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兄の選択

ある日、母が兄に呼ばれ、家に泊まりに行くことになった。最近、兄は瑠々美(るるみ)のことを気にしている様子で、母はその話をするつもりなのかと思っていた。しかし、母の表情には怒りが漂っていた。


母が兄のマンションの部屋に入ると、いきなり「どうして瑠々美のことを知ってるの?潤海(うるみ)に聞いたの?」と、潤海に対する不満をぶつけた。兄はその言葉に驚きながらも、冷静に返した。「僕は瑠々美と一緒に暮らしたいんだ。妹が有名人だなんて、誇らしいだろ?」


その言葉に、母は激昂(げっこう)した。彼女の心には怒りと不安が渦巻いていた。「そんなこと、簡単に言わないで!」母の声は震えていた。兄はその瞬間、母がまるで重荷のように感じられた。母の怒りは彼女の心の不安を映し出していた。


「どうしてそんな風に考えるの?瑠々美のことを知らないのに、何が分かるの?」母の言葉が続く。兄は反論することもできず、ただ立ち尽くす。


やがて、感情が高ぶる中、兄は涙を流し始めた。「僕は間違っていたんだ…」と呟き、心を込めて母に向き直った。「母さんに謝りたい。」


微笑みを浮かべながら演技をすることで、母を心配させないように努めたが、その微笑みの裏には深い企みが渦巻いていた。


兄はため息をつき、「お母さん、疲れただろ。この話は一旦置いて、休んでよ。お茶を入れるから。」と言った。母は少し驚きながらも頷いた。


リビングでお茶を淹れている間、母は何気なく周囲を見回していた。ふと目に入った一つの部屋が気になり始めた。その部屋は他とは異なり、静まり返った特別な雰囲気を(かも)し出していた。


瑠々美の写真が貼られたその部屋に向かおうとした瞬間、兄が声を上げた。「ちょっと待って、入らないで!」母は驚いて尋ねた。「どうして?」


兄は言葉を失い、ただ立ち尽くす。母はますますその扉を開けたくなり、何が隠されているのか知りたい一心で手を伸ばそうとした。


「本当に入らないでほしいんだ」と兄は必死に訴えた。その真剣な表情を見て、母は何か特別な事情があると感じ取った。「何がそんなに大事なの?」


兄は深く息を吐き、言葉を探しながら言った。「部屋の整理ができてなくて、ちょっとごちゃごちゃしてるんだ。」


「そうなのね。でも、無理に隠さなくてもいいわ。気になるの。」


「ごめん、ごめん。」


「今日は僕が母さんのために料理を作るよ。変なことを言ったお詫びもあるんだ。」兄の提案に、母は微笑みながら頷いた。台所には、色とりどりの野菜が並べられ、香ばしい香りが漂い始めた。兄は手際よく鍋を振り、ジューシーな肉がジューと音を立てて焼かれていく。


やがて、テーブルに並んだ料理は、色鮮やかなサラダ、クリーミーなスープ、そして焼きたての肉料理。見た目も美しく、香りも食欲をそそる。二人で乾杯し、穏やかな時間が流れる中、料理を口に運ぶと、兄の心が込められた味が広がり、笑顔がこぼれた。その日、母はただの食事ではなく、愛情と感謝に満ちた特別な時間を味わった。


兄は眠りにつきながら、母を精神病院に送り込むことを考えていた。瑠々美との関係において母が邪魔だと感じたからだ。母が自分の計画に理解を示さないことを恐れ、兄は母を排除する手段として精神病院を利用することを選んだ。母の心の痛みを理解しつつ、瑠々美を守るためには母の存在が障害になると考えていた。


彼は、母が精神的に不安定だと思わせることで一時的に隔離し、自分の思惑を遂げる状況を整えようとしていた。母の痛みを利用しつつ、彼自身の目的を優先する冷酷な計算が、心の中で渦巻いていた。


翌日、兄は母に話しかけた。「母さん、最近のことを考えてたんだ。母さんがどれだけ辛い思いをしてきたか、本当に理解してるよ。」


「私のことを心配してくれているのね。」


「そうだよ。だから、精神病院に行くことを考えてみないかな?専門の人たちがサポートしてくれるから、少しでも楽になれると思うんだ。」


「でも、精神病院に行くのは怖いわ。」


「確かに不安かもしれないけど、あそこは安全な場所だよ。同じような気持ちを持った人たちがいて、理解してくれる。母さんのことを大切に思ってくれる人たちなんだ。」


「そう言われると、少し安心するかも。」


「僕は母さんが大好きだから、もっと幸せになってほしい。行くかどうかは母さんが決められることだよ。僕は一緒に考えたい。」


「あなたの気持ちを聞けて、少し考えてみるわ。」


母は兄の真剣な眼差しを見つめ、彼の思いを理解した。「あなたがそれを望むのは分かるけれど、簡単なことではないわ。」


「分かってる。でも、無理だと決めつけたくないんだ。家族として支え合いたい。」兄は力強く言った。


母はしばらく考え込み、「あなたの気持ちを尊重するわ。」と優しく答えた。


「じゃあ、まずは何から始めるか考えてみようか。」と母が提案すると、兄は嬉しそうに頷いた。こうして、兄の心には新たな希望が芽生え、母との信頼関係が一層強まっていった。


兄は心の中で思った。(馬鹿で愚かな母さん。瑠々美は僕が守るんだ。そのためには母さんが邪魔なだけ。母さんの馬鹿な所が大好きだよ。)


兄は母の治療の様子を観察しながら、彼女がどれほど心を(むしば)まれているかを痛感した。母の叫び声が耳に残り、その悲惨な姿を見ているうちに、兄自身の心にも闇が広がっていった。病院の待合室の本棚に目をやると、瑠々美に恋人がいるという記事が目に飛び込んできた。


瑠々美に恋人がいることを知った兄は、彼女が自分を裏切ったという感情が、次第に強い復讐心へと変わっていった。


「彼女を助けるためには、どうすればいいのか…」兄はその思考を繰り返していた。瑠々美は騙されている。そして、次第に自分の問題として取り込み、解決策を模索するようになった。


その日、兄はふとした瞬間に閃いた。「彼女を完全に自分のものにすれば、すべてが解決する」と。心の中でそのアイデアが膨らむにつれ、彼の行動は変わり始めた。芸能事務所の前で、彼女が現れるのをじっと待つようになったのだ。

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