いざアンノン商店
食事と食後の打ち合わせを終え、現在はアンノン商店の馬車の中だ。
イッコーさんと出会った時の、貨物を運搬する馬車ではなく、貴族でも出てきそうなデザインの馬車だ。
見た目と座席の座り心地は良いが、乗り心地は最悪だ。
日本の乗り物に慣れている自分には耐えることのできないレベルだ。
この世界にはサスペンションが存在していないらしく、食後に乗るのはおすすめしない。
が、「乗りなさい。一緒に商店に行こうではないか」なんて言われたら断れない。
乗り心地の悪い馬車に乗り、いざ商店へ。
ノンサス上下運動で、食べた物が胃からこみ上げ血の気が下がって行くのを感じつつ、耐えること数十分、心が折れるまであと一歩のところで商店に到着した。
流石にこの世界の人達は慣れているだろうと思っていたが、食後に身体を上下に揺さぶられるのはきついらしく、車内は無言だった。
助かりました。口を開いたら言葉よりも先に、出てはいけない物が出るところでした。
そして、サスペンションの制作を提案しようと心に誓った。
工業レベルがどの程度かはわからないが、板バネを使ったサスならできるのではないだろうか。
新しいアイディアを考えながら、店内に入って行く。
イッコーさんに武器や防具のコーナーに案内され、武器を見ることになった。
RPGに出てきそうな品揃えだ。
長剣 刃渡り1m弱の両刃の直剣だ。安い物は鉄を鋳造で作られ、高級品はなんと鋼の鍛造らしい。
ファンタジー金属や魔物の素材で作られた物も存在しているらしいが、価格が凄いとのこと。
見た感じ刃で『斬る』『刺す』よりも、重量で『叩き斬る』のに適しているように見える。
剣が厚く刃付けが甘いのは金属があまり良くないからだろう。
短剣 刃渡り50㎝くらいの両刃の直剣だ。こちらも鋳造と鍛造で価格がかわるらしい。
こちらもファンタジー素材製(ミスリルとか魔物の素材をまとめた)があるとのこと。
剣は長剣よりも薄く身も細く、刃付けも長剣よりしっかりされている。
重量が軽い分『斬る』ことに重きを置いているようだ。切っ先も長剣より鋭利だ。
ナイフ 元の世界のサバイバルナイフや軍用ナイフのようなナイフではなく、もっと原始的なシースナイフだ。
刃渡りは色々あり、こちらも鋳造と鍛造で価格が変わり、ファンタジー素材製の物も存在するらしい。
身軽さを好とする人達は複数本持ちメインウェポンに、他の武器を使う人達でもバックアップに必ず持っているそうだ。
槍 1m程度の短槍から2m弱の長槍がある。刃渡りは様々だが日本の槍のように『刺す・叩く』作りではなく、三國〇双に出てくるような『斬る・刺す・叩く』ような穂先が付いている。
穂先は鋳造と鍛造があり、穂先の素材も他と同じだ。柄は木製が主らしいが、稀に柄から穂先まで総金属や総魔物素材で作った物もあるらしいが、重量がとんでもないことになってそうだ。
弓 短めの洋弓だ。素材は弓に適した木製の物が主で、金属は補強程度でしか使われていない。弦は樹皮や麻ヒモを束ねてから樹脂で補強するそうだ。
矢の素材も弓同様だが、1本あたりの単価が高いので、戦いが終わると矢を回収して再利用するらしい。
構える→矢をつがえる→弓を引く→狙う→射る……慣れてなければヤられる未来しか見えないが貴重な飛び道具だ。
店頭の主な武器はこんな感じで、脳筋さん御用達の鈍器や棍棒が少し置いてある。
ボウガンや火薬を使った銃は無いようだ。ボウガンは弓があるから聞いてみても良いが、銃は火薬が存在していなければ作れないし、この世界に火薬をもたらしても良いのかもわからないから、聞いてみるのはよそうと思う。
武器を手にとり、構えたり振ったりしてみたが、どうもしっくりこない。
長剣と短剣は重さが煩わしく、弓は扱う自信がない。ナイフが一番しっくりきて、戦闘スタイルにも合っていそうだが、何か違和感がある。
どうした物かと考えていると頭の中に『ピコン』と音が響き、【新着メールあり】と目の前にパネルが現れ表示された。
メールの項目に意識を向けるとメールが開封され【スキルの《創造》で武器を創造することができます。小さな物から大きな物まで、武器、アイテム、魔法など思い描いた物を創造できます】と表示された。
何このチート機能…
すぐに試したい気持ちを抑え、今夜試すことにしよう。
ここはイッコーさんの手前、比較的使いやすそうなナイフでも選ぶことにしようと思う。
陳列してあるナイフを見る。あまりしっくりくる物がなく悩んでいると「店の倉庫にもナイフがある」と言われ、店の倉庫に案内してもらった。
倉庫の中も店頭と同じようなナイフばかりだった。違いがあるとすれば、華美な装飾を施してある儀礼に使われそうなナイフや、両刃のダガーナイフがあったくらいだ。
「気に召した物はあったかな?」
「ええ、この両刃のナイフのセットにさせていただきます」
あまりわがままを言う訳にもいかないので、刃渡りが20㎝くらいあるクナイのような形の両刃のダガーナイフを選んだ。黒い革製のシースと、シースを固定する黒い革製の剣帯もついている。
刃付けも悪くなく、切っ先も鋭い。魔物を相手にするのに適しているかはわからないが、対人戦闘においては絶大な威力を発揮するだろう。命を奪わずとも、治りにくい傷を残しことができる。
選んだナイフを受け取り装備してみた。
悪くない。厨二心をくすぐる何かがある。
小学校の帰り道、男の子は皆『勇者』だった。持ちやすく、強度のある丁度良い長さの剣(棒切れ・枝)が至る所に落ちていた。その剣を拾い、植物のモンスター(雑草)や樹木のモンスター(街路樹)時には巨大なゴーレム(コンクリートの壁)と死闘を繰り広げながら下校したものだ。
やはり男性は永遠の男の子のようだ。本物の武器を装備すると少年時代の記憶が甦る。
性能はともかく、武器を装備したことにより自分がとてつもなく強い人間になった!ような気がする。
厨二全開で満足そうな私を見て、イッコーさんも満足そうに肯いている。
「気に召したようで良かった。服はどうされるか?その上質な服で戦闘はできまい」
「服は手持ちがありますので大丈夫です。明日は別の服に着替えようと思います」
「荷物は持っておられなかったが、もしやアイテムBOXスキルをお持ちか?」
服装に関しての質問に答えたら、鼻息荒く新たな質問がきた。
なんでも収納系のスキルやアイテムは商人のみならず、軍隊や冒険者にとても垂涎物らしく非常に珍しいらしい。
収納系のアイテムは収納できる量は少ないが、入手困難かつ非常に高価で、豪商と呼ばれる商人や貴族、国家や軍が所持しており市場に出回ることは稀らしく、収納アイテムをめぐって争いが起こることもあるそうだ。
容量は平均が1000㎏くらい、国宝レベルでもその倍2000㎏くらいしか入らないらしい。
収納系スキルは所持者が非常に少なく、収納系スキルは魔力に比例して容量が決まるため、収納アイテムよりは多く入るが、それでも魔力Aでも1500㎏くらいだそうだ。Sになるとほぼ無限に入るそうだが、規格外の魔力Sなんておとぎ話レベルなので見つけることは不可能だったとか。
確認されている少ないスキル所持者は高位冒険者や権力者を除くと、国家が拉致同然で召し抱えるか、非合法組織に隷属され使い潰されるかが多いらしく、こちらも存在がバレると所持者をめぐって争いが起きるらしい。
因みに私の収納スキルは魔力がSなのでほぼ無限になる。
「少量ですが収納スキルを所持しています。このことはくれぐれもご内密に願います」
私は容量に関して少なく言いつつも所持していることを正直に伝えた。
「もちろんだ!我が商店にご助力いただくケンジさんに危険が及ぶことを言うはずがない」
そう答えてはくれたが不安はある。少しでも早く、この世界の常識を身につけなければ危ない橋が多くなりそうだ。