別れの時
事件後、兄は病室にいた。母はベッドの上で静かに命を落としていた。日々の治療が彼女の心を蝕み、次第に現実を見失わせていった。時には奇声を発することもあった。
「キョアアァアアアアアア!!!」という叫び声が病院の廊下に響き渡り、周囲の患者たちは驚きと恐怖に包まれた。暴れまわる母は拘束ロープで縛られ、身動きが取れなくなっていた。怯えた目と苦痛に満ちた表情で、彼女は力尽きて亡くなった。
彼の心には言葉にできない虚無感が広がった。母を失ったことで心の奥に深い闇を抱え、同時に自分の選択が正しかったのかという疑念が彼を苛んだ。
一人、静まり返った病室で、兄は無表情でその場に佇んでいた。
朝、潤海は静かな部屋でレインとテレビを見ていた。突然、画面に映し出されたニュースキャスターの緊迫した表情に、心臓が高鳴る。
「今朝、人気インフルエンサーの瑠々美さんが襲われ、連れ去られそうになりました。この事件では、彼女を強引に引き寄せようとした男が現場で拘束されましたが、逮捕には至らず、警告だけが与えられました。」
その時、携帯電話が鳴った。お兄ちゃんからの電話だった。潤海は急いで出た。
「潤海、母さんのことなんだけど…」
兄の声はいつもと違い、どこか焦っているように感じた。
「どうしたの?」
「実は…母さんが最近、病気で入院していたんだ。精神的に辛い時期が続いていて、治療を受けていたんだよ。」
潤海は驚きと疑念を混ぜた表情を浮かべた。「入院していたなんて知らなかった…」
「うん、それは母さんが隠そうとしていたことなんだ。でも、母さんは頑張っていた。残念ながら、さっき、亡くなったんだ。」
潤海は言葉を失い、ただ静かに電話を握りしめた。
テレビの映像が切り替わると、周囲の人々が混乱した様子で集まる中、画面の端に兄の姿が映り込む。潤海はその瞬間、目を見開いた。映像には、瑠々美を引き寄せようとする兄の姿がはっきりと映っていた。彼女の恐怖に満ちた表情が映り、その背後で兄が手を伸ばす瞬間が捉えられている。
「警察は、男を取り押さえることに成功しましたが、事件の詳細はまだ明らかになっていません。」
潤海は震える声で問いかけた。「お兄ちゃん、瑠々美を連れ去ろうとしたの!?どうして!?」
兄は一瞬の沈黙の後、焦った様子で言った。「いや、そうじゃない。ただ…守りたかっただけなんだ。」
その言葉が彼女の心に疑念を残す。潤海は混乱の中で言葉を発しようとしたが、口が動かない。
「潤海…」
兄の声がさらに続くが、潤海はもう耐えられなかった。感情が溢れ、意識が遠のいていく。彼女は電話を切り、ただ心の中の混乱に飲み込まれた。
その頃、瑠々美は、メディアに取り上げられたことで注目を浴びていた。彼女は、自分が主人公になったかのような感覚を抱いていた。「私のことをもっと知ってもらえるチャンスよ!」瑠々美は思った。彼女は、自身のSNSアカウントに動画を投稿し、ファンたちからの反応に歓喜していた。事件が大きく報じられる中、彼女は自らの存在を世間にアピールしていた。