尊敬できるわ…』と思ってしまった。ケンジを気遣ってこの話題、この表情、100歩譲って本当にビジネスを始めたいとしても、今このタイミングでこの表情で話を切り出すのは卑怯だ!

自責の念に潰されそうだったケンジを救ってくれたのだ。

『この商店を盛り立てよう』そうケンジが決意した瞬間だった。


「イッコーさん、是非使ってください!他にも考えている事が沢山あります。それもアンノン商店で形にしていきましょう!」

「承知しました。頑張りますのでお力をお借り出来れば幸いと存じます」

アンノン商店とケンジは引き続き、新しい事業を展開していく方向になった。


そしてケンジはイッコーに提案をする。

「イッコーさん、その・・・ケンジ様と呼ばれるのは慣れないと言いますか、分不相応といいますか・・・。出会った当初のように気軽に話しかけていただければと・・・」

「それは出来ませぬ。昨日の朝、街道で出会ってから、どういった経緯で神族になられたのか?はたまた最初から神族だったのかは存じ上げませぬ。しかしながら神託が下り、ナオマサ殿や聖女様がケンジ様を神の一柱と認めておられて、そのように接しておられる。ワシだけ不敬が許されるのは、周囲の方々やワシ自信も認める事は出来ませぬ。ここはご理解いただきたい。だからと言ってワシとケンジ様の関係は変えるつもりはありません。それでご容赦くださらぬか」

ケンジの求める、接し方を元に戻して欲しいという希望に対して、イッコーの出す精一杯の妥協案だ。

あまり我儘を言って困らせる訳にはいかないと判断し、この話題を切り上げる事にした。


その後、商店の立て直しと再会には暫く時間を要する事、新事業は継続して進行させる事、そしてイッコーに借りている屋敷を継続して使わせて貰いたい事は話して、サルマ商店へと向かう事にした。

~屋敷の件だがイッコー曰く、ナオマサが城に住むよう言ってくるだろうと言われ、ケンジは城での生活は気を遣うので嫌だと言い、イッコーの屋敷を暫定的ではあるが使わせてもらう方向で話がついた~



そしてサルマ商店へ着いたケンジはサルマ商店の前に立ち眺めている。

商店周辺は騎士団と兵士に囲まれて封鎖をされており、中に入れないサルマの従業員と野次馬が遠巻きに眺めていた。

ケンジは騎士に声を掛け、商店に入っていく。店内は昨夜に引き続き騎士や兵士が捜索しており、慌ただしい空気に包まれていた。


昨夜の突入した際には見えなかった、見ていなかった物はないかケンジも周囲に目を凝らして店内を歩いていた。

捜索する騎士と兵士の声と、歩き回る騎士達の軍靴の重たい足音が響く中、革靴特有の乾いたヒールの音を出しながらケンジは奥へと進んで行った。

見る限り1階フロアは普通の商店の変わらぬように見えていたが、階段横に不自然な扉が見えた。

ケンジは腰から銃を抜き、扉に手を掛けゆっくりと扉を開いた。


扉の中には石畳を敷かれた、何も無い6畳ほどの部屋があり、ケンジは銃を構えたまま謎の部屋に歩を進めた。

部屋の中にはケンジの乾いたヒールの音だけが響いていた。

扉から半分ほど進んだあたりでケンジは違和感を感じた。

硬い物の上を歩いた時に出るヒールの音が、空間の上を歩いた時に出る“”籠った“”音に変わったのだ。

何かがあると考えたケンジは、一度部屋の外に出て騎士を呼び集めた。

集まった騎士を伴い再度部屋に入って、音が変わった所まで進んで行く。

踵で石畳を何ヶ所か強く踏み、音が変わった所で騎士達と顔を見合わせ、どちらからともなく頷き合った。


音が変わった箇所を調べると、不自然に1m四方で石畳の並びが変わっていた。

騎士の一人が別の騎士に店内から剣を1本持って来るよう指示をすると、指示を受けた騎士は店内の売り物から剣を1本持って来た。

その剣を石畳みの隙間に突き立て、梃子の原理でこじ上げる。するとどうだ。石畳が浮き上がったのだ。

浮き上がった石畳に皆で手を掛け持ち上げると、その下には階段があり地下室が存在していたのだ。


何かを隠すように造られた地下室を発見した一行は、銃を構えたケンジを先頭に地下へと下りて行った。

地下に下りると牢があり、牢の中には・・・首輪を嵌められた女性が4人捕らえられていた。

「奴隷だ…」一人の騎士がケンジの後ろで呟く。「奴隷制度は無いのですか?」ケンジは後ろの騎士に向け問い掛けた。

「かつては奴隷制度がありましたが、現在は『犯罪奴隷』以外の奴隷は認められておらず、犯罪奴隷以外の奴隷は全て違法となっております。なので目の前に居る女性達は全て違法奴隷となります。その証拠に女性達の首に着いている奴隷用の首輪は、犯罪奴隷用ではなく以前あった奴隷制度の時に使われていた、一般の奴隷用の物です。国が回収し、使用を厳禁にした違法な奴隷用首輪が装着されている、サルマがした事は重罪です」

奴隷について騎士に説明を受け、目の前に居る女性が不当な扱いを受けた事と、サルマが更に罪を重ねた事がわかった。


地下の牢から奴隷にされた女性達を救出したケンジは、一時的に城で保護するよう騎士に頼んで、屋敷に戻る事にした。

何故城で保護をするのかって?サルマが起こした犯罪の被害者であり、犯罪の証人であり証拠でもある事と、奴隷の首輪を外せるのは、首輪を着けたサルマ自身・各城で保管している首輪解錠器具・犯罪奴隷を扱う事が許された奴隷商の何れかだからだ。

首輪の外し方は女性を保護している最中に騎士の人に教えてもらった。

それもあって城での保護を頼んだのだ。領主のナオマサには事後報告となるが、明日にでも伝えに行こうと思う。


騎士の方々に「馬車でお送りします!」と言われたが丁重に断って徒歩で屋敷まで戻ってきた。

屋敷に着き中に入るとメイドの二人が歩み寄って来る。

二人のメイドに昨夜戻らなかった事と昨夜起きた事を説明し、夕食まで自室で休む事を伝え自室に入った。

日本からこの世界に落とされ、イッコーと出会ってギルドに登録をした。

その際サルマなる商人に絡まれた事に端を発した今回の騒動。

日本基準の製品はこの世界ではオーバーテクノロジー。そのオーバーテクノロジーが生み出した服を見て、色気を出した商人サルマによって生み出された悲劇、許せる物ではない。

あの時、力を見せていれば。あの時、サルマを潰しておけば。あの時、波風立てずになんて考えなければ。

この悲劇は生まれなかった。自責の念に押し潰されそうになりながらも、今後一切自重をしない事を誓ったケンジであった。


自室で色々と考えていると、階下が騒がしくなり、その声がケンジの自室まで聞こえ来た。

「一度取次ますのでお待ちください!」

「構いません!部屋に入らせていただきます!」

「屋敷の主に確認をしますので、お待ちください!」

「大丈夫です!部屋に入らせていただきます!」

何が大丈夫なのかはわからないが、メイドと押しかけて来たと思われる人の声が段々と近くなり、部屋の扉が勢い良く開いた。


脅威を感じていなっかたケンジは武器を構える事もせずに、ソファに座ったまま開いた扉を見ていた。

ケンジの視線の先に居たのは、


「お仕えする為に来させていただきましたわ。私もこの屋敷でケンジ様と寝食を共にさせていただきます」


パインベイ領聖女のバレリアであった。しかもこの屋敷で一緒に暮らすと言っている。

一難去ってまた一難。

ケンジはまだまだゆっくり出来そうになかった。




ーー牢内のサルマーー

ワシはサルマ商店店主のサルマ。

昨日商業ギルドで出会った商人ケンジが着ていた服が大変素晴らしく、ワシが買ってやると言ってやったのにも関わらず断ってきやがった。

少しサルマ商店の力を見せてやろうとしたら、アンノン商店の幹部バッサが出てきおった。

アンノン商店はこのパインベイで一番の商店。その商店の幹部が『目の前に居るケンジはアンノン商店のNO,2だ』と言ってきおった。

ワシが知らない間にイッコーがどこかから連れて来たようだ。


ワシもバカではない。アンノン商店と揉めるつもりはなかったので、不本意ながらも下手に出てやり過ごしたのだ。

いつかは超えてやろうと思ってはいるが、今はまだ力を蓄える時期だ。

一流の頭脳を持つワシはそう判断したのだ。


そこまでは良かった。生意気にもケンジは『気にしていない』などとほざいて来たが、この程度の無礼なら許せる。そう、ワシは人格者なのだ。

しかしケンジ達が立ち去ったあと、周囲にいた有象無象がワシを馬鹿にするような事を言ってきおった。

その言葉で気分を害してその場を去ったのだが、馬鹿にされた事がどうしても許せんかった。

ワシに恥を掻かせた元凶のケンジが消えれば、馬鹿にされる事もなくなるだろう。

そう考えたワシは、普段から融通を図ってやっている闇ギルドにケンジを消すよう命じた。

金を払って依頼したんだろうって?・・・そう見えるかもしれないが、ワシが命じて動かしたのだ。動いた闇ギルドに手間賃として幾何かの金をくれてやったのだ。ワシは人格者だからな。


どうせ闇ギルドが動くなら、ついでにアンノン商店の方々にもご退場いただいて、この町の商業をワシが仕切ってやろうと考えたのだ。

ワシの配下には闇ギルドが居て、ワシの後ろにはライトビレッジ男爵が控えておる。

この町の商業を仕切って、この町の支配者になる事は簡単な事だからな。

闇ギルドにも、ライトビレッジ男爵にも金銭だけでなく、奴隷も流してやっている。

更に金と女に加えて、特別な植物から抽出した麻薬も流してやっている。

ワシが町の外で極秘に製造させている逸品だ。

この町は、ワシの金と麻薬が無いと生きていけないのだ。

だから今回もすぐに解放されるであろう。



違法奴隷の発見により再度尋問をされているサルマは、自白剤を投与されトリップし気分良さそうに、自分語りをするかの如く自白をしている。

それを書き留めている書記官と、監視をしている騎士、自白をさせている尋問官の後ろにはナオマサが座っていた。

サルマのしてきた悪行の数々、刎ねる首が何個あっても足りないのだ。

サルマの家族と、サルマ商店幹部の捕縛を追加で命じたナオマサは、パインベイの町で好き勝手振る舞っていたサルマが許せず、この後この悲劇が後世に伝え続けられる事になる切っ掛けになった《断罪》を下す事になるのだった。





ーーパインベイの町・とある建物の一室ーー

「昨夜から何か騒がしくないかい?」

「商店の襲撃事件があったようですよ。しかも鎮圧に領主自ら動かれたとか」

「たかが商店への押し込み程度で領主が動いたのかい?」

「ええ。騎士団や領主の姿、商業と冒険者ギルドのギルドガードとギルドナイトの姿も目撃されています。かなり大きな事件だったようですよ」

「へぇ・・・うちは除け者かい?詳しく話が知りたいね。すぐに情報を集めておくれ」

「はぁ・・・面倒ですが集めますよ」

溜息をつきながら、ローブを身に纏った男が部屋をあとにする。

その姿を眺めているローブ姿の女は『退屈しなさそうだ』と笑みを浮かべていた。



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