確執破り
爽やかな風を感じるほどの余裕は、最早残されていなかった。
頬を拭って、弱音を吐こうとする心に一言だけ言い残す。
「……やるか」
跳躍力を強化する「兎跳」と跳躍の方向が定めやすくなったり。
跳躍と言う行為が成功しやすくなるなど様々な補正がかかる「八方跳び」を同時発動させ、立ち並んだ建物の上へと飛び移る。
「……考えることは同じ、でしたね。蓮宮さん」
「そうらしいな」
屋根の上、夜風を受けてその長髪を靡かせながら蓮宮さんは鋭く光った眼を一層輝かせる。
さっき会ったときから見えてはいたが蓮宮さんの装いは道着から変わっており、野生感を滲みださせながらも女性らしさも忘れないような、毛皮で在ろう素材を主とした装備へと変化していた。
「やりましょっか」
「やろう」
両者が言葉を放ったのも、刀を抜き放って姿勢を屈めたのも全くの同タイミング。
交わす言葉は端的で、迎え撃つ視線は苛烈な物であっても、険悪な雰囲気を彼女から感じることは一切なかった。
きっと、俺と同じ心境なのだろうと薄く思う。
俺が爪先を地面にめり込ませる。蓮宮さんが両足を屈める。
俺が刀を上段に構える。蓮宮さんが刀を下段に構える。
視線が交差する。
「「っ!」」
先に動き出したのは俺だった、が。彼女からダメージエフェクトが噴き出すことはない。
代わりに響いたのは、荒々しい金属音だった。
俺の移動スキルを用いた移動方法はほとんどを彼女に見せている。
「摺り足」だけで迫った今の行動が防がれるのは予定調和とも言えただろう。だから、最初からそう信じて動いていた。
「高い!?」
完璧なカウンターになるはずだった蓮宮さんの斬り返しは、虚しくも空を切り裂いて終わった。
そりゃあそうだろう、相手は最早上に居る。
刀に籠めたるスキルの名前は「刃叩き」。どんな攻撃にも付与できるという条件の緩い攻撃スキルでありながらも、その効果は俺のどのスキルよりも尖っていると言っていいだろう。
「攻撃のダメージを大幅に減少させる代わりに、使用者を上へと弾き飛ばす」、攻撃スキルとは名ばかりの、特殊な移動スキルだ。
「隠してたな?スタラ!」
空中から重力の手も借りた大上段を放つ。それでも、蓮宮さんは揺らがない。
踏み込んだ足の前に二つの線が残っただけ……つまりは、只少し後ろに下がらせただけだった。
「誰が手札全開放なんてするかっ……よっ!」
刀と刀が甲高い音を演奏する中、俺はひたすらに攻撃と移動を繰り返す。余裕があるからじゃない、追い込めているからじゃない。
受けに回ったら、その瞬間に負ける。そんな予感がしてならなかった。
「蛇克」の蛇のようなねじ曲がる斬撃が、「風雨両断」の高速の大上段が、「螺旋突貫」の掘削機のような回転力を込めた突きが、何回も蓮宮さんを貫こうと閃く。
「まだっ、駄目か!」
それでも最強は崩れない。防御漏れで少しのダメージを喰らうことはあっても、致命的な一撃に至ることができない。どうすれば崩れる?
どうすれば、どう攻めれば、どう奔れば、どう
「甘い!」
思考の狭間に、鋭い声色が刺しこまれる。考えることに思考を割きすぎたのか放ってしまった甘い軌道の攻撃は、それを待ち望んでいたかのような蓮宮さんの反撃で迎え撃たれる。
「しまっ……」
当たる、刃が迫る、当たる。でも、当たれない。
切羽詰まった状況で起こした行動が間違いだったと気づいたのは、「千里一歩」を後ろに放った次の瞬間だった。
「スタラらしくないな、ここで下がるなんて」
「奇遇ですね。私もそう思います……!」
間違った。
此処で下がるべきじゃなかった。折角不意打ちで作ったチャンスを、真っ新にしてしまった。
もう一回攻めれる保証なんてない。
ダメージを喰らうことになったとしても、一歩踏み込んで攻撃の姿勢を崩すべきじゃなかった!
後悔する俺を知ってか知らずか、蓮宮さんは刀をもう一度構えなおすとともに獰猛な笑みを浮かべる。
「そろそろ、私から行こう」
深い、重たい気配が放たれる。あの時、最初に立ち会った時よりも凶暴で、それでも美しくて。
幾つも、何十にも重ねられた橙のエフェクトを纏うさまはまさしく百獣の王、その肩書失おうとも未だ揺らがぬ最強の格。
「来ないで欲しい、ですけどね!」
緊張は見せるな、怖気は刀から追い出せ。下がれば、迷えば負けるぞ。
「!」
彼女が踏み込んだ。地を揺るがし、姿形を消すほどの速度と力を持っていることは知っている。
バフを掛けて全力の溜めを造った彼女の踏み込みは、殆ど認識できないあこともある。
けれど、視えなくても、感じられなくても、識っている。なら、止められる。
姿勢を正し、発動するスキルは「金剛斬撃」、俺の持っているスキルの中でも最も火力が高く、最も堅い。
黄金の尾を引き、下段から放たれる金剛の斬撃は、そこには居ない蓮宮さんを狙っている。
今から行うのは後の先、失敗すれば良くて致命傷の第博打である。だというのに、恐れは全くなかった。
今までの経験が、彼女と戦ったあの時の俺が叫んでいるから。
数瞬、瞬きすら許さないその先で彼女は、必ずここに来るのだと!
「反応したっ!?」
金剛の斬撃は蓮宮さんの胸部へクリーンヒットし、鮮血を噴出させる。初めてのまともなダメージで在り、今までの対戦の経験上かなりの致命傷になっている筈だ。
「反応何てしてない!」
見えない踏み込みに反応するのは不可能とも言っていい。道場の時に防げたのは、雷弾というスキルがあったことと偶然の合わせ技だ。
そう簡単に出来る事じゃない。けど、反応できなくたって方法はある。
「手札は見えてるよ!蓮宮さん!」
「そっちもだろう!」
互いの怒号を皮切りに、剣劇は加速する。
進んでは進まれて、一歩下がったら進まれて、一歩引いたのなら前に進む。
斬って、斬って、防がれて、躱して、進んで、進んで。横に飛ぶ。
彼女が刀を振る度に命が削れていくような錯覚に陥る。俺が刀を振り下ろしても、何もダメージになっていないのではないのかと不安が過る。
でも、それよりも愉快が勝っている。喜色の感情が脳裏を埋め尽くして、焼ききれそうなほどに思考が回転する。
楽しい、もっとやりたい、勝ちたい!
「楽し、そうだな!スタラ!」
「蓮宮、さんも、随分とっ!」
蓮宮さんは苦しそうな表情だし、実際状況も苦しい。そりゃそうじゃなきゃ困る。
思考も、スキルも、経験もフル稼働して攻めてるんだ。そう簡単に受け流せるもんじゃない!
横に薙いで、雨風分かつ大上段が姿勢を崩し、旋風の回し蹴りが蓮宮さんの腹に直撃する。
「ぐぅっ!」
「まだっ!!」
地面と平行に、床に口づけをしてしまいそうなほどの前傾姿勢まで体を屈める。「千里一歩」も「摺り足」もクールダウン、でも、まだ兎の脚が残っている!
「雲霧」
霧のように地面を這って、雲のように空へ舞う。兎の加護をもってして、足を折り曲げて、空へと飛び立つ!
「なめ!るなぁ!!」
斬撃の雨に晒されながらも、百獣の王は吠える。連撃を防いで、受け流して、直接喰らいつつも、
落ちない。
倒れない。
彼女の体に何回も斬撃が刻まれる。
体の至るところからダメージエフェクトを噴き出しながらも、彼女は真っすぐにスキルを放った。
「っぐあぁっ!!」
「反撃!?」
吹っ飛んだ、視界が回る、HPゲージが見る見るうちに減っていく。乱回転する体の勢いが止められない。
屋根にぶつかる。どうする、駄目なのか。
もう、どうにも
……いや、まだ死ねない!負けられない!こんなところで!
空中で発動したのは防御のスキルでも、移動のスキルでもない。その名は「刃叩き」。
刃を翼として名前の通り羽ばたくこのスキルなら!
横へと吹っ飛んでいく勢いを「刃叩き」で捻じ曲げ、真上へと吹き飛ぶ。
風を感じる、月が掴めそうなほど高い。でも、さっきよりかは地面が近くて、自分が遅い。
「っ……無理矢理、過ぎるでしょ。蓮宮さん」
何とか屋根に両足を着地させながら、思わず蓮宮さんに悪態をつく。
「無理矢理なのはそっちだろう。今のは普通着地できない」
俺と同じような事を思っているらしい蓮宮さんも似たようなセリフを吐き、一つ息を吸い込む。
「次で終わりにしましょう」
「私も、丁度そう思ってたところだ」




