縁は結びつく
ばたり、と不愛想に畳が人間を受けとめる乾いた音が響く。その、数秒後。
『Winner! スタラ・シルリリア』
大袈裟なファンファーレと共に、俺の勝利を告げるでかいウィンドウが発生した。
「勝っ……た」
あたりを見渡してみると、何とも微妙な表情をした観客たちが盛り上がり切れないといった具合で半端な声を出している所だった。
うん、あんな立ち回りをしてしまったのだからそれも当たり前だろう。
今更罪悪感が昇ってくるのを感じた。
『十連勝成功により、道場破りが達成』
『「修羅」へと転職が可能になります』
修羅とかいう文字列が気にならないと言われれば嘘になるが、それより先にしなければいけないことがある。
早速、謝りに行こう。
未だ困惑した様子の観客たちの間を通り抜けながら、フィールドの外に転移させられたであろう対戦相手、蓮宮さんを探しに行く。
あの人は違う、あの人も、違う。……あれだな。男の人と喋ってるのが蓮宮さんだろう。
「噂をすれば何とやら、だな。来たみたいだぜ蓮宮?」
「あの蓮宮さ……ひぇっ」
何の警戒もせずに話しかけようとした俺は、ぐりっと首の動きと視線だけでこちらを見据えた蓮宮さんに委縮する。
怖いって!人間の動きじゃないよそれ!
「蓮宮、目つき目つき。ビビっちゃってるから」
「あぁ……申し訳ない。手合わせした後はどうにも集中が抜けなくてな。それで、どうかしたか?」
「えーっと……」
今になって怖気付いてきたな。なんか逆鱗に触れたらどうしようか……ええいままよ!ここまで来たらやるしかない!
「すいませんでした!」
勢いよく頭を下げながら謝罪の言葉を吐き出す。高校生による付け焼き刃の作法ではあるが、大事なのは心なんだよこういうのは!!
「「……え?」」
「んえ?」
二人から同時に響いた息と言葉の中間のような気の抜けた音に困惑し、顔を上げた先で待っていたのは何をしているのかいるのかわからないと言わんばかりの疑問が塗りつけられた表情だった。
「何で謝ってるの?君」
「……せっかく立ち会ってもらったのに、汚い立ち回りしちゃったなぁって」
「くふっ」
あ、なんか男の人の方にクリティカル入ったみたいだ。畳の上で笑い転げてらぁ。
「気にしないでくれ、こいつは笑いのツボが浅いんだ」
「くふふっ、だって!くふっ!深刻な顔で!くふふっ!!」
「やっぱりその笑い方は治らないんだな」
蓮宮さんは呆れたように未だ笑い転げている男に言い捨てた後、こちらにもう一度向き直る。
「ここに特にルールは無い。どんなに体で攻撃しようと悪い事じゃないさ」
「それでも……」
「納得がいかないならまたお手合わせしてくれ。大抵私はここに居る」
「……はい!」
うん、客観的に見れば必要の無い謝罪だったかもしれないが、こうしないと納得できなかった気がするので良いとしよう。
「あ、ついでに一つ質問いいか?」
「なん…ですか?」
「そんな身構える!?」
いつの間にか爆笑から復帰していた男の人……ネームタグから『酔菓』というらしいプレイヤーはショックを受けたのか目に見えるほど顔を驚愕に染める。
後ろから話しかけられたらみんなこうならない?
「単純な質問、何で急に立ち回り変わったのかなって」
「あぁ……」
「今までのやり取り見るに舐めてたわけじゃないみたいだしさ」
「うーん」
彼が言ってる立ち回りの変化というのは十中八九、俺が刀中心の立ち回りから徒手空拳主体と言うかインファイトだけの立ち回りに急に変化したことだろう。
普通に斬り合ってたのに唐突にムエタイみたいな立ち回りになったらそりゃ困惑もするだろうが……なんか、説明しづらいな。
「リアルに触れちゃうので説明しづらいというか……」
「蓮宮の?」
「はい」
「それなら別にいゴフッ!?」
視界の端で蓮宮さんが拳を構えたと思った瞬間、瞬きの間にその拳は酔菓さんの頬に吸い込まれていた。
ダメージエフェクトをまき散らしながら吹き飛んでいく酔菓さんの姿は余りにも綺麗で、普通に自業自得だと思った。
吹っ飛んでいく酔菓さんの姿を一通り眺めた後、蓮宮さんはこほん、と一つ咳ばらいをする。
「何だか気に入らなかったから殴ったが、私も気になるので話してほしい。もう観客は居ないようだしな」
「そう、ですか」
確かに周囲を見回せば観客は居なくなっており、辺りではいつも通りであろう対戦風景が広がっている。ここで話したところで聞き取れる人は少ないだろう。
「間違ってたら申し訳ないんですけど、蓮宮さんって剣道とかしてます?」
「確かにしているが……どうして今?というかどうやって気づいたんだ?」
魔術でも見たかのように食らいついてくる蓮宮さんを片手で静止しつつ、また口を開く。
「剣道をしている人とか、柔道、空手をしてる人。ボクシングでもいいですけど、そういう人ってある程度癖があるんです」
基本的にVRゲームで対戦するのは戦闘の素人、つまりはリアルで戦ったことのない人間だ。
それも当たり前だろう、リアルで人を殴る機会なんて少ない方が良い。
けれど、スポーツ、競技としてそれを行っている人も勿論いる。
そういう人に共通するのが、癖なのだ。がむしゃらに相手を倒すことを考えて自分で鍛えてきた俺らよりも効率的で、研ぎ澄まされた「形」が。
「基本的にそういう癖って厄介なんですけど、逆手に取れたりもするんです」
今回の例で言えば、体重移動やら剣筋やらが綺麗すぎたので剣道経験者ではないかと憶測が建てられた。
けれど、それを知るだけでは何にもならない、知ったところで厄介には変わりないのだから。
けれど、それを応用すれば十分相手に届く牙になる。
「それが、あのスタイルってことかぁ」
「そう……ですね」
「流石にもう一回身構えられると傷つくかなぁ!?」
吹っ飛ばされた所為かよろよろと起き上がってきた酔菓さんに冗談交じりで言葉を返す。
「剣道の試合中にぶん殴られて蹴られることはないもんな?蓮宮」
「それもそうだな……成程。そんな考え方もあるのか」
「持論と言うか、経験則ですけどね」
格ゲー、と言うものに分類されるタイプのゲームをしてた時の経験で生み出した推測術だ。
ああいうゲームの上位勢にリアルファイト上位勢が居るのは結構ありがちな話で、それに対抗するために必死でこれを編み出したのもいい思い出と言うか……結局一回しか通じずに戦績は5:5くらいに落ち着いてしまったが。
「いや、それでもいい話を聞かせて貰った。有難う、スタラ」
「こちらこそ楽しかったです、蓮宮さん」
蓮宮さんの方から差し出された手を、握り返した。
「俺も今度蓮宮と戦るときは真似しよっかな~」
「そうしてくれるとありがたいな。対策ができる」
「やっぱやーめよ。蓮宮がもっとバケモンになっちまう」
「誉め言葉か?」
「遂に言葉も通じなくなったか……」
この後鉄拳制裁が下ったのは言うまでもないし、なんやかんやで三人でタイマンを回したりした。
なんやかんやで肩慣らしと言うか、このゲームのPvPに慣れるにはいい体験だったと思う。
後は、あの人に会いに行けば準備はできるな。
◆
そして、月光武闘会当日へと時間は飛ぶ。




