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彼女に捧ぐせめてもの…

「輝來との?」


 唐突に現れた蝙蝠カリアさんが齎した情報は俺の推理の正解を示すのと同時に、また新しい疑問を持たせるようなものだった。


「手紙、いや、交換日記的なやつ?随分面倒なことするね、カリア」


「そうしないといけなくてのぉ」


「それはカリアの都合?」


「いいや、輝來じゃ」


「へぇ」


 俺も華火花さんの方へと移動し、柱の中に仕舞われた手帳の前に立つ。


「スタラ、読みたいのかの?」


「……気にならないと言えば、嘘にはなります」


「くかか、そうか。いつもなら許可するところじゃが生憎時間が無くてのぉ。今はお預けとさせてくれ」


「良いですけど、時間が無い?」


「うむ。全て説明する、着いて来てくれるかの?」


 カリアさんは蝙蝠の姿で在りながら器用にぱたりと柱に付いた戸を閉め、魔法を使って隠ぺいした。



 ◇



 ぴちゃ、ぴちゃと水音がなる。天井から滴り落ちた水が、何処かに跳ね返っているようだった。


 周囲に広がるのはごつごつとした岩肌。


 カリアさんに案内されて辿り着いたここは、どうやら人為的に掘り進められた洞穴であるようだった。


 真ん中に机、周囲に椅子の置かれたその姿は、洞窟や採掘場というよりも会議室に近かったが。


「こんな所、私知らされてないな……」


「旧い戦いの際に使われた産物じゃ。お主に伝えられてないというよりも、『共ニ生キル者』の中に知るものがいなかったんだろうて」


 道案内を終えたカリアさんは今一度華火花さんの肩へと戻り、その華火花さんは置いてあった椅子へと腰かけた。


 それに倣って、俺ときゅうべさんも近くにあった椅子に腰かける。


「さて、質問はあるかの?」


「ん、それじゃ一つ」


 初めに挙手したのは華火花さんだった。


「私たちに気づいてたから蝙蝠が居たの?」


「いいや、儂は各地に蝙蝠を飛ばしておる。偶々、ここに置いてあった一体に引っかかっただけじゃ」


「改めて聞くとほんとにチートだな……」


 カリアさんの特殊能力なのか何なのかは知らないが、彼女は血でできた蝙蝠を操ることができる。


 それを変形させている場面も見たことがあるし、他人の協力があれば蝙蝠を媒介に魔法を行使することもできるらしい。


 あの時は仲間についてくれていたから心強い能力だったものの、今のように自分たちが隠れる側だと厄介極まりない。


 剣と魔法の世界でドローン使ってるようなもんだよ。


「この子がおぬしらの音を聞き取って、それを儂が感じ取って偵察をした、といった具合じゃ。納得はできたかの?」


「うん」


「うむ、それで、他には?」


「じゃあ、私も」


 次に手を挙げたのはきゅうべさん。

 カリアさんとは初対面というか初エンカウントなので困惑している様子ではあったが、流石配信者というべきか立ち振る舞いにブレは感じなかった。


「貴女は仲間、ってことで良いの?」


「スタラと華火花の仲間ではあるが、お主に限ればどちらとも言える。それを決めるのは、お主の選択次第じゃ。心当たりはあるじゃろう?」


「……何処まで知ってるの」


「くか、ことお主の事情なら、何処までもというべきじゃろうか」


「なるほど、隠し事は出来なさそうだね」


 何やら意味深なやり取りを経て、きゅうべさんは参ったと言わんばかりに体重を背もたれに預ける。

 何処か子どもっぽく、しかし憔悴しきった大人のようでもあった。


「は~、そうなっちゃうのか。それ、誰かに言ったことある?」


「くかか?どうだろうのぉ?」


「NPCに揺さぶりかけられてる~」


 気の抜けきった様子ではあるものの、どうやら思い悩んでいるのは確かなようだった。


「流石に冗談じゃ。誰にも言うたことはない」


「よかった~」


「くかか、お主が何を選んだとて意見はせぬが……覚悟はすべきじゃ。そういう岐路にお主は立って居るじゃろうと思うのでな」


「……まぁ、頑張る」


「お主が選んだ道がせめていいものであることを祈っておるぞ?」


「……」


 何か重大な会話をしているような気がしたが、正直なところなにも理解できなかった。

 僅かに理解できたことと言えばきゅうべさんが何かしらの選択肢を突きつけられていそうなことぐらいだが、それも彼女の立場であれば大量に在りそうな事象である。


 しかも戦争となれば尚更だ。考えるということは、つまり選ばなければならないんだから。


 あるゲームで主人公の相棒と主人公の嫁のどっちを助けるかでめっちゃ悩んだ経験のある俺からすれば、せめて後悔はしてほしくないと思う。


 ゲームなのだから、自分が納得できない結末にするべきではないだろう。


 ちなみに例で挙げたゲームでは相棒を選んだが、主人公の独白が嫁への愛であふれていて酷く感情を揺さぶられたし数日学業に専念できないぐらいのダメージを刻まれた。


 納得できては居なかったと思う。


 どっちも救う選択肢を用意してくれよ運営!!面白かったけどさ!!


「さて、スタラは何かあるかの?」


「え?あ、あ~っと」


 そんな思考に耽っていた俺だったが、カリアさんの声で意識を引き戻される。


「輝來は、何をしようとしてるんですか?」


「ま、そうじゃろうなぁ」


 察していた、と言わんばかりにカリアさんは肩を落とした……ように見えた。

 蝙蝠の姿なので実際のところどうなのかはわからないけれど。


「少し長くなるが、構わないの?」


「私は大丈夫ですけど……」


 二人に視線を合わせると、どちらとも頷いてくれた。


「はい、大丈夫です」


「くかか、じゃあ話すとしようかの。まぁ簡潔に言えば、輝來のしようとしていることは……」



 ◆



 輝來は、このゲームを好んでいる。

 システム、グラフィック、世界観、プレイヤー達、NPC、そのどれをとっても、彼女はこの世界を愛していた。


 しかし、唯一好んでいないのが戦争という要素であった。

 この世界のNPCは蘇らない、不可逆的なものである。其れであるのに、このシステムはそれを強制する。どちらかが全滅するまで、大抵の場合戦争は終わらないのだ。


「……嫌、だな」


 そう零したのはいつだったのだろうか。彼女はいつしか、それを拒むようになってしまっていた。


 それならば何故、彼女はこの戦争に参加しているのか。答えは単純である。


 「NPCを殺さないで終わる戦争」その願いを叶えることができる、そういうルールだったからだ。



 ◆



「共鳴者以外誰も……」


「失わない戦争?」


「そうじゃ。それを求めて、輝來はひたすら駆け回っておる」


 カリアから語られたその言葉は、予想外なようで、輝來ならそうするのかもしれない、という納得を同時に孕んでいた。


「だから、カリアさんは協力してるんですか?」


「くかか、まぁそうじゃのぉ。それもあるが、戦友の頼みでもある。断れる訳もなかろう」


 豪快にかかかと笑うカリアさんだったが、その様子はあの時よりも晴れやかなように感じた。

 民を守るために、命がけで走り回っていた彼女、それが、楽しそうに笑えている。


 それだけでデミアルトラの苦労は報われるものだな、と今更思った。


「それでじゃスタラ、お主はどうしたい?」


「どうしたい、ですか」


「今ならまだ選択権はスタラにある。退いたって咎めは」


「無いですよ、選択権何て」


 一息に否定の言葉を吐き出す。それはずっと抱えていた思いで、決意だった。


 あの時、俺は輝來を失望させた。

 このゲームに於いて、あのデミアルトラでの事件を一緒に駆け抜けてくれた戦友で、色んなことを教えてくれた先生で、何よりも友人で居てくれた彼女を。


 もう一度裏切るなんて、出来るはずもない。してはいけないんだ、だからこそ、選択権は無い。


「俺はやります。輝來がそれを望むなら。その願いが叶わなくて、輝來が悲しむなら」


 乗り越えられたわけじゃない。

 このゲームをするずっと前に刻まれた傷も、輝來に刻んでしまった傷も。抱えなきゃいけない痛みで、罪だ。


 それでも、彼女の心を不誠実に裏切ってしまったのならせめて、ささやかな力になりたいと願ってしまう。


「これはきっと、あの時よりも苦しい戦になるぞ。覚悟はあるのかの?スタラ・シルリリア」


「……勿論」


 スタラの青空のような瞳が、仄暗い洞窟の中で輝いていた。

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