どうしてこうなった
アンノン商店に多数の騎馬が現れた。
その数実に50騎。しかも鎧にパインフラット家の紋章が描かれている。
そう、パインフラット家直属の騎士が現れたのだ。
騎士が10名、騎馬から下り長剣を抜き店内へと入って行く。
血の臭いが充満する1階を通り過ぎ、2階へと上がって行く。
2階へ上がると、商業ギルドのギルドガードが2階で亡くなったと思われる従業員の遺体を布に包んでいた。
「我々は領主様直属の騎士隊だ。領主様の命によりイッコー殿の救助に参った。責任者の方は居られるか?」
「お勤めご苦労様です。イッコー様はご無事で、侵入者も制圧し終わっております。当ギルドマスターと冒険者ギルドマスター、イッコー様、バッサ殿、ケンジ様は奥の部屋に居られます」
「承知!お忙しい中、ご説明感謝する!」
騎士はギルドガードと言葉を交わし、剣を収めて部下に指示を出す。
「領主様へ伝令を出せ。イッコー殿はご無事。イッコー殿の他、バッサ殿、ケンジ殿のご無事が確認できており、アンノン商店の制圧は完了。お前を含めた10騎は伝令がてら帰城せよ。残った30騎は商店の周辺を巡回警護するよう伝えよ、我々9騎は情報の収集と事態の収拾の助力をすると領主様へのご報告を頼む!」
指示を出された騎士は「はっ!」と返事をし、急ぎ報告の為に城へと戻って行った。
奥へと進んで行った騎士はイッコーの私室前に並べられた侵入者と思われる遺体を見て、疑問を感じた。
ギルドガードにしろ、アンノン商店の護衛にしろ、長剣又は短剣を装備しているはずである。
それなのにここに並んでいる遺体には切り傷や刺し傷が付いていない。
出血箇所を見ると1㎝弱の小さな丸い穴が開いていいるだけで、他の傷が見当たらないのだ。
刺突武器であればレイピアやエストックがあるが、その武器自体が一般的ではなく、しかも腐っても刃物だから、付けられた傷は刃物特有の平たい物になる。
騎士として長きに渡り戦いの世界に身を置いているが、このような傷で命を奪うことが出来る武器の想像がつかないのである。
疑問を抱いたままイッコーの私室へと入って行く。
「領主様直属の騎士隊所属、ビクトールと申す。領主様の命によりイッコー殿の救助に参った」
「これはこれはご助力ありがとうございます。領主様にも感謝を」
ビクトールの名乗りにイッコーは言葉を返し頭を下げた。
「イッコー殿、ご無事で何よりです。しかし何が起きたのですか?イッコー殿の他にご無事だった方が居られたと聞いておりますが?」
「商店内で無事だったのはワシとバッサの二人のみのようです・・・当商店所属のケンジが伝書鳥で送った文を見て、駆け付けてくれて侵入者を排除してくれもうした。こちらが当商店所属のケンジになる」
ビクトールの質問に答えたイッコーは、横に立つケンジをビクトールへと紹介した。
ケンジを紹介されたビクトールはケンジの武装状況を確認する。
仕立ての良い領主様でも着ていないような上質な服を着て、腰の周りには曲がった黒い棒(銃)や細長い黒い箱(予備弾倉)、黒い物入(ポーチに入ったカランビット)が付いているだけで、武器の類は持っていないように見える。
「ケンジ殿、初めまして。領主様の直属の騎士隊所属、ビクトールと申す。侵入者はケンジ殿お一人で排除されたのか?」
「初めまして、ケンジと申します。運よく排除出来ました。しかし亡くなった従業員を救えなかったのが心残りです…」
ビクトールの挨拶にケンジは答える。しかしビクトールは武装をしていないように見えるケンジが、どのようにして侵入者を排除したのか、そこに強い関心を抱いてしまっていた。
ーーパインフラット家ーー
アンノン商店から戻ってきた騎士から報告を受けたナオマサは安堵と共に血の気が引いた。
イッコー殿は無事らしい。イッコー殿に付き従っていたバッサも無事だと。その言葉に安堵する。
問題は残りの1名である。神託の下りた『ケンジ様』の名前があるではないか。ケンジ様の名を聞いて血の気が引いた。
この町に『ケンジ』なる名を持つ者は居ないはずである。そう考えればアンノン商店で無事を確認できた中に居られる『ケンジ』なる者は『ケンジ様』に違いない。
どこのどいつだ?神族のケンジ様を危険な目に合わせた大馬鹿者は。
こみ上げる怒りを抑え指示を出した。
「誰かある!大至急馬を引け!私、直々にアンノン商店へと向かう!直ぐに出るぞ!」
ナオマサは準備を整え、馬場に向かって行った。
報告を終え、膝を着いている騎士達は何事かと驚いている。
帰城して早々にアンノン商店へと引き返す事になったのだ。
しかも領主様が直々に馬を駆りアンノン商店へと向かうと言うのだ。
そうこう考えている内に、準備を整えた領主様は馬場に向かって行ってしまった。
残された騎士達は急いで領主様を追いかけたのであった。
ーーアンノン商店ーー
ギルドガードは手分けをして、従業員の遺体を布に包んでいた。
そんな中ゲイブに声を掛けられ、ゲイブからの依頼を受けたギルドガードは冒険者ギルドへと走って行く。
なんでもゲイブがギルドに出した依頼を取り消し、代わりに冒険者ギルド直属のギルドナイトを10名ほどアンノン商店へ大至急寄越すよう伝令を頼まれた。
~冒険者ギルド・ギルドナイトとは、荒くれ者が多い冒険者達を律する為に設置されている、冒険者ギルド内の法の執行者だ。品行方正なBランク以上の冒険者を各町のギルドマスターがスカウトし、ギルドナイトに任命する。ギルド直属なのでBランク冒険者よりも稼ぎは良い。商業ギルドのギルドガードと違いギルドを護る任務は無く、ギルドのルールを守らない者を罰したり(物理的に)、冒険者としてあるまじき行為をした者を罰したり(肉体言語で)、冒険者ギルドの秩序を守る(実力行使をする)冒険者ギルド内のエリート集団(脳筋集団)だ~
ギルドガードが従業員の遺体回収をしているので、店内に居る騎士隊はイッコーの私室の警護と、拘束した侵入者の監視を行っている。
中でもビクトールはケンジにご執心の様子で、任務そっちのけで戦い方を何度も聞いていた。
「ケンジ殿。武人が手の内を明かすのは乗り気ではないかもしれないが、どのようにして侵入者を倒したのかお教え願いたい」
ケンジはビクトールの質問にどう答えるか迷っていた。
侵入者もギルドガードも銃を向けた際『何それ?美味しいの?』みたいな表情でこちらを見ていて、危機感を感じていなかった。しかもケンジが持つ黒い塊が武器だと認識すら出来ていなかったのだ。
イコールこの国、もしくはこの世界に銃は存在していないと考えても良いだろう。
銃の無い世界、どこぞの平和ボケした国の安全啓蒙標語に使われていそうな言葉だが、この世界は銃の無い世界、少なくともこの国には銃が無いと考えると、明らかにオーバーテクノロジーな銃の存在を明かすのは危険な気がする。のだが、ビクトールさんはまぁしつこく聞いてくる。
のらりくらりと何度かかわしたが、諦めずに何度も聞いてくる。
あまりのしつこさに辟易していると、店の前に複数の騎馬が駆け付けた音がした。
階段を駆け上がる音がし、騎士が現れた。ビクトールの回収でもしてくれるのだろうか?
そんな淡い期待を抱いていると、膝を着きケンジに向かって話しかけてきた。
「領主様がお見えになりましたのでケンジ様を始め、皆様商店の外にご足労いただけますようお願い申し上げます」
ん・・・何かが変だ。凄く違和感を感じる。主な違和感は次の通りだ。
・ケンジ様を《始め》
・領主直属の騎士が膝を着いて話をしてくる。
・呼び方がケンジ《様》になっている。
・《ご同行》でも丁重過ぎる相手に《ご足労》と言っている
・締めの《お願い申し上げます》
ん~~嫌な予感がする・・・。
しかしながら領主様をお待たせさせる訳にもいかないので、侵入者の見張りに3人残し、店舗の外へ向かった。
店舗の2階フロアも1階フロアも今回の襲撃で亡くなった従業員が、白い布に丁重に包まれ並べられていた。短い時間で従業員達が休めるようにしてくれたギルドガードの皆さんには本当に感謝だ。
イッコー、バッサ、ゲイブ、ベナッタ、上階に居た騎士、ギルドガード、そしてケンジは、店の外に出る為に破壊されてしまった扉をくぐった。
扉をくぐり店舗の外へ出ると、馬から降りた高貴な雰囲気のナイスミドルの男性を中心に、両サイドを騎士達が整列して待っていた。
中心にいるナイスミドルの男性が話しかけてきた。
「ケンジ・マツダ様でお間違いないか?」
「はい。私がケンジ・マツダで間違いありません」
問い掛けに答えた直後・・・『ザッ!』と音を立てて目の前に居る騎士とナイスミドルが片膝を着き頭を下げて来た。
『どうしてこうなった??』
因みに後ろにいる面子は ( ゜Д゜) こんな表情をしていた。