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一番星の独白

 ぴちょりと水面がアスファルトに弾けるような、小雨が降っている。


 硝子が雨に打たれては外の世界を汚していく光景を眺めながら、一人の少女が窓に寄りかかっていた。


 彼女の名前ははじめ星羅せいら、ある世界ゲームでは輝來という名を名乗っているといった方がわかりやすいであろうか。


「また、かぁ」


 そのまま窓と溶け合ってしまいそうな程の透明感と儚さを彼女は匂わせる。


 ある理由から、彼女は少し雨というものが苦手であった。


 雨という天気が無くなって欲しいなんてこと思う程ではないにしても、夏特有の気温に、雨天の湿度が重なってしまえば外に出るつもり何て無くなってしまうだろう。


 だからこそ、彼女は今冷房の効いた部屋で窓に寄りかかっている訳なのだが。


「L2FOは……気分じゃない、かなぁ」


 はまっている、と言うにしてはプレイ時間が膨れ上がりすぎている彼女の趣味を呟いてみるものの、なんだか気分が乗り切らない。


 気分が乗らないといってもどうせ三十分も経てばログインしているであろう自分の姿が容易に想像でき、なんだか滑稽で笑いがこぼれ出た。


 ふぅ、と抜ける様な息を一つ吐き出し、彼女は腕を持ち上げてみる。


 踊るようなしなやかな動作で顔の前まで持ってきた指先を、疑問を確かめながら眺めてみる。

 何故、こんなにも自分の体は不健康に見えるのだろうと。


「あぁ、もうちょい焼けたら健康に見えるのかな」


 納得と共に放たれた言葉には、軽い現実逃避も含まれていた。


 もっと気軽に外に出られたなら、皆のように気軽に日にあたって、肌を焼くような日差しを浴びながら運動できたらと。


「無理か」


 もう一度、彼女は笑みを見せる。けれど、それは先程よりも深い憂いと諦めが籠っていて、こんな年の少女が浮かべるべきではない程の、痛ましい諦観が含まれた表情だった。


 一星羅と言う少女は賢く、快活で、人と関わる能力にも優れている子であった。


 その上裕福な家庭に生まれた彼女は、小さなころから周囲の大人に大きな期待を浴び、それを疑問にも思っていなかった。


 努力すれば、物事ができるようになる。知ればわかる。話せば友好関係を築ける。何不自由ない、そんな幼少期。当たり前のように過ぎたそれが崩れ去ったのも、また当たり前のように唐突だった。


 彼女は虚弱だ。いや、虚弱になってしまったというべきか。


 原因は不明、だからこそ対処も不可能。唐突に彼女の心を蝕んだ「それ」は、致命的とまでは行かなくても彼女に絡みついた。


 ただひたすら、怖いのだ。


 日差しが、人が、この世を構成する自分以外、窓の外側に広がる全景が、輝來の心を掻き乱し、引き摺り出そうとしてくる。


 部屋に出なければ、怖くない。仮想世界なら、怖くない。でも、足が外に出るのが、怖くてたまらない。


 精神疾患だと言われた。

 原因は、不明。



 彼女は、唐突に華やかな人生を失った。それだけでなく、積み上げていくはずだった経験も、友情も、何もかもが崩れ去っていった。


 救いがあるというのなら彼女の両親が裕福であったことと、通信環境が発達した時代であったことだろう。


 学校に自分の体が行かずとも勉強はできる。望む物は手に入れることができる。

 けれど、それでも彼女の心は空虚だった。


 高望みなのはわかっている。

 だけれど、高級なブランド品が欲しい訳じゃない。

 専属の家庭教師が欲しかった訳じゃない。


 ただ、好きに遊びまわれる心が、遠く広がる草原が、そして何よりも。同年代で、対等な関係の友人が欲しかった。


「だから、期待してるんだよ」


 おもむろに指から視線を逸らし、窓の外へとまた視線をずらした彼女は先程とは打って変わって挑発的な笑みを浮かべる。


 それは、ここには居ない()()へと向けられたモノであった。


「スタラ。いっぱい楽しませてね」


 スリルを、世界を駆ける爽快感を、友達とだべる何気ない時間を。

 今まで失ってきた何もかもを埋め合わせるようにゲームにのめり込んだ彼女はまた、いつものようにゲームに挑む。


 いつもとは違う心意気を以ってして。


「……なんか、やりたくなってきちゃったな」


 気分じゃないなんて言いながらも、こことは違う世界に思いを馳せてみれば、すぐにでもログインしてしまいたくなるような衝動に呑まれるのは自分がちょろいからだろうか。

 それともあの世界があんまりにも魅力的だからだろうか。


 多分、後者だろう。うん、そうであってほしい。


「……どうだっていいけどさ」


 大事なのは、私はあの世界が好きで、あの世界を楽しむ人が好きなだけだ。


 そんな、何回も心の中で反芻してきた「心構え」をもう一度心境にしみこませながら、彼女はベットに倒れ込んだ。



 ◆



 虹色の光の粒子が集い、紡がれ、やがてそれは陣となる。金髪の少女、輝來の前にはいつしか大量の魔法陣が出現していた。


 何度も繰り返されたその動作はだからこそ何の淀みも無く、目の前の敵を蹂躙するためにのみ振るわれる。


「ありがとう、楽しかったよ」


 冥途の土産に残す言葉はいつも通り、自分と遊んでくれたことへの感謝だった。


「有難い……けど!!」


 一方輝來と対戦していた男は、その言葉に口角を吊り上げる。


 いいや、吊り上げようとしたところで感情が制御できなくなったようで、微妙な表情のまま口の端をぴくぴくとさせていた。


 やがて、魔法が放たれる寸前。文句とも言えない心の中のもやもやとしたものを、彼は言い放った。


「PKOしながら言うのはどうなのぉ~!!!」


 P《パーフェクト》KO《ノックアウト》……つまりは、無傷で自分を倒して置きながらにっこりと感謝を述べていることに対する感情をぶつけ、彼は閃光に呑まれていった。


「……なんか、ごめんね?」


『Winner! 輝來』


 流石にテンションが上がっていたとはいえ、相手の攻撃が届かないギリギリの距離から大火力連打は流石に面白みに欠けていたかな、と静かに反省しながら、彼女は何かを求めるように空を眺めた。


 星を眺めながら、彼女はくるりと杖を回す。魔法の残光を残し、円を描くその姿は、最早プレイヤーのそれには見えない。

 なんというか、どちらかというと裏ボスと言うべき風格を漂わせながら、彼女はいつも通り人懐っこい笑みをカメラに浮かべる。


 ちなみにコメント欄は対戦相手への同情と急なファンサに湧き上がる輝來ファンで3:7といった所だった。

 つくづく電脳世界の住人は欲望に忠実である。


 それはいいとして。第一回 月光武闘会王者であり、『星屑の魔術師』と呼ばれる彼女……輝來。

 現実から離れ、全てを愛し、「きらい」すら着飾って。彼女は「輝來」でありつづける。

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