獣森戦争 一
懐月街、その中心。いつもはNPCが多く住まうその場所に、今回は大量のプレイヤーが集まっていた。
それもそのはず、今日こそ大型イベントである戦争が始まる日なのだから。
「っし……」
あるものは戦意を滾らせ
「結局メインは何処になりそ?」
「セカンテイルじゃねぇかな。其れ見越して運営も戦闘できるようにしてんでしょ」
あるもの達はこれからの展望に思考を巡らせ
「はぁ……!!NPCのビジュが良すぎる……!!」
あるものは中央の高台に立っている灰莉に限界化している。
いつものことではあるが、プレイヤーという生き物は本当に緊張感が無かった。思い思いに雑談し、動き回り、もう少しで訪れる開戦の時を自由に待っている。
まだ戦闘は許可されていないし、一人で突っ込んだって意味はない。
だから、プレイヤーにはそれぐらいしかすることが無い。そう考えれば、彼らの喧騒も納得できるものなのかもしれない。
「……」
そんな中、蓮宮はきょろきょろと周囲を眺めていた。
友人である酔菓はリアルの都合で不参加、ということでスタラと一緒に立ち回ろうと考えていたのだが、そのスタラが見当たらない。
システム上戦争が始まる五分前にはここに強制的にワープさせられるし、移動する理由も無い。
だから何故か、大量の敵がいる本陣に一人で速攻で走り出したりしない限りここに居るはずなのだ。
流れを知らない初心者ならまだしも、スタラに限ってはそんなことはしないだろう。
(まだログインしていない、か)
そうして、蓮宮は思考をその結論で結んだ。
ログインしていないのならば見当たらないのも当たり前だ。何かしらの理由で入れていないのなら、またいつか出会えるだろう。
戦場は狭いのだから。
そう彼女は思いながら、自分の刀に手を掛けていた。
まさか、自分の仮定が殆ど正解だなんて、知りもしないままに。
◆
一方その頃、ある動画投稿サイトにて、ある配信が始まっていた。
配信主は「きゅうべちゃんねる」。
数十万人の登録者を抱えた、大型の投稿者である。
その彼女が唐突に(といってもSNSでの宣伝は欠かしていない)無編集のサムネと共に配信を始めたのだから、いつも彼女の事を追っている人間も、そうでない者も思わず目を惹かれた。
サムネに映っているのは四人の美少女。それも、L2FOではある一定の知名度を持っている者達だった。
L2FO公認配信者、『きゅうべ』
「月光武闘会」初代優勝者兼トップクランのリーダー『輝來』
他の三人には知名度で劣るものの、「月光武闘会」の予選で目覚ましい活躍を見せた深紅の少女『華火花』
そして、嵐の真ん中にいつも居座る翼亡き鳥『スタラ・シルリリア』
その四人が何故か、自撮りの様相を呈して映っているサムネイル。
意味も解らないし、工夫もされていないお粗末な一枚絵。
それでも、一人一人の存在感と容姿の良さから観衆たちの人差し指を引き付けてしまう。そんな、不思議なものであった。
題名は「獣森戦争、終わらせます」。
いずれ伝説と呼ばれるその配信は音も無く、しかし確かな好奇心と疑問に後押しされて、幕を開けた。
きゅうべの配信ではいつも通りの待機画面も無く、直ぐに映し出されたその景色。
それは、端的に言えば……
「聞こえてる、よね。きゅうべです、楽しい夜にしようね」
コメント:「???」
コメント:「絵面が謎」
コメント:「ジェットコースター乗ってる?」
とてつもない強風に吹かれながら、いつも通りのテンション感であいさつするきゅうべという不可解な物であった。
それも顔面がドアップな上、横向きである。
新手の添い寝であろうか。
困惑するコメント欄を差し置き、彼女は普通に話始める。
「こんな状態でごめんね。ちょっと時間無いから雑談せずに本題はいるよ」
真面目に語りを続けるきゅうべに、視聴者はより一層混乱する。こんなふざけた絵面なのに突っ込んじゃいけない空気感なのかと。
時々風によるノイズで彼女の声が聞こえなくなるのは指摘しちゃダメなのかと。
「今回の企画はタイトル通り、戦争終わらせてみた、だね」
生徒へ物の考え方を教える教授のような、理路整然とした話しぶりで彼女は説明していく。
「今回私は実は主役じゃなくて、輝來と、今私を抱えてる……」
その言葉に合わせてきゅうべの顔面がドアップにされていた状態からカメラが遠ざかり、周囲の状況が映し出される。
きゅうべは銀髪の少女にお姫様抱っこされており、その上で平原を爆走しているようだった。
「あ、スタラです」
「この二人のお手伝いってポジションになるんだよね」
コメント:「スタラちゃん!?」
コメント:「脚はっや」
コメント:「もっと意味わかんなくなったんだけど」
コメント:「美少女ktkr」
愛想よく笑った──配信前にきゅうべに教え込まれてどうにか体得した可愛く見える笑い方──スタラに対し、コメントはその速度を増していく。
「だから私がいっぱい話すのも変な話なんだけど」
「私みたいなずぶの素人に期待しないでください」
「こんな調子だから、私が説明しようかなと思うよ」
コメント:「恥ずかしがりかわいい」
コメント:「きゅう×スタ、あり」
多分、視聴者はあんまり話を聞いていないがそれはいったん置いておいた。
スタラは納得できないのか、それとも謎のカップリングを造られたことを不満に思っているのか眉を顰めている。
「やることは至極単純、ちょーっとした裏技を使って、このイベントを強制的に終了させます」
コメント:「薄々察してたけどマジ?」
コメント:「荒れそー」
「そんな声があるだろうと思って、代替案を用意しておきました。きゅうべちゃん偉い」
「私が考えたんですけど?」
「私が言ったから私のものだよ」
「理論展開が帝王」
朗らかに雑談した後、彼女は切り替えて指を一つ立てる。寝転がったまま。
「一つ、私たちはこのままエルフの里まで特攻する。そこまでに妨害されて、私がリスポーンすればこの企画は終わる」
「その代わり、私とその仲間が全力で防衛します」
コメント:「フェア……なのか?」
コメント:「キツいようで数用意すれば行ける気がする」
コメント:「スタラちゃんに斬ってもらえるってマ?」
もう一本指をたて、きゅうべは宣言する。
「二つ、企画が終わった後、私たちは挑戦を受ける」
「簡単に言えば私達vsリスナーの皆さんをするって訳です」
「そ、戦い足りない人たちはこっち来て。勝った人、それと今走ってる私達を止めたリスナーには私達からのご褒美がある」
コメント:「ご褒美キタァァァァァァァ!!!」
コメント:「え、今なんでもするって?」
コメント:「これはいち早く企画が終わることを祈るべき」
「あの、全年齢対象の配信なんですけど?」
「ごめんねスタラ。うちのリスナーは誘惑に弱くて」
コメント:「勿論」
コメント:「今の俺は最強」
コメント:「罠だとしても挑むのが礼儀」
何故か歴戦の戦士のような風格を醸し出し始めた視聴者たちに思わず苦笑しながら、スタラは付け加える。
「乱戦形式なので共闘してもいいし、裏切っても良いです」
「ごちゃごちゃに戦いあえ愚民ども、だって」
「言ってない」
スタラからの罵倒?に大いに湧き上がるコメントは省略するとして、ある程度の概要を理解したリスナーは、こう解釈した。
イベントを終わらせる詫びとして、祭を用意してあるのだと。
「ま、その前にここを突破しないとですけどね」
「そうだね、ここも中々の修羅場になると思うし」
俯瞰視点へと移ったカメラは、その大きな影を捉える。よく見ればそれは「大きな」というより、「大量の」だった。
エルフの軍隊が、正面から走ってきている。
それはスタラの影を見るなり、魔法を構えたり弓を引いたりと攻撃準備を開始した。
「揺れますよ」
「りょーかい」
それを見ながらも、二人に動揺する様子は見られない。それどころか、きゅうべはカメラに向けて挑発するような笑みを浮かべて見せた。
「さ、止めてみてよ。リスナー諸君?」