動き出す各勢力
15人の侵入者に蹂躙されたアンノン商店に商業ギルドのギルドガードとギルドマスターが駆け付けた。
「突撃ーー!」ベナッタの号令でギルドガード達は抜剣しアンノン商店の店内に突入して行く。
~ギルドガードは商業ギルドの護衛だけでなく、ギルドのルールに反した者達や、ギルドに対して危害を加えたりする存在を、拘束したり物理的に排除をしたりする精鋭部隊だ~
突入して行ったギルドガードの後ろ姿を眺めながら「何が起きている?」と呟いたベナッタに、「誰がこのようなことを引き起こしたのですかね」と後ろから声を掛ける者がいた。
ベナッタは長剣を抜き振り返る、そこには冒険者ギルドギルドマスターのゲイブが立っていた。
「ゲイブさんの所にも伝書鳥が来ましたか…。かなり切羽詰まった状態のようですね」
「ええ。伝書鳥が来たので、駆け付けました。まさか、商業ギルドさんがギルドガードを動かしているとは思ってもみなかったですが…」
「商業ギルドの加盟店に危機が訪れていて、それもアンノン商店ですからね。多少大事になったとしても、すぐに動かなければと思いギルドガードと駆け付けました」
「そうですか、私も後詰で冒険者を手配していますが、今は商店関係者の安全を確保し、安全の確認をすることが先決のようですね。我々も参りましょうか」
二人は会話を切り上げ戦闘態勢を取り、店内に入って行く。
店内に入った瞬間、店内に充満する臭いで事態の重大さに気付く。
そう、血の臭いだ。それもかなりの量の血が流れなければ、こんなに濃い血の臭いはしない。
二人は互いに顔を見合わせて何かに頷いてから、奥に向かって歩いて行く。
ギルドガードは店内で二手に分かれたようで、侵入者を警戒しながら生存者を探している。
そのギルドガードを尻目に二人は店の奥へと進んで行った。
進んでいると点々と従業員が横たわっているのが見えてくる。
どの従業員もかなりの量の出血をしており、生命の火が消えたのが見て取れる。
男女問わず横たわる亡骸を見て、二人の怒りのボルテージがどんどん上がっていく。
店の奥、階段の手前でゲイブは立ち止まると、ベナッタに問いかけた。
「誰がこんな事をしでかしたと思いますか?」
「わかりません。見る限り生存者はゼロ、目撃者が居ないとなれば侵入者を捕縛出来れば背後が洗えるかもしれませんが、伝書鳥が来てから駆け付けるまでの間にここまで蹂躙出来る者達が残っているとは思えません」
ベナッタは答える。アンノン商店に対して嫉妬をする人間や商店があったとしても、嫌がらせや妨害工作もせずに、いきなり実力行使をする愚者が出てきたことに驚きを隠せないのも事実であった。
そして、この町で最も影響力があり、最も勢力のある商店を相手にこんな大立ち回りをする犯人の目星すら付かない。
ただわかっている事は、この商店内が非常に危険な状態に陥っていることだ。
二人は2階に向かって階段を昇って行く。
階段上ではギルドガードが剣を構えながら、横たわる人間の生存確認をしているのが見えた。
「ベナッタ様。ここに横たわっている亡骸は皆、短剣を持っていますが商店の関係者には見えません。そして見たことのない傷跡が付いております。剣で刺されたり斬られたりしたのではなく、皆鋭利で小さな物で穿ったような穴が開いております。我々が先導いたしますので、周囲の警戒は怠らないようにしてください」
ギルドガードの声を掛けられ横たわる亡骸を見ると、確かに小さな穴が開いていてそこから出血をしているのが確認できる。
そして、横たわる5体の亡骸に見覚えがあった。
「路地裏を根城にしている、闇ギルドの人間ですね」
ゲイブがそう呟いた。報酬を受け取り非合法活動をし、金の為ならどんな汚いことでもやる、努力の仕方を間違った裏稼業の人間達の事だ。
裏稼業の人間達の集まりで通称『闇ギルド』。そんなギルドは公には認められてはいないが、路地裏を根城にしていて、所在を点々と変えるのでなかなか尻尾が掴めない。
「まさか闇ギルドが動くとは…。闇ギルドが単体で動いたとは思えないので、背後に金を出し依頼した者が居るって事ですね。アンノン商店が闇ギルド揉めているって話は聞いたことがありません」
ベナッタはゲイブの呟きにそう答えた。
そして2階の事務スペースに進んで行くと、このフロアにも多数の従業員の亡骸が横たわっている。
横たわる亡骸をやるせない気持ちで見つめていると、奥からギルドガードが叫ぶ声が聞こえてきた。
『イッコー様のご無事の確認と生存者を発見!侵入者の遺体と生存している侵入者も居るぞ』
その言葉を聞き二人は顔を見合わせ、声がした方に急いで進んで行った。
ーーその頃パインフラット家ーー
少し前にパインベイの町の最大規模の商店、アンノン商店から危急を知らせる伝書鳥が飛んで来た。
パインフラット家の当主でありパインベイを治める領主であるナオマサ・バーチューリバー・パインフラットは、公私共に親交のあるアンノン商店オーナーのイッコーからの危急を知らせる文を読みアンノン商店へ騎士の派遣を決めた。
領内の経済を回す為の相談や、領内の特産を交易する為の御用商人としての働き、イッコーとは何かと距離が近い。
弱音を吐かないイッコーが助けを求めている。そう考えると居ても立っても居られず、城に詰めている騎士の中から50名に武装をさせ、即時アンノン商店に派遣するよう命じた。
出撃準備を終え騎乗した騎士達は、城門が開かれると同時に全速力で駆けだした。
それを見送ったナオマサの元へ城仕えの聖女が息を切らせながら走ってきた。
「領主様!ご神託が下りました!」
「ご神託だと?伺おう!」
このタイミングで神託が下りるなど『なんて日だ!』、そう思いながら聖女に神託の内容を聞く為に膝を付き頭を下げる。
領主が城仕えの聖女に頭を下げる。荒唐無稽な感じに見えるが、神託を聞くこと即ち神のお言葉を賜る事。
この時ばかりは国王や領主、貴族でも膝を付き頭を下げなければならない。でなければ神に対して不敬を働く事になる。
「ご神託!『ジハングの国、パインベイの町に神族『ケンジ・マツダ』を遣わした。行動を妨げたり無礼の無いよう計らえ!パインベイの聖女はケンジ・マツダに仕え、ケンジ・マツダの成す事の力となるよう。また神族を遣わした事を喧伝する事を禁ずる!』・・・以上がご神託となります」
聖女はナオマサにそう伝えると、両膝を付きナオマサに頭を下げた。
「ご神託、確かに承りました!」聖女の言葉に合わせナオマサも答礼をし、聖女に訊ねた。
「聖女よ。これは神がご降臨されたという事か?」
「はい。神即ち神族。神族を遣わせたという事は神がご降臨されたという事でしょう。まさか伝承でしか聞いた事のない神族の方が現世にご降臨され、その神族の方にお仕えできるとは。聖女としてこれ以上の喜びはございません」
「そうであるか。早急にケンジ・マツダ様を城に招き、お世話をさせていただく準備を整えなければならんな。居室をご用意し、不自由無きようお過ごしいただかなければならん。聖女よ、すぐに準備に動くがよい」
ナオマサは聖女にそう命じると、神族降臨とアンノン商店の安否を考え瞑目した。
ーー少し前・アンノン商店ーー
『突撃ーー!』
階下に響いた突撃の合図を聞き、ケンジは銃を構え警戒態勢をとった。
イッコーさんとバッサ、わざと生かした侵入者をイッコーの私室の中に入れ、ケンジはニーリングの態勢で銃を構えて、新たな侵入者を待つ。
暫くそのままの態勢で前方を警戒したまま待っていると、階下から階段を上がってくる足音が聞こえ、その後「ご無事ですか?」「生存者はおられませんか?」と聞こえてくる。
味方であって欲しいが、油断は出来ない。
前方通路の角から長剣を持った侵入者とは違う、きれいな恰好をした人間が姿を現した。
「そこで止まれ!止まらないと攻撃をする!・・・立ち止まって所属と名を名乗れ!」
ケンジは銃の照準を長剣を持った人間の胴体に定め引き金に軽く指を触れ、いつでも射撃が出来る態勢で制止と誰何を行った。
頼む、味方であってくれ…そんな願いを込めながら相手に銃を向け続ける。
「パインベイ商業ギルド・ギルドガード所属のゲオルグと申します!伝書鳥で危急の事態の知らせを受け、参上いたしました!」
ギルドガードのゲオルグは剣を鞘に納めながら名乗った。
名乗りを受けケンジは、「私はアンノン商店のケンジと申します!身分を証明出来る物はお持ちか?」
とゲオルグに問うと、後ろからイッコーが現れ「間違いなくギルドガードのゲオルグ殿だ」と言ってきた。
ケンジはその言葉を受け、銃を下ろし大きく息を吐いた。
「失礼しました。改めまして私はアンノン商店のケンジと申します。こちらに商店オーナーとバッサさんも居られます。私が確認をした限り生存者は私を含めて3名です。それと侵入者を3名生け捕りにしています。侵入者は抵抗出来ないよう両手足を負傷させてあります。侵入者達の応急処置と拘束のお手伝いを願いたい!」
「ご無事で何より!応急処置と拘束の件承知いたした!そちらに行ってもよろしいか?」
「構いません。お願いいたします!」
ケンジはゲオルグに現状の報告と侵入者達の応急処置と拘束の協力を願い出た。それを受けゲオルグは応急処置と拘束の協力要請を快諾し、後続のギルドガードに、
「イッコー様のご無事の確認と生存者を発見!侵入者の遺体と生存している侵入者も居るぞ」
と告げ、ケンジ達に向かって歩いてきた。
『イッコー無事』の報を受け、次々とギルドガードが集まってくる。
ゲオルグは集まったギルドガードに応急処置と拘束の指示を出すと、ギルドガード達は生かしておいた侵入者達に応急処置(布を使った圧迫止血)と拘束を行っていく。
その後ろから、ベナッタとゲイブも現れた。
イッコーはベナッタとゲイブに、駆け付けてくれた礼を伝え、襲って来た者達が何故襲って来たのかがわからない等の話をしていた。
ケンジは銃をホルスターに戻し、バッサと会話をしていた。
「ケンジ様、助かりました。侵入者をお一人で倒されたのですか?」
「侵入者の数は15名との事でした。それが本当なら、幸いにも一人でなんとかできたみたいです。しかし、従業員の方々を助ける事が出来なかった。それが残念で仕方ありません」
「ケンジ様に来ていただけなかったら、イッコー様と私の生命はここで燃え尽きていたかもしれません。本当にありがとうございました」
その時、外に多数の馬が走る音が聞こえて来た。
まだまだゆっくり出来ないようだ。
ーーアンノン商店の外ーー
派手な恰好の男はギルドガードに見られながらも、再度建物の陰に隠れることが出来た。
視線の先は相変わらずアンノン商店だ。
アンノン商店の前に立つ商業ギルドのベナッタを眺めていると、ベナッタと元へ身なりの良い男性が現れたのが確認できた。
暗がりの中目を凝らし現れた男性を見ると、冒険者ギルドのゲイブではないか。
二人は何か言葉を交わし、店内へと入って行く。
『ここが引き時か』そう思っていると、城に詰めている騎士がもの凄い人数で騎馬を駆りアンノン商店に現れた。
「もしかして失敗か…。結果は明日にでも闇ギルドに言って確認しよう」
そう言葉を残すと、派手な恰好の男は闇に消えて行った。