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運送業者を追え

 スラム街、というものがある。


 ゲームに於いてそこは無法地帯というイメージが強い場所で在り、それと同時に没落者たちの住処としても描写される。


 しかし、今の俺にとってスラム街に求めているものはそれではない。


 無法地帯が故、そこには悪が蔓延っている。

 まともな人間なら踏み入らないそこには、大量に放置された人道的ではない何かが眠っている事がある。


 その一つが、俺が今目の前にしているこれであったりする。


『木箱を運送するだけの仕事

 報酬:50000G 場所:五番地裏』


「わっかりやすく違法だな」


 スラム街の一角にて、一際異彩を放つのがこの掲示板である。


 まともな仕事を受けられないスラムの住民たちに、まともではない仕事を派遣する役割がこの板に込められている。


 なのでここなら手掛かりが見つかると思ったが……早速見つかった。別に隠すつもりはさらさらないらしい。


「……」


 あたりを見渡す。

 この場所が活気づくのがいまではないのか、人通りは少ない方であった。


「俺が受ける……いや、怪しまれたら終わりだろ」


 仮に、これを依頼している誰かが戦争に関わっているのだとすれば、俺の顔が知られている可能性もある。


 そうすれば嗅ぎまわっていることもバレ、一巻の終わりだ。


 どうするか。


「いや、最初から決まってたよな」


 依頼は受けられない。

 けれど、依頼内容を知る必要がある。


 なればどうするべきか?そんなの、一つだ。



 ◇



 物陰から、一人の男が現れる。

 仮面を被り、襤褸切れで自分の素性を覆い隠しているその姿からは異質さと、それだけ知られたくない秘密を抱えていることが感じられた。


 その男は何処からか四角い木箱を取り出し、自分を待ち構えていた獣人の少年に渡す。


「これを運べばいいんですか?」


「ああ、誰にも見つかるな」


「勿論です」


 そう、これは闇の仕事が始まる合図。


 誰にも発覚せず、雑多な町の喧騒に掻き消されていくであろう犯罪のスタートラインだ。


 誰にも見られず、知られることはない。


 まぁ、俺が後ろで見てなければではあるけど。


「おいしょっ……重いな」


「落とすな。お前の首が飛ぶぞ」


「ひっ……」


 男が剣に手を掛ける。


 動作から見るに素人じゃない、けれど、スラム街に配置されてるNPCっぽくも無い。


 何というか、品が隠しきれてない。

 そこそこいい身分のキャラの動きだ。


「ちゃんと運ばさせてもらいます!」


「ならばいい。配達場所は「樹岩の森林」その奥地の泉だ。それを受け取り手に渡せ」


「わかりました」


 樹岩の森林……あぁ、確かあれだ。


 魔物がなんか戦ってできたとかいう森の正式名称かなんかだった気がする。うろ覚えだけど。


 そこまで行くってことは鳥居を通るのか?


「それでは。下手を打つなよ」


 そう言い残し、男は溶けるように闇夜に消えて行った。

 少年は数秒困惑したものの、一つ気合を入れてから歩き出す。依頼が始まったようだった。


 ということで、今俺がしていることは尾行である。


 掲示板前で張り込みを行い、例の依頼を眺めていたNPCを狙って尾行する。


 始めた時は長い張り込みになることを覚悟していたが、意外と数分で現れたので助かった。


 ……というか、盗み聞き、殴り合い、尾行とか犯罪のオンパレードか?


 戦争を止める側の人間の行動ではない気がするが……しょうがないってことにしよう。


 大義のためってことでね。



 ◇



 少年はその後、恙なく依頼をこなしていった。


 人目に付かないような裏路地をこそこそと通り抜け、人の少ないタイミングで鳥居を通り抜けて懐月街を出る。


 それからも現地民特有の土地勘で樹岩の森林を駆け抜けて、集合場所であるらしい泉へと辿り着いた。


 一方彼を尾行する俺はと言えば、大騒ぎ(無音)だった。


 無駄に入り組んだ懐月街の構造の所為で何回も男の子を見失うし!

 外出たら出たで木の影とかで結局見失うし!

 というか単純に足が速い!獣人だからかなぁ!?


 なんて一人でわたわたしていたが、結局は少年と同じく泉にたどり着いた。


 そこは、綺麗な場所だった。

 木と岩が混ざり合い、混沌としている周りの風景と違ってここは正統派な泉と言った様子である。


 周囲に木が生えていて、木漏れ日を反射して水面がきらきらと光る。


 L2FOのグラフィックも相まって、絵画の一枚をそのまま切り出したかのような、美麗な風景だった。


「……あなたが、受け取り手の人ですか?」


「そうなるらしい」


 そこに、一人の男が現れる。


 栗毛色、または茶色の髪の毛に、ファンタジーな鎧めいたゴツゴツとした衣装。


 其れなのに全体から受ける印象はどことなく飄々としている、プレイヤーであった。


 受け取り手がプレイヤーであることだとか、疑問は色々浮かんだのだがそれ以上に……


 スタラは、彼を見たことがある。


「これ、依頼の物です」


 そんな俺の疑問を知ることも無く、少年は木箱をプレイヤーに手渡す。


「一応確認だが、開けてないな?」


「はい!勿論です!」


「ならいい、お疲れ様。気をつけて帰るんだぞ」


 朗らかに返答する彼の様子は、闇とは無縁の様子に見えた。


 例えるなら近所の気のいい兄ちゃんというか、少なくとも人を貶めたりする現場に関わっているようには見えない。


「え……?えっと、ありがとうございます!」


「おう。じゃあな」


 それを少年も感じ取ったのか数回困惑した後、走り去っていった。


「よっし、じゃあー俺も働くかね~」


 遠ざかっていく少年の後姿を見送った後、彼は木箱を置いて準備運動を始める。


 周囲に人影は無く、察するに彼も少年と同じようにこの木箱を受け取り、どこかへと運んでいく依頼を受けているのだろう。


 なら、ここがチャンスだ。


 そう確信し、「千里一歩」を発動して彼の背中へと肉薄した。ついでに効果があるのかはわからないが首に刀をかけて脅してみる。


「動かないで」


「ひっ!?」


「何もしないなら殺しません。私もあなたを殺したくない」


「わかった!何だかわからないけどわかった!」


 焦りながら了承する彼を見て、刀に込めた力を抜く。


 対人慣れしてるとは言え無抵抗の相手を倒すのはあんまり好きじゃない。知り合いと成れば尚更だ。


「誰から依頼されました?」


「街のギルドから受けたクエストだから誰ってのはわからないって言うか……」


「それ、何処に運ぶんですか?」


「セカウンタ!」


「何のために運ぶのか、わかって受けました?」


「何もわかってない!俺はただ報酬が良かったから受けただけで……」


「わかりました。楽にしていいですよ」


 首に掛けた刀を鞘に戻す。

 それと同時に、彼は俺から数歩距離を離した。


 今の問答の感じ、戦争に関与している事すらわかっていない様子だった。


 それならこれ以上の尋問をする意味も、倒す意味も薄いだろう。そういう事を踏まえての解放だ。


「助かった……って、えぇぇ!!??」


 けほけほと咳込みながらこちらを振り向いた彼は、俺の顔を見るなり大きく口を開けて驚愕した。


「手荒になってすいません。久しぶりですね……って程でもないかな。また逢いましたね、ニドヅケさん」


「スタラちゃん!?」


 彼のプレイヤーネームはニドヅケ。


 月光武闘会出場者で在り、第一回戦の俺の対戦相手だ。緊張していた俺を見逃してくれたことも相まって、他の出場者よりも深く記憶に残っている。


 だからこそ問答無用で殺すような真似をしたくなかった。一瞬の関りだとは言え縁は縁である。


「え、えぇ、えぇぇ!!??」


「ふふ、それで、もう少し質問しても良いですか?」


「いや勿論!!」


 答えてくれるのはありがたいけどなんか声大きくない?気のせい?


「俺に答えれることならなんでも……」


「何かニドが女の子誑かしてる!?」


「誑かしてねぇよ!!」


 突然、木陰からもう一人のプレイヤーが現れる。


 黒い髪に、白色の長いローブと短い杖。


 見た目からして「魔法使いですよ!」って感じを前面に出しているが、今重要なのはそこじゃないだろう。


 ぼさぼさとした黒髪の隙間から飛び出たその耳は、明らかに常人よりも長かった。


 つまるところ……


「エルフ……?」


「え!!??スタラちゃん!!??」


「だから言っただろうがよぉ!!誑かしてないって!!」


「うるせぇ!!!」


「仲いいんですね……」


「「それはそう」」


「あ、認めるんだ」


 急に起こった二人のプレイヤーとの遭遇に、楽しくなりそうだという予感があったのは確かだ。


 でも、それと一緒に大丈夫なのかなこの人達、という不安があったのも確かだった。

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