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反撃の一手

『状況は?』


(控えめに言って終わり一歩手前)


『何もわからないわよ』


(……ちょっと、長くなりますよ)


 ペン立てに突っ込まれていた万年筆を雑に取り出し、ペン回しを開始しながらことの顛末を説明した。



 ◇



『頭がそんなこと……情報量が多いわね』


(疑います?)


『いいえ、嘘でも信じてあげるわ。それしかないんだから』


 ペンが回転する。


 まるで暇を持て余した少女であるように努め、全力で平穏を装う。できるだけ自然を演出するために、時々伸びてみたりもする。


(それしかない?)


『信じられる相手が貴女しか居ない、とでも言いましょうかね』


(そっちは何が?)


『別に、話すほどでもないわ。この国の腐った部分を切り離そうとしたら、全部が全部腐り果ててたってだけ』


(知るのも辛いですね)


『生憎ね』


 俺はまだ来訪者という立場でこの国を探っていたから、頭が腐っていようが、上層部が腐っていようが衝撃はあれどそれ以外は特にない。


 しかし、彼女は別だろう。


 この国を愛しているからこそ、命をかけて戦っていたであろう彼女が、この真実を知った時の衝撃は計り知れない。


『バレないように情報を探ってたら、貴女がここに入る情報を耳にした。だから、この通信機を忍ばせてみた』


(それでも、私がこの国の腐敗に気づいてるなんて確証は無かったんじゃ?)


『これでもこの国の秘密部隊って位置に着いてるのよ、貴女が嗅ぎまわってることぐらい知ってた』


(はは、そっからミスってたかぁ)


『素人が隠し通せるわけないじゃない』


 ぽろり、とペンを落とした。


 ミスはないと思っていた。

 これは俺が灰莉に思考能力で負けたか、ゲーム的な強制イベントなのだと思い込んでいた。けれど、それはどうやら違ったようで。


 この状況は、俺の驕りと軽率な行動が生み出した。

 そう気づいた瞬間に、四肢がしびれる様な錯覚が走った。


(ちょっと、落ち込むなぁ)


『そうかしら?少なくとも疲弊してるようには聞こえないけれど』


(こういうのは慣れてますし、それに、今は振り返ってる場合じゃない)


 今でさえトラウマと自己嫌悪を押し殺してここに立っているんだ。

 この程度の失敗、反省することはあっても表には滲ませない。今まで、現実世界で何回もやってきたことだ。


『ま、そうね。今は現状をどうにかしなきゃいけない』


(って言っても、私側から何かできる訳でもないですよ)


 確かに、情報的なアドバンテージは俺の手にある。

 これをうまく使いこなせたなら、灰莉を追い詰めることだってできるかもしれない。


 だが、今の状況で無闇矢鱈にこれを振り回したって妄言でしかない。


 最初に、証拠がない。

 魔石の運搬は証拠足りえる可能性もあるが、そこから直接的には灰莉に繋がらない。


 本人の口から聞いたといっても、録音なんてしていないのだからでっち上げと言われてしまえばおしまいだ。


 というか、灰莉の罪を晒上げて何になる?


『何もできない、ってわけじゃないでしょう?』


(そうですね。貴女に協力してもらえば、何かしらは可能になるかもしれない。正しくは何をすればいいかわからない、って感じですかね)


 そう、正しくはそうなってしまう。


 ここに追いやられた時点で……いいや、灰莉が敵だった時点で俺は詰んでいる。戦争が始まった時点で灰莉が裏切ってしまったならその時点で獣人の負けは確定。


 エルフの勝利が決まって……


(あれ?)


 勝利?敗北?なんでそう思う?



 俺たちは元々、無血でこの戦争に勝利するために動いていた筈だ。けれど、その条件はわからない。


 カリアさんからは何も説明が無かったというか、本番が近くなったら訊きたくなくても知ることになる、と匂わされただけだった。

 でも、輝來は知っている筈だ。


 床に転がっていたペンを掴み取る。

 ショックでぼやけていた思考が透き通っていく。


 キーワードはなんだ?

 カリアは何で俺に直接言わなかった?


 考えろ、今必要なのは俺の視点でも、知識でもない。輝來が持っている筈の情報と、輝來の思考回路のトレースだ。


 無血勝利。

 誰も死なず、しかしこの戦争は終わる。


 どうすればそれは叶う?


 勝利条件。

 こちらはエルフの目的を阻止して、エルフの長を殺さなければならない。その時点で、無血では獣人は勝てない。


 エルフの勝利条件は、魔物の召喚。全てを破壊する魔物を召喚することで、その後は何もしなくても勝手に獣人が滅んでしまう……


「!?」


 思わず、声にならない声が漏れ出た。


 何で気づかなかった!?

 トラウマ云々で思考能力が鈍ってたとしても阿呆すぎるだろうがよ!


(すいません、出来る事、あったかもしれません)


『え?』


 はーあ!本当に馬鹿だな俺は!

 何でこんな簡単なことに気づかなかったんだよ!そりゃカリアさんも自分で気づくだろって感じの雰囲気出すわ!


 唐突なひらめきと、溢れ出した自嘲によって何かしらのスイッチが押された。


 異常なテンションと、類を見ない程の思考の回転に後押しされた俺は、いつの間にかプレイヤーにしか見えない半透明の窓を開いていた。


 本当に馬鹿だ俺は。こんなの、絶望するような状況でもない。


(一個だけ、してほしい事があります)


 思考によって協力者にミッションを伝える。

 その傍ら、俺はあるメニューを開いた。そこは、「フレンドへのメール」。



 ◆



 スラム街の一角。

 そこには、掲示板が置かれている。いつもの通り誰かが依頼を貼り、誰かが剥がして持っていく。さびれた掲示板は、しかしこのふざけた街の中心だった。


 そこに、一人の青年が通りがかった。紺示、という獣人の青年だった。


 彼も周りの人間と同じように、働かなければ生きていけない。


 だからこそ、いつものように掲示板を眺めていたのだが……今日は、少し違った。


「ん?なんだこれ」


 掲示板の、端の端。

 気にしなければ見つからないような場所にある紙切れが、何故か彼の目に留まった。


 別に意図があったわけではない。最近、良い出会いがあったからか好奇心が湧き上がっていただけだった。

 でも、それは誰かにとっての逆転の一手で


『依頼主:名乗る程の者じゃない

 依頼内容:困っちゃった。借りを返して欲しい、紺示

 樹岩の森林の泉に向かって    』


「っ……え?まさか」


 綺麗な文字で書かれたそれは、意味不明な内容だった。だからこそ、誰の手にも渡らずに彼の目へと届いたのだ。


 意味の理解できない怪文書、しかし、一人の青年にとっては、借りを返すための招待状。


「ははは!こんなことあるんすねぇ!」


 突然の哄笑に、周囲の人々は奇異の視線を向ける。

 それでも彼は、気にすることもせずに笑い続けた。そして、笑いすぎて出た涙をぬぐって、決意の籠った瞳で空を見上げた。


「身を粉にして働かせてもらいますよ」


 スタラは、スタラの思っている以上に彼を救っている。

 プレイヤーは簡単に手に入れられる回復薬であるが、NPC、それもスラム街の住人となれば回復薬なんてお目にかかることすら珍しい。


 それを、大量に渡したのがスタラだった。


 そのおかげで、病床に伏している彼の家族も回復へ向かっている。彼の価値観で、命より重いものである家族を、スタラは救ったのだ。


 だから紺示は走る。

 恩人が困っているのなら、少しでも恩を返したいのだと願って。



 ◆



「やばい!!!スタラちゃんから呼び出し来たんだけど!!!


「あー、俺も限界化するお前見たいけど予定あるしパ……」


「輝來ちゃんも来るってよ」


「行くわ」

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