拝啓、友人へ
走って、かわして、受ける。
攻撃スキルはなるべく使わない。
風雨両断はまだしも、他のスキルは隙が大きい。討伐ではなく受けることが目標であるため、その隙が負け筋になる可能性がある。
「念には念を……ねっ!」
左手のストレートに対して両足を折り曲げバク転。
この緩慢な動きにスキルの隙を突かれる気はしないが、まぁ備えあればと言うやつだ。
躱わす。飛ぶ。
刀で受ける。
崩れる予感すら感じない俺の受けだったが、それは相手も同じである。
攻撃を喰らわせても一切のダメージエフェクトが出ない上、倣華の能力も発動しない。つまり、無傷ということだ。
激しい戦闘に見えるようで、実際のところ俺たちの戦いは何も進んではいない。だから、俺は待っているんだ。この状況を変える一手を。
「「スタラ!」」
「二人とも!」
同時に響いた二つの声は、待ち望んでいた変革の一手だった。
◇
きゅうべさんの魔法で作った時間で、端的な情報交換が始まった。
「……つまり、ゴーレムは小部屋にある機械が本体で、その原動力は凄い強い魔物かもしれないと」
「うん」
「ざっくり纏めるとそうなるかな」
「そう、そうなるかぁ」
結果として、二人がもたらした情報は有益なものであった。
ゴーレムを倒すだけならばその機械とやらを壊せばいいという話だろう。
けれど、それでいいのだろうか?
「封印された魔物を原動力にその機械は動いてるんですよね?」
「予想だけどね、その可能性が高いと思う」
「それって……無理やり止めたらどうなると思います?」
「実物を見た感じ精密機械、その上熱を持ってた。希望的観測を捨てるなら、力を加えた瞬間……」
華火花さんはわざとらしく、幼稚な手振りを加えて言い放つ。
「ぼかーん、かもね」
「そう……ですよねぇ……」
少なくとも数十、数百年と精密な機械を稼働させ続けられるエネルギーの流れを、強引に断ち切るという行為はリスクが大きすぎる。
爆発に巻き込まれて俺たちのHPが削りきれて、ゴーレムを倒せるというだけならまだリターンのほうが大きいと言えるだろうが……
「遺跡が崩れる可能性も……ありますよね?」
「勿論、かな」
「……ううぅ……」
わかっている。ここで一番賢い選択は、恐らく全てを捨てて逃亡することなのだろう。
けれど、理性がもっとこの場所を調査すべきではないのかと囁いている。
ついでに本能がここまで戦った敵を逃すわけにはいかないと叫んでいる。お前はうるさい。
「納得してない顔だね?スタラ」
「バレますか」
「付き合いも伸びてきたからね」
悪戯っぽく笑う彼女の瞳には、僅かに心配の火が揺れていた。
「いいや、大丈夫です。ちょっともうちょい探索したかっただけで……」
「あー、それなら大丈夫だと思うね」
「え?」
「先ず、欲しい情報は手に入ってる。その上……」
ゴーレムが走ってくる轟音の中、当たり前のように彼女は俺たちの予想外の情報を嘯いた。
「エルフとの決戦の場所はここになる。探索はその後でもできるんじゃない?」
「「えぇ?」」
『DAWWWWWWW!!!!』
「ちょっと待てゴーレムゥ!!」
ゴーレムが周囲を荒らしながら迫ってくる。物陰で隠れていた俺らに気づいたようだった。
「だから、逃げよっか」
「一番最初に言ってくださいそれ!!」
「ふふ、ごめん」
◇
なんやかんやで逃げ出して、場所は遺跡の外。簡易テントの側に三人揃って座っていた。
「それで、決戦の場所がここになるっていうのは?」
「言ってもいいけど、大体察してるでしょ。スタラ」
「……まぁ、大体は」
彼女は、封印されている魔物がゴーレムの原動力だと言った。
このゲームの魔力の設定は詳しく理解していないが、遠く離れた場所から接続できるほどの利便性が保証されているものだとは思わない。
輝來が遠隔で魔法を発動していたが、あれもあれで縛りがあるようだったし、封印されている魔物ができるようなものだとは思えない。
そうなると、答えは一つだ。
「ここに魔物が封印されてるから、ですか?」
「多分そうなるんだよね。だから決戦の場所がここになる」
「……それ、変」
俺ときゅうべさんが話しているところに、ふと華火花さんが言葉を落とす。
その様子は確信があるというより、僅かな違和感を頼りに言葉にしたような感じだった。
「なんでそう思うの?華火花」
「決戦の場所になるのはわかった。じゃあなんで、誰もいないの?」
「それは調査が終わったからじゃ……あれ?」
「うん、それでも変。調査が終わってるなら尚更、ここを手放す理由がわからない」
ここはつまりは戦争の最重要場所だ。
ここをどう扱うかで互いの種族の存亡が決まるような、紛うことなき運命の分岐点。
それを、何で守らない?
ここを防衛でガチガチにしてしまえば、意図にすら気づかないままこちらが終わってしまう可能性だってあった。
「ここに何かあるって気づかれないようにするため、とか?」
きゅうべさんが言った案なら、確かに筋は通る。
人員を多く割けばその分、重要なものがそこにあるんだと勘付かれる。そうなれば、こちらからの攻撃がここに集中する結果になる。
「それだと、絶対気づかれない自信がないと破綻しませんか?実際のところバレてるわけだし」
「獣人にバレるくらい人を使ってここを調べてる。なら、発覚は想定内なはず」
「買い被りな可能性もある……けど、想定するに越したことはないよね。じゃあ、何でだろう」
「ん〜……あ」
ぱちり、と思考が脳内を駆け巡った。
俺が思いついたのはあまりにも幼稚で、推測どころか妄想に近い。
そうあって欲しい、そんなプレイヤーがいて欲しいという願いに、近しいものである。
「スタラ、何か思いついた?」
「いや、例えばなんですけど……相手が、気づいて欲しかったんだとしたら?」
「トラップってこと?」
「その可能性も、あります。でも、もっと違うような……。直感でしかないけど……」
「こっちに協力しようとする誰かがエルフ側にいるってこと?それなら説明はできるけどあまりにも……」
「そう、ですよね。そんな人」
戦争に参加しながら、こちらに協力しようとする。敵対していながらも、こちらが徒労に終わることを拒むような行動をする。
そんな人間いるはずが……いるはずが……!?
「っ!」
「どこ行くの!?スタラ!」
きゅうべさんの引き止める声を背に、俺の足はいつのまにか走り出していた。誰かの……いいや、彼女の痕跡を探すために。
草むら、無い。
林、無い。
石の近く、無い。
無い、無い、無い、無い、無い……
「あっ……た!」
「何が……ってこれ、焦げ跡?」
「いや、違うんです」
遺跡の外側、柱に焦げ付いた黒い痕を指先で撫でる。
円形で、焼けついた痕。
まるで、強い、熱い力が一点に注がれたような、強烈な痕。
「これは、雷の痕なんだと、思います」
「それが、どうかしたの?」
「二人なら、心当たりがあるはずなんです」
少し、息を吸い込む。
荒唐無稽な話だと自分でも思っていたから。こんなことが、あるはずないと自分でもわかっていたから。
でも、信じたかった。彼女を、俺の友人を。
「NPCが死ぬことを望まないであろう心優しい、雷を主に使う魔法使い。それに、エルフたちに指示が出せるほど強い力がある、エルフ側所属の誰か」
「……?」
「っ、もしかして」
「そう、だと思うんです。華火花さん」
いち早く俺の思考に辿り着いたらしい華火花さんと視線を合わせる。
俺の表情はいつのまにか、強張った笑顔へと変化していた。
「あの里を救ったプレイヤーは、私の友人は……輝來さんは、味方なのかもしれない」




