獣森戦争 四
ゲームの中とは思えないほどのリアリティの蒸気が、べったりと皮膚に張り付いている。
蒸気で稼働する機器のような、物々しい駆動音が響き渡っている。
「ゴーレムの、心臓?」
カリアさんに案内されたこの場所。
俺は、ここに来たことがない。
しかし、知っている。ここに何があるのか、どこに繋がっているのか。
「ま、そういう機能も付いているようじゃな」
カリアさんがふわりと手を上げる。
掌に、血液がまとわりつく。絡まり、伸びていくそれは、まるで刃のようで。
「ふっ」
一閃。彼女が手を振りぬくと、一瞬の静寂が訪れた。その後、目の前に広がっていた景色が《ズレた》。
厳密に言えば、ゴーレムに繋がっているらしい機器が一気に両断されたことで、光景がずれたように感じたようだった。
……あれ?これって、華火花が壊したら危ないとか言ってたような?なんか、衝撃を加えた瞬間にぼかーんとか……
いやいやいや、カリアさんが考えも無しにこんなことはしないだろう。
俺たちの杞憂だっただけで、最初から壊していいものの可能性もある。一回聞いてみよう。
「それって、壊していい奴なんですか?」
「うむ、全然だめじゃ」
一縷の望みは、あっけなく切り捨てられた。
「え??」
「あと数分も経てば爆発するじゃろうな。遺跡ごと塵も残らんじゃろう」
「え????」
困惑、とかですらない。
疑問を抱く暇もなく、只真っ白になった思考だけが残っていた。抗議する言葉も、何も出てこなかった。
「くかか、そんな間抜けな面をするでない」
そんな俺の表情を見て、カリアさんは楽しそうにけたけたと笑った。
「確かに、このまま放っておけば全てが台無しになってしまう」
「……何か、手があるんですか?」
「その通り」
カリアさんがもう一度刃を出現させ、次は細やかな動きで部品を切断していく。臓器を傷つけないようメスを入れる医者のような、繊細な手つきだった。
「こうでもしないと、アレに届かんからな」
「あ」
思わず、声が出た。
切断された部品の向こう側、駆動する機器のど真ん中に。青色の物質が眠っていた。配管が絡みつき、蒸気を吐き出すそれは確かに機械の心臓部分であるのだろう。
しかし、どく、どくと。
周囲の空気ごと定期的に震えるその様子は、どう見たって脈動のそれである。
心臓部分、なんてもんじゃない。
生き物の心臓だ。
「これは残滓じゃ。これから儂らが相手する災厄のかけら。と言っても、切り捨てられたわけでもなさそうじゃがな」
「似たようなことは、聞きました」
ゴーレムは封印された魔物の魔力を使っており、それで稼働している、みたいな話は聞いた。その魔物の魔力とやらを、カリアさんは残滓と表現したのだろう。
「残り香とはいえその出力は生物に許された範囲を超えておる。もし破壊でもしたのなら……」
「何も残らない、と」
「そうじゃな、そこでお主の出番じゃ」
するりと滑り込むように伸ばされたカリアさんの手が、俺のアクセサリーへと絡みつく。
何やら確かめるように何回か叩いたあと、ぱっと手を離した。
「これなら十分じゃろ。心臓に近づくといい」
手を引かれ、心臓の方へと導かれる。
急に引っ張られたことで体勢が崩れ、転がり込むような体制でその光の前へと躍り出てしまう。
「何か説明とかはっ!?」
「ん?爆発してしまうぞ?」
「そうだったぁ……!!」
時間的に一択じゃねぇかよ。
渋々足を前に進める。
一歩、一歩と近づいていくたびに、空気が重苦しくなっているのを感じた。その熱気や蒸気にあたっているから、というだけではない。
それが纏った魔力が、威圧感が、本能にそのまま語り掛けてくる。
それでも、歩く。
手の届く範囲まで来たかといった所で、異変が起こった。アクセサリーが、黒く暗く輝いたのだ。その光は心臓に呼応するように、ますます光度を上げて行く。
「!?」
「夜空を仕舞ってたんじゃ。子犬の残り香ぐらい、どうってことも無いじゃろう」
光って、輝いて。
思わず目を閉じたその一瞬の間で、最早心臓から聞こえてきていた駆動音は無くなっていた。
「これで完了、じゃな」
「ゴーレムはこれで止まったんですか?」
「まぁ、そうじゃろうな。でも本題はそこではない」
首を傾げた俺に、こちらを見ないままカリアさんが答えた。
「子犬も隙を晒しすぎたのぉ。まさか、残滓から自分の一部まで持ってかれるとは思わんかったろう」
「……まじ?」
首元に視線を落とす。そこには、今までと変わらない姿の宝石がある。
マジか。こいつ、遂にボスの弱体化まで始めたのか。
『夜空の破片』の効果として、魔力を吸収してため込むというものがあるのは知っていた。
でも、ここまでのものとは知らなかった。古代の魔物から何かかすめ取れるくらいの吸引力がこいつにはあったらしい。吃驚である。
この残滓がエルフに魔改造されていて干渉しやすくなっていた、なんて可能性も考えられるが、結果的にこいつがヤバイアクセサリなのは変わらなさそうだ。
鍛全さんにまた相談しとこう。
「要件はこれで終わりじゃ。戻るとするかの?」
「そうですね」
ここですることも、もう残ってないだろう。そろそろ決戦の時間になりそうだ。
◆
遺跡に護衛が少なかった理由は、単純に時間が早かったからという話ではない。
遺跡には、彼らが動かずともここを守ってくれるエルフの技術の産物があった。土偶である。
エルフには敵対せず、その巨体と頑健さによって侵入者の悉くを妨害、または殲滅してきた古代の傑物である。
しかし、だ。
「侵入者だ!!行けゴー、え?」
「ゴーレム機能停止!ゴーレム機能停止ィ!!」
「何が起きてる……!?」
その土偶が、動きを止めた。
二人によって破壊されたそれは、埋めるにしては余りにも大きすぎる穴だった。
何よりも斃れない不屈の象徴として立ち続けてきたそれが、破壊されているというのは長く戦ってきた戦士であるほどにメンタルへと深くしみわたる。
その隙は、彼女らを相手にするには致命的だ。
「俺がやるしかっ!」
「遅い」
自分を奮い立たせ、立ち向かおうとした新兵の横っ面に、華火花は回し蹴りをぶち込んだ。
(スタラがなんかしたのかな)
異常事態は大抵彼女の所為だと思っている辺りある種の信用が見受けられるが、今回に関しては優位にそれが働いている。
抵抗する気力も無いのだから、バレたところで反撃もほとんどされない。
そんなこんなで華火花たちは速攻で遺跡内部を制圧し、今はと言えばスタラとカリアを待つついでに決戦が始まる前の最後の休息をしている所だった休息と言っても、スタラが来るまでなのでそう長くは無いが。
「ねぇ、輝來」
「ん、どうかした?」
少し走ってみたりとコンディションの調整をしていた輝來に、華火花が近づいてくる。
「ちょっと、気になることがあって」
「ん、いいよ」
彼女が質問なんてのも珍しいことだが、華火花のことだし変な質問にはならないだろうと思い輝來は軽く承諾する。
「今はさ、セカンテイル辺りで戦闘が始まりそうなんでしょ?」
「まだ始まってないかもだけど、そうだね」
「灰莉が時間を稼ぐってのはわかったけど、そこからがわかんなかった。輝來は任せてって言ってたけど」
灰莉がこちらに付いてきていない理由が、今華火花が話した内容だ。長ったらしい演説をすることで獣人陣営の出陣を遅らせて、エルフとの戦闘を避ける。
無血を達成するには、必要不可欠な事であった。
それでも、十分とは言えない。
勝手に飛び出してしまう可能性もあるし、そもそもが灰莉単体だけでは時間稼ぎにも限界があるだろう。
そんな疑問に、太陽の沈む方向を訊かれたかのような、さぞ当たり前と言ったようなキョトンとした表情で輝來は答えた。
「華火花は知ってるはずだよ?」
「え」
「私のいう事を聞いてくれて、足止めにぴったりな……」
そこまで言ってようやく、華火花は全てを思い出し、納得した。
「来てるんだ、あの二人」
「勿論。私のクランメンバーだから」