正当防衛なので迷いなく拳が出る
吐き出した息は、敵の断末魔に飲み込まれて消えて行った。
ポリゴンとなって散っていく敵を眺めながら一度刀を振り、鞘に納める。
このフィールドに入って早十分から二十分程度。
数回の接敵は合ったものの、大きな被弾やミスはほとんどないと言っていいだろう。
そこまでここの攻略に必要なレベルが高くないであろうことも影響しているのだろうけど。
正直なところ、歯ごたえは無い。
いや今歯ごたえのある強敵が出てこられても困るのだが、それはそれとして、ちょっと暇だった。
どんな場所でもある程度の難易度を求めてしまうのは、ゲーマーとしての気質みたいなものなんだろう。
そんなこんなでぼーっと森と言うか岩と言うか……いろんな自然物が乱立する場所を進み続けていた最中、ふと華火花さんが声を上げた。
「あ、見えた」
「……え?何も無くないですか?」
「ほら、あれ」
華火花さんの指の先を追いかけるように視線を動かせば、木と岩に隠れた建造物が眼に入った。
恐らく木材を塗装したのであろう赤い柱を組み合わせてできたそれは、ある種の機能美と美しさを兼ね備えていた。
飾らずに言うならば、なんかよくわからないけどファンタジー世界の自然の中に鳥居が突っ立っている。
「鳥居?」
「うん、あそこが入り口」
「……入り口隠さないといけない決まりでもあるんですか?」
「まぁ、うん。色々物騒だから」
「はぁ」
デミアルトラといいここといい、前情報が無ければ絶対に見つけられないところに大きな拠点の入り口を置くのはどうなんだろうか。
今回のように対人戦が起きるなら簡単に見つかってしまってはいけないような気もするし、「偶々見つけた!」みたいなミラクルを消し去るのもどうかと思う。
難しいところだ。
「今回は合言葉じゃない。正直楽」
さらっと自分の里について愚痴りながら、華火花さんは鳥居に近づく。
「じゃあどうやって開けるんですか?」
「アイテム」
そう言いつつ彼女が取り出したのは一つの紙切れ。刃物で切られたのか人間のような形に整えられており、その顔がある筈の部分には丸い魔法陣が刻まれている。
俗に言う、形代という奴であった。あのお祓いとかで使う奴。
それを人差し指と中指の間に挟んで、手首のスナップを活用して彼女はそれを放り投げた。
ぐるぐると紙とは思えない程綺麗な回転で宙を舞った形代は、吸い込まれるように鳥居の中へと向かっていく。
そして二つの柱の間を通ろうとしたその瞬間、大きな音と共に形代が止まる。
まるで壁にぶつかってしまったかのように虚空に張り付いたそれが、唐突に蒼く染まる。
形代を覆い隠した蒼、それは、炎だった。
蒼炎は盛り、揺らぎ、いつしか燃え移る。先ず飲み込まれたのは鳥居だった。
神の世と人の世を分かつと呼ばれるその建造物も、火炎には無力だ。
次に木に、次に岩に、そして最後は、俺の指先に。
「あっつ!……くない?」
「ダメージないし、消そうとしても消せないから受け止めて」
「何か怖いですねそれ」
呑気にそんなことを話しながらも、燃焼は広がっていく。
体は燃えずとも精神は燃えて、意識は燃えカスのように吹き飛んだ。もうちょいプレイヤーに優しくステージ移動できないものなの?
◇
急に天地がひっくり返ったというべきか、唐突に水に沈められたというべきか。
この例えたちよりかは弱いが、少なくとも不愉快な感覚に顔を顰めながら目を開く。
デミアルトラの時にも感じた気がするが、二回目だからと言って慣れたわけでもない。
「うわぁ……!」
「綺麗だよね、ここ。結構好き」
一面に広がったのは、中々に異質な街並みであった。
平安とかそこら辺の、和風な街並みを縦にコピーアンドペーストしてそのまま現代都市のような高層建築にしてみました!
みたいな、何とも大味な景色である。
しかし提灯や灯火の暖かい光で照らされた光景は何とも美麗で、何処か懐かしさすら感じさせるものだった。
「世界観的にどうなんだ……?」
「気にしなくていいと思う」
「そっかぁ」
というか俺侍だったわ。元々西洋の世界観だから和風は場違いだとか言える立場じゃ無かったみたいだ。
「それで、ここからどうすれば?」
「切り替え速いね」
「納得したので」
「そう、なんだ」
どんな設定で在っても一度飲み込んでしまえば「そういうもの」として認識できるのがゲーマーっていう人種だ。
対人系のゲームのキャンペーン何てそんなもんだから……。
火薬が無い時代に現れる爆弾……未来系のFPSに現れる金属製の盾……死んだはずなのにさらっと生き返るNPC……まぁ、これくらいでも序の口だ。
そんな感じのストーリーを乗り越えてきた俺らにとって、文化のズレぐらいどうってことも無い。
「えぇっと、最初は偉い人のとこ行ってクエスト受けるところからかな」
「あぁ、カリアさんみたいな感じの?」
華火花さんはこくりと頷く。
ゲームの都合上その順番になっているのか追い込まれている里がその判断をしがちなのかはわからないが、里長的な人に訪れなきゃいけないのは変わらないらしい。
「案内する」
「ありがとうございま」
「敵襲!!!!」
それは唐突だった。
空気を震わせる怒号が響いたのに少し遅れ、数人が俺の前へと着地する。
随分とかっこいい登場なことで。
狐の面を被り、黒い布を被った彼らは何というか……言葉を選ばずに言うなら、中学生のノートの端に書いてありそうな感じであった。
「最強暗殺部隊」みたいな胃もたれしそうな二つ名とかついてそう。
「会話中に強襲するのが最近の流行りなの?」
じりじりと狐のお面の奴らは近づいてくる。会話に応じるつもりは無いか。
「戦わなきゃ駄目っぽいですよね。華火花さん」
「うん。わかってると思うけど殺さないでね」
「了解です。峰打ちで……あ!」
刀に眼を落した瞬間、気づいた。
俺の今使っている武器は一つだけである。
初めは只の鉄の刀であったそれは、今や模倣の力を備えた異形の刀と化していた。捻じれ、歪み、歪となった刀に……峰は無かった。
「やっばい!」
敵が僅かなアイコンタクトで連携をとり、同時に地面を蹴る。
時間が無い!どうする!?刀は使えない!ほかに武器も無い!じゃあ、じゃあっ……!
「こうするしか!ない!」
敵と呼ぶのもわかりづらいな。
仮称だけど中二狐と呼ばせてもらおう。中二狐たちが一気にマントの内側から短刀を抜き放つ。
それに対して、俺が抜き放ったのは喧嘩の最低保証、暴力の最小単位。
即ち、拳!
腰の捻りを加え、一歩俺に近づいていた中二狐の一人にフックを打ち放つ。
「ふん!」
横っ面をぶん殴られた中二狐の瞳は、明らかな驚愕で染められていた。
流石に帯刀している女の子が拳をぶち抜いてくるとは思っていなかったのだろう。
「仕方ない!ぶん殴られたい奴から前に来い!」
最初に戦闘がぶん殴られてビビってるそこのお前!先着一名様に「旋風」も加えた回し蹴りをプレゼント!
半透明の風を纏った右脚は見事にみぞおちにヒットし、その小柄な体躯を吹き飛ばす。
……死んでないよね?
「……殴らないんだ……」
「あ、ごめんなさい」
うん、生きてるみたいでよかった。
「くぅっ!よくも仲間を!」
「おっと、沈黙RPは終わり?」
登場した時のミステリアスはどこへやら、露骨な怒りを滲ませながら中二狐は短刀を突き出す。
溢れる感情で単純になってしまったその攻撃を、喰らうことなくいなすのは造作も無いことで。
短刀の側面を殴り飛ばして弾き、そのまま流れるように反対の手で首筋に手刀をキメる。死んだら困るので弱めに。
「次は?」
周囲を見渡しながら、狼狽える中二狐たちに挑発を放った。




