三人の珍道中(ダイジェスト)
ことり、という小さな音を立てて茶器が置かれる。水面に浮かんだ天井の照明が、蜃気楼みたいに揺れていた。
俺が今聞いた話も蜃気楼みたいにふわりと消えて忘れれば楽だったのになぁ……。
「ってことなんだよね」
一通り今回俺が受けたクエストの内容を話し終え、きゅうべさんはまっすぐに俺の眼を見つめてくる。
「……それ、大丈夫なんですか?」
「正直私もそう思う。スタラに頼むべきじゃないよね」
彼女は呆れたように首を振った。
その表情からも、自分の上司がどんなに本末転倒な事を言っているのかはわかっているらしい。
なんだろうな……。簡単に言えば、部活が始まるときに「こいつは強いから、仲良くするように」って顧問が言って、その日から他校の生徒が部長になるみたいな……。
わかりづらいか?でも、大体そんな感じだ。俺に背負わすには責任が重たすぎる。
「やりたくない?」
対面に座ったきゅうべさんに対し、隣に座っていた華火花さんが覗き込んでくる。
眼が合った華火花さんの表情には、眼が眩むほど実直な心配の感情が宿っていた。
このクエストの発端はきゅうべさんである。しかし、最後の後押しをしてくれたのは華火花さんだ。
だからこそ、彼女は俺に対して責任感のようなものを抱いてくれているようだった。
そんな顔されて、断るとは行かないだろう。
「自分で言ったからにはやりますよ。最後まで」
「ん、そう言ってくれると思った」
その言葉を訊くと華火花さんは安心したのか少しはにかんで、元の体勢へと戻っていった。
「覚悟は決まったみたいだね。スタラの役目は基本的に戦争の最中なんだけど……」
「だけど?」
きゅうべさんは、ひらりと笑った。はぐらかすように、正面から受け止めるように。
どちらとも受け止められるその表情だったが、「碌なことを考えていない」という確信だけは心の中に渦巻いていた。
「この後、時間開いてる?」
「……まぁ、大丈夫ですけど」
「私も大丈夫」
「なら」
にっこりと満面の笑みを浮かべて口を開く彼女に、激烈な嫌な予感を感じた頃には、最早彼女の言葉は紡がれていた。
きっと、後の祭りという言葉を造った人間もこういう状況に置かれていたんだろう。
「一マップ突っ切ろうか」
◇
それから、きゅうべさんに連れられて僕たちは建物の外へと出て、その後鳥居を通って獣人の里から出た。
入る時は全身がめっちゃ燃えたものの、出るときはさらっと出れた。
なんで?
そんなことで、俺たちは外に出た。
またまた先頭に立って俺達を導いていたきゅうべさんが、くるりと振り返りながら口を開く。
「ということで、これからエルフの街に突っ込みます」
「いえーい、とはならないですけどね」
「不安と疑問しかない」
急に敵陣に突っ込むぞ!と言われたらそりゃ不安にもなるし、普通に正気とは思えない。
しかしどうやら言葉通りの意味では無かったらしく、きゅうべさんは少しおどけて両手を上げる。
「流石に言葉の綾。エルフの街の近くまでは行くけど、中には入らない」
「スタラの役目は戦争中、って言ったばっかり。行く意味がわからない」
「鋭いね華火花。その通りだけど、戦争が起こる前にしなきゃいけないことがあってね」
「そのためにエルフの街に近づく必要がある、ってことですよね」
「正解、話が早くて助かるね」
指を鳴らし、百点の答案用紙を見せてきた子供を褒めるような口調で賛美の言葉を口にする。
馬鹿にされているような気がするが、悪いような気はしなかった。
「ということで、ここのマップを突っ切ってエルフの領地まで行きます」
「「最初からそう言って」」
あんまりの言葉足らずに、二人揃ってそう言った。
「……ごめん」
きゅうべさんの謝罪を皮切りに俺たちのマップ横断ツアーが始まった……のだが。
あんなことになってしまうとは、この時の俺は微塵も思っていないのであった。
◆
「華火花、あれはシーフバードって言うんだよね。アイテムとかを奪ってくる」
「そう、なんだ」
「うん、大事なものが盗まれても倒したら取り返せるけど、気を付けた方が良い」
「へぇ……ねぇ、きゅうべ。あれが盗むのってアイテムなんだよね」
「武器も偶に盗むけど、基本的にはそうだね」
「うん、じゃあ何で、スタラが盗まれてるの?」
「うん、なんでだろうね」
「助けて!!!」
「あの高さ、届くかなぁ……」
「やってみて無理だったら諦めよ」
「華火花さん!!??」
「流石に冗談、行くよきゅうべ」
「了解」
◆
「助けてよ~~スタラ~~」
「演技臭い……じゃなくて、華火花さん、私のログアウト中に何が?」
「ちょっと偵察しに行ったきゅうべが舌の長いモンスターに捕まって振り回されてる」
「何もわっかんないです」
「私も正直よくわかってない。目を逸らしたらこうなった」
「育児かな……?」
「誰が目逸らしたら消えるって!?」
「誰も言ってない」
「まぁ助けますかね。朱月」
「これ私にも当たっ」
「「あ」」
◆
「華火花さーん!!」
「あれは消化液が毒性のやつだから……まぁ、助からないだろうね」
「そんなぁ……!」
「うぐっ……勝手に死んだことにしないで」
「え、吐き出された?華火花さん美味しくない?」
「ホントに怒るよスタラ、口の中で暴れただけ」
「えぇ……」
「ワイルドだね、華火花」
「ありがと」
「いや褒めてないよ?」
「え」
◆
「「「やばい……!」」」
「きゅうべさんどっから連れてきたの!こんな大群!」
「私じゃないよ、ホントに。華火花が連れてきたの」
「違う。ちょっとそこら辺にある花を突いたら大きい音が出ただけで……」
「華火花さんじゃないです?」
「……そうかも」
「やっばい!!巻き込まれる!!」
「「スタラーっ!」」
「尊い犠牲だった」
◆
「「「やっと着いた……」」」
苦しい戦いだった……。
数時間の長丁場な上にトラブルが大量に起こった。配信者ってそういう運命とかなの?きゅうべさん??
さて、そんなことは置いておいて。山を登った先には山頂からの景色があるように、苦難の先には大抵美麗な何かが在る。
今回も、その例には漏れなかったようだった。
恐らく数十メートルはあるであろう偉大な大樹の先から、木漏れ日が射す。
背の高い草をかき分けて吹き抜けた風が、何処か寂しそうに前髪を撫でる。
そんな、物悲しさと神聖さが同居するような場所、それがエルフの本拠地……「神骸の森」であった。
「これで目的は達成ですか?きゅうべさん」
一応確認するような口調で言ってみたものの、終わりであって欲しいという願いが大量に込められていた。
「いいや、どっちかというとここからだけど……流石に休もうか?」
「うん、疲れた」
「そうしたいですね」
「はい、解散!!」
疲労が募りに募った俺たちの前に現れた休息という選択肢は、例えるなら砂漠のオアシス。
抗えるわけもなかった。
ということで、きゅうべさんが持っていた簡易テントを木陰に配置してログアウトした。
「おつかれ様です」
「おつかれ」
「おつかれ、二人とも」
ここで漸く、俺たち三人の珍道中は一旦終わりを迎えたのだった。
……この後の方が、波乱が大量に起こることも知らないままに。