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奈落の底から月が見える

 いつものようにベットの上で起床ログインした俺は、人差し指に付けた指輪に向かって念を込める。


(何か変化ありました?)


『やっと起きたのね。でも、特に何かあったわけじゃないわ』


 俺の問いかけに答え、返事が頭の中に響いた。


(了解です)


 こてん、とベットの上に寝転がる。


 窓に映った景色は、真っ暗だった。

 青空も無く、星空も無く、ましてや月も見えやしない。まるで真っ暗闇を塗り付けたような、そんな無機質な空だった。


 ここに捕まった時からずっと、俺の心の中に残るのは後悔と心配だ。


 どうにかして、灰莉の手を読めたんじゃないかという後悔が今でも手足に絡みつく。

 俺のメールがうまい具合に作用しなければ、もう詰んでしまうという心配が頭の奥底を支配している。


 でも、どうにもできないから俺はここで横たわっていた。


 俺は、メールを送った三人の事を信頼している。

 だから、この状況もどうにかしてくれると思っているし、戦争を無血で終わらせてくれると願っている。


 でも、その身勝手な願望を押し付けるのが、何とも幼稚に見えた。


 空の昏さは、さっきよりも深いものに見えた。


 自己嫌悪を込めた溜息を吐いて、またログアウトしようとウィンドウを開いた。

 その瞬間に、通知音が鳴り響く。見てみれば、それは華火花からのメールのようであった。


 ログアウトに向かっていた手を反対方向に動かし、その内容を確認する。


 その内容に目を通した俺は、いつの間にか、口角が吊り上がっていた。自嘲でも、悦楽でもない。


 そうしてくれるだろうなという信頼と、余りにも頼りがいのある文体に対しての笑みがこぼれ出た。


『絶対助ける。待ってて』


 不信と後悔が募っていた心は、嘘のように晴れやかだった。

 きっと、ここに書かれた通りの事をしてくれるんだろうという確信が、何もかもを通り抜けて心に刺さったからだと思う。


 ひらり、と天井に向けて手を伸ばした。


 もう、後戻りはできない。

 自分が失敗したなら、それを取り戻せるぐらい高く飛んでやる。


 窓の向こうから見える景色は、灯りに照らされて眩かった。



 ◆



「なんじゃ?スタラは儂の話でも聞いていたんかの?」


「多分訊いてないとは思うよ?」


 困惑するカリアに、輝來は自らも戸惑いながらそう言った。


 カリアの困惑は、集められたメンバーから来ている。

 メンバーが悪かったとかそういう話じゃなく、良すぎたのだ。まるで自分の思考を読まれているのかと疑ってしまうくらいには。


「ま……良いじゃろ。手札は良いに越したことはない」


 未だに納得は出来ていない様子だったが、カリアは一つ手を叩いてから話を始めた。


「作戦はこうじゃ」


 カリアは一枚の地図を机に広げた。

 木々が立ち並び、岩が生え、鳥居が佇むそのようすから、懐月街付近の地理を表したものであろう。


 そこに、華火花に説明するときにも用いた駒を置いていく。


「まず、儂と輝來で懐月街の封印を解く」


 鳥居の前に、杖を持った駒が二つ置かれる。


「私、封印的なのには疎めかもだけど」


「んや、そこは心配しなくともよい。必要なのは技術よりも大量の魔力じゃ」


 輝來は小さく頷く。

 それならば自分の得意分野だし、任されたところだろうと納得したからだった。


「その間、お主ら二人には時間を稼いでもらいたい」


 魔法使いの二つの駒の周りに、さらに二つ騎士の駒が置かれる。


「時間稼ぎ?」


「そうじゃ」


 カリアは、鳥居の周りを囲むように指をなぞらせた。


「儂らが魔法を行使すれば、濃厚な魔力に魅せられた魔物が襲ってくるじゃろう。それに、干渉されているとなれば灰莉も黙っている訳には行かん」


 魔物と兵の両方から攻撃されるということで、ケイマは少し嫌な顔をした。


「……」


 それを、じーっと輝來が眺めていた。


 輝來も輝來で人心掌握には中々に優れている。

 だから、彼はこうすればやる気を出してくれると知っていた。


「が、頑張ります」


「良いところ見せないとなぁ?ケイ」


「うっせ」


 冗談交じりであっても志を口にするケイマを見て、輝來は満足そうに微笑んだ。


「続けるぞ?懐月街に入れるようになれば、お主に街を案内してほしい」


「それは良いですけど、目的地がわかんないっすよ?」


 心配そうに紺示は首を傾げた。


「大丈夫じゃ。スタラには蝙蝠を付けてある故、場所は儂が把握しておる。そこまでの道筋を其方に案内してほしい」


「……うっす!」


「うむ。ということで説明は以上となるが、質問はあるかの?」


 カリアは全体を見回しながらそう言う。

 しかし、手を挙げるものも、声を出すものもいなかった。


「それじゃ、決行は明日じゃ。良く休むように」



 ◆



 輝來が、少し小高い丘の上に立っていた。

 そこからは特別何かが見える訳でもないが、雄大な自然が見えるこの場所を、輝來は気に入っているようだった。


「どうも、輝來」


「ん、華火花」


 そこに、華火花がやってくる。

 彼女のトレードマークである深紅の髪は、日光に照らされていつもよりも明るい色彩を示していた


「よく気づいたね。ここ、マップの端の方だよ?」


「そりゃ、尾行してたから」


「こわ」


 当たり前のように華火花はそう言った。

 悪気はないのであろうが、トッププレイヤーである自分にバレない程の尾行能力は結構怖いなぁ、と輝來は冷や汗をかいた。


「それじゃ、なんか用事?」


「用事、って程でもない。でも、話しておきたかった」


 華火花は丘の上に座り込む。


 射しこむ陽光に少し眼を細める彼女の姿は、同性の輝來からしても美しいものだった。


「スタラは、輝來の事嫌ってないよ」


「……何のこと?」


「私の勘違いならいい。でも、ずっと心配してるみたいだった」


 月光武闘会が終わったあの日、華火花は配信越しに輝來を見た。


 その姿は、華火花に言わせてみれば惨いというか、見ていられない程だった。

 インタビューに答える姿は一見すればいつもと同じ、朗らかで、大らかな輝來だった。それでも、短時間とはいえ近くに居たからわかる。


 輝來は、憔悴しきっていた。


「はは、バレてたかぁ」


「私の前で隠し通せると思わない方が良い」


「すっごい自信」


 たはは、と笑いつつ、輝來は華火花の隣に腰を下ろす。


 ずっと立ってみていた光景は、視線を下げてみればまた違った表情を向けているように感じた。


「ずっと、怖かったんだ。私の所為でスタラがこのゲーム嫌いになっちゃったんじゃないかーって」


「……そう」


 手を広げて、幼げに輝來は語る。

 それでも、眼の奥の絶望は本物だった。


「華火花の言う通りかも。心配してたんだろうねぇ」


「何か他人事?」


「もう昔の話だから!」


「そんな前の事じゃないでしょ」


 華火花の胡乱げな目つきに、居心地悪そうに笑いながら輝來は言葉を紡いだ。


「ずっと気にしてられないってことだよ。ほんとに私の所為でスタラに何かあったんだとしても、正面から話さなきゃ」


「私たちが頑張らないと、正面から話せない」


「そうそう、だから切り替える!どんだけ怖くても、出来る事やんなきゃ!」


 正面を見ながらそう語る輝來に、華火花は思わず自分の瞳に掌を翳した。その姿は、あんまりにも明るい光を隠すようにも見える。


「そう、じゃあ杞憂だったかな」


「ん~や、そんなことも無いよ」


「?」


 輝來は華火花に目線を合わせて、すこしおどけて笑って見せた。


「言ってくれなかったら、怖すぎて明日来なかったかも」


「それは盛ったでしょ」


「バレた?」


 華火花がふふと笑う。

 物珍しいな、と輝來は思いつつも、そこまで心を許してくれてるんだと思うと嬉しくもあった。


「でも、大体は本当。華火花のおかげで楽になったよ」


「ん、なら良い」


 不愛想に突っぱねるのも、彼女なりの優しさなんだろう。そう思うとなんだかまた嬉しくなって、輝來はいつの間にか笑っていた。


「明日、頑張ろう」


「うん、友達のために体張ろう!」

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